肉食獣は牙と爪を、猛禽は翼と嘴を、大型草食獣は体重と高さを、小型草食獣は素早さや身を隠す術などの武器を持った。 このように見ると、人類は単純な意味での生存能力は低いと言わざるを得ない。 このため人類は特定の食物だけで食い繋ぐことができず、様々な物を口にしなければならなかった。 種々雑多なものを摂取することから、多種の栄養素を食物から取り入れることになった。 強く、単一の食物を得ることができる動物は体内で足りない栄養素を生成する機構が必要だが、これらの栄養素を食物から十分に摂取できる場合にはこの機構を省略することで生存のコストを下げることができる。 このため雑食というシステムは人類にの生存にとってプラスに働いたのではないか。 こうして体内で栄養素を生成する機構を省いたために、現代の人類は多種の必須アミノ酸やビタミンを得るためにバランス良く食事をしなければならないという枷を科せられているのではないだろうか。
……という因果関係は「弱いから→ある面で有利→だから別の面で弱さを生む」という逆転、逆転の論理になっていて面白い。
雑食というシステムには、単一の食物の頼らないというリスク回避の利点もあるな。 草食動物は植物が死滅したら、肉食動物は草食動物が死滅したら終わりだが、雑食ならどちらかだけなら(危機的状況には変わりないが)最低限一部の個体が生き残る可能性がある。
大型の肉食獣……象やキリン程度の大きさの陸生肉食獣が存在しない、というのに今気がついた。 理由は(おそらく)明白で、草食動物なら高い木の葉や木の実を食えるという利点があるが、肉食動物の場合はそんな場所にいる動物は殆ど、否、体格を大きくするのに見合うだけの動物が存在しないから。 このように考えると、陸生草食獣の最大サイズを決める要因の一つに木の高さ、というのがあったのではないだろうか。
でも考えてみれば過去に恐竜(ティラノサウルス)という例があるので、先の議論は厳密にはどこまでも正しいわけじゃない。 とりあえず今思い付いたのは、ブロントサウルスくらいの巨大動物を狩るにはティラノサウルスくらいのサイズが必要だったのではないだろうか、ということ。 また、ブロントサウルスがあのサイズになったのは、空気中の二酸化炭素が多かったのか気温が高かったのか、はたまた日光が強かったのか、シダ植物が極端に高く成長できる環境だったのではないだろうか? (この辺になると論証というより妄想に近いが)
私という人間が生き残るには、ある能力に特化すべきだ(、そしてそうしたい)という思いがある。 それこそが社会的分業という奴だろう。 しかし、平均的に能力を伸ばすことも(ソルジャーやアマゾネスのように!)、生物の生存としては正しい戦略なのだ。
個体として平均化の最善はソルジャー的なパラメータを持つ事だが、群としての平均化の最善は全員がソルジャーの集団ではなく、適当にナイトやウィザードが混ざった状態なのだろう。 これもなんだか面白い。 ……「おもしろい数のパラドックス」に近いニュアンスを感じる。
おもしろい数のパラドックス(エドウィン・F・ベッケンバック)の骨子:
数を面白い数とつまらない数に分けたとき、つまらない数の中で一番つまらない数はある意味特徴的な数なので面白い数と言える。
これを無限に繰り返した時、全ての数は面白い数と言える。
日本語のカタカナは外来語や固有名詞、ラフな表現では強調を表し、この機能は面白いと思っていたけれど、英語では capitalize が概ねその機能を果たすのだな。 即ち曰く、capitalize を見たらカタカナと思え。
