『母親との時間』
シナリオセンター 新井一賞応募作品
課題:鍵
人 物
矢奈見勇実(29)救急医
矢奈見優一(4)勇実の息子
柘植弘美(54)マンション管理人
須賀充子(35)看護婦
○××保育園・教室・中(夕)
窓の外に見えている夕焼け空。
誰もいない教室で独り、画用紙にクレヨンで黙々と絵を描いている矢奈見優一(4)。
つたなく描かれた観覧車やメリーゴーランドに囲まれ、独りで佇んでいる表情のない男の子の絵。
戸がガラッと開く音。
優一、顔を上げると、教室の入口に矢奈見勇実(29)が立っている。
コートを着ているが、その下には医者の着る手術着が覗いている。
髪は乱れ、息を切らせている。
勇実「ごめんね、遅くなって。急患……あ、怪我の重い患者さんがね、急に沢山来ちゃって」
絵を裏返して立ち上がる優一。
○勇実の車・中(夕)
勇実、優一を抱き上げて車に乗せ、自分も慌しく乗り込む。
トトロのキーホルダーの付いた鍵を差込み、エンジンをかける。
鍵をじっと見つめている優一。
勇実、車を発進させる。
勇実「お母さん、一端家に帰ったら、またすぐ病院に戻らなきゃいけないの。……今夜、一人でお留守番できる?」
こっくり頷く優一。
優一「ねえ、お母さん」
勇実「なに?」
優一「本物のトトロにはいつ会いに行けるの?」
勇実「(答えに窮する)えっ……と、えっとね、来週……いや、再来週かな……?でも、お母さん休み取れるかわからないし……」
ぎこちなく喋る勇実の顔をじっと見ている優一。
○マンション・全景(夜)
数階建ての中規模の建物。
多くの窓に明りが灯り始めている。
○同・矢奈見家・ダイニング(夜)
部屋の奥からシャワーの音が聞こえている。
床に膝を抱えて座っている優一。
やがてシャワーの音が止まり、着替えを済ませた勇実がタオルで髪を拭きながら出てくる。
落着きなく壁の時計に目をやり、
勇実「ああ〜もうこんな時間……」
勇実、慌しく荷物を抱えながら、ふとテーブルの上に目を留める。
勇実「あれ?車の鍵は?やだ……ここに置いといた筈なのに……優一、知らない?」
黙ったまま答えない優一。
勇実、テーブルの上の物を持ち上げてみたり、下の床を覗き込んだりしながら焦って鍵を探す。
優一「ねえ、お母さん」
勇実「(うるさそうに)なぁに?」
優一「なんでお母さんばっかり夜も働くの?ねえ、なんで?」
答える暇もないという様子で鍵を探し続ける勇実。
優一「ねえ、お母さ……」
勇実「(爆発)もうっ!何で見つからないのよ!」
優一、ビクッとして口をつぐむ。
ハッとして我に返り、優一を見る勇実。俯いて黙り込む優一。
勇実、気まずそうに眼を泳がせる。
○走る電車・中(夜)
ドアにもたれて窓外の風景をぼんやり見ている勇実。
目の前を行き過ぎた一軒家の窓から、幸せそうな家族団らんの光景が覗いている。
思わず眼で追ってしまう勇実。
○××総合病院・救急病棟・中(夜)
多くの医師、看護婦、患者が行き交い、賑やかな様子。
出入口を開けて入ってくる勇実、看護婦の須賀充子(35)と鉢合わせする。
須賀「あれ、戻ってきたの?ご精勤ね」
勇実「(不機嫌そうに)部長命令よ」
すぐ外で救急車のサイレンの音が止まる。
出入口が慌しく開き、救急隊員が患者を乗せたストレッチャーを引きながら入ってくる。
乗せられている患者を見て驚く勇実。
勇実「優一?!」
患者は優一である。顔面蒼白でぐったりした様子。
救急隊員の後ろから着いてくる初老の女性、柘植弘美(54)。
勇実「(見て)大家さん?」
柘植「(驚き)矢奈見さん?ここのお勤めだったの?」
勇実「何があったんです?!」
柘植「(首を振り)一人で外を歩いてたから、様子が変だと思って話しかけたら、急に戻し始めて……」
勇実、須賀の視線に気付き、
勇実「と、とにかく診察室へ――」
近くの診察室に運び込まれるストレッチャー。
○同・第一診察室・中(夜)
診察台に寝かされて眠っている優一。口から内視鏡が挿入されており、その映像が傍らのモニターに映し出されている。
モニターを見ながら慎重に内視鏡を操作する白衣姿の勇実。
隣でアシストしている須賀。
部屋の隅で心配そうに優一の顔を伺っている柘植。
勇実「気道にも異常はない――待って。食道に何か引っかかってる」
モニターに金属のような物体が映し出されている。
勇実「これを飲み込んだのね……異物鉗子(グラスパー)を頂戴」
勇実、須賀から異物鉗子(グラスパー)を受け取り、内視鏡を通じて優一の口に挿入する。
そのまま慎重に異物鉗子(グラスパー)を操作し、物体を掴んで内視鏡と一緒に優一の口から引き抜く。
勇実「……よし」
勇実、引き抜かれた物体を見て目を丸くする。
トトロのキーホルダーが付いた勇実の車の鍵。
勇実「(唖然)……」
須賀「なにコレ?」
勇実「……私の車の鍵……優一、なんで……」
理解しがたいという表情で優一の顔をじっと見つめる勇実。
その横顔を見ていた柘植、
柘植「矢奈見さん、ちょっと」
と手招き。
戸惑いつつ須賀に投薬等の指示を出して、柘植と部屋の隅に行く勇実。
柘植「こんなこと言いたくないけど、親としてどういうつもりなの?」
勇実「(頭を下げ)ご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません。家で大人しくしてるように言ったんですけど……二度とこんなことがないようによく言って聞かせますから……」
柘植「(遮るように)そうじゃなくて。なんで優一君があなたの車の鍵なんか飲み込んだと思うの?」
思わず口ごもる勇実。
勇実「それは……」
柘植「外を歩いてた時、優一君、泣きそうな顔であなたを呼んでたわよ」
勇実「!」
柘植「忙しいのはわかるけど、休みの日とか、ちゃんと優一君と過ごしてあげてる?」
勇実「わかってますけど……」
弱々しく答えながら、涙ぐむ勇実。
× × ×
眠っていた優一、ゆっくり目を覚ます。傍らに付き添っている勇実。
室内は優一と勇実、二人きりである。
優一「お母さん……」
勇実「大丈夫?もう気持悪くない?」
優一「(頷き)お母さん、ごめんね。怒ってる?」
勇実「いいの。いいのよ。お母さんを行かせたくなかったのよね。ごめんね。本当にごめんね」
と、慈しむように優一の頭を撫でる。
優一「トトロ、無事?」
勇実、懐からトトロの付いた車の鍵を取り出して見せ、
勇実「うん。ちゃんと助け出したよ。――あ、そうだ」
勇実、車の鍵からトトロを取り外し、鍵を懐にしまうと、ポケットから別の鍵を取り出し、トトロに付け替える。
そして、その鍵をそっと優一の手に握らせる。
勇実「トトロ、お家に入るための鍵と一緒にしたからね。さあ、帰ろう」
優一「(心配そうに)お仕事は?」
勇実「(首を振り)大丈夫。お母さんは優一と一緒よ」
優一の顔が、ゆっくりと嬉しそうな表情に変わっていく。
微笑みながら、やさしく優一を抱き起こす勇実。
窓の外には、相変らず慌しく行き交う医師や看護婦達の姿が見えている。
(終)
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