『戦場結婚』
シナリオセンター研修科 課題作品
課題:結婚式


人 物

兵藤和太(29)(32)元日本人傭兵
今福美奈子(29)和太の婚約者

日下部源之助(29)日本人傭兵
ミハル(24)源之助の婚約者

ラシッド(35)ムジャヒディン兵士
若い兵士


○横浜みなとみらい・全景
T「横浜 A.D.2004」

○アンナミラーズ・横浜ランドマークプラザ店・店内
  席についている兵藤和太(32)と今福美奈子(29)。
  和太の頬には大きな傷痕がある。
  結婚式場のパンフレットを幾つも広げている美奈子。
美奈子「やっぱチャペルは外せないとして、式場迷うなー。あ、階段の花が選べるんだって、良くない?ここ(と和太を見る)」
  女性店員を眼で追っている和太。
美奈子「ちょっと、聞いてる?」
和太「(見て)あ、うん。(店のメニューを開き)ええと」
美奈子「(メニューを取り上げ)それじゃないでしょ。もう、ちゃんと真剣に考えてよ」
和太「考えてますよー。ここの制服ってさ」
美奈子「バカ」
  ニヤニヤしている和太。美奈子も釣られて笑い。
美奈子「それはそうと、あの話考えてくれた?」
和太「あの話って?」
美奈子「顔よ顔。傷のこと」
  和太の表情が固まる。頬の傷を撫でる。
美奈子「(気付かず、まくし立てるように)結婚式までには消して欲しいのよね。だってやっぱ変じゃない、新郎の顔にそんなでっかい傷があったら。あ、私はいいのよ。でも、周りの人がヘンに誤解したら 嫌でしょ?友達にも、和太さんて元ヤクザ?なんて訊く奴がいてさ。今の技術だったら、わりと綺麗に――」
和太「(遮り)あのさ」
美奈子「?」
和太「俺の友達に、センジョウで結婚した奴がいたんだ」
美奈子「センジョウ?」
和太「……ああ」
  美奈子、突然ハタと手を打ち、
美奈子「それいい!」
和太「!?」
美奈子「船上結婚!船の上なんて素敵、最高、ナイスアイデア」
和太「(制し)いや、そうでなくて」
美奈子「?」
和太「戦う、場所」
美奈子「……は?」
和太「……戦場」

