周囲の環境がカラオケな感じじゃなかったので、ひとりカラオケへゴー(ひとりでできるもん)。 BUMP OF CHICKEN の詞、曲は大好きなんだけど、私の声域とは全然合わないことが確認できた。 いやまあ前々から薄々分かってたんだけど、なんぼ練習してもあれは無理だ、ということが致命的に分かった。
日々の娯楽の一つはかつての寮仲間と IRC でチャットすること。 ほぼ毎日してるのだが、今日はなんかいいチャットだった。 ああ、勿論毎日いいチャットしてるよ? チャッてるよ?
しかしまあ、こいつらとのグダグダチャットももう2年近く続いてるのかと思うと、なんか感慨深い。
お菓子は日本の物が一番美味いと思う。 ああ、パティシエが一つずつ手作りするような奴ではなく、工場で大量生産されるような奴、という意味で。 そう、ぶっちゃけロッテとかブルボンだ。 しかしまあ何を美味いと思うかは育った環境に強く依存し、 その地方で美味いと思う人が多い味をメーカーは作るものだから、 この国で大多数と同じ味覚文化を持つ私にとってそれは当たり前の話ではある。 だからアメリカの子供がプラスチックみたいなキャンディを喜んで食ってて、 私がそれを不味いと思うのもある意味当然の話。 だけど、アメリカの子供が日本のお菓子を食べてもマズいと思うのかなあ。 そうだとはあまり思えないのだけれど。
日本は島国で四方を海に囲まれているが、近世以前の日本史における海運、海軍の重要性はそれほど高くないように思う。 これが少し不思議。 中世以前のヨーロッパだと、地中海の海運を支配することがかなり重要だったと習った気がする。
疑問を感じてから1日後くらいに、ふと思った。 日本のように陸を海が囲んでいるか、地中海沿岸のように海を陸が囲んでいるかの違いに因るのではないかと。 人が住むのは陸なので、つまるところ輸送は陸上のある地点から他の地点へという形になる。 海上輸送の最大のメリットは、地上に比べて摩擦が小さいため一度に大量の物資を輸送できること(一言で言うとスケールメリットが大きいこと)だが、地中海のように海を陸を囲む形の地形では、目的地までの距離を直線で結ぶことによる実速度上のメリットもある。 しかし日本のように陸を海が囲む形の地形では、陸上輸送の方が距離的に短いので海上輸送の実速度におけるメリットがあまりない。 こういう側面があるのではないだろうか。
対人競技ゲーム(テーブルゲームなど)について、 私はゲームそのものに対してかなり真摯に取り組む性質があるようだ。 私は公平性というものをかなり重視しており、 例えば開始時点で曖昧だったルールを詰めるなど、ルールが変わる可能性のある議論はラウンド中ではなくラウンド間に行われるべきだと考える。 また、基本的に全てのルールはゲームが始まる前に共有されているべきだ。 プレイが終了してから「これこれこういうルールがあって、こういう順位を付ける」と言うのはフェアではない。 なぜなら、それまでのプレーはその順位の付け方というルールも折り込んだ上での戦略がなされているべきで、一方だけがそのような戦略的な行動を取り得ることになるのだから。 勿論全ての情報格差がアンフェアだと言うつもりはない。 たとえばゲームが行われることが前日から分かっているならば、 ルールを知らないことは本人の不勉強によるものとも言える。
勝つための最善の努力、方策というものに強く興味がある。 それは、単純に勝つことそのものよりも、私にとって重要な部分だ。 (この辺『ひぐらしのなく頃に』の部活の影響もあるかもしれない。) 私が単純な意味で勝ち負けにこだわっているのではない、というのは公平性に拘っていることからも分かるだろう。 勝つことだけが目的ならば、自分だけがルールを知っている状態が一番有利だし、 ルールが変わる可能性のある議論は自分に有利なタイミングで行えばいい。 そうしないのは、勝つことそのものよりも、対等なルール上での最善の手は何かという知的ゲーム的な側面を重視しているからと言える。 だからゲーム後の検討は「勝ったか負けたか」ではなく、「自分の行動が最善だったかどうか」の部分が大きい。 最善手を尽くして負けたのならそれは仕方がないものだし、いっそ清々しい。 後出しでルールを提示されて残念に思うのも、戦略を楽しむという知的ゲームとしての側面を楽しむ機会が与えられなかったと感じている面があるからかもしれない。
京都で会食。 まああれだ、見合いみたいなもんだ。 そのあと寮関係の友人らとカラオケ。
サウンドチップ2題。
