『おさんぽ』
人 物
松尾直太郎(37)元営業マン
ゆった(桐島由子)(6)
野田(35)直太郎の元同僚
ハローワーク職員
男/女
コンビニの店員
喫茶店の店員
老婆
小学生の男子A/B/C/D
帝書店・店主
○ハローワーク・中
多くの人でごった返す室内。
壁に張られた数々の求人情報。並ぶ検索用のパソコン。
人並みに囲まれながら、迷子のように立ち尽くしているスーツ姿に眼鏡の中年男、松尾直太郎(37)。
× × ×
窓口を挟んで向かい合っている直太郎と初老のハローワーク職員。
職員、直太郎から渡された求人票に眼を通し、
職員「うーん、とりあえず電話だけでもしてみますか?」
直太郎「(縋るように)お願いします」
職員「うーん、年齢的にもね、いろいろとあれがね、難しいとは思うんですが」
などとブツクサ言いつつ傍らの受話器を取ろうとして
職員「あ、他に訊いておきたいこととかございます?」
しばし沈黙の後、
直太郎「あ、その……職場は、広い、ですかね」
職員「……は?」
直太郎、何かを伝えようと身振り手振りを使いながら
直太郎「ええと、つまり……実際に……仕事をする部屋というのが……」
キョトンとしている職員。
直太郎「……やっぱりいいです」
○同・玄関前
肩を落として出てくる直太郎。
自動ドアが乾いた音と共に開く。
直太郎、顔を上げ、愕然。
直太郎「え……」
雨が降っている。
慌てて鞄をまさぐる。傘を捜している様子。
が、見つからない。
深い溜息。雨に煙る街並みを茫然と眺める。
唐突に携帯電話の着信音。
また慌てて鞄をまさぐる。携帯電話を取り出し、
直太郎「はい、もしもし……ああ、お前か。え、いま?(しばし沈黙)……会社の外だよ。営業回ってる最中。
それより、今日だったよね、検査の結果。……ああ、わかってる。今日は早く帰るから」
間。
直太郎「ごめんな。俺――いや、なんでもない。とにかく、あんまり心配しないで……」
言いかけて、道路を挟んだ向いの歩道の異変に気付く。
二人の男女。俯いている女。向かい合う男。
男、いきなり女の頬をはたく。
直太郎「あ!――いや、なんでもない……」
無抵抗の女を、更に撲り続ける男。
大声で何やら怒鳴っている。
周囲の人々、まるで他人事のように見て見ぬフリをして通り過ぎていく。
直太郎「……ご、ごめん、そろそろ会社戻らにゃまずいから」
直太郎、電話を切って雨に躊躇しつつ軒下を飛び出す。
○向かいの歩道
道路を渡った直太郎、恐る恐る男女の方へ近付こうとして、立ち止まる。
男は強面のやくざ風。足がすくむ。
男「ライトとメンソールライトは別モンだっつったろうが。何回言わせんだ、え?」」
女「ご……ごめんなさ……」
言い終わらないうちに、また女を撲る男。
男「謝って済むのが内助の功じゃねえんだよ。それとも別れて欲しいんかコラ」
縋る女を乱暴に突き放す男。
直太郎「(小声)あ、あのー」
言いつつも、なかなか足が前に出ない。
と、そこへ一人の少女――ゆった(6)が現れ、直太郎の前を通り過ぎて男女に近付いていく。
直太郎「?」
男、気付いてゆったを見る。
ゆった「(ドイツ語)おじさん、おとなげないね」
男「あ?」
ゆった「(ドイツ語)おじさん、ドイツ人じゃないでしょ」
ハラハラと見守る直太郎。
男、穏やかな笑顔になり、
男「お嬢ちゃん、悪いけど向こう行っててくれるかな。おじさんたち今、とっても大事な話してるからね」
間。
ゆった、男にアッカンベー。
男「(表情変わる)なめてんのかこのガキ」
慌てる直太郎。握ったままの携帯電話に眼が留まる。
とっさに耳に当て、わざと大声で、
直太郎「ええ、そうです。女性に暴力を振るってる男がいるんです。子安町の……ええと9丁目です。
ハローワークのある辺り。ちょっとまずい状況なんで、至急来て頂けますか」
驚いて直太郎を見る男女。直太郎、受話器を下ろし、
直太郎「……警察を呼びましたから」
男、憮然として女の手を掴み、強引に引っ張って去っていく。
女、引っ張られながらの去り際、直太郎を見て、
女「余計なことしないでよ!」
直太郎「……」
溜息を吐いて去ろうとする直太郎。
じっと見ているゆったに気付く。
直太郎「電話なんかしてないよ、見せかけだよ、見せかけ」
去っていく男女とゆったを見比べ、
直太郎「まさかアレ、お父さんとお母さん?」
ゆった首を振る。
直太郎「……だよな。傘持ってないの?」
ゆったうなずく。
直太郎「じゃあ早く帰りなさい、風邪引くぞ。それに……こんなとこ歩いてたってロクなこたぁないんだから」
