グローバル変数と初期化の仕組みの兼ね合いが分からん。 コンソールプログラムでちょっと幾つかテストしてみよう。
グローバルに置いたオブジェクトでもコンストラクタは働くみたい。 「コンストラクタにはいかなる処理も含めることができる」らしい。 てことはグローバルインスタンスのコンストラクタは main() より先に動くことになるのか。 変なの、まあそういうもんなんだろうけど。
「C++ では変数宣言は実行文」らしい。 そういやクラスじゃなくても初期化ってのは処理だしな。
プログラミング環境では8文字のタブ幅は大きすぎるし、通常テキストで列揃えする時には8文字くらいは必要。 扱うテキストに応じてタブ幅を変えるという解もあるが、扱いが飛躍的に面倒になる ([テキストの種類]×[扱うアプリケーションの種類]の組み合わせについて設定しなければならない!)。 またプログラミング環境でも2,4,6文字インデントでは空白文字だが8文字ではタブ文字という混在使用は気持ち悪い。 空白文字で書いたらどこでも同じように見えることが保証される。 タブ文字はエクセルに流し込むデータを生成する時くらいにして、基本的にはタブ文字を封印する方向で暫く行ってみよう。
プログラミング時に考慮している/しようとしていること
再利用性ということについても考慮できるようになりたいなあ。
「手入れ性」「可読性」「再利用性」という3要素がプログラミングのキモっぽい。 他に何かあるかな。
気温は高いけどカラッとしていて気持ち良い気候。 まあ研究室に引き籠ってるだけだから関係ないっちゃ関係ないんだが。
~/.zshrc で定義している私関数 goolge() をちょっと美しく書換えたり。 それ以外、俺今日何した? ……何もしてねえ。
水崎氏経由、はるのあしおとデモムービー(minori)。 細かいカメラワークが絶品。 ああ、あの新海氏ですか、成程、流石やなあ。 でもってそのCGは激しく不要、うん。
minoriって、Wind のところかあ。 Wind のデモムービーが俺が持ってたのと違うバージョンだったみたいなので落としてみたり。
やったー、弾幕結界のスペルカードが取れたー! 41回目のトライアルで漸く。 いや、東方永夜抄の体験版が出たころから「東方妖々夢キチンとクリアしてねーな」ということでやり直してたんですが。 いやー、これで暫くやめられる。 ……やめられたらいいなあ。
なんか、C/C++ で再利用性の高いプログラムを作るって絶望的に難しい気がしてきた。
普通の関数だったら必要な情報を引数で渡すようにすれば関数の独立性は保てるが、プロシージャの場合はグローバルで渡さざるを得ないような……。 何かやり方あんのかな?
研究室でお腹の脂が話題になることしばしば。 ……見てろよ、絶対腹筋割ってやるからな。
研究マジで何も進まなかった。 これというのも結晶描画アプリケーションの使い勝手の悪さの所為だ。 格子間位置を見つけるアシストをうまいことやってくれへんかなあ。
プログラミングで一番興味のある部分は対人インターフェイスの部分なんだろうな。 研究でこなれていないプログラムを使うことが多く「もっと使い勝手の良い物を作りたい」と思うことはしばしばなのだが。 たとえあの程度のものでも俺に作れるようになるのか、というと微妙。
プログラミング。手を動かすことよりも、もっとちゃんと勉強しよう。 今の状態でなんとか動く物を作れたとしても、後々使い物にならないソースならばあまり意味がない。
就職どうするのかね、俺。 まあ普通の学生の就職活動から鑑みてそんなに「自分は何をやりたいんだろう?」をつきつめることはないかもしれない。 とはいえ博士を採る所ってのは「コイツはこれが出来る」というのを明確に求めているわけで、そういう具体的な能力に関してはもう全く自信がないわけで。
周りにいる教授、助手の先生が皆凄すぎるというのも結構デカい。 どっかの大学の助手というのは博士の結構な就職口なのだが、どー考えても俺は彼等を相手に戦えるだけの能力を持っていない。 どー考えてもそんなに多面的な視点や知識を持ってない。
てゆーか私は、科学的なトピックに関して議論していて分からんことがあっても「そーゆーもんなんだろう」と勝手に納得してしまうし、分からんまま「何が分からないか分からない」状態になってしまうことがしばしばある。 自分が分かることしか議論できないならば、無益とまでは言わんがそれは有益な物にはなり難い。
