『鉄砲水』
シナリオセンター 新井一賞応募作品
課題:河


人 物

西ノ宮志穂(33)(36)キャンプ場管理者・山岳カメラマン
篠山智樹(29)会社員
篠山千春(27)智樹の妻
篠山一樹(5)小学生・智樹と千春の息子
西ノ宮昭吾(35)志穂の夫
西ノ宮幸生(6)志穂の息子

レスキュー隊員A
レスキュー隊員B
警官


○西ノ宮家・居間・中
  窓の外、雨がしとしとと降っている。
  部屋の壁に飾られた幾多の山岳写真。
  カメラ等の器材を肩に掛け、出掛ける準備をしている西ノ宮志穂(33)。
  それを見守る西ノ宮幸生(6)。
志穂「(幸生に)じゃ、お母さん、行ってくるからね」
幸生「またお写真撮りに行くの?」
志穂「仕事だからね。じゃ、留守番よろしく」
  頷く幸生。出ていく志穂。
  × × ×
  一人でテレビを見ている幸生。
  ふと、テーブルの上に置かれた銀色のペンダントに気付く。
幸生「(手に取り)お母さんのだ」
  思いついたように部屋を出ていく幸生。

○神楽川・中州
  雨脚が激しくなっている。
  増水し、荒れ狂う川。
  中州で孤立し、泣き叫んでいる幸生。手には先程のペンダントがしっかりと握られている。
幸生「お母さーん!お母さーん!……」
  川岸では、消防署のレスキュー隊が必死に幸生に呼びかけている。
レスキュー隊員A「今助けに行くからな!」
  突然、上流の方から不気味な轟音が響いてくる。
レスキュー隊員B「鉄砲水だ!」
  激しい濁流が、上流の方から凄まじい勢いで迫ってくる。
  幸生の悲鳴が轟音にかき消される。

○××病院・霊安室・中
  ドアの前で、呆然と立ち尽くしている志穂。
  ベッドには、シーツが掛けられた幸生の遺体。
  その前にはスーツ姿の西ノ宮昭吾(35)が立っている。
  昭吾、志穂を振り返り、
昭吾「(震える声で)何処へ行ってたんだ?ピューリツアー賞でも狙うつもりだったのか?」
志穂「どうして……」
昭吾「お前に忘れ物を届けようとして、外に出たらしい」
  昭吾、手にしていたペンダントを志穂に突き返すように渡す。
昭吾「だから……山で暮らす事には反対だったんだ!」
  吐き捨てるように言い、霊安室を出て行く昭吾。
  その場にガックリ膝を落す志穂。

○キャンプ場管理者常駐所・中
  棚の上に置かれた幸生の写真。
T「3年後」
  机に突っ伏して寝ている志穂(36)、ハッと目覚め、かぶりを振る。
  その首に揺れる銀色のペンダント。

○神楽山・山中
  カメラを手にして山野草などを撮影している志穂。
  近くで、何やら騒ぐ声が聞こえる。
  顔を上げ、声のする方を窺う志穂。

○神楽川・川岸
  中州に数人の若者がテントを張り、バーベキューなどしている。
  その中に、篠山智樹(29)、篠山千春(27)、篠山一樹(5)の姿もある。
  志穂がやってくる。若者達の姿を認め、
志穂「(怒鳴る)こら、あんたたち!」
  志穂の方を見る若者達。
志穂「河の中州がどれほど危険か分かってるの?!すぐにそこから立ち退きなさい!」
  志穂を嘲るような若者達の笑い声。
  志穂、意を決したように川に入り、中州に近づいていく。

○同・中州
  やってきた志穂に警戒の色を見せる若者達。
智樹「何の用だよ」
志穂「警告が聞こえなかったの?」
智樹「あんたには関係ないだろ」
志穂「もし鉄砲水でも起きたら、その時になって後悔するのはあなたたちなのよ?」
千春「起きるって保障もないでしょ」
  と、バーベキューに戻ろうとする。
志穂「(必死)今朝、上流の方で崖崩れがあったの。その土砂が、川の流れを塞き止めてる。それが一気に流れ出したら、この辺はあっという間に流されるわ。実際、3年前にも近くの中州で小学生が死んでるの」
  話を聞いていた一樹が千春に抱きつき、
一樹「(千春に)ねえ、ママ怖いよ」
千春「大丈夫よ一樹。(志穂に)帰ってよ!子供が怖がってるじゃない」
  千春を睨み、唇を噛み締める志穂。