主に UNIX で生活している人間としては「ディレクトリ」という名詞をよく使うのだが、これはWindows 風に「フォルダ」と呼ぶ方が一般的な認識にマッチして良いのではないかと最近思うようになった。 でもやっぱり中身は「包含するファイルの情報を指し示す名簿(directory)」なんだし、何より cd コマンドの名前の根拠が揺らいでしまう。 UNIX 文化の人がディレクトリをフォルダと言うようになる日はきっと来るまい。 それに cf なんて打ちにくくて嫌だしな。 ディレクトリはディレクトリでいいや。
でも LDAP が提供するディレクトリサービス、という別の意味のディレクトリという言葉が使われるようになったのでディレクトリという名詞はちょっと不便かな、という気もする。 ……まあどうでもいいな。
こないだ鼻歌歌ってて気付いたんだけど、日本全国酒飲み音頭(♪一月〜は正月〜で酒が飲めるぞ〜)の曲ってビビデバビデブーなんだな。 全然気付かなんだ。
KDY から漫画を引き受け、ついでにラーメン屋。 つけ麺が評判の店だったらしいが、冷えた麺は今一私の好みではないということが分かった。
Dragon Voice。 ボイスレンジャー編のさくらちゃんが、今、俺の中で大変なことになってる。
ライブで同時に歌って勝負だって。 The STAR だ……。 The STAR だよママン。
最終巻到達。 歌で戦争を無くすんだって。 The STAR だ……。 The STAR だよママン。
スペースチャンネル5だ……。 一般人が激しく躍らされています! スーパー踊り時空大発生だよママン。
デスノートは実に面白いなあ。
『学習まんが 日本の歴史(21)』をアマゾン経由で入手した。 発行は 1998 年だった。 なんだ、20世紀だったのか。
『数値計算の常識』(伊理正夫、藤野和建)読了。 まあ半分以上は今の私には直接求められていない技術なのだが、(特に4章までは)とてもエキサイティングだった。 計算条件の妥当性を評価するためには、その計算で得られる精度が条件に対してどのような関数になっているかが問題なわけだな。
icewm の 中ボタンでのフォーカス。 痒いということに気付いてさえいなかったけれど、実に痒い所に手の届くオプションだ。 リンク先には若干の typo が潜んでいて、実際には「ButtonRaiseMask = 7」。 マスクの値は xev コマンドのウィンドウ上で各ボタンをクリックするとでてくる値を、 ビットごとに加算したもの。 左=1、中=2、右=3、ホイール上=4、ホイール下=5なので、全ての操作でフォーカスを移動させるには31 を入れたら良い。 だけどそれは慣れ親しんだスタイルではなく却って使い難い気がするので、ボタン3種だけ、ということで7を設定した。
小学生のころの学研(科学と学習)の教材の供養。 シブチンの俺は、化学系の教材は減るのでよう使わんかったのだ。 以下、1977年生まれの教材。
2年の科学11月教材 『色がわりマジックセット』 「ねらい●学校で勉強する「水にとけるもの」の関連教材です。溶かす物の大きさや水の温度などで溶け方が違うことに気づかせます。 特色●水にとけるなぞの色紙など、最新の科学技術を導入し、いろいろな色水実験が楽しくできるようにしてあります。」 溶けるものって、水にとけるなぞの色紙のことか? 「とけ方くらべの玉」というのもあったが。 それはそうと、「最新の科学技術」関係NEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEeee!
