きづき(日記)

きづき、またかんがえたことをしるす (いっぺい)

2010年12月01日(水)

よう寝れた。 これで今日の研究室泊も元気に戦える。

こそばゆさの感覚は、痛みや熱さのようにその感覚の受容器と神経があるわけではなく、不安感と関連した精神的な作用だと思う。 自分で脇の下や足裏をこしょこしょしてもこそばゆくない。 他人がやるからどう動くか分からず予測できないわけで、 そういう不安感に似た感覚を受ける場面でよりこそばゆさを感じる気がする。

先日、母にマジンガーZとガンダムの違いは何かと問われたとき、 パッと思い付きで「マジンガーZは悪者が存在してそれをやっつけるという話、ガンダムは戦争」と答えた。 ……うん、結構良い回答だと思う。


2010年12月02日(木)

以前設定した Ganglia は何故か動いたなんちゃって設定になっており、クラスター子分のノードに何故か依存していた。 今回 Torque を使った構成で HDD を換装していったところ、 当然その子分ノードが外れることになり、Ganglia が動かなくなった。 ついでなので本腰を入れてドキュメントを読み、再設定することにした。 ようこんなややこしいシステム設計するなあ、と読んでて思った。

ここんところ、いささかややこしいシステムの導入に試行錯誤しているが、 そのプログラムの挙動を理解するのに積極的にアナロジーを探すようにしてみている。 Torque はピザ屋、Ganglia は新聞社でけっこう良い感じに喩えられる。 このアナロジーを探すというやり方は面白く効果的だと思うので、今後理解の難しいものがあれば積極的に使うようにしよう。

Torque を入れてからサーバが不安定。 Ubuntu にしてから Torque を入れるまでの間はそこそこ安定に稼動していたので、これは Torque が原因の一つと見るべきだろう。 あるいは機械が負荷に耐えられないのかもしれない。 3回落ちたところで機械を手持ちで最高性能のものに差し替えた。 機械の処理能力の問題ならばこれでいける可能性がある。 これであかんかったら Ubuntu をやめて、高負荷でも信頼性が高いとされている FreeBSD を試してみる。 Torque も Ganglia もソースから make で入れたので OS 依存の設定は少ないだろう。

サーバが落ちた拍子に幾つかの設定が壊れ、一度辿り着いたところまで復帰するのにまた数時間。

色々目一杯。 ねむい。

ムスメが「はい」としっかりめに言えるようになっていた。 今迄は「は〜い」とやや裏声気味だった。


2010年12月03日(金)

眠りが深かった。

分解作業を効率的にするために導入した星型ドライバーが意外に使い易い。 回すときに逃げてしまってネジ頭をナメるようになりにくいので、プラスドライバーよりも押し付ける力が少なくても良い感じ。

HDD においてネオジム磁石は、ディスク回転部分ではなくヘッド駆動部分に使われている。 シークを早くするためだろう。 ディスク部分は実に綺麗な鏡面。 ガラスに磁性体を塗布しているという話を聞いたことがあったので、 割れるか手で荷重をかけてみたら、割れるというより砕けた。

キリモミって言葉は錐で穴をあけるときの動作からついているのか。

私は腕時計があまり好きではなく、普段はカレンダー付きの懐中時計を使用している。 このカレンダーは常に1ヶ月を31日として回っているので 小の月のあとは日付を直す必要がある。 ついでに時刻も調整したところ、今回61日で 40秒早くなっていた。


2010年12月04日(土)

yaml もしくはそれっぽい構文を自分メモでも積極的にを使っていくことにしたのだが、タブ文字幅を 4文字だと「-」による箇条書きで次の行の頭がずれる。 ということでタブ文字幅を 2文字にした。

職場でインスタントコーヒーとグラニュー糖を配備したら、アーモンドチョコの消費量が目に見えて減った。 そうか、チョコレートは糖分とカフェイン源だったわけで、その代替になるわけだな。

Ganglia、過去の履歴をグラフ表示できないが、 現時点の稼動状況を見ることができるのでとりあえずここで止める。 余裕ができたらこの対処をする。 今はまず、Torque で VASP を使うための便利なスクリプトを作成するのが先。