ゆった「(ドイツ語)おじさん、ドイツ人?」
直太郎「へ?何?……いいから、早く帰りなさい」
再び歩き出す直太郎。
その後姿をじっと見つめているゆった。
○コンビニ・店内
入ってくる直太郎。
傘のコーナーを見るが、一本もない。
直太郎、レジへ行き、店員のおばさんに、
直太郎「あのーすみません、傘は……」
店員「あー、すみません、売り切れちゃったんですわ。急な雨やったからねえ」
直太郎「はあ、そうですか……」
店員、直太郎の背後に向かって笑いながら手を振る。
直太郎「?」
思い切り不審そうに振り向く直太郎。
ゆったがいつのまにかそこに。
直太郎「……なんでまだいるの」
ゆった「(ドイツ語)おさんぽしてるの。いっしょにしましょ」
直太郎「……(わからない)」
店員「お散歩してはるんよね」
直太郎「?」
うなずくゆった。
店員「(直太郎)娘さん、ドイツ語がおわかりになるんやねえ」
直太郎「いえ、娘では……(気付いて)ドイツ語なんですか?」
店員「ええ、ウチこれでも学生の頃はドイツに留学してはったからわかるんですわ。
いまじゃバリバリ関西弁のパートタイマーやけどな。ははははは」
と、豪快に笑う。
ゆった「(ドイツ語)バイバイ」
店員「(ドイツ語)バイバイ」
手を振りつつ店を出て行くゆった。店員も手を振る。
直太郎も店員に一礼して行きかけるが、ふと思いついたように戻ってきて、
直太郎「あの、すみませんが、あと肉まんひとつ」
○コンビニの外
軒下で雨をしのいでいる直太郎。隣にゆった。
ゆったに肉まんを差し出す直太郎。
直太郎「食うか?」
ゆった、嬉しそうにうなずき、肉まんを受け取る。
直太郎「こんなところで何してんの」
ゆった「(ドイツ語)おさんぽよ」
直太郎「日本語使えよ。わかるんだろ。さっき俺の言ったことわかってたじゃないか。
それともアレか、聞くのはわかるけど話せないってやつか。(独り言)……外国人には見えねえけどなあ……」
と、その場にしゃがみ、ゆったの顔を眺める。
やや思考の後、
直太郎「お父さんとお母さん、近くにいないの?」
ゆった「(ドイツ語)おとうさんはいるけどおかあさんはいないの」
直太郎「(立ち上がり)ダメだ全然わかんねえ」
ゆった「(ドイツ語)あ、あとおじいちゃんもいるよ!」
頭を抱える直太郎。やがて思いついたように、
直太郎「あー、じゃあこうしよう。おじさんの質問に“はい”か“いいえ”で答えるんだ。
“はい”の時は頷いて“いいえ”の時は首を横に振る。言ってることわかるか?」
うなずくゆった。
直太郎「よし、じゃあまずお嬢ちゃんは一人か?」
はい。
直太郎「じゃあ、近くにお父さんとかお母さんはいないの?」
はい。
直太郎「(やや思考の後)――つまり、迷子?」
いいえ。
直太郎「じゃ、おウチは近くにあるんだ?」
いいえ。と思ったら、はい。
直太郎「どっちなんだよ。まあいいか。おウチへの帰り方は、わかってるのかな?」
はい、いいえ。
直太郎「だからどっちなんだ……迷子だな、こりゃ」
ゆった「(ドイツ語)迷子じゃないよ!」
直太郎「ごめんな、おじさんドイツ留学の経験はないんだ。ほら、おいで」
と、歩き出そうとする。
不満そうに、食べかけの肉まんを示すゆった。
直太郎「――わかったよ。じゃあ肉まん食ってからな」
嬉しそうに笑って肉まんを頬張るゆった。
コンビニから先ほどの店員が傘を一本抱えて出てくる。
店員「これ、もしよかったら使って」
と、直太郎に傘を渡す。
直太郎「え、いいんですか」
店員「随分前にお客さんが忘れはったもんやけどな。娘さんも濡れっぱなしじゃ可哀想やろ」
直太郎「いや、ですから娘では……」
店員「(聞こえない様子で、ゆったに)ごめんなあ、子供用のがあればいいんやけど、お父さんと相合傘で我慢してな」
ゆった「(ドイツ語)おばさん、いい人ね」
店員「あらあら、何をおっしゃいますか。はははは」
笑いながら店の中へ戻っていってしまう。
傘を持ったまま立ち尽くす直太郎。
ゆった「(ドイツ語)あのおばさんもドイツ人ね」
直太郎「……」
○住宅街
人通りの少ない、閑静な住宅街。
傘を差して歩く直太郎。
傘には入らず、直太郎の少し先を先導するように歩いているゆった。
ゆった「(歌う)♪ねこざめのあかちゃんはさめでもすきよ」
直太郎「歌は日本語かよ」
ゆった、上を向いて口を開ける。
雨を「飲もうと」しているようだ。
直太郎「こっち来て傘入れよ。風邪引いても責任とらねえぞ」
ゆった「(ドイツ語)おいしいよ。おじさんも飲んだら?」
と言ってまた上を向く。