しかし器用貧乏としか言いようのない生き方だな、俺。 研究、コンピュータ、漫画、どれか一つしかなかったのならもうちょっと使える人間になっていたかもしれないなあ、とか妄想してみる。 ……そして、漫画しかなかったらと考えてちょっとうすら寒くなった。
筋トレ。 密度高め、短めに。 15分で腹筋100回と胸、肩、腕を適度に鍛える。 下半身はサボリ。
アマゾン届く。 同時に発注した漫画を先に片付ける。 新しい漫画を開く瞬間ってのはいつもドキドキする。
『ふたつのスピカ』(2)(3)。 今一目新しさが見受けられないのであまり好きではない、かな。 先が気になるけど自分で買うほどでもない。
『ヤサシイワタシ』(1)。 ひぐちアサは良い匂いがする。 ちょっと会話の展開が分かり難い所があるけれど。 てゆーか一読しただけじゃ分からない部分が残ってるけど、でも分かるまで読みたくなるし。 とりあえず手に入る分は集めてみよう。
雷雨。 工学部のウチの校舎に落ちまくり。 近くに落ちる雷の音は「バカーン」って感じ。 雷って紫色なんやね。
下宿の方で停電があったようで、下宿 PC にアクセスできなくなった。 しゃあないなあ、と帰ってのメイン PC のスイッチをポチッと押す……反応ナシ。 「電源が逝ったか」とサブ PC の電源と交換したりしていると元の奴でも何故か動くようになった。 ……? まあついでなので電源ユニットの掃除と注油しといた。
やっぱりハードウェアに何らかのダメージがあるみたい。 起動時の IDE(HDD) の認識にギャンブル性が取り込まれている。
残った具体的なトラブルはインターネットに接続できないということ。 で絞り込んで行くとどうやら ADSL モデムがイカれたっぽい。 NTT に電話つながらない。 まあ雷落ちたの今日の夕方だったしな、ちょうど混み合う頃か。
下宿PCからインターネットに接続できないので暫くアンテナは動きません、多分。
ninjin さんに教えてもらった本、丁度今の俺が読むべき段階の本だ。 「こーゆー感じでプログラミングを進めていくべきなんかな」と漠然と感じていたことを「それでいい」のだと書いてくれている。
クラスのメンバ関数ってのはインスタンスとデータをやりとりするインターフェイスだとしか思ってなかったけれど、「処理をする」というのが大きな役割っぽい。
隣国への敵対意識っていうのはまあどの地域でもあるもんだから、すなわち人間ってのはそういうもんだからこれはもうしゃあないことなんだろう。 「筋を違えている(だろう)」という怒りはあるが、「人間ってのはこういうもんだ」という感情はその怒りと同時に成り立ちうる。 自分が「ああいう風に振舞いたくない」と思えるならば、それで良しということにしよう。
歴史的な視点から見ると、中華たる彼等が東方の蛮族に露骨な敵愾心を燃やす様子は少々愉快な気がするのだが。
寝坊したので筋トレできず。 まー午前5:00に寝てりゃなあ。
図書室めぐり。 付属図書館→航空→理・物理→理・基礎研。 歩いて回ったのでめっちゃ疲れた。 図書室が3,4階にあることが多いとか、内部で多層構造してるとか、探しているのが古い雑誌なので地下に閉架とか、該当号の頃だけ購入中止してたとか、工学部のコピーカードではコピーできずに生協まで持って行ってコピーとか、建物から持ち出すためにもっぺん図書室に上がるとか。
何とかおつかいを済ませて本部キャンパスに戻る途中、高校の同期にばったり会った。 理学部 D3 まで行って、ドクター取らずに就職するらしい。 そこで周囲の同期の状況を聞いていて、「ああ、やっぱり社会に出ないとな」と痛感した。
夢見る時間はもうすぐ終わる。 本当はもうすでに終わっているべきだったんだけれど。 ちゃんと起き上がろう。 そして自分の足で立って歩き出そう。
まあ、現実の中で余暇を使って夢を見る、という手段もなくもない。 それにはよほど頑張らないといけないが。
20:30、そろそろ例会行くかな、という時に NTT から連絡。 ということで新しい ADSL モデムを受け取りに帰る。 ということでネット生活復活です。