計算機の台数は設置スペース、電源容量、空調の排熱能力で制限される。 ウチでは電源容量が一番厳しいかなあと思っていたが、 フロアの電流計を見るとまだ余裕がありそうだ。 これも作業する余裕が取れたらやろう。


2010年12月05日(日)

ヨメはセミナー的な何か。 ということで私が昼間ムスメを見る。

ヨメ体調不良。


2010年12月06日(月)

「近くにレストランができたので、食べに来てください」という営業が 研究室に来た。 名乗らず、チラシをくれといっても持ってきていないとか。 これ、物取りか何かでノックして誰もいなかったら何か盗んでいこうとしていたとも見れるな。


2010年12月07日(火)

計算機構築関連作業が一段落。 もうちょっとやりたいことはあるけれど、 それより今はプログラムと研究が優先。 これでまた計算資源が不足してきたら、その時判断しよう。

何といっても Torque が素敵すぎる。 1ノードに1つの計算を30とか40とか自由自在に投げられる。

収束するまで計算を繰り返すスクリプトを作成。 これでまた投げるコストが下がる。 何種類かのクラスタに自動的に最適な振り分け方をするスクリプトも作成した。 がんがん計算してがんがん論文書く。

プログラミングで、クラスの作り方のコツをまた一つつかんだ気がする。 大きさの割に効果の高いクラスの配置を優先して設計したら良いのかも。


2010年12月08日(水)

よう寝た。

お風呂の水を夜抜かずに朝に抜くというのは、防火や地震への備えという観点もある。 震災で水が止まったときに、一番精神的にキツかったのはトイレの水が流れないことだと聞いたことがある。


2010年12月09日(木)

ムスメと遊ぶメニューの一つは、歌を歌ってやること。 昔のポンキッキの曲から適当に歌うことが多い。 「あいうえおつきさまー」とか「いっぽんでもにんじん」とかは、教育効果もありそうなので選ばれることが多い。 しかしこれらを歌ってやると「やいやい」と首を振ることがある。 私が寝かしつけていた時は大抵これを歌っていたので、 ムスメが実はそれを覚えており、 まだ起きていたいのに寝かしつけようとされていると思っているのかもしれない。


2010年12月10日(金)

データファイルがネイティブに持っている情報と、それが表現したいものとの区別。 パーザは前者に沿って設計されるべきだ、ということに気付いた。

いろいろやばい。 計算は次第に進むが、それをどうまとめるか。 しかももう年末じゃん。

10GB 程度しか容量がなかったりクラッシュした HDD の分解は良い気分転換になる。 丸のまま捨てると何か勿体無い気がするが、分解すると最後の一滴まで使い切った気分になれる。 まあ気分の問題だが。 ネオジム磁石とその土台の金具の接着を上手く剥す方法を知りたい。

早くお風呂から上がってゴハン食べて、ヨメと替わってムスメの遊び相手をしようと思ったが、入る前に風呂の蓋が空いていたため水風呂になっており、温まるのに時間がかかった。

ヨメ、妊娠検査薬で陽性。


2010年12月11日(土)

3ヶ月分を3ヶ月ごとに支払うのが無駄遣いという理屈が未だによう分からん。


2010年12月12日(日)

先週も2回研究室に泊まり、疲れが残っている。 今週は出張とさらに別件の打ち合わせがあり、それらの仕事が残っているので、職場に出た方が良いかもしれん。 とはいえやっぱり疲れが出てるので、 朝食後にもう十数分ほど横になってから出ようと考えていたら、「時間があるのならムスメの散歩につれていって」と言われた。 時間があると言うべきかどうか迷ったが、まあこれはヨメの手助けになることだしな。 自分が体を休めるよりは、ヨメの負担が減るように努めよう。 たぶん、ヨメの方こそあまり寝られてないだろうし。

ムスメを公園につれて行くと、帰る時刻はムスメの様子次第になる。 今日は 1.5h ほど一緒に遊んだ。 ムスメの人見知りは相変わらずだが、以前より少しは慣れたような気がする。 以前は 30m 向こうに人がいるだけで顔を伏せて私の足にしがみついてしまっていたが、今日はそういうそぶりを少しは見せるものの、他の子と目を合わせたりできた。 そこにいてくれた他所の子に感謝する。