4年の科学11月教材 『形状記憶合金のワッ!ふしぎ!氷で動くピエロの水上一輪車』 「ねらい●学校で勉強する「水の3つのすがた」の理解に役立ちます。 特色●新素材の形状記憶合金が熱でもとの形にもどろうとする力を利用した教材です。熱源にはお湯を使い、合金を冷やすために氷も使います。水の3つの姿の理解に役立ちます。」 うそだー! 水の3態、関係NEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEeee! まあ面白かったからいいけど。
6年の科学2月号。 『教科書の「水溶液」の実験ができる あなたはホームズ 秘密そう査セット』 この手のケミカルって揮発するんだよなあ。 ガラス瓶に入っていた奴はまだ残ってたんだけど(失活していたのも少なくないが)、プラ瓶に入っていたものは容器自体が水分を透過するのだろう、完全に揮発していた。
たんぱく質検出液というのがあったので、思わず試してしまった。
学研といえば、「まんがサイエンス」。 たぶん第1回をリアルタイムで読んでたというのもあって思い入れが強い。 あと石ノ森章太郎のモアイ漫画なんかもあった気がする。 4つ上の姉のときには永井豪のベーシック漫画(『LSIちゃん』だったかな)と、 ビッグ錠が挿絵の『カレー大将』という連載小説があった気が。 もちろん、小学生で永井豪、ビッグ錠、石ノ森を識別していたわけではなく、後年思えばそうだった気がする、というだけなのだが。
『巨神伝説ダイダラボッチ』とか、ペルセウスとか。 あの頃の学研は、今手元にあったら眺めてみたいな。 読みたいとまでは思わんが
幽霊の検出をするとかいって寝床を一晩中ビデオに撮って映らなかったとかいうのもあったな。 映らないのが幽霊なんだからつまらない記事を載せるなと子供心にも思った。
あの頃の学研は学力にはクソの役には立たないが、科学的な好奇心というか、まああれだ、科学する心という奴だ、自然を楽しむ心というのを育てるのにはかなり良かったと思う。
思えば今の俺は、あの頃学研でこの付録の企画を考えていた人より、おそらくはより科学的な人間なんだな、と。
ここんところ手間取っていた LDAP サバをようやく稼働開始。 やった後になんなんだが、将来的に必要だとは思うけど現在の少人数環境では若干オーバースペックな気もする。 (あまりやりたくない操作だが、)/etc/passwd、/etc/shadow、/etc/group あたりを scp してやればいけたんちゃうやろか。
X の設定って楽になったなあ。 Xorg -configure で粗方の情報は自動的に取得してくれて、あとはちょぼちょぼとエラーが出たところだけ修正すれば OK。 (慣れてなかったからというのもあるが、)昔の XF86Setup や xf86cfg はかなり辛かった事を思い出す。
Gentoo Linux いいなあ。 /etc/init.d/ 以下のスクリプトの start, stop, restart での制御は統一的で分かり易いし、/etc/init.d/ にスクリプトを追加する rc-update も分かり易い。
LDAP がらみで、ようやく PAM を理解できた。 よく出来た仕組みだなあ。
船のエネルギー効率(きづき 2006/05/01)で、「針金のような極端に細長いものが有利になるように見える」と考えたのだが、つまるところこれって矢だよな。 相手に与えるダメージを大きくするには武器の持つ運動エネルギーを上げることが肝要で、運動エネルギーを上げるには現実的にはある程度の質量と速度の両方が必要になる。 特に投射武器では相手に到達するまでの距離が長くなるため、空気抵抗によって失われるエネルギーを少なくすることが重要になる。 質量は体積に比例するので、物の体積を確保しつつ空気抵抗の少ない形状を選択した結果あのような形状になったのだろう。
「鉄の矢」というものを考えると、威力の高くなる主たる要因は鏃が鋭いからでも矢が折れにくいからでもない(もちろんそれらの効果もあるだろうが)。 同じ形状の木の矢と鉄の矢を射って比べた場合、空気抵抗で失われるエネルギーはほぼ同じだと考えられるが、鉄は木と比べて比重が大きいため同じ体積ならば鉄の矢は大きな質量を持ち、初速の時点でより大きな運動エネルギーを持つことになる。 あるいは、鉄の矢は運動エネルギーの輸送効率が高いという言い方もできる。