去年10月に新調したPC ではマイク入力ができなかった。 先日サポートに問い合わせたらサウンドチップのドライバにバグがあって、先月出たドライバを試してみろ、とのことでその通りだった。 しかし「機能しない」バグはテスト一発で判明する筈で、それをやってなかったということは、ドライバがキチンと完成していないことが分かった上で出荷してたのかなー。 あとフロントオーディオジャックが上手く機能しないのだが、これはまあ背面が使えたら取り敢えずはいいから放置しておこう。
突然、FreeBSD 機から音が出なくなった。 ソフトウェア的には何もしてない筈なんだけど……。 スピーカーの音量を一杯に上げるとザラザラと頼りない音がノイズに混じって出てくる。 mp3 だけでなく、wav もダメなので、再生アプリの問題ではなさそう。 Windows でキチンと鳴ってるケーブル&スピーカーを使ってもダメなのでこれらが悪いわけでもない。 カーネルはさわってないし、改めて kldload snd_driver.ko しても症状は変わらない。 チップが故障したのかなあ。
トラックボール買っちゃった。 Kensington の Expert Mouse 64325A。 12k円もしたが、可愛かったし。 デバイス的には単にポインティングデバイスなので、当然だが無事に FreeBSD と Windows での synergy 共有もできた。 右上ボタンは Windows では専用ソフトで機能割り当てが可能なんだけど、当然 UNIX 経由では使えない。 (第4ボタンとしては使えると思うけど、それを設定するのが面倒。) まあそれはそれとしておっけー。 対抗として少しだけ迷ったのは Logicool のコードレストラックボール。 これは7.5k円と比較的安かったんだけど、トラックボールって無線である必要ないのにそれで電池(交換の手間)が必要というのはなんだかなあ。 人差し指操作のトラックボールに対する憧れみたいなのがあって、前者は人差し指操作だが後者は親指操作だった。 あとボタンが8つと多すぎるのがワタシ的に美しくなかった。
夕焼けの次の日は晴れ。 これは、西方に高気圧が在って雲がないから夕焼けが起こり、西から東へと気圧配置が移動していくから。 そこで思ったのは、この気圧配置は西高東低の典型的な冬型気圧配置だということ。 ということは、冬の夕焼けの前後は冷え込む、ということが言えるかも。
計算条件の妥当性を検証する自分なりの手順を構築した。 やってみて初めて、どうしてその条件でいいのかを判断できるようになった。 今気付いたが、計算機を使った研究というのも、もう5年近くやってるんだな。 5年もかけて為したことの少なさに愕然とする。 しかしなんか分かってきたので、これからはきっと早い。
研究のメモを論文に倣って、
査読とりあえず終わらせた。 やっぱりまだ引き受けるべきじゃなかったなあ。 論理を追うだけでなく、周囲の状況を鑑みて学術的に価値があるかどうかを判断することが査読の重要な役割なのに、俺はその能力が著しく欠けているのだから。
シベリア超特急を見た。 すごいな。 このつまらなさは。 心の底からどうでもいい。
友人の結婚式。 小中高と同じ学校だったけど一度も同じクラスになったことがない人と初めて話したり。
ダラダラと。 パワーがない、最近。 パワーが欲しい。 作品を作るパワーが。 いや、少なくとも余剰の時間をダラダラに費さず、研究に費せるパワーが。
多人数で仕事を進める際の仕事の組み立て方。 CPU で言うところのパイプライン処理というか、 idle して空いてるリソースがないように個々に仕事を割り振るというのは、やはりそれなりに希有なスキルなんだな、と思った。
『王様のレストラン』第1話。 きちんとエンターテインしてくれる。 デキル奴が仕事を片付けるというカタルシス。 姉がかなり薦めて来てたので期待できそうとは思ってたんだけど、とりあえずキッカケはつかめた。 とりあえず見るぜ。
平日昼間ってなんでこんなに眠いんだ? 昼休みという名目でソファで横になること屡々。
なんかダウナー。 やる気シナイナー。
普通の人は歩くとき、左右の足の使い方が違う。 右足利きの人が歩くとき、右足は蹴り出すように、左足はその上に乗るように使っている。 そう意識したことない人は、試しに一歩ずつ石を蹴ることを想像してみながら歩いてみよう。 利き足では膝の関節も使ってスムーズに蹴れるが、逆の足では足は比較的上から置くように運んでいる筈だ。 走り幅跳びでどちらかの足で踏み切る方が得意、というのも利き足と関連がある。
人間は歩いていると無意識に左に寄ると言われている。 それは心臓が左にあるからそれを守るようにするためだ、とか言われている。 ふと思ったのは、これは右足利き、左足利きの問題じゃないかな、ということ。 足が右利きの人は、右足を蹴り出すためストロークが相対的に大きくなり、そのため歩行の奇跡は左にカーブするのではないかという理屈。 だとすれば、人が歩いて左に寄るのは、右足利きの人間が多いから、ということになる。 これに対する検証・反証は左足利きの人に聞けばいいだけなのだが、心当たりがない。