散歩から帰って昼食を取ると 12:00。 夕食は 18:00 の約束なので、職場の往復時間を考えると研究室では 4時間ほどしか作業できない。 だから今日は職場に行くのはやめて家で作業しようかと思ったのだが、 ヨメが「家に友達を呼んだ、夫は不在と既に伝えている」と言う。 たぶん、男性である私がいたらダラダラできないから、外出していて欲しいのだろう。 釈然としないが、そんなことを言っていたら彼女らがダラダラ一緒にいれる空間はこの世からなくなってしまうので、 やはり異物である私は席を外しているべきなのだろう。 憤るべきはヨメや彼女ら自身ではなく、「女性はきちんとしていなきゃいけなくて、社会からそのように見られている」という思い込みだ。 しかしそれを解決するには、私がそんな偏見で見ない人間だということを彼女らが知らなければならず、それには何度か私と話をする必要があり、手間と時間がかかる。 折角 今日の午後を優雅に過ごしたいのにわざわざそんなことしたくはないだろうし、実際にそれが実現することは永久にないだろう。 女性ってのは本当に面倒な生き物だなあ、とか職場に向かいながら思った。

なお、ダラダラというのは私の勝手な決め付け。 実際は中高生男子が想像するようなオトナのオンナの優雅なアフタヌーンティーパーティみたいな感じかもしれん。

私の場合、私の友人とヨメとがお互いに直接の友人になることを喜ぶし、 できるならヨメの友人とも友人になりたいと思う。 が、それが正しい在り方であるとも限らない。

私は何となく気を使ったつもりで家に友人を呼ぶとかしてなかったが、 実際にはヨメ自身は何も気にしてない可能性もある。 自分が友人を家に招待してるんだから、私がそれをすることも OK と考えてると見るべきか。

似た形状で3つある鍵を識別し易くするための工夫。 赤の油性ペンで持ち手部分を塗り、その上から樹脂で固める作戦は失敗だった。 樹脂の溶剤でインクが溶けてムラになり、書いた文字も読みにくくなる。 また、樹脂がずっとベタつく感じ。 持ち手部分にペンで識別するための文字を書いただけのものも、すぐに文字がかすれて見えなくなった。 結局ペンで書いた上にセロテープで保護するのが合理的だと結論づけた。 なお、鍵の持ち手部分に書く文字は部屋番号ではなく、 アルファベット1文字で表現している。 こうしておいた方が、万一紛失したときに不安が少ない。

プログラミングは、構成要素に良い名前を考えることに結構時間を使う。

子供が確実に自分の子供であるという事への確信の度合い。 男親にとってはパートナーへの信頼とかその子が自分に似ているとかいう点で判断するが、女親は自分の腹を痛めて子供を産むわけで、その確信のレベルがまるで違う。 しかし病院で取り違えたり、取り替えたりということは、母親にとって半ば前提と言っても良いレベルの確信を根底から覆すことになるのだなあ。 とかいうことをヨスガノソラをななめに見ながら思った。


2010年12月13日(月)

プログラミングと資料作成。

学生の研究活動を効率的に動かすためには、指導教員を含めた近い分野の人を近い席に置いて頻繁に話をできる環境を作るのが常道だと私は思う。


2010年12月14日(火)

金曜日に他所の先生を迎えてのディスカッションの予定だが、 水木が出張のため今日中に何とか資料をまとめないと。

自転車の変速機のワイヤーが切れた。 交換せな。 買い置きはたしかあったはず。

調味料をかけた状態で料理を供さねばならないというのはもう信仰に近いように見えるな。 和洋中問わず、調味料をかけた状態で出すものの方が少ない、とまでは言わないが、そういうものが相当数あると思うのだが。 自身に好き嫌いがはっきりある人ほど、好みは人それぞれということを分かっているべきだ。


2010年12月15日(水)

茨城出張。 新幹線の中から富士山が綺麗に見えた。

ヨメからのメールによると、エコーでは胎児の心臓の脈動が見えなかったそうだ。 確定ではないが、覚悟は必要だということ。 予見できずどうしようもないことだったが、結果から言えば出張すべきではなく、ヨメに付いていてやるべきだった。