ということは、鉄砲の弾には比重の高い金属を使った方が威力が高いということか。
LDAP サバを再起動したら正常に起動しなかった。 理由は /etc/nsswitch.conf に ldap を記述しているため、起動処理の中で LDAP サバへのアクセスをしようとするのだが、その時点では LDAP サバ(slapd) は起動していないから。
システム起動時には files (or compat) 指定しておき、起動した後に /etc/nsswitch.conf を LDAP 仕様に書換えるという作業を毎回する、というのが一つの手。 (本当は何か上手い設定があると思うのだが……どうだろう?) 面倒ではあるが、運用に入ったら再起動なんてのは年に何度もあるものじゃないし、 その内上手い設定ができるようになるかもしれない。
LDAP サバは独立したマシンにして、これだけは /etc/passwd 管理にしてしまうというのが一手。 あまりお金は使いたくないけど、これが一番シンプルで良いのだろうな。
独立した LDAP サバを作るとすれば、ごく限定されたユーザしかログインせず、グローバルアドレスを持っていないマシンが望ましい。 グローバルアドレスを持っているが、外部用と内部用 http サーバがそこそこ適しているとは言える。 ふと俺のデスクトップ機が適しているのではないか、と思ったが、これは LDAP クライアントになるマシンに NFS で依存しているので無理だった。
山登り(きづき 2006/05/24)とからんで、戦闘時の行動をリソースとして捉えたら面白いかもしれない。 例えば移動を基準に考えると、装備を着けて 10秒間で移動できる距離を考え、単純に走ると 40m 移動できるとして、索敵しながらだと 20m、戦闘区域内で警戒しながらだと 10m、交戦しながらだと 5m 移動できるとする。 その場合、50m移動できるリソースの内、それぞれの割合を別のことに割いていると考えられる。
チームA と チームB が交戦し、それぞれの構成員 a と b が切り結んでいるとする。 戦闘の最終目的は勝利することだれど、往々にしてその中に短期目的、中期目的が幾つか設定される。 例えばある地点を確保するとか、味方の(後衛の)楯になるとか。 そういう目的を持ちつつ目前の相手と切り合うとき、どちらに重きを置くかという判断が必要になる。 彼我の技量によっては他に回すリソースの余裕が全くなかったり(手加減ができなくなったり)、2〜3人同時に相手にできたりするかもしれない。 また切り合いつつ他者からの弓なんかを警戒するにはそれなりのリソースを消費すると考えられる。
この観点で設定される強者には2つのタイプがある。 一つは所持するリソースの総量が大きいことで、言わば強力な CPU を搭載した PC だと思えば良い。 もう一つは同じ行動でもリソースの消費量が少ないことで、言わばアルゴリズムを工夫して負荷を軽減させたプログラム(例えばバブルソートに対するクイックソート)。 例えば「呼吸するように」行動できればその負担が軽い分だけ別の処理に回せるし、あるいは集中すべきことにより集中することができるかもしれない。
ターミナルの背景色を白から黒にした。 直接のモチベーションは白背景は若干目がしんどいということ。 じゃあそもそもなんで白にしていたかというと、w3m-imgでウェブブラウズしていると透過GIFでイメージ埋め込みしているサイトがしばしば見受けられて、そういうサイトは背景色を白と仮定しているものが多かったから。 でも今は Synergy と Sleipnir のおかげで w3m で見ていたウェブページを Windows で開き直すことが極めて容易になったので、見難いページはそっちで開き直せばよいと言う感じ。
静止状態で30段のエスカレーターがあるとする。 動作しているエスカレーターを、ある人が歩いて上がると丁度15段上がったところで頂上に着いた。 今、その2倍の速度で歩くと何段ステップを上がることになるか?