直太郎、溜息。
構わず、なおもはしゃぎまわるゆった。
水溜りを飛び越えたり、その水溜りに自分の顔を映してアッカンベーをしてみたり。
直太郎「何が楽しいんだか……」
× × ×
塀の穴から奥を覗いて遊んでいるゆった。
直太郎、十字路で足を止め、
直太郎「ほら、こっちだぞ」
声に振り向くゆった。
直太郎、そのまま脇道に入っていってしまう。
一瞬戸惑うゆっただが、すぐ好奇心一杯の表情になり、
ゆった「(ドイツ語)何があるの?」
と直太郎の後を追う。
○××駅前
多くの人々が行き交っている。
歩いてくる直太郎、その後をついてくるゆった。
直太郎の歩いていく先に――交番がある。
窓越しに見える警察官。
ゆった「!」
足が止まる。その顔がこわばる。
直太郎「(気付かず)ほら、行くよ」
と手を引くが、ゆったは固まったように動かない。
直太郎「何やってんの、ほら」
なおも手を引くが、ゆった動かない。
ゆった「(ドイツ語・小声)……迷子じゃないもん」
直太郎「え?」
ゆった、その場に座り込む。
ゆった「(ドイツ語)迷子じゃないもん!」
直太郎「お、おい……」
ゆった「(ドイツ語)迷子じゃないもん!」
顔を伏せて繰り返し訴えるように喚き続けるゆった。
周囲の人々が眉をひそめて集まってくる。
直太郎「(慌てる)ちょ、ちょっと、頼むよ……」
必死になだめようとするが、ゆったの剣幕は治まる様子もない。
騒ぎに気付いたのか、交番の中の警官が顔を上げる。
直太郎「わ、わかった、わかったからさ!」
慌ててゆったを抱き上げ、小走りにその場を立ち去る。
○喫茶店・中
ケロッとしてオレンジジュースを飲んでいるゆった。
向かいに直太郎。
放心したようにストローをいじり回している。
直太郎「どうすりゃいいんだよ……」
ゆった「(ドイツ語)おじさん、いい人だね」
直太郎「はいはい。何言ってんだかわかんないけど」
ゆった、二コリ。直太郎、溜息。
直太郎「……なあ、頼むから名前だけでも教えてくれよ。このままじゃおじさん、誘拐犯だよ」
答えず、ただニコニコしているゆった。
野田の声「おい松尾。松尾じゃないか?」
直太郎、声のほうを向くと、スーツ姿に髪をオールバックで固めた体育会系の男が一人、親しげな様子で近付いてくる。
直太郎「(ゲッ)野田……」
ゆった「?」
野田、松尾の隣の席に座り、
野田「はっはー、おまえ、元気にやってんの?……いや、元気なわけないか。大変だったもんな。聞いたよ。ずっとリストラ部屋だったンだって?」
直太郎「ああ、まあ……な」
野田「3ヶ月もよくもったよ。大したもんだ。俺だったら一週間でも耐えられないな。現にほら、蜷川っつったっけ?
あいつもあの後リストラ部屋行きでさあ。一週間でギブ。しかもそれ以来、閉所恐怖症で精神科通いだとよ。ひでえ話だよな」
直太郎「(遠慮がちに)おまえは……大丈夫なのかよ」
野田「俺?いや俺なんか最近全然調子よくてさ。今月に入ってから契約3件も取っちまったよ。はっはっは」
野田、ゆったが何か言いたげに自分を見ていることに気付く。
野田「あれ?この娘は……(ハッとして、直太郎に)ひょっとして奥さん、治ったのか?」
直太郎「なわけないだろ!だいいち生まれてすぐこんなにでかくなるかよ」
野田「……あ、そうか。だよな。(またハッとして)……まさかおまえ……そういう趣味?」
直太郎「は?」
野田、周囲をはばかる様子で直太郎の肩に手を回し、
野田「確かに、いろいろ辛いことがあって、ストレス溜まってるってのはわかるよ。でもコレはマズイだろ。
ヘタすると犯罪だぞ。だいいち奥さんがどんなにショックを受けるか……」
白けた様子で野田を見ていたゆった。
話の半ばで席を立ち、店の外に出て行く。
気付かない直太郎と野田。
直太郎「ちょっと待て、それは――」
野田「今からならまだ間に合う。今日のところは見なかったことにしといてやるから、金輪際こんなマネはするな。
このお嬢ちゃんだって――」
とゆったの席を見るが、既にその姿はない。
野田「あれ?」
直太郎「!」
慌てて周囲を見回す直太郎。近くの店員を捕まえ、
直太郎「あの、ここにいた女の子は――」
店員「(キョトン)……さっき、出ていきましたけど?」
直太郎、慌てて店を飛び出す。
野田「お、おい!」
○街角
――を走り回る直太郎。
傘は喫茶店に忘れたらしく、手にしていない。
直太郎「おおい!どこいった!……畜生、せめて名前くらいわかりゃな……」
言いながら薬局の前を通り過ぎる直太郎。
間。
何かに気付き、薬局前に戻ってくる直太郎。