飲み会。 「うすっぺらい」と評価された。 何故そういう評価をするのかと聞けば、「聞かれたことに反応して答えているだけに見える、自分からこうしたいということを言わない」とのこと。 この人はコミュニケーションの仕組みを理解していないのだと思う。 そもそも意思疎通には時間がかかるものだ。 無限の時間があれば全てを理解し合うことも可能だろう。 しかし初めて会って数時間の時点で知れることなんて限られている。 だから相手と話をして、相手の話題に合わせて相手が知りたいだろう事を選んでこちらも喋る。 「聞かれたことに反応して答える」以外のやり方は、たとえば「相手に関係なしに自分の興味あることだけを喋る」ことになるのだろうが、そんなのは人相手ではなく壁相手に喋っていれば良いことだ。 コミュニケーションではない。

コミュニケーションは、一つの見方としては観測行為と言える。 こちらが何かを言って、それに対して返ってきた反応を見ることで相手がどういう人間かを知る。 先に述べたように、限られた時間で観測するには順序付けが必要だ。 そこで自分がまだ観測していない部分をどう取り扱うかが 人によって異なる。 一つのパターンは、自分が観測していないものをゼロと見做し、 反応を見るごとに加点していくやり方。 また別のパターンでは、 「何らかの値が入っているのだろう」という前提から話し始め、観測によって情報を明確にしてその人の性質を浮き彫りにしていく。 その人は前者で私は後者だったということだと思う。 Ruby 的に言えば、 変数に 0 が入っているか未定義値 nil が入っているかの違いに近いと思う。

飲み会で北海道大学の人と話をした。 北海道大学になぜ獣医学部があるかということについて以前した考察 ( 『きづき 2003年10月12日(日)』 ) を話してみると、やはり農業への畜力利用や畜産という観点が大きいそうだ。 しかしそれだけではなく、軍馬のメンテナンスという側面が大きいとのこと。 北海道は広く、時代的にも馬が主要な交通手段となっていた。 千島、樺太といった地域への軍事活動には軍馬が重要で、 少なくとも第一次世界大戦くらいまでは世界的にも騎兵が軍の重要な位置を占めていたはずだ。 北海道には今でも国立のウマの研究所があり、国のお金が結構落ちてくるとか。 そこではウマゲノムを解明したとかなんとかかんとか。

分子が1つあれば、その分子が持つ周期性などの性質によって複製を作ることが原理的には可能だ。 準安定な結晶を作るのには種が必要という話と同じ。 この世界には二重螺旋の物質はそこかしこに溢れているが、 親からもらったモノを複製する以外の方法でできた DNA は、原初の DNA 以外には存在しない。 全ての生物の祖先になる原初の DNA はどのようにしてできたのか。 地球という広大な環境で何億年という長い時間をかけて、 1つかそこらしか作られない分子っていうのはすごい確率だな。 確率というのはボルツマン分布に従うとすればエネルギーの高低に置き換えることができるのだが、 DNA の構造のエネルギーが高いというわけではないだろう。 もしエネルギーが高いのならば我々の体内の DNA も自然に熱を放出して分解しようとするだろうし、 DNA の複製とかで多大なエネルギーを消費することになってしまう。 別の反応経路が近くにあって、そこでエネルギーが単調変化になっており、極値(停留値)を取りにくい感じなのだろうとか思う。


2010年12月16日(木)

理論物理学者は安楽椅子探偵に似ている。 理論物理学志望の学生に好きなミステリは何かとか聞いてみたら面白いかも。


2010年12月17日(金)

『R.P.G.』(宮部みゆき)読了。 舞台の作り方がうまいね。


2010年12月18日(土)

酒屋で「負けるなよ」と言われた。 「戦ってないから、負けません」と答えたら 「そういう答え方もあるのか」と妙に感心された。


2010年12月19日(日)

Wikipedia によると、流産というのは全妊娠の 8-15 % に生じるとのこと。 そのくらいありふれたことであり、我々の身に降り掛かることは十分にありうることだ。 誰が悪いわけでもない、ただ自然がそのようにあるだけだ。


2010年12月20日(月)