先の問の答えは算数に慣れている人なら簡単で、20段上がることになる。
私にとっての問題は、エスカレーターを何のための装置と位置付けるかということ。 エスカレーターを上階に行く労力を軽減するための装置と位置付けるとどうなるか。 私はいつもエスカレーターを歩いて上っているが、この位置付けにおけるエスカレーターの効果はステップ上で立ち止まったときに最大になるため、私はそこで立ち止まるべきだということになる。 私の考えはここで停滞し、長いこと葛藤していた。
しかしようやく分かった。 私にとってのエスカレーターは、速度を与える装置なのだ。 いや、より厳密な表現としては「移動時間を短縮するための装置」とすべきだろう。 これならば、時間を短縮するためには階段よりはエスカレーターを選ぶべきだし、エスカレーター上でも立ち止まるよりは歩いて上るべきだという結論が得られる。 このようにして私は漸く、迷いなくエスカレーターに乗れるようになった。
む……やはり。 半ば予想してた通りなのだが、ターミナルを UTF-8 で動かせば日本語文字列を Synergy のクリップボード共有を用いてシームレスに UNIX ←→ Windows でやり取りできる。 完全 UTF-8 化したいなあ。 このメリットを勘定に入れると、w3m を見捨てるというのも、もうかなりアリな選択肢になる。
デスクトップに日付が欲しいなと思ってデスクトップカレンダーを探したことがある。 wmCalClock のデザインがシンプルで良いと思ったけれど、起動時に geometry 指定ができず困ってた。 ふと思いついて icewm の設定を調べてみたら、「TimeFormat="%Y/%m/%d %H:%M:%S"」で行けることが分かった。 ……ちょっと考えりゃ、icewm 自身にそれくらいの機能は付いてて当たり前だろう、俺。
あるエロゲ原画の絵が嫌いなんだけど、だけどそれが何で嫌いか自分でも分からない。 たぶん、人体のデッサンと言われるものが狂っているけれど、俺にその力がもっとないのでそれを指摘できないからだと思ってる。
窓使いの憂鬱を久々に入れてみたが、Synergy を使用していると Windows(Synergy クライアント)ではキーコードが窓使いの憂鬱ではなくアプリケーションに渡されるので使えなかった。 残念。
高い所から見る景色が素晴らしく思えるのは、遠くまで見える経験は近くしか見えない経験に比べて圧倒的に少ないからだろう (と 蟲師の7巻を読んでる時に思った)。 普段あまり見ない珍しいもの(パターン)を素晴らしいと思うように、人の感性は出来ているのではないだろうか。 殆どの人が作り出せない、斬新なパターンを作る人が芸術家たりえるとかそんな。
ここんところ掲示板にスパム書き込みがひどく、3ヶ月で2000書き込みとかいう有様。 でもプロバイダは当てにできないので、その掲示板を見捨てて自サバに掲示板スクリプトを設置した。 私の自サバはしばしば再インストールとかするし、365日24時間サービスを提供できるものではないのでサービス提供するのは忌避していたのだけれど、よく考えたら掲示板なんかノンストップ提供する必要性はかなり弱いんだよな。
掲示板スクリプトは ruby で書かれたもの、という観点で選んだ。 また何か問題が発生したときに、ソースを読むモチベーションが比較的沸きやすいに違いない。 スパム対策のアドバイスは幾つか戴いたけれど、とりあえずこの状態で運用してみて、問題が再び発生したらそれらを盛り込もうと思う。
ということで、ツッコミはこちらから→ぼそり:水上都市ウル掲示板
猫にエサをやる。 ふと、猫は毎食同じものを食ってても飽きないのかな、と思った。 ここで少し考えると、人間にとって飽きるということは栄養の偏りを防ぐように機能していると考えられる。 生物の食生活と栄養(きづき2006/06/01)と少し関連するのだが、捕食者としての強者は足りない栄養を自身で合成する機能を持っているため、味に飽きるという機能が不要なのかもしれない。
某所の他愛ない IRC チャットでツンデレを肴にしているところに「アウフヘーベン」という単語が出てきて、思わず吹いた。