人生って短い。 俺はあと何十年生きても、何も為せない気がする。
Synergy を使って入力機器を複数PC で共用している。 しばしば、キーボード入力中に腕がマウスに当たってフォーカスのある PC が意図せず切り替わってしまうことがある。 トラックボールだとそういうことが起こらないのが想定外のいいところ。 しかし、トラックボールはウェブブラウザやファイルブラウザのマウスジェスチャが少々不便。
王様のレストラン第5話まで。 とてもテクニカルに、理論的に構成されている気がする。 才能ではなく、論理で作られている匂いがする。
以前にも耳にしたことは勿論あるが、先日聞いた「土日は休む主義」という言葉には深く感じる所があった。 土日に仕事をできてしまうため、すればいいやと思ってしまうため、本来の勤務時間である平日の仕事の密度が低くなってしまう面がある。 土日に仕事をできないことにしてしまえば、その分平日は仕事の密度を高めざるを得ないし、金曜日は一種の締切になるわけで、締切効果による作業密度の向上も期待できる。 仕事をできないならば、土日は遊びに集中してより良く遊べるし、 結果として全てのスループットが上がるのではなかろうか。 一度試みてみたいところだが、 これは平日の作業密度を高めることを目的としているわけで、 ならばこの土曜日から始めるのはアンフェアだし意味がない。 また、十分な覚悟と意識を練っておく必要がある。
ダラダラするまえに計画を立ててみることを思い付いた。 仕事をしないで遊ぶ場合は、その前に何時間だけこれをするとか、一考してからにする。 でもそれってダラダラというのだろうか? てゆーか、無理だよ、それ。
酒を買いにいった。 いつもの試飲できる酒屋だが、隣にかなりのんべのオバサンがいて面白かった。
『とらドラ』(2)。 なんか普通だぜ。 先に持てる期待よりも、他にやることがある感が大きいのでここで切ろう。
王様のレストラン終了。 やっぱりよく出来てる。 面白かった。
デートというやつ。 まあなんだ、お年頃という事なんだろう。
よく見るエレベータでは、各階にあるボタンは[↑], [↓]の2つであることが多いが、 ここで行きたい階を直接示せるようにしたらその情報を使って複数のエレベータをより効率的に動かせるのではないだろうか。 しかしたぶん、各階のボタンが増えるとメンテナンスのコストが増えてしまうのだろう。 ……と思っていたところ、今日、このように各階で乗る前に行き先を示すことができるエレベータを発見した。
Kanon のTVアニメを最後まで視聴。 良かった。 やっぱしシナリオそのものはやや病的な気はするが、演出が良いからそれでいいし、あれくらいやった方が良い気もする。
仕事のあと京都まで飛んでって某卒業生の送別会。 酒で完全に出来上がってから寮へ。 私はカンジワルイのを自分自身のキャラ作りにしている面があるが、この時は特にカンジワルかったらしい。 「らしい」というのは、酔いが回り切っていてあまりちゃんと覚えてないから。
最近記憶が飛び易くなってきた気がする。 これは酒に強くなってきたからじゃないだろうか。 以前はここまで酔う前に眠くなって眠ってしまっていたのが、 眠らずに飲み続けることができるようになってしまったため、 記憶回路が死んだ後も話が続けられるようになってしまったのではないかと。
春分の日なので、寮で昼過ぎまでダラダラと。 iss, サトレ, michy, michy のツレ、そして私。 5年前に戻ったかのような空間。 michy のツレはどっかの大学の漫研人らしく、カンジヨイ人だった。
ビィヤントでチキンカレー食って帰った。
ウェブサイトを管理するという仕事。 で、最初に与えられたファイルが尋常じゃなく汚いソースの HTML。 どうやら MS Word で吐かれた HTML らしく、隣り合う単語も別々にフォントを指定しているとか、もうどこに何が書いてあるのか分かんない。 本当は修正依頼が来たら迅速に修正すべきなんだけど、そういうわけでなかなかモチベーションが上がらない。 てゆーかモチベーションの問題ではなくコストの問題として、編集性が非常に悪いため1文字修正するためにかかるコストも馬鹿に出来ない状態。
生まれて初めて、女性を誘って飯を食うという経験をしてみた。 慣れない、ある種の極限状態にやはり慌てていたのか、研究室から退室する際にデジカメを持ち帰るのを忘れてしまった。 今週末は使用する場面が多そうだというのに。
高校の友人の結婚式。 同窓のラグビー部連中も来ていて彼らのいうことには、どうも私は「最後の軍人」というイメージでそういう符丁で呼ばれていたらしい。