ついでに IP フィルタリングをさせてみる。 DNS 周りがよく分かんないので UDP をぶっ通しにしているが、まあマシになっただろう。 ログを見れるようになったし。 細かいところは今度 kinoka さんに聞いてみよう。
ぐえー、めっちゃ忙しい。 来週に日韓の大学生の交流研究会みたいなんがあって、それのポスターとプレゼン資料を作らなならん筈なんやけど、論文準備も同時進行でちょっと死にそう。 昨日まで遊びすぎた。
「オブジェクト指向のエンジニアは自分のソースを見せることを恥ずかしがる傾向がある」みたいなことがオブジェクト指向本に書いてあった。 なんか、漫画を他人に見せるのと同じような雰囲気に感じた。 漫画を他人に見せるのが恥ずかしいという気持ちは技術の巧拙という理由もあるが、「自分はこんな世界の見方をしてる」、「こんなこっぱずかしい見方をしてる」というのを晒すことになる、という理由も結構大きい。
プログラミングに限らず、物を学習する時に一番重要なのは目的、すなわちそれを修得することで「何ができるようになるか」を明確にすること。 また、難解な概念は「何故そのようになっているのか」、すなわち意図を明示すること。
私の進路として、どのくらいの比率かはまだ分からないが、教育という要素が一定絡む可能性が高い。 その時にはこの辺を意識しようと思う。
例会いってみたが誰もいねえ。 そうか、コミケか。
『憂鬱なプログラマのためのオブジェクト指向開発講座』読了。 めっちゃ面白かった。 オブジェクト指向ってのはコーディングの技術ではなくて問題解決のためのアプローチの技術なんやな。
さて、じゃあ暫く遊ぶのやめてポスターとプレゼン資料作るか。
激しく気が乗らない。 でも帰っても積極的に遊びたいことがあるわけでもなし。 とりあえずダラダラ作業を進めることにする。 ……英語なんて嫌いだ。
缶詰め。 illustrator で見栄えの良い物を作るというのは楽しい。 基本的にこういう手でモノツクリするってのは好きなので。 だけど、楽しいのだけれど、時間がかかる。
「ある筈の機能を探す」のに時間がかかって、その後試行錯誤で時間がかかって。 良い発表のためにはそれ以外の部分を(端的には英語のボキャブラリーを増やすとか)の方をするべきなんだが、やっぱり目に見える物を作る方が楽しいのでこっちに一杯時間をかけてしまう。
TeX 文化のぐちゃぐちゃしたのって何とかならんかなあ。
ポスター刷り終了。
計算違い、というか予定見てなかった。 目の前のポスター締切のあともうちょっと余裕あると思ってたら、発表まで中1日しかなかった。 やべえ。 図面があるので英語変換作業だけ(!)で済むとはいえるが、このあと半日くらい緩められると思い込んでた負荷が残っててちょっと辛い
シンポジウムが始まるまで使える時間は睡眠時間を除いてあと24時間くらい。 まあなるようになるか。 とにかくやろう。
五山の送り火。 見る暇ないっちゅーねん。 いやそれより寝たかった、というか。
京都にいられる最後の年である可能性が高いわけだからひょっとしたら生涯最後の機会だったのかもしれぬ。 とはいえ世の中には生涯に一度も経験できないことの方が多いわけで、それを考えると「生涯最後かもしれん」ということにこだわるのにはあまり意味がない。
寝て起きて、ちょっとたゆんでみた。 ちょっと回復。
命日、そーいや七回忌か。 とはいえロクに物思いをする暇もないし、黙祷捧げたらそのまま寝ちゃいそうな勢いだし。 不孝者ですまんとは思うが、まあまだ生きてる者への責任を果たす方が優先だわな。 とりあえず元気です、ということで。
英語の勉強としての論文の読み方として、書く時のために使えそうなフレーズをメモ取りしながら読んでみよう。 まあ今まで一生懸命避けて来たのはやらなくても良い職業に就く可能性がそれなりにあったからで、この後に及んではまあそれも随分小さくなったのでまあ真面目に取り組もうかと。
瞬停キタ━━━━(ToT)━━━━ッ!! いや、編集中のプレゼン資料は大丈夫なんだけど、単純に計算機の復旧作業が……。 睡眠時間が……。
まあ何とか終わりました。 英語でプレゼンテーション、その後にポスターセッションという一般的な形式。 で、ポスターセッションで日本人に日本語で説明したら、「日本語だとよく分かった」と評された。 なんとまあ、状況を端的に表した言葉だろう!