持っている鍵はリングでカラビナにまとめ、 紛失しないようにコイルストラップでズボンに繋いでいる。 1つの鍵に1つのリングというようにしていたが、 幾つかのグループごとに1つのリングというようにした。 検索性が少し上がった。

南瓜にカビが生じていたので表面を削って蒸した。 うまうま。

ヨメはつわりと流産のショックで一時的に義実家に帰っている。 師走でバタバタしながらも、少し寂しい。 ムスメは何ができるようになっているだろう。


2010年12月21日(火)

自転車のシフトチェンジのインナーケーブルが切れたので交換。 グリップも痛んでいたので交換したが、あとで調べたら揮発性の潤滑剤を使うべきらしい。 無駄な時間を使ってしまった。

某所で去年の冷凍肉を発見。 冷凍肉の耐久限度がどんなもんか分からんのでぐぐってみた。 「半年いけた」という剛の者もいたが、「1ヶ月くらいだろ、常識的に考えて」という意見が主流。 そんな中、「素焼きして食えたら大丈夫、腹壊すようなのは明らかに変な味がする」という実に素敵な判定法があった。 なるほど、確かに人間の味覚センサーは馬鹿にしたものではない。 ということで件の去年肉を焼いてみたところ、途端に変な臭いが漂った。 後悔なく捨てることができた。 冷却、保存にいろいろ条件はあろうが、12ヶ月は論外、10ヶ月は失格、8ヶ月は補欠合格という感じ。 8ヶ月のも「変なニオイがする気もするが、気のせいかもしれない。というか 3つめなので鼻が馬鹿になっているのかもしれない」という微妙ラインだったが、とりあえず気のせいということにして今日は8ヶ月肉を試すことにした。 食えるかテストの試し焼きの後でどうしようか逡巡してたらキムチがあったので豚キムチという方針で。 思い付きでキャベツも少量入れて炒めたら結構美味かった。

8ヶ月の豚バラ肉、フライパンで素焼きしただけなのに脂身から脂が融けてひたひたのカラアゲ状態になった。 脂はできるだけ落とす方針なのでカリカリベーコンみたいになるまで徹底的に焼いたら融けて溜まった脂がフライパンの底 3mm くらいの深さになった。 こんだけの脂を排水に流すのはマズかろう。 水に魚が住めなくする能力において油脂はトップクラスだった筈。 さらに豚脂は常温で固体の脂なので下水管の管内面などにこびりつき詰まりの原因にもなるだろう。 ということで食品用ではない小鉢に移しておいた。 冷えて凝固してから燃えるゴミとして出せば良いだろう。


2010年12月22日(水)

昨日の豚脂の小鉢にティッシュペーパーを紙撚りにして芯を立てておいた。 今朝芯に火をつけてみると蝋燭のようにちゃんと燃えた。 でも若干煤が出るな。 室内が汚れるのも嫌なので消してゴミ箱へ。


2010年12月23日(木)

ヨメ明日病院。 処置の準備。


2010年12月24日(金)

ヨメ病院。 その間ムスメの世話。 午前の散歩で近所の神社に行って、 「神さん、あの子をどっかで見かけたらようしてやって」とか、 「子、また父ちゃんと母ちゃんの子として生まれておくれ」 とか、ムスメと一緒に祈ってみた。 そいで年賀ハガキ買って公園でブランコ。 ムスメは、ブランコの鎖を握る手が冷たくなっているのに、 眠そうなのに降ろそうとすると「やいやい」。

年賀状のプリントアウトをしようにもインクが尽きていた。 買い置きしてあったインクは型番が違って、近所のスーパーではその型番がなかった。 午後、ムスメの世話を母・姉にお願いしてその間になんばのビックカメラへ。 自転車で行ったら有料駐輪場がほとんど空いてなく、15分くらいうろついてようやく見つけた。 これだったら地下鉄で往復した方が良かったな。 現地では黒とイエローのインクカートリッジを購入し、 ゲーム売り場で PSP 版タクティクスオウガを眺めながら「やってる暇はない、やるべきではない」と3回念じて、それからさっさと帰った。 プリンタは最近ノズルが不調だったのだが、 カートリッジを交換して数回ヘッドクリーニングすると正常に動作した。 そいで年賀状をプリントアウトしては少し修正し、を数回繰り返してから必要枚数をプリントアウト。