自分のゴツめのデジカメを研究室から持ち帰り忘れたので、母の小さい奴を借りていった。 ブレないようにかなり気を付けていたのだが、室内では光量が足りずパッとしないものしか撮れなかった。 屋外で撮るとまだマシなんだろうけどなあ。 あるいは、コンパクトなデジカメでも腕があればそこそこの写真が撮れるのだろう。 そこそこ高級なデジカメを持つことの意義は、腕が足りなくてもそこそこの画面を作り易くなる、という面があると思う。
高校の同級生の新居にお邪魔の会。
今春学部を卒業する同期入学の友人を祝う焼肉会 in 京都。
某大学卒業式。 ということで、今春学部を卒業する同期入学の友人と先輩を祝う横断幕を飾ってきました。
昨日16:00に京都入り。 作業自体は15:00スタートだったんだけど、前の予定が押してちと遅れた。 首謀者 ssg, kdy, ipp, 協力 犬大将, 通りすがり iss, mog。 kdy に買ってきてもらった 0.9x18m の布を広げ、犬大将に卒業を祝う文言を書いてもらい、 ロープに縫い付けた。 風が強くて大変だった。 19:30ころまで作業して、焼肉。 卒業予定者の奴を囲む会に、私もしれっと参加。 奴以外は大体計画を知っているが、皆しれっとしながら談笑。 肉欲を満たした後、大阪に帰ったと称して犬大将宅に泊めてもらう。 翌日、平日なので当然いない筈の俺がスーツで現れるというドッキリ効果を狙う。
当日朝、体育館対面の壁面に張る作業。 奴が体育館に入ったあと出てくるまでの間が勝負だが、その作業を確実に行うために6:00から現地で仕込み作業。 1.5時間ほどで仕込みは完了、横断幕を裏返して置いておく。 一度寮に行って朝飯を食う。 ssg, kdy の2名は徹夜で奴と話をしていたらしく、体力が限界近いらしい。 9:15、状況を開始、 ssg が奴にモーニングコール。 奴に寝倒されたらこちらも残念なので、ここは確実に念を押す。 俺は大阪にいることになっているので、先に部屋を出て脚立を持って学内ルートで現地へ。 ssg は奴と一緒に学外ルートで体育館まで行き、奴が体育館に入ったことを確認したことを連絡、そして横断幕を展開。
10分も経たず、携帯が鳴る。 友人メーリングリスト宛のメールだ。 奴「先生怒らないから、やった人は手を挙げなさい。」 卒業式はまだ終わってない筈だが、どうやら人大杉で入れなかったらしく、外の空気を吸いに出たところで横断幕を発見したらしい。 俺も姿を見せて奴らと記念撮影して、撤収。 横断幕を晒してた時間は結局1時間くらいかなあ。 たった1時間のためにかなり労力を使ったもんだが、その効果はあった。 道行く人や体育館前に集まっていた人々にそれなりの注目を集めていたし、「アホがいる」と影で評価されていたし。 奴に「俺は今笑ってはいるけれど、喜んではいないよ」、 「ipp も人の嫌がることにかけるその情熱を別のことに振り向けなさいよ」 と言わせしめたし。 なお、今回のミッションは私の発案ではありません。 私がしたことは、実現に向けての努力を惜しまなかっただけです。
某教授の定年退官記念宴会。
他人のほんの小さなミスに目くじら立ててあからさまに不機嫌な顔を作ってしまった。 しかし彼は故意にそうしたのではなく、次からは改善してくれることが期待できるならば、 以前から公言してるように、私は寛容であるべきなのだ。
ようやく暇が空いたのでウェブサイト管理の HTML に手を入れる。 無駄なフォント指定や span を消していくと、HTML ファイルサイズが 1/10 に減った、 と聞くと如何に酷いソースだったかが想像できるだろう? あと1ページ以下の分量のために別ファイルにしていたものを1ファイルに統合したり。 やっぱり俺は、綺麗に仕事をしようとしすぎているか? いや、これくらいはしないといけないだろう。
桜がそろそろいい感じ。
写真とか、空を背景に木々の枝が伸びている画面が好き。 自分で描くのが嫌になるような細々としたものがクッキリとハイコントラストに描かれるからだろう。 空は光っているんだなあ、と思う。 あと、空のグラデーションが好き。 水色から青色とか、紺からオレンジとか。
写真を撮るときや絵を描くとき、人間の視点より低い位置に視点を置いた方が良い構図を取り易い気がするんだが、これは何故だろう。 大きさや広さを強調し易いからだろうか? 遠近の差がつきやすいからだろうか?
川の流れはどうして外側が速くなるのだろう? 小学校の理科「川の流れ」で習ったまんまに覚えてきたのだが、 どうしてそうなるかが分からない。 流体力学とか勉強したら分かるのかなあ。
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