やっぱ英語ができるってのは格好良いなあ。
全体の宴会。 立食パーティでビール飲まないという選択肢はない。 車で来たけど置いて歩いて帰りました。
文化や流儀の違いがある場合、「どちらがどちらに合わせるか」ではなく、自分が知っているのならば可能な限り相手に合わせるべきだ。 知らなかったのならば仕方がないけれど。
発表が終わったので完全に物見遊山モード。 だって英語で質問できないし。 と思ってたら貼ってあった自分のポスターに見物客がいたのでつかまってしまった。 あまりに拙い英語で本当に申し訳ない気持ちで一杯でした。
日韓各大学の学生だけで宴会。 なんだけど、英語難民同士でかたまってしまってた。 あうー。
一次会から限界までアルコールをつっこんでしまうというのは悪い癖だなあ。 口が淋しいから間を空けずに酒を口につけている。 で、途中で眠くなってしまう。 酒を飲むことではなく、酒飲みの場というのを楽しめるようなスキルを身に付けた方が良さそうだ。
以前はこんなに眠くならんかったと思うんだけど、という話をしたら数名から「トシの所為っすよ」と言われた。 そうなんだろう。 あと、以前は煙草吸うてる時間の分、ある程度アルコールの摂取量が減ってたのかもしれないなあ。
英語で会話をするときには頭の中でスイッチが切り替わるという。 そういうイメージは私にもなんとなく分かる。 だけど実際そのスイッチがなかったわけで。 しかしまあ、この数日間英語で表現するならば、と表現を探ることが多かったので、一応頭の中に小さなスイッチができたみたい。 これが消えんように毎日やらんとな。
韓国と国内他大学の学生を連れて京都観光。 銀閣→金閣。
英語ができて頭良さそうで可愛い女性と一緒のグループになった。 けど帰りのタクシーが別になって、韓国人との英会話で頭が一杯一杯になってる間にすっかり忘れてて、俺先に帰っちまったよ。 我ながらたいへん悔しい。 「金米糖を買いたがっているらしい」という手札も持っていたのに……。
最終宴会。 やはり英語難民集団。 昨日の反省を踏まえてペースを落としたところ、ビール中ジョッキ4杯で終わりました。
私が直接会話した韓国人はごく少数なんだけど、皆気持ち良い人ばかりでした。
京都にいるらしい長月氏とカラオケ行こうとしたけれど、巡り合わせが悪かったので帰って寝た。
不貞寝してる俺を慮ってか長月氏来襲。 でも適当に見繕った漫画を読ませて俺勝手に寝る。
でもって俺の用事が結構タイトなので昼頃には追い返す。 それからシャワーついでの久々の筋トレ、深目長目に。 ここんとこ忙しくて洗濯できんかったんでシャツがラスイチだ。
学会からこっちで気付いたのは、俺は一時記憶のキャパシティが少ないということ。 人類全体の平均と比べればそれよりは上なのかもしれないけれど、あの辺の連中と比べると明らかに劣っている。 ただ、物事を要素に分解して単純化して物を見る能力は多分長けているので、これでカバーできているだけっぽい。
心斎橋の姉新居で旦那の実家の方々と会食。 そこで泊めてもらって酒飲み放題しようかと思ってたけれど、向こうの母親に対してちょっとテンション上げすぎ気味、かつ酒量オーバー気味のウチの母の様子が気掛りだったので、母を連れて実家に帰る。
母方の祖母宅。 数ヶ月前からボケ始めたと言われていたが、かなりボケが進行していた。 私は8年前から(祖母がボケる何年も前から)大学生をやっているが、そのことを忘れていて何度も聞かれた。 そして、20分前と同じ会話を繰り返す。 長期記憶が徐々に蝕まれ、短期記憶の能力が欠落していく。 精神は、こうやって徐々に死んでゆく。
ついで、ということで私の母校の小学校と中学校、そして故郷の住宅街を回った。 山も登った。 なんだかしょっちゅうやってる気もするが、3時間くらいデジカメ片手にブラブラした。
あーもー、オートフォーカスきらい! 帰って PC に吸い出してみたらピンボケしまくり! 一眼レフのデジカメ欲しいよー!