大学の図書館には教員専用読書スペースが用意されていて、そこではコンセント使えるし LAN も使える。 また鍵がかかるので、ノートPC を机の上に置いたまま席を立ってもそれほど気にしなくても良い。 本当良い環境だ。 で、Libretto で lookup (辞書検索ソフト)を起動しながら論文でも眺めるか、と思ったら lookup が起動しない。 以前動いていたのでいじれば直ると思うんだけど、OS が FreeBSD 4.11-RELEASE とやや古いのでこれを機に OS を入れ直しても良いと思った。 そうだ、ついでに HDD も換装しよう。
ということで帰りに日本橋で 80GB 2.5inch HDD を買って帰る。 が、家にある USB DVD-R ドライブではブートできなかった。 そういや以前は kinoka さんの FD ドライブと CD-ROM ドライブを借りてインストールしたんだっけ。 家の Windows PC を使って HDD に OS を入れようとも思ったけど、俺 3.5inch←→2.5inch IDE の変換アダプタ持ってなかったのでこれも無理。 研究室の USB FD ドライブを使ってインストールできるか試してみるべきか……。 いや、どっちゃにしろ Windows は必要なんだから、Libretto L1 で CD-ROM ブート可能な CD-ROM ドライブは自分で入手しておく必要があるな。 近いうちに日本橋行って探してみよう。
もうすぐ学科内研究室対抗のソフトボール大会があり、さらに今年の夏は高校野球部 OB 会の試合に参加することになった。 ということで、ちょっと調整くらいにはしようと素振り用にバットを購入。 高校の頃は重めのバットにさらにウェイトを着けて素振りしてたんだけど、近年筋トレで得た知識ではそれはあまり良くないと思うようになった。 というのは速く動かすための筋肉と、より重いものを動かすための筋肉は鍛え方が異なるから。 ボールをバットで遠くまで飛ばすためには、物理的にはバットのヘッドスピードを上げることが重要になる。 筋肉はかけられた負荷だけに適応する形で発達するため、重いバットで素振りを繰り返していると重いバットをゆっくり振るための筋肉になってしまう。 それよりは軽めのバットで速いスイングスピードを体に覚えさせ、速くバットを振るための筋肉に作り変えていった方が良いのではなかろうか。
こういう風に、頭を使って野球やってみたかったよなあ。
中学理科の気象のところで、低気圧は周囲から風が流れ込み上昇気流の発生するところだと習ったが、低気圧だったら上空の空気を吸い込んで緩和すれば良いじゃないかと不思議に思った。 しかしこれは、原因と結果が逆になってるんだろう。 「上昇気流が発生するから→地表の気圧が低くなって→回りから風が流れ込む」というロジックに違いない。
一卵性双生児ってのは法律的には2親等だよな。 一卵性双生児の兄弟と、一卵性双生児の姉妹がそれぞれ結婚して出来た子供同士ってのは4親等になって結婚できるのだろうか?
アスクルに発注していたラックが届いたので組み立てる。 穴のサイズがどうも合わないのでニッパで切らんならんかったが、仕上がりは上々。 デスクの上の空間を効率良く利用できるようになったのでとても嬉しい。 こういう機能美は、私にとっては本当にたまらないものに感じる。
遺伝と淘汰によって優れた形質が残っていく、というシステムは極値問題とほぼ同じ構造を有していると思う。 1世代の間に移動しうる距離には限界があるので、ある地点から別の極値へ移動するにはその間が峰に遮られていてはいけないわけだ。
近所にある大変味の良い中華料理屋。 しかし出るテンポが大変遅く、昼間に嫌なことがあったせいもあって酒がダウナー系に働いてしまった。
gentoo にログインしたときに .zshenv で設定した PATH が効かなくて困ってた。 よくよく調べてみると /etc/zsh/zprofile に以下の行があるのが原因だった。
[[ -e "/etc/profile.env" ]] && source /etc/profile.env
どうやら ~/.zshenv のあとに /etc/zprofile が実行されてしまうらしい。 このおせっかいをコメントアウトしてやると望むべく動いた。 ふう。