最近、ムスメに「お父さんはお見通しやで」とよく言う。 用例、「本当はお腹減ってるんやろ、お父さんはお見通しやで」 「本当は眠いんやろ、お父さんはお見通しやで」。


2010年12月25日(土)

年賀状を書き上げ、投函。 宛名書きソフトウェアを導入すべきだな。 筆ペンで書くのは結構好きなんだけど、神経使うし時間がかかる。 「あの人にも送っておこうかな」と思ったときに 「書くのが面倒だからやめとこう」と感じてしまうのは良くない。 それに全部を筆ペン/プリントというゼロイチ選択ではなく、 筆ペンで書く相手、プリントでやる相手と分けても構わない。 1万円以下くらいなら十分価値のある投資だろう。 ということで来年末までには買うべきソフトに目星を付けておこう。 たぶんデータベースの持ち方がポイントになると思う。

『テレプシコーラ』最終巻読了。 うん、確かにここが終わりどころだな。

義兄との将棋で久々に勝利。 といっても8枚落ちだけど。 8枚落ちというのは、相手の手駒は歩・王将・金将しかいないということで、 盤に並べてみるとこれで負けるものかとびっくりするようなハンデなのだが、連戦連敗の末ようやく一勝。 やっぱり間を置かずにやらんとあかん。 義兄にとって私は実力がかなり低い相手と対戦することになるのでひょっとしたら退屈かもしれんと思っていたが、向こうも結構喜んでやってくれているようだ。 譜面相手にやるよりも、人間相手にする方が面白いのかもしれない。


2010年12月26日(日)

火曜日に京都出張が入り、その準備をしておく必要があるので出勤。 つーか年越し向けに計算たくさん仕込んでおかんとなあ。

図書館などから借りた本の必要部分をコピーして持っておくことを考える。 その場合紙で持っておくとかさばるし、検索性も悪いのでスキャンして電子データで持っておきたい。 ドキュメントスキャナがあるので、 自分で買った本は裁断器で1枚ずつバラバラにしてスキャンすることが比較的ラクにできるのだが、借り物の本はそうするわけにいかない。 フラットベッドスキャナで一枚ずつスキャンするのはやりたくない。 一度コピーしてそれをスキャンする手はなくもないが、紙の無駄だし無駄なコピーを経由するため品質も落ちる。 職場のコピー機にスキャナ機能があるのでその設定をした。 そして最適なスキャン条件を求めるために、カラーモードやスキャン品質についてキチンとテストを行った。 白黒二値は品質的な問題があり、グレーとカラーではファイルサイズの差があまりないことから白黒ページでもフルカラーで取った方が便利だと結論付けた。 こういう風に最適条件を実験をまじえて論理的に導く手続きを進めていると、「工学者だなぁ」などと感じたりする。

実家で M-1 を見た。 今年で最終とのこと。 中々面白かった。

今日の将棋は負けた。 義兄曰く、「そう簡単に(駒を落とす)枚数を詰めさせるわけにはいかない」。 くそう、悔しいなあ。 教えによれば、角の効き道を邪魔する金をどけるために、歩を打てば良かったらしい。 「邪魔な駒はつついて動かせば良い」という考え方が足りてない。

格上の相手の打つ手に乗ってしまうこと。 相手が想定している手なのでそれは絶対に変な手ではないので少し安心してしまう心の動きがあるが、これは甘い罠だ。 結局いいように転がされて少しずつ勢力を削られていくので、 基本的には自らの意図を持ってそれに対処するか、別の手を打っていくべきだ。 ただし、どのように自分にとって不利なのかが理解できていない場合にはその解答を得て次からの糧にするために乗った方が良いこともあるだろう。

将棋指しは、自他の勢力を一次元化したバロメータを脳内に持っているのだと思う。 角を持っていれば何点、角の位置や効きの広さによって何点、角が成っていれば何点という風な。 銀金交換では、-2 +3 とか、そんなの。 このバロメータを最大化する手というのが幾つかに限られるので、その候補の中から選択するということで手の探索を高速化しているのだと思う。 今の私は、将棋においてどういう資源があるのか、それぞれの資源が相対的にどれくらいの価値を持つのかがうまく定量化できていないので、これをある程度磨くことが上達への近道だと思う。