店先に置かれた等身大のケロちゃん人形。
その横でケロちゃん人形と同じポーズを取りながら固まっているゆった。
直太郎「……なにやってんの」
ゆった「……ナターナエル・フーゴ・シャルロッテ・ユッタ・ザ・サード」
直太郎「え?」
ゆった「……マイ、ネーム」
間。
直太郎「(気付く)……ああ、名前。ナターナ……?」
ゆった、直太郎を指差し、
ゆった「ユー、ネーム」
間。
直太郎「あ、俺?俺は……直、太郎。松尾直太郎」
ゆった「ナオタロウ」
直太郎、気を取り直すように咳払いしてゆったを睨み、
直太郎「なんで黙って出てきたの」
ゆった「(ドイツ語)あのおじさんと一緒にいたくなかったんでしょ?」
間。
直太郎「……聞いてもわからないんだった」
○畦道
田植えが済んだばかりの水田が一面に広がっている。
その中を濡れながら歩く直太郎とゆった。
直太郎「なあ、いったいどこへ向かってるんだ?」
ゆった「(ドイツ語)どこへも向かってないよ。ただ歩いてるだけ」
直太郎「……もう何も言いません」
ゆった、しゃがんで水田の水平線に目線を合わせる。
水面に、幾多も生まれては消える雨の波紋。
ゆった「(ドイツ語)今日の海は大シケね」
立ち上がって、また歩き出す。
直太郎、後をついていきながら、
直太郎「……何やってんだろうな、俺は」
ゆった、どこで見つけたのか大きなふきの葉をふたつ抱えて戻ってきて、ひとつを直太郎に手渡す。
直太郎「(少し感心)……見つけるもんだな」
得意げに微笑むゆった。
○坂の多い住宅街
道幅が狭くなり、坂は上ったり下ったりを繰り返している。
周囲には木々の緑が目立ち始めている。
ふきの葉を傘にして歩くふたり。
乳母車を押した老婆とすれ違う。
老婆「(ゆったに笑いかけ)あら、お父さんとお散歩?いいわねえ」
微笑み返すゆった。
老婆、ふきの傘を不思議そうに見る。
直太郎「(気付いて、愛想笑い)……傘がなかったもんで」
納得したように笑って去る老婆。
ゆった「(ドイツ語)見て見て!」
直太郎「なに」
と向き直り、ゆったの指差す方を見ると、そこには首のない地蔵が。
直太郎「……こりゃ哀れだな」
ゆった、道端からやや大きめの石を拾ってくる。
ぼーっと地蔵を見ている直太郎をつつき、何やらモノを書く仕草。
直太郎「え?……あ、書くもの?」
と、胸ポケットに差したボールペンを渡すが、ゆった首を振り、
ゆった「(ドイツ語)もっと太いの!……(そのままの発音で)まじっく」
直太郎「(溜息)ちょっと待ってな。何するつもりか知んないけど」
と鞄をまさぐる。
× × ×
地面にしゃがみ、石にマジックで熱心に何かを描いているゆった。
見守る直太郎。
ゆった、描き終わると、石を首のない地蔵に乗せる。
直太郎「……ないよりはマシだな」
地蔵の首代わりとして置かれた石には、いかにも子供の落書きといった趣のいびつな顔が描かれている。
× × ×
身を屈め、野良猫とにらめっこしているゆった。
警戒するように右往左往する野良猫に合わせて、ゆったも右往左往する。
直太郎、さすがに辟易してきた。
直太郎「おい、そろそろいい加減にしてはくんねえか。おじさん今日、早く帰らなきゃならないんだよ」
まるで聞いている様子もないゆった。
野良猫が飛び跳ねて住宅と住宅の隙間の裏路地へ入っていくと、後を追うように自分も裏路地へ。
直太郎「オイッ!」
慌てて後を追おうとする直太郎。
が、裏路地への入口前で立ち止まる。
唾を飲み込んで路地の奥を見つめる。
――狭く、暗く、細長い路地がどこまでも続いているように見える。
直太郎「……」
× × ×
フラッシュ。
とある会社のフロア。
デスクに向かう直太郎の肩に、ポンと手が置かれる。
× × ×
ビクッとして振り向く直太郎。無論誰もいない。
直太郎、改めて裏路地に向き直る。
ゆったがはしゃいでいるらしい声が奥から微かに聞こえてくる。
直太郎、大きく息を吸い、意を決したように裏路地へ足を踏み入れる。
○裏路地
狭い路地内を、身体を斜めにして恐る恐る歩いていく直太郎。
灰色の壁が眼と鼻の先にある。
× × ×
フラッシュ。
灰色の壁。白いドア。その前に机がある。
「私物はここに置いてください」の張り紙。
× × ×
直太郎の表情がだんだん歪んでくる。息が苦しい。
ネクタイを緩める。
額には汗。
ゆったの声「(日本語)もうでられないよ」
ビクッとして振り向く直太郎。
路地の先にあるのは漆黒の闇。
出口はいつの間にか消えている。
ゆったの声「(日本語)もうでられないよ」