○キャンプ場管理者常駐所・外観(夕)
  雨が激しく降り出している。
  「神楽山キャンプ場管理事務所」表札。

○同・中(夕)
  電話口にまくしたてている志穂。
志穂「ここ数日来の雨で、地盤が緩んで崖崩れが頻発しているのは知ってるんでしょ?そう、いつ鉄砲水が起きてもおかしくない状況なの!……え?だから、何を言っても聞かないんだってば!……え、何ですって?……権限があるとかないとかの問題じゃないでしょ!」
  その時、ドアを激しく叩く音。
志穂「(電話口に)ちょっと待って」
  志穂、電話を保留し、ドアを開く。
  ずぶ濡れの智樹と千春が取り乱した様子で立っている。
智樹「た、助けてくれ!一樹が、一樹が……」
志穂「(驚き)あなたたち……」
千春「急に水かさが増して……こんなことになるなんて私……」
志穂「(悟る)他の人たちは、中州に取り残されてるのね?一樹っていう子も一緒なのね?」
  しきりに頷く智樹と千春。
志穂「……だから、あれほど言ったのに!」
  志穂、壁に掛けてあったロープと懐中電灯を素早く取ると、部屋を出ていこうとする。
千春「(狼狽)あの、私たちは……」
志穂「(電話を指し)警察と消防に連絡して!もう繋がってるから!」
  と、出ていってしまう。
智樹・千春「??」

○神楽川・川岸(夕)
  溢れんばかりに増水し、荒れ狂う川。
  志穂がやってくる。
  川の真ん中で腰まで水に浸かり、泣き叫んでいる一樹。
  他の人間の姿は見当たらない。
志穂「一樹君!」
  志穂、ロープを自分の身体と近くの木に固く結びつけると、臆さず荒れ狂う濁流の中に飛び込む。
  一樹に向かって必死に泳ぐ志穂。
  ようやく辿り着こうとした時、一樹が足を取られ、濁流に流されそうになる。
  思わず手を伸ばす志穂。その手には、銀色のペンダントが握られている。
  一樹の手が、ペンダントの鎖を掴む。
  そのまま、必死に自分の身体を支えようとする志穂。
志穂「幸生っ……お願いっ……」
  志穂、渾身の力で一樹を引き寄せ、背負うと、再び岸に向かって泳ぎだす。
  智樹と千春が、数人の警官達と共にやってくる。
  警官達、ロープを持ち、必死に引く。
  狼狽した表情で見守っているだけの智樹と千春。
  その時、唸り声のような不気味な轟音が上流の方から響いてくる。
警官「鉄砲水が来るぞ!早く!」
  志穂、岸に向かってひたすら泳ぎ続ける……。

○キャンプ場管理者常駐所・外観(夜)
  雨は小降りになっている。
  救急車輌が停車し、物々しい雰囲気。
  一樹と付き添いの智樹を乗せた救急車のドアが閉められ、発車する。
  見送る千春。

○同・中(夜)
  幸生の写真をじっと見ている志穂。
  千春が入ってくる。
志穂「(見て)あなたは行かなかったの?」
千春「後で行く……あの、あなたにお礼も言ってなかったから」
志穂「別にいいのよ」
  千春、幸生の写真に目を留める。
千春「……あなたの子供?」
志穂「ええ。(笑って千春を見る)私の子よ」
千春「じゃあ、私はこれで……また来ます」
  頷く志穂。
  頭を少し下げて出て行く千春。
  ドアまで千春を見送った志穂、ドアに頭をもたれ掛けて、首に揺れる銀色のペンダントを見つめる。
志穂「ねえ、幸生……お母さん、少しは償い、できたかな」
  何も言わず、ただ揺れているペンダント。
(終)

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