*月をみていた子供*
【1】
冴え冴えとした夜の月が、地上を照らす。
昼の喧騒とは打ってかわって静まり返った、街はそれが深夜だということを如実に伝えていた。
そんな中、当主夫婦の寝所に程近い、一室からは煌々と明かりが漏れていた。
蜀台の明かりの下で、書物を広げている子供が一人いた。
時折、耐え切れなくなったようにこくりと細い首が下がっては、慌てて、顔をあげるといった様である。
紅家別邸も本来なら例にもれず、一部の家人を除いてほとんどの住人は眠りについているはずだったが、僅かに回廊から履音がした。
履音は、明かりの漏れている一室でぴたりと止まると、声を外からかけることもなく、勢いよく開け放つ。
「何だ、お前まだ起きていたのか」
「黎深さま」
寝所の扉を開けてつかつかと室に入ってきたのはこの邸の主である紅黎深である。
夜中にも拘らず、明かりが漏れる室に、火の元を始末しないまま子供が寝てしまったのだろうかと、寝所の扉を開けたのだが、いまだ就寝していなかった様に黎深は閉じた扇を口許に当て、片方の眉をあげる。
「おかえりさない」
絳攸と名づけられたばかりの子供は、突如室に入り込んできた冷気に身を震わせたが、それでも嬉しそうに顔を輝かせ、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「お仕事お疲れさまです」
「何故、こんな時間まで寝ないんだ?」
「えと、僕お昼寝をいっぱいしてしまったので、眠くないんです」
絳攸は小さくえへへと誤魔化すように笑った。
その言葉が嘘であろうことは、扉を開けたときにみた船を漕いでいた様子から見れ取れたが、黎深はこの子供が何故、そんな嘘をつくのかが興味があったので、次の言葉を黙って待った。
「あ、黎深さまは明日も早いんですよね。おやすみなさい」
ところが、絳攸はそれだけ言えて満足したとばかりに、礼をするので、黎深は訳が分からずに眉を顰める。
「それだけか?」
「はい?何でしょうか黎深さま?」
円らな瞳で不思議そうな表情をして首を傾げる絳攸に、漸く黎深も絳攸がこんな時間まで起きていたわけを知った。
つまりは絳攸は黎深に一言『おかえりなさい』と言う為だけにこんな時間まで起きていたというわけだ。
「まったく」
小さく黎深が呟くと、絳攸は何か、気に障ることをしたのだろうかと途端に表情を曇らせる。
「少し付き合え」
黎深はそれだけ言うと入ってきたときと同じような唐突さで踵を返す。
絳攸は慌てて、その後を追うのだった。
【2→】
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