あちこちから反響するように響いてくるゆったの声。
直太郎、半ば錯乱状態。
直太郎「わからない、おまえらの言葉なんてわからないんだよ!」
見えない出口に向かってひたすら走る。
ゆったの声「(ドイツ語)おじさん!」
○緑町公園・入口
ハッと顔を上げる直太郎。
腕に子猫を抱いたゆったが、不思議そうにこちらを覗きこんでいる。
ゆった「(ドイツ語)おじさん?」
周囲を見渡す直太郎。
裏路地を抜けたそこには遊歩道の入口があり、「緑町公園」の看板が立っている。
直太郎はそこに頭を抱えてうずくまっていた。
ゆったを見て、力なく笑う。
直太郎「……みっともないとこ、見られちまったな。おじさん、ダメなんだ。狭いとこ」
ゆった「(不思議そう)……」
子猫がにゃあと鳴く。
直太郎「……どこで拾ってきたんだ、そんなもの」
ゆった、出てきた路地の方を指差す。
直太郎「(苦笑)……本当によく見つけるなあ、おまえは」
ゆった、笑顔で頷く。直太郎、立ち上がり、
直太郎「でもダメだぞ、こいつまだ赤ちゃんじゃないか。もし路地にいたんなら、きっとそこがお家なんだ。お母さんのところへ帰してやらにゃ」
ゆった「(ドイツ語)……お母さん?」
直太郎「(なんとなくわかる)ん?……ああ、そうだ」
ゆった、頷くと、子猫を抱いたまま元の路地へ引き帰していく。
見送る直太郎。
○緑町公園・遊歩道
相変らずふきの葉の傘を差し、遊歩道を並んで歩くふたり。
ゆったりとしたその歩み。
鼻をくんくんさせるゆった。
ゆった「(ドイツ語)木の匂いがするね!」
直太郎「(適当に)ん?ああ。(独白)木の匂いがするなぁ」
ゆった「(ドイツ語)いい匂い。木もきっとドイツ人ね」
直太郎「……俺、マジでドイツ語の勉強しようかな」
× × ×
下りになる斜面。
はしゃいで駆け下りていくゆった。
直太郎「おいおいおい、走ると危ない……」
言い終わらないうちに自分が足を滑らせて転ぶ。
ゆった、見上げ、
ゆった「(ドイツ語)……大丈夫?」
むっくりと起き上がる直太郎。
上着もズボンも泥だらけ。
眼鏡や鼻の頭にも泥が飛散している。
それを見て笑うゆった。
直太郎「……おもしろくない!」
よけいに笑うゆった。
○同・広場
斜面の麓にある広場。
屋根付きの休憩所やトイレが建っている。
休憩所のベンチに腰掛けるゆった。
直太郎、上着を脱いでベンチに掛け、
直太郎「このままじゃ家に帰れねえなあ」
携帯電話の着信音が鳴る。
直太郎、電話を取る。
直太郎「もしもし。……ああ、おまえか……うん。うん」
直太郎、ゆったをチラリと見つつ、会話を聞かれるのをはばかるように休憩所を出て、少し離れにあるトイレの軒下へ。
ひとりになるゆった。退屈そうに足をぶらつかせる。
外を見る。小降りになりつつある雨。
なにやら思いついて休憩所を飛び出す。
地面の泥を手でかき集める。
× × ×
電話中の直太郎。表情は硬い。
直太郎「……うん、うん。(長い間)……そうか。でも、まだ次があるさ」
言いつつもその声は沈んでいる。
× × ×
休憩所の木のテーブルの上で泥団子作りに興じているゆった。
ゆった「(ドイツ語)水を混ぜて、よくこねます」
そこへ、数人の男子(小学校3〜4年生くらい)が駆け込んでくる。
男子A「ここでよくねえ」
男子B「いい、いい」
男子C「なんで誰も傘持ってねえんだよ」
男子D「あー濡れた濡れた」
騒々しくなる休憩所。
ゆったなど目に入っていない様子。
男子たち、テーブルに並べられた泥団子を見て、
男子A「なんだこれ汚ねえな」
と、乱暴に払いのける。地面に落ちる泥団子。
ゆった「(ドイツ語)何すんのよ!」
それで男子たち、ようやくゆったを見た。
男子A「なんだおまえ?」
× × ×
直太郎「……ああ、帰るよ。すぐに帰る。じゃあ」
と電話を切り、溜息。
そして休憩所のほうを見て、硬直。
ゆったを囲んでいる男子たち。
男子B「え、いまの何語?」
男子C「こいつ外人?」
男子D「ていうか邪魔なんだけど」
男子A「おまえ向うでやっててくんねえ?ここ俺らが使うからさ」
ゆった「(睨み)(ドイツ語)これだから日本人は嫌いよ!」
とそっぽを向き、地面に落ちた泥団子を拾い集める。
男子A「(ムッ)――」
ゆったの背中に蹴りを入れる男子A。ゆった、転倒。
直太郎「!」
男子A「(見下ろし)邪魔だっつってんだろ」
男子B「日本語わかんねえんじゃねえ?」
身体を起そうとするゆった。
その背中に、再び蹴りが入れられる。
男子A「あれ、なんで起き上がれないのかなあ」
それでも何度も起き上がろうとするゆった。