日本橋で PCMCIA の CD-ROM ドライブを入手。 ついでに 3.5inch←→2.5inch 変換コネクタを購入。 そいで Libretto L1 への OS インストールを進めようとしたが、CD-ROM ドライブ単体ではブートはするがインストーラまで辿り着けなかった。 前回入れたときのインストールメモによると、USB の FD ドライブが必要だったようだ。 明日研究室の FD ドライブを借りてやろう。
Synergy のおかげで切替器をやめたメリットは、インストール作業中も別 PC で作業できる点。 やはり Synergy は素晴らしい。
素振り。 脇をしめてコンパクトに、というのは角運動量の問題だったんだな。 内角の球を打った方がよく飛び、また引っぱった方が良く飛ぶのと同じ理屈。
まんが本屋で見掛けた皇国の守護者というのが良さげな匂いを出していたので1冊買ってみたら大層面白かった。 続きも買おう。
「自転車でトレーニングするのは水泳と同じく足腰に負担をかけにくいらしい」と聞いた時、最初は意外に思った。 走るのと同じく足腰に強い負荷がかかりそうだから。 しかしすぐに納得した。 トレーニングによって肉体に蓄積されるダメージの大部分は衝撃による骨へのダメージなんだろうと思ったから。 考えてみたら肉は壊れても回復の速度が骨よりも遥かに速いわけで、それならば骨にはダメージがいかないように、肉にだけダメージを与えるようにした方がより良いトレーニングとなるだろう。 (知っている人には自明なことだが、筋トレの基本は筋肉に高負荷を与えることで蓄積されたダメージが回復するときに余分に回復する超回復である。) 同じ負荷ならば速い速度の運動で鍛えるよりも、低速でゆっくり動かして鍛えた方が良いということになる。 体育館の壁のボテッカーでもゆっくり動かして鍛えろと書いてあったし、実感としてもなんとなくそんな気がする。 走れば、地面に足が接する度に相当の衝撃が体にかかる。 自転車はベダルを漕ぐ足の筋肉には負荷がかかるが、衝撃が返るような動作はない。 走るよりは泳ぐ方がベターというのもそういうことだろう。
Synergy すげえ、Windows 間なら BMP のクリップボードも共有できるー。 こんど Gimp も試してみよう。
やや鬱気味な日々。 事務仕事力は高いけど、研究遂行能力は凡人クラス。 博士号取れたのも、研究ができたからというより事務処理能力が高かったからだしなあ。
Libretto があまりよろしくない。 FreeBSD 6.1-RELEASE はすんなり入ったんだけど、X を 1280x600 で起動することができない。 mlterm のインストールが今んところできてない。 まあ kon + screen + skkfep でもなんとかなるんだけどな。
朝日新聞夕刊の1面連載の医者シリーズが、なんか元気がでる。 自分を鍛えなくっちゃ。
何を勉強したら良いのか分からんのだったら、とりあえず何でも勉強すべきなんだろうな。
色んな意味で、論文を読む力が足りない。 英語力だったり、速度だったり、世界で求められているものを知る能力だったり、もっと深い色んな意味を知る能力だったり。
アクセス解析始めてみた。
某経由で mixi に入ってみた。 でもよく分かんない。
ウェブサバへのアップロードスクリプトが上手く機能しないのは、プロバイダの掲示板へのスパム書き込みによってウェブスペースが圧迫されてたからだった。 ということで古い掲示板はさっくり削除した。
仕事で京都へ。 プレゼン→ディスカッション→ノミニュケーション→アプリの使い方を教わる。 その後寮でクロサギ(1〜9)読んでた。
クロサギ。 6巻の外伝のバスの演出がかなり良い。 この話が一番好きかなー。
漫画の主人公のイメージカラーを黒にするのは、紙面に映えて良いものだな。 ブラックジャックとかベルセルクとか。 有彩色は2色原稿では結局紙面に載らないし、白だと画面が真っ白になってしまいそう。
ストーリー展開上の要求からモノローグや回想といったコマ外を黒く塗る画面構成が多くなること、またダークヒーロー物なので暗い部屋、影などの演出が多用され、黒を基調とした画面構成が多くなる。 そこでヒロインの髪の色を白に設定すると、場面転換で画面がパッと明るくなって良い。 主人公との対照にもなる。
それはそうと、氷柱ちゃんが可愛い。