「オートフォーカスでキチッとピントを合わせるノウハウ」よりも「マニュアルフォーカスでキチッとピントを合わせるノウハウ」の方がラクに覚えられると思うんやけどなあ。 オートフォーカスにした方が機械をコンパクトに作れるというメリットがあるのかもしれないけど。
『亜州黄龍伝奇』(菅野博士)。 菅野博士には華がないなあ。 「正しい絵」しか描けず、絵のレパートリーが狭いという感じ。 事象の描写ばかりで心象の描写が弱すぎる。 格闘の流れを正しく描いているのかもしれないけれど、見世物としての殺陣がなってない。 ヒラマツミノルや松本大洋の作品を菅野博士でエミュレートしてみるといかにもつまんなさそうだろう?
『ガウガウわー太』(8)(9)。 だめだ。 委員長、全開だ。
来年の身の振り方にも依るんだけど、下宿を引き払って実家から通って欲しい、という話がある。 さてどうしたもんか。 てゆーか卒業できたらどこに就職するかは全く分からんしなあ。 今んところなんとも言えん。
下宿を引き払っても友人にはまた会えるし、別れる時もそれを告げることができる。 いや、何が言いたいかというと、ウチに遊びに来る猫がいるんだけど、下宿を出るとコイツとは今生の別れになってしまうんだろうな、ということ。 別れを告げることはできるが、彼はそのことを理解できないだろうし。
学校から帰ってみたらあまりにやる気がなくなってたので CLANNAD の潰してないルートを潰す。 で、アンインストールまで。 ……冷めてみると、結局あの世界の構造がよく分かっておらず、完全に演出に持ってかれてたということに気付く。 まあいいや。
今まで受けていた英語の教育って何て無駄なんだろう、と思う。 いや、基礎というか土台になっているので全く無駄とはよう言わんけど。 会話で最も重要なのは言語を単方向の一次元的に構成し、その順番で思考する、思考を言語化していくことだ。 簡単に言えば、「前から順番に読み下さなければならない(聞きながら理解しなければならない)」「前から順番に書き下さねばならない(言わねばならない)」。 綺麗な訳文を書くために後ろから順番に単語を修飾していくという作業は、「前の単語にバックしていく」という作業は実際殆ど役に立たない。
とはいえ教育の形態としてあれ以外にやりようがあるか、というと微妙なところ。 学歴社会であろうとなかろうと、教育の成果を点数を付けて定量化する必要があるが、本人のスキルを定量化するってのはかなり困難だ。 英語の文章の理解は英語的な思考でなされるべきだが、それを日本語で表現しなければ他人(採点者)には「彼が本当に理解できているか」は分からない。 本当に必要なスキルである「単方向走査で理解していく」というのはそのまま日本語に置きかえることができない。
データが何故貴いのかというとそれは人間の労力が貴いからであり、人間の労力が何故貴いかというとそれはエントロピー増大に遡る行為だからだろう。
地球ってのは不思議な星だと思う。 他の惑星では平衡状態、すなわちエネルギー的に最も低く、エントロピーが最大になる状態に落ち込んでしまっている。 鉱物で言えば、鉄は酸化鉄の状態で存在する。 気体や液体は均質に混ざり合ってしまう。
地球でも天然の鉱物はそうなっているが、純鉄や鉄鋼が地球上には存在する……それが人間の手によるものであっても。 それは人間がエネルギーを汲み取り、エントロピーを減少させる方向に物質を変成させたということだ。 そこに汲み取ることができるエネルギーが存在することがまず特異なのだ。 そしてそのエネルギーの主な供給源は他の惑星と同じく太陽のエネルギーなんだが、地球ではこれを「最も低級なエネルギー」である熱に即座に換えてしまうのではなく、それを化学エネルギーに変換し、様々に使い回しながら徐々に消費していくというシステムを有する。 このシステムがまた特異なのだ。