その背中を繰り返し蹴る男子A。
はやし立てる周囲の男子たち。
暫く様子を見ていた直太郎だが、もはや限界。
大股に休憩所のほうへ近付いていく。
男子たち「(気付き)?」
直太郎「(低く)何やってんだおまえら」
呆気に取られたように黙っている男子たち。
直太郎「(激して)何やってんだおまえらは!!」
と、拳を振り上げて男子たちに襲い掛かる。
驚いて逃げ出す男子たち。
直太郎「棒で殴るぞこのばかものどもめが」
喚きながら足元の泥を掴み、男子たちに投げつける。
逃げ去っていく男子たちの後姿を見送り、
直太郎「畜生、ガキも大人もやることは大して違わねえな」
直太郎をじっと見上げているゆった。
気付いて振り向く直太郎。
直太郎「……なんだよ」
ゆった「(日本語)おじさん、おとなげない」
直太郎「あ、あのなぁ……(気付く)――あれ?おまえ……日本語……」
ゆった「(日本語。以下同じ)おとなげない。わたしとおんなじだね」
直太郎「……」
× × ×
テーブルの上で団子作りを続けるゆった。
直太郎、煙草を出して火をつける。
ゆった「タバコやめたほうがいいよ」
直太郎何か言いかけるが、やめる。
ゆった「お酒もやめたほうがいいよ」
直太郎「(苦笑)いま、飲んでないから」
ゆった「でも夜になると飲むんでしょ。それから酔っ払って奥さんを叩くの。なんべんもなんべんも叩くの。
奥さんは泣いて言うの『あなたとはもう一緒に暮らせないわ』そしたらお父さんは『ガキはどうすんだ。放っていくのか。俺はセキニンとらねえぞ』」
直太郎「(見て)……」
ゆった「それからしばらくたったある日、お母さんは急にいなくなりました」
直太郎「……おまえ」
ゆった「でもドイツ人のおじいちゃんはずっと私といてくれたの。優しいの。ドイツ人だから」
直太郎「ドイツ人だから?」
ゆった「ドイツ人はみんな優しいんだよ。日本人はダメね、優しい人なんていやしない。
わたしがちょっとだけドイツ人だからって、みんなでいじめるし。でもドイツ人は優しいの」
直太郎「お母さんは……日本人?」
やや間。
ゆった「お母さんは特別よ。だからいつかきっと帰ってきてくれるわ」
直太郎「……そっか」
ゆった「おじさんはドイツ人でしょ?」
直太郎「はぁ?」
ゆった「だっていい人だから」
直太郎、ハッとなる。身につまされる。
直太郎「……いい人なんかじゃないよ。ぜんぜんいい人なんかじゃない」
ゆった「……どうして?」
直太郎「大切な人に、嘘をついてしまっているから」
ゆった「(見ている)……」
直太郎「……おじさんの奥さんな、病気なんだ。子供が産めない病気。そのせいで他の人よりもたくさん傷付いてる。
それなのに、俺が会社辞めさせられたなんて知ったら、あいつ、それこそ……いや、言い訳だな、それは。
(自嘲気味に笑い)ドイツ人の資格なし、だ」
ゆった「……やっぱりおじさん、ドイツ人ね」
直太郎「(見る)……?」
ゆった「“嘘ついてない”っていう嘘をついてないから」
直太郎、感心したように微笑み、
直太郎「難しいこと、言うんだな……」
ゆった、外を見て、何かに気付いたように駆け出していく。
そして広場の真ん中で、両手を広げて空を仰ぎ、
ゆった「おじさん!雨上がったよ!」
と嬉しそうな顔で直太郎を見る。
○広い道
さっきまでとはうって変わって青空が広がっている。
その下を歩くふたり。
ふきの葉の傘は公園に置いてきたらしい。
ゆったがまた何か目ざとく見つけた。
道沿いの住宅の軒先から何やら持ってきて、直太郎に見せる。
ホタテの貝殻だ。
直太郎「どこにあったの、そんなもん」
ゆった、軒先に並べられてるホタテ貝を指差す。
直太郎「……人んちから持ってくるのはまずいだろう」
ゆった「だって、ホタテ貝だよ」
直太郎「……ホタテ貝だけどぉ、人んちから勝手に持ってくるのはまずいよ」
ゆった「だって、貝殻だよ」
直太郎「貝殻だけどぉ、あれだよ、なんかに使うかも知んないでしょ」
ゆった「何に使うの?」
直太郎「(考える)……」
その脳裏に。
× × ×
インサート。人魚姫の胸に充てられたホタテ貝。
× × ×
直太郎、何を考えてるんだ俺はとばかりに首を振る。
ゆった「わかった!」
直太郎「え?」
ゆった「人魚さんがきっとブラジャー代わりに使うのね」
直太郎「(唖然)……」
ゆった「じゃあ返してくるわ」
と、ホタテ貝を軒先に戻し、直太郎と並んでまた歩き始める。
ゆった「危うく下着泥棒になるところだったわ」
直太郎「そりゃゾッとしないな」
ゆった、立ち止まり、