FTP アップロードスクリプトでファイル個別の更新時刻を記録するようにした。 すぐできるかなー、と手をつけてみたら、結局丸一日近くかかってしまった。
「相手に傷つけられた」と表明することも、相手を傷つける行為なんだよな。
そして、「相手に傷つけられたと言われて、私は傷付いた」と表明することも、相手に新たな傷を植え付ける行為なんだろう。
宝くじってのはつまるところギャンブルで、期待値にしたらあまり良くない。 私は期待値重視人間で、基本的にゼロサムではないゲームはあまり好かない。 だから宝くじも好きではない。
ギャンブルは何故制限されるべきかというと、それによって身を持ち崩す人がいるからだろう。 それを考えると、宝くじは回転速度が決まっていて、それもかなり長周期に設定されるものが多いため、ギャンブルの中でも回転が遅く、アツくなってしまっても過分に賭金を増やしてしまいにくいのではないだろうか。 そういう意味では宝くじはマイルドで良いギャンブルだと思う。
アオバ自転車店と皇国の守護者の漫画版到着。 ついでに、マリア様がみてる、涼宮ハルヒの憂鬱、皇国の守護者の小説版それぞれ1巻。 そのうちのんびり読むべ。
起きたときしんどかった。 学校行っても半分潰れてた。 休みゃ良かった。
強烈な金縛り。 目を開けて、腕を上げて起き上がって、しかし本当の自分は身じろぎ一つしていない。 これが何度も何度も。
金縛りから解放されてから思ったんだけど、人間の頭の中にはもう一つ仮想的な体があるんじゃなかろうか。 普段の生活では精神からの命令は仮想的な体へ連絡され、仮想的な体から実際の肉体の各所へ連絡されるのではないか? 夢を見ているときには精神からの連絡は仮想的な体で止まってしまい、命令はその仮想的な体を動かすに留まる。 だから夢の中で走っても実際の体がその動作をするわけではない。 夢の中で走っても全然速度が出ずもどかしいのは、精神が体を走らせようと命令を出しても、そこからのフィードバックがあるべき信号と異なるからではないだろうか。 金縛りに関しては、起きようという精神の中枢からの命令が仮想的な体へ連絡され、仮想的な体はいつものように実際の肉体を動かそうと命令を出すと同時に先行入力で精神にフィードバックを出してしまうのだが、そこで実際の肉体が動かなければ精神は起きようとした筈なのに実際の肉体は起きていないということになり、また振り出しに戻る、という現象になるのではないだろうか。
そういえば、脳は場所ごとに体の各所を動かす部位が決まってるらしい。 精神の中枢というべき箇所から見れば、それらの部位は正しく仮想的な体と言えるのではなかろうか。
素振り。 ヘッドスピードは明らかに上がっている。 明後日のソフトボールに向けて調整は上々に仕上がっている。
英語の勉強に使ってる CD 付き英単語帳で CD のリッピングエラーがあったらしくトラック長が全然合ってない。 やる気がなくなったので、通勤時間は『マリア様がみてる』を読むのに充てることに。
yaml というのを聞いたのでちと調べてみた。 インデントを有効に利用した簡潔で可読性の高いテキストフォーマットということらしい。 なんというか、自分の感情を表す上手い言葉が見当たらない。 一言で言うと「感動した」というべきなんだろうけれど。
私は日常的に、頻繁にメモを取る(その大半は UNIX の設定の作業メモだ)。 そうした中でいつのまにか自然と、インデントで文書構造を表すスタイルになっていった。 「感動した」のは、yaml がこの延長線上にあるものだから。 現時点の自分フォーマットは仕様に甘い部分があるが、yaml を用いることでこの穴を埋めることができそうだ。
ソフトボールは惨敗。 打てなくなってる。 3打数2安打だが、どれも当たり損ない。 守備は鬼ショートとしてゲッツーを3つほど取ったけど、でも結果的に得点に絡む(すなわち敗北に繋がる)エラーをしてしまったり。
でも最大の敗因は、準備不足であったと思う。 研究室でボールを持っていなかったため、試合前にキャッチボールをできなかった。 私からの送球を一塁手が弾いたのは、私の送球が少し逸れていた事に半分くらいの責任がある。 また、準備運動としての素振りができなかったので体をほぐしたりイメージを作ることができなかった。 来年までには道具を揃えておこう。