○アフガニスタン山間部(回想)
T「アフガニスタン A.D.2001.10」
  爆音と銃声が響く。

○ムジャヒディンの拠点のひとつ・中(回想)
  山肌に掘られた横穴。
  戦闘の音が中にまで響いてきている。
  迷彩服姿の兵藤和太(29)が、外の様子を眺めてから部屋の奥に走る。
  その頬に傷はない。
  部屋の奥――数人のアラブ系兵士に囲まれた一人の日本人傭兵、そしてその隣に並んで立つ一人のアラブ人女性。
  日本人傭兵は日下部源之助(29)、女性はミハル(24)。
  質素ながらも、整えられているミハルの服装。
和太「(パシュトゥーン語、以下同じ)大丈夫だ、まだ戦闘は遠い。さ、始めよう」
 返事をせず俯いている源之助、ミハル。
和太「(構わず)ラシッド、頼む」
  控えていたアラブ人兵士のラシッド(35)が立ち上がる。
  手にしていた書物――クルアーン(コーラン)を開き、読み上げようとする。
源之助「(制し)待て。やはり今はダメだ。敵が迫ってきている時に、結婚式など挙げられない」
  また始まった、という表情の和太。
和太「ここまで来て俺達の好意を無駄にする気か?みんな祝ってくれてるんだぞ。だいいち――(日本語で、小声)ミハルさんの気持考えてみろ。この国の女性にとって、親が選んだ人間以外の男性と結婚することが、 どれだけ大変か。良くて刑務所行き、悪ければ戒律の名の下に殺される。それでも彼女は来てくれたんだぞ、お前のために」
  ミハルを見る源之助。
  訴えるような一途な眼で源之助を見ているミハル。
源之助「(和太を見て)……わかった」
  クルアーンの一節を読み上げるラシッド。
  神妙な表情で聞く源之助とミハル。
  と、外の戦闘の音がふいに大きくなる。
  一人の若い兵士が出入口から踊りこんできて、
若い兵士「敵が方向を変えた!ここの存在に気付いたようだ」
和太「じゃあ、陽動は……」
若い兵士「失敗したかもしれない」
  和太、不安そうな顔で自分を見ているミハルに気付く。
和太「大丈夫、アフメドの部隊だって行ってくれてるんだ。敵がここへ来る前に食い止めてくれるさ」
  源之助は既に銃を手に取っている。
和太「(見て)おい……」
源之助「俺達のために、みんなに迷惑は掛けられん」
  行こうとする源之助の行く手を遮る和太。
和太「ここで出撃したら、もう二度と脱出のチャンスはないかも知れないんだぞ。ミハルさんにも、会えなくなるかもしれない」
源之助「しかし……」
  横から、源之助に一枚の紙を差し出すラシッド。
  アラビア語で書かれた文章。
ラシッド「そうだとしても、せめて宣誓をしてからにしろ。彼女のために」
  源之助に注がれる周囲の兵士達、そしてミハルの訴えるような視線。
  源之助、紙を受け取り、再びミハルの横に並ぶ。
和太「(頷き)……」
源之助「(読み上げる)……新郎、私、日下部源之助は、なんじ新婦ミハルを神アッラーの御前、そして立会い者の前において、クルアーンと……」
  爆音がすぐ近くで炸裂する。振動が拠点を揺るがす。
  銃を取り出ていく数人の兵士。
源之助「(大きく息を吸い)……神アッラーの御前、そして立会い者の前において、クルアーン……」
  再び大きな爆音に遮られる。
  固まる源之助。どうした、という眼で見る和太。
  祈るように源之助を見るミハル。
源之助「クルアーンとスンナの……」
  思いつめた表情の源之助。
  再び爆音が一発、二発。
  源之助、弾かれたようにミハルの両肩を掴み、
源之助「すまない。この戦いが終わったら、必ず迎えに来る。だから待っていてくれ」
  観念したように首を振る和太、周囲の兵士達。
ミハル「どうしても行くのですか」
源之助「ミハル、聞いてくれ。僕の国では、仏像をとても大事にしている。それを奴らは破壊した。それに、君のような罪のない女性を迫害している。それに……」
  壁に貼られた、雑誌の切り抜きらしき紙を横目に見る源之助。
  炎上するふたつの塔の写真。
源之助「(ミハルに向け直り)僕は許せない。僕らの子供が安心して暮らせる日のためにも、僕は戦わなきゃならないんだ」
ミハル「(片言の日本語)……キット、カエッテ、キテ、クダサイ」
  力強く頷く源之助。
  思いを振り払うように銃を取り、
源之助「(ラシッドに)ミハルを頼む」
ラシッド「任せておけ」
  源之助、和太、他数人の兵士とともに出撃していく――。

○米軍艦・甲板の上(回想)
T「インド洋 A.D.2001.11」
  星条旗がはためく甲板上に立つ和太。
  その頬にはガーゼが充てられ、血が滲んでいる。
  和太の隣で神妙に俯くミハル。その胸に抱かれた白い箱。
  双眼鏡を覗く和太。その視線の先に、日章旗をつけた自衛隊の護衛艦。
  双眼鏡の視野――敬礼をする一人の壮年の自衛官の姿。
和太「西ノ宮一佐。俺と源之助が自衛隊にいた頃、信頼できるただ一人の上官だった。彼ならうまく取り計らってくれる」
ミハル「カズタ、サン」
  双眼鏡から眼を離し、ミハルを見る和太。
ミハル「私は故郷へ戻ります」
和太「(見て)……」
ミハル「源之助、自分の使命果たしました。だから私も、自分の成すべきことをするために戻ります。例え刑務所に入れられても、私、諦めない。(笑顔で)大丈夫、源之助もついてる」
  と、胸に抱いた箱を示す。
  そして反対側を向き、海の向うを見据えて、
ミハル「新婦、私、ミハルは、なんじ新郎源之助を、神アッラーの御前、そして立会い者の前において、クルアーンとスンナの教えに従って夫とする……」
  ミハルをじっと見つめている和太。
  眼前に広がるインド洋は太陽の光を受けてキラキラ輝いている。

○横浜港大桟橋・国際客船ターミナル・屋上広場
  横浜港を一望する広場で、手すりにもたれている和太と美奈子。
和太「……あの後、ミハルさんがどうなったかはわからない。アフガンに暫定政府ができたのは、それからすぐのことだった」
美奈子「(微笑)まるで見てきたみたいに話すんだね」
  と、和太の顔を見る。頬の傷が目に入る。
美奈子「(気付く)……まさか」
和太「結婚式の前に、話せてよかった」
  微笑し、遠くを見る和太。その顔をじっと見つめる美奈子。
美奈子「……あの、ね。顔の傷のことだけど……消すっていう話、やっぱり忘れて。そのままでいて」
和太「(見て、笑顔)……ありがとう。ああ、平和だねぇ」
  と、海に向かって大きく伸びをする。
  どこまでも穏やかな横浜港の昼下がりである。
(終)

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