ゆった「やっぱりここは海だったのね」
直太郎「へ?」
ゆった、道の先を示す。大きな水溜りができている。
直太郎「じゃあ俺たちは魚か」
ゆった「とびうお!」
と叫んで駆け出す。
水溜りを飛び越えようとしているらしい。
直太郎「おいおい、無理だって」
ゆった、水溜りを飛び越えようとするが、飛びきれず着水。水が跳ね上がる。
直太郎「ほら、いわんこっちゃない」
ゆった、足元を見たまま立ち尽くしている。
やがて顔を上げ、
ゆった「おじさん、こっちきて」
直太郎「やだよ。靴が汚れちまう」
ゆった「(懇願)ねえ、きて」
直太郎「……」
ゆった「はやくー」
直太郎「(仕方ねえなあ)……」
直太郎、爪先立ちになりながら水溜りに足を踏み入れ、ゆったの許まで歩いていく。
直太郎「今度はなんなんだ?」
ゆった「おじさん、あしもと見て」
直太郎「ん?」
ゆった「わたしたち、空の中にいるよ」
直太郎、足元を見る。
直太郎「(気付く)……!そうだな」
水たまりに映る青い空。
それは深く、青く、どこまでも無限に続いているように見えた。
ゆった「こんなに空は広いのに、どうして人は雲の上に住めないんですか」
直太郎「そうだな。そうなりゃ人口問題は解決するのにな」
ゆった「それに、おじいちゃんにも会いに行けるわ」
直太郎「(見る)!」
じっと下を向いて、足元の空を見つめているゆった。
直太郎「……」
直太郎も改めて下を向き、空を見つめる。
そうやって、大きな水溜りの真ん中にじっと佇んでいるふたり。
○線路沿いの道
陽が西に傾き始めている。
歩くふたりの横を、電車が追い越していく。
腕時計を見る直太郎。時間を気にしている様子。
○国道沿いの歩道
広い道路に出る。車が頻繁に行き交う。
直太郎「ここどこ?!」
とうろたえている直太郎。ゆったは平然としている。
ゆった「急いでるの?」
直太郎「おまえ、わかる?」
首を振るゆった。
直太郎「わかんないで歩いてたの?!」
ゆった「わかるところなんて歩いてもつまんないわ」
直太郎「しゃーない、近くにコンビニ……」
見渡すが、近くにコンビニらしきものはどこにもない。
ゆった「(指差し)本屋さんがあるよ」
見ると、道沿いに一軒の小さな古本屋「帝書店」。
○帝書店・店内
入ってくる直太郎とゆった。
カウンターにいた店主らしき老人が顔を上げる。
気難しそうな風貌。
直太郎「あのー、こちらに地図とかは……売ってないですよね」
間。
店主「売ってない?なんでそう決め付けるの?」
直太郎「(困惑)あ、いや、あのー、古本屋だから、その、地図ってほら、あんまり古いと役に立たないし……」
店主「君。地図というものを馬鹿にしてもらっちゃ困るね。役に立つ立たないじゃないんだよ。古い地図には古い地図なりの価値があるもんだ」
と、店の奥に行き、何やら引っ張り出してくる。
色褪せた古い都市地図。
直太郎の前に広げて見せながら、
店主「見たまえここ。今は亡き××病院がある。今は取り壊されて公園になってるが、廃墟が残っていた頃は幽霊が出ることで有名だったんだ」
ゆった「(眼を輝かせ)おもしろそう!」
店主「まだあるぞ。浄水場のあるこの辺り。実はいま発行されてる最新の地図にはない道路が描かれている。
噂では戦時中、この辺の地下には巨大軍需工場が建設されていた」
眼を輝かせて聴き入っているゆった。
呆気に取られている直太郎。
○国道沿いの歩道
結局、地図を買ったらしい直太郎。
地図を横にしたり、逆さまにしたりして目を凝らすが、
直太郎「(首を傾げ)やっぱりよくわかんねえな古い地図は」
直太郎、電柱に貼られた番地を示すプレートと地図を見比べ、
直太郎「ええと、山田町1637……(ゆったに)ねえ、なんか近くに目印になりそうな建物とか、ない?」
周囲を見回すゆった。
ゆった「左官屋さんがあるよ」
直太郎「そんなの地図に載ってないよ」
更に見回し、
ゆった「竹林もあるよ。あと、犬さんのおうちがあるよ」
直太郎「それも載ってない」
ゆった「ねえ、ひとつしつもんしていいですか」
直太郎「(煩そうに)なに?」
ゆった「どうしてさっき、本屋のおじいさんに道訊かなかったの?」
間。
固まっている直太郎。
やがて、その身体がへなへなと崩れ落ちる。
うなだれる。
ゆった、直太郎に近付き、その背中を撫でる。
ゆった「落ち込まないで。失敗は誰にでもあるわ」
× × ×
すっかり脱力した様子で肩を落として歩く直太郎。
ゆった、道路脇に立つオブジェを見て、
ゆった「へんな彫刻があるよ」
直太郎「(力なく)それも載ってない……」