半ば必要に迫られて、計算を投げるスクリプトを ruby に書き直す。 一日中、それ。
体育会のプールに行ってみたけれど、「水泳帽がないと泳げません」と言われたのですごすごと帰って来た
KDYさんの芝居を観に行く。 客の2割くらいが元寮生を含む予想外の寮関係者という感じだった。 芝居自体はちょっと散漫としてテンションが緩い感じ。 「ピリッとしてない」。 芝居の演出は詳しくないけれど、シナリオ自体が緩み易そうな作りをしていたと思う。 上手く演技/演出すれば緩まないんだろうけど。
27歳になりました。 祝ってもらえなかったなあ、という愚痴メールを友達ML にポストしたら、残り30分でケーキ買って来やがった。 まさか祝ってもらえるとは思ってなかったので吃驚した。 ともあれ感謝です。
半日しか起きてなかった。
以前の BSD マガジンで Unicode の話が出ていたのだが、どうも Unicode は規格として「甘い」らしい。 文字にからむ話はいろいろややこしいので一概に Unicode Consortium を責めるわけにもいかない。 異体字やそういうの、記号と漢字の区別の難しいものとかを然るべく扱うのは、最も妥当な規格を制定するのは大変難しいのだから。
でもって日本の省庁の腑甲斐無さというか。 戸籍とかをどうして電算化しようとしないんだろう。 自分の国の戸籍に名字として用いられている文字、住所として用いられている文字なんてのは走査すれば必ず完全なリストを得ることができる。 異体字や正しい漢字ではない物でもくまなく然るべく分類する方法を確立すべきじゃなかろうか。 てゆーかこーゆー変な漢字も含めたリストというのは日本以外のどこかの団体が勝手に調べてくれる訳がない。 そーゆー意味では「Unicode お株を奪われ」たりしたわけではなく、今からでもやるべき事だと思う。
そういえば超漢字ってのはどうなんだろう? 今適当にググったら「17万文字」とかいう題字が踊ってたけれど。
やっぱりコンソールってよく出来た入出力装置だなあ。 ということでメッセージボックスで書いたプログラムの中身を調べるのも面倒なので、暫くコンソールアプリケーションで修行を積むことにする。 g++ で UNIX で修行する、という手もなくはないし、普通に C++ の勉強するならそっちの方がラクだとは言える。 しかし最終的な目標が Windows アプリなので、VC++ でコンソールアプリをベースに練習した方が MS 独自の関数とかをそのまま練習できるし、コードをそのまま転用できるというメリットは見過ごせないものがある。
昨日買って来ておいた水泳帽と水中眼鏡を持ってプールへゴー! 1時間で800mくらい泳ぐ。 水泳ってやってる最中に体温が上がり過ぎないのが良いな。
そのあと研究室に行ったらクーラーかかってるのに体ポカポカ。 ああそうか、全身の有酸素運動だから上がった後も熱を生産してるんやな。 小学校とかのプールの後のポカポカしてけだるい感じは、ただ疲れてるだけじゃなくてこうやってエネルギーを消費し続けているから、というのが原因なんだろう。
カットモデル行った帰りに丸山で漫画漁り。 ある漫画との初めての出会い、それはあたかも一目惚れの様、少し迷って、買った。 いつものことだがドキドキする。 アマゾンは楽だけど、こういう「狙ってなかった」本を発掘するというのが出来ないわな。 たまには本屋に行って、「いつかは読みたいけど自分で買うほどではない」という漫画のリストを確認するのも良い。 某氏が「本屋で漫画を買うというのは一種の儀式だから大切にせんと」と言ってたが、成程と思う。
で、「一目惚れ」の『喜喜』は大当たり。 宇仁田ゆみ、か。 もう何冊か買ってみよう。