*証(あかし)*
【1】
「ああ、こんなところに…」
邸に帰宅した絳攸は、本邸の庭先にあるトアル高木に視線を留めて呟いた。
「長年この庭を見ていた筈なのに気付かなかったな」
慈しむように見つめるその木の名は楸(ひさぎ)。秋に紅葉する落葉樹である。しかし今の絳攸にとってはそれだけの認識ではない。
腐れ縁かつ恋人である彼の名に由来する大切な木となった。
既に色付き始めた楸の木は、夕日を浴びてきらきらと輝き、その眩しさに絳攸は思わず目を細める。
(こういう日に、あいつは生まれたんだろうか)
愛しい姿が脳裏に甦り、思わず微笑みを零した。その時。
「…何を木を見てにたにたしている」
「れっ、黎深様!!」
前触れなく背後から養い親に声をかけられて、絳攸は驚きから声を上擦らせる。それがますます黎深の不審を煽った。
「楸の木がどうかしたのか」
くい、といつもの如く扇で顎を持ち上げられる。
「いっ、いえ、あの…色付いて、綺麗だなと思い見ていただけです…」
「ほお?紅葉に見惚れるとは随分とお前も風流になったものだな。ん?」
「…っ」
やはりこの人物にごまかしは通用しない。早々に降参して正直に打ち明ける。
「しゅ…藍楸瑛が、自分は秋の生まれで楸の木にちなんで名付けられたと聞いたものですから…。つい、思い出していました…」
「…ふん」
(見惚れていたのは楸の木ではなく、藍家の若造にというわけか)
恥ずかしそうに俯きながら吐露する養い子を見下ろして、苦々しく心の内で吐き捨てる。
しかし、聞きたいことはもう一つ。
「それで?お前は自分はいつの季節に生まれたのかも知らないし、名前の由来も知らないとまためそめそしていたのか?」
「!」
図星、という様を見て、黎深は大仰に溜息を一つ漏らす。そして頤にあてていた扇を外すと、その代わりに今度は素手でより間近へと引き寄せた。
【2→】
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