と、彫刻を見上げ、立ち止まる。
目を凝らしてまじまじと見る。そして、周囲を見渡す。
道の先に、木々に囲まれた大きな公園がある。
その顔が安堵に変わっていく。
ゆった「どうしたの?」
直太郎「……そうか、こんなところに出る道だったのか。そうかそうか、あははは」
と、すっかり安心しきった様子で笑う。
いつのまにか知ってる場所に出ていたのだ。
○富士森公園・入口
――の前に立つふたり。
直太郎「ちょっとおさんぽしていこうか。な」
と、先に立って公園の中へ入っていく。
何か言いたげに、その場に突っ立ったままのゆった。
ゆった「(呟く)急いでるんじゃなかったの?」
直太郎「なにしてんの。早く来いよ」
ゆった「(嬉しそうに笑う)ま、いっか」
直太郎の処へ行き、手を繋いで歩き出す。
× × ×
公園内を散策するふたり。
高校の陸上部員らしき選手たちが走っている。
大型の犬を連れたカップルが通り過ぎる。
直太郎、何かを見つける。
人間の顔の形に彫られた岩が置かれている。
ふたり、立ち止まって見入る。
ゆった「顔だね」
直太郎「……顔だな」
ゆった、「人面岩」と直太郎を見比べて、ニヤニヤ。
直太郎「何?……(気付いて)似てないよ」
ゆった「にてるー!」
直太郎「似てない」
ゆった「にてる!」
直太郎「似てないー!」
言いながらおどけてゆったを掴まえようとする直太郎。
きゃっきゃと歓声を上げながら逃げ惑うゆった。
楽しそう。
ゆった、唐突に足を止めて、
ゆった「おじさん、あそこまで競争しない?」
とゆったが指差すのは、公園内にある小高い丘、その頂上にあるモニュメントだ。
直太郎「上等だ。相手が子供だからって手加減しないからな」
ゆった「わたしも相手が大人だからって手加減しないわ」
直太郎、笑い、
直太郎「よし、じゃあ用意……ドン!」
ふたり一斉に走り出す。
× × ×
モニュメントの前。
既に辿り着いているゆった。少し遅れて直太郎。
直太郎「(息を切らし)ナンだよ、速いなおまえ」
ゆった「だから手加減しないって言ったでしょう」
直太郎「ああ、参った参った」
ゆった「じゃあ負けたひとは罰ゲームね」
直太郎「え?!聞いてないぞそんなのは」
ゆった「かたぐるまして」
直太郎「(面倒臭そう)ええ?」
ゆった、懇願するような眼つき。
直太郎「(苦笑)しょうがねえなあ」
直太郎、ゆったを肩車する。
嬉しそうに小さく歓声を上げるゆった。
ゆった「これでおじさんより背が高くなったわ」
直太郎「何が見える?」
ゆった「いろんなもの。青かったり黒かったり緑だったり赤だったり」
直太郎「世界は広いだろ」
ゆった「うん!」
直太郎「わかってもらえて嬉しいよ」
ゆったの目に映るのは、街の上にかかった一筋の虹。
○国道沿いの歩道
道沿いに石材屋がある。
その前で足を止めているふたり。
様々な石像がある。
ドラえもんやゴジラといったキャラクター、狸や狐といった動物など。
ゆった「これは?」
直太郎「ゴジラだな」
ゆった「ぜんぜん怖くないわね。ドラえもんの方が怖いわ」
直太郎「目がでかすぎるよな」
ゆった、ふとひとつの石像に目を留める。
直太郎「(見て)?」
優しい顔をした一体の観音像が、ふたりを見下ろしている。
ゆった「(ドイツ語)……お母さん」
× × ×
坂道を下っていくふたり。
唐突に足を止める。
道の先に、緑色の「KOBAN」の看板。
顔を見合す直太郎とゆった。
それでふたりとも、無言のまま同意し合った。
シュンとした沈黙。
ゆった「……お別れ?」
直太郎、しゃがんでゆったに目線を合わせる。
直太郎「もうちょっとだけ一緒にいるよ」
ゆった「でもお巡りさんに全部お話したら、お別れ?」
直太郎「……また会えるさ」
ゆった「本当に?」
直太郎「もちろん。――そうだ、その時のために名前、聞いとかないとな」
ゆった「言ったよ」
直太郎「ナターナ……なんとかっての?あれ本名?」
間。
ゆった「……桐島由子」
直太郎、微笑んで頷き、立ち上がる。
ゆったの手を取って、歩き出す。
ゆった「ねえ、お巡りさんドイツ人かな」
直太郎「警察ってどこで始まったか知ってるか?ドイツだ」
ゆった「嘘はいけないわ」
直太郎「(苦い顔)……だな。またやってしまった」
ゆった「(笑って)でも優しいのね」
と直太郎に擦り寄る。その肩を抱く直太郎。
ふたり、仲良く寄り添いながら、交番の入口に向かってゆっくりと歩いていく。
(終)
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