クレジットカードで貯まったポイントが 12月末で切れる。 そもそもあまり貯まってないので大したものにならないので 金券っぽいもので埋めることにした。 図書券という手はあるが、書店で本を買う機会は年に1回もない。 マクドナルドならプログラミングの勉強会前にチーズバーガー1個のように小腹抑えによく使うので、このプリペイドカードだったら使い切れるだろう。 ということでプリカ1000円分2個申し込んだ。 そのうち1つが 5% の抽選に当たって 3000円分として送られてきた。 合計4000円分。 ささやかな大勝利の気分。


2010年12月27日(月)

いろいろうまくいかんなあ。 副格子に注目して格子間サイトをピックアップする手順をどうにかしたい。

電車でよく見る、過払い金を扱う法律事務所の広告。 「過払い金が戻ったから豪勢に○○するぞ」というパターンが多い。 うーん。 「手元に金があるから使う」という性格だから借金することになるわけで、そういう人間は支出に対してもっと注意深くあるべきだろう。 まあこの手の広告がターゲットとする人達は、こういう状況になりたい(お金を使いたい)と願う人が多いだろうから、広告としてはそれで正解なんだろうけれど。


2010年12月28日(火)

京都出張。 共同研究している先生が、私の学生時代の教授にそのテーマの話をしに行くと聞いたので臨席することにしたのだが、これは社会人ドクターの人の研究報告的な位置付けだった。 なので私はでしゃばらず、できるだけ喋らないでいた。

そのあとその研究室の忘年会。


2010年12月29日(水)

知人宅での餅搗き。 初参加の現役大学生も来てたが、私もまだまだ若造には負けん。 つか、彼らが杵を振るうのを見てると、腕で持ち上げ腕で振り下ろしている。 そうではなく、体幹で持ち上げ、体幹で振り下ろすようにしないとすぐにバテてしまう。 私も体の使い方が上手くなり、そういう観点が持てるようになった。 体の動かし方以外では、3人でかわるがわる搗くときに最初の1周は順序とタイミング確認のために軽く搗くとか、臼の中で搗きの甘い部分を狙って搗くとか。 そういうところにも経験の差が。

義兄と将棋。 負け。 詰められた手は一手詰めの本に書いてあった手だった。 詰め将棋をするときは、攻め手として考えるのと同時に、 受け手としてこういう形にしてはいけないという視点で見る必要があるということに気付いた。


2010年12月30日(木)

体調を崩して実家に滞在していたヨメが帰ってくるので、掃除機、拭き掃除、そんなこんな。

ムスメに携帯電話を持たせて「もしもし」と話しかけると、「はい」と答える。 携帯を持ってないときは「もしもし」と問うても答えない。

ムスメは電話が好きなようなので、固定電話の子機を持たせて内線をかけてみた。 何かの拍子にハンズフリー通話になった。 受話器から声がでるのに驚いた。 怖がって受話器を床に置いた。 そして気味悪そうに 1m くらい距離を取った。

アンパンマンのビニール人形を修理。 面に空いた小さな孔はセロテープで塞ぎ、接合部に孔がある場合はセメダインで埋める。 孔の場所が分かりにくい場合は、風呂に持っていって湯水に浸してやれば泡の出る場所を確認できる (自転車のパンク修理のテクニック)。 ということで、完全ではないかもしれんが、少なくとも空気漏れの速度はかなり落ちた。 ムスメは直ったアンパンマンを喜んで抱きかかえ、玄関に行き、そして放り投げた。 「あーあ、せっかく直ったのに。そんな風に投げてたらまたアンパンマンさん萎んじゃうよ」と私が言ったら、 ムスメは「あーあ」と言った。 俺の「あーあ」を真似たんだろうけれど、そんなにいつも「あーあ」って言ってんのか、俺。


2010年12月31日(金)

大晦日。 私の実家では、今年は昆布たっぷりの牡蠣鍋で、そのあと蕎麦。 美味い。

実家から適当に帰宅。 年明けを待てずに力尽き、23:00ころ寝た。


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