『私の生きがい』
シナリオセンター本科 課題作品
課題:姑と嫁
人 物
古家冴子(35)主婦
古家みきこ(72)冴子の姑
古家崇(37)会社員・冴子の夫
看護婦
○古家家・外観(夕)
郊外の高級住宅街に建つ一軒家。
○同・みきこの寝室(夕)
襖がガラッと開き、現われる古家冴子(35)。手にした盆の上には水の入ったコップと錠剤。
ベッドに寝ていた古家みきこ(72)が首だけを動かし、冴子を見る。
冴子「薬の時間よ、起きてお義母さん」
冴子、ベッドの前に立って盆を傍らの台に置き、いきなりみきこの寝間着の襟首を掴んで持ち上げる。
みきこ「ぐえっ」
冴子「はい、薬!」
冴子、錠剤を摘み、無理やりみきこの口に押し込む。
みきこ「(咳き込む)ごほっごほっ」
冴子「だめじゃな〜い、ちゃんと水で飲まなきゃ」
冴子、襟首から手を離すと今度はコップを持ち、いきなりみきこの顔に水を浴びせ掛ける。
みきこ「うぷっ」
冴子「薬を飲んだら寝ましょうね〜」
冴子、みきこの上半身を無理やりベッドに押し倒す。その拍子にベッドの支柱に頭をぶつけるみきこ。鈍い音。
みきこ「ぎゃ」
冴子「あ〜らごめんなさい、痛かったぁ?」
玄関の方から「ただいま〜」の声。
ハッとして、慌てて近くにあったタオルを掴み、みきこの顔や周囲に飛び散った水を拭き始める冴子。
襖が開き、古家崇(37)が現われる。
冴子「ごめんなさ〜いお義母さん、手が滑っちゃって……」
苦しそうに咳き込んでいるみきこ。
冴子、崇を見て苦笑いしながら、
冴子「あら、あなた、今日は早いのね」
崇「……大丈夫か?(真面目な顔になり)それより冴子、話があるんだ。ちょっと……」
と、部屋を出るよう冴子に目配せする。
冴子「?」
○同・居間(夕)
入ってくる冴子と崇。
冴子、崇の鞄を受け取りながら、
冴子「話って何?」
崇「母さんのことだけどな……そろそろ介護施設へ入れようと思うんだ」
手を止める冴子。
崇「俺の仕事が忙しいせいで、母さんの世話はお前に任せっきりだろ?お前には今まで、苦労ばかり掛けてきたからな。そろそろ、自分の時間を大事にしてもいい頃じゃないかと思うんだ。金のことなら心配いらないからさ」
冴子「(俯いて)でも……」
崇「何か都合の悪いことでもあるのか?」
冴子「だって……お義母さんが可哀相よ」
崇、冴子を抱き寄せ、
崇「優しいな、お前は……母さんには、僕から言おうか?」
冴子「いえ、私から言います」
言いながら、崇から離れる。
○同・みきこの寝室(夕)
襖を勢い良く開けて入ってくる冴子。ベッドに寝ているみきこに、
冴子「崇さんがお義母さんを介護施設に入れるって。何の役にも立たないくせに、お金と手間だけはかかるんだから」
みきこの口元に、薄い笑いが浮かぶ。微笑みながらもひきつる冴子の表情。
冴子「お義母さん、いま笑ったぁ?」
○同・外観(夕)
ドスッという鈍い音。
みきこの声「ぐええ」
○道路
走るワゴン車。
○特別養護老人ホーム「公孫樹園」・外観
駐車場にワゴン車が停まっている。
○同・廊下
数人の看護婦に頭を下げている冴子と崇。傍らに、車椅子に乗った美紀子。
冴子・崇「よろしくお願いします」
頷き返す看護婦たち。
冴子「じゃあお義母さん、また会いに来るからね〜」
愛想良く笑いながらみきこに手を振り、その場を後にする冴子と崇。
無言で見送るみきこ。
× × ×
看護婦がみきこの車椅子を押しながら歩いていく。
看護婦「息子さんの奥さん、優しそうな方ですね」
みきこ「そう見えるかい?」
みきこ、言いながら腕をまくって看護婦に見せる。大きな青痣がついている。
看護婦「?」
みきこ「あんな顔してて、心は鬼だ」
看護婦「(驚き)え?」
みきこ「いや、鬼は私の方だね……話を聴いてくれるかい」
固唾を飲んで頷く看護婦。
みきこ「あの嫁……冴子って言うんだけどね、私ゃ、昔あの子を苛めてたんだよ、まだ元気だった頃にね。風呂がぬるい、煮物の味が濃すぎる、埃がたまってる……って、することなすことにいちいち文句つけてね」
看護婦「まあ……」
みきこ「でも、誤解しないどいてくれよ。別にあの子が嫌いだったわけじゃない。それが私なりの、嫁の育て方なんだ」
頷く看護婦。
みきこ「でも、今考えると、やり方を間違ったかねえ……(痣を示し)これはその、当然の報いなんだよ」
言いながら、苦笑いするみきこ。
○走るワゴン車・車内
運転している冴子。助手席に崇。
崇「母さんも随分物分かりが良くなったな。これでようやく――」
上の空の冴子、赤信号の横断歩道を突っ切ろうとする。
崇「おい、前!」
我に返る冴子、慌ててブレーキを踏む。ワゴン車、横断しようとしていた歩行者の一歩手前で停まる。
冴子「(茫然自失)……」
○古家家・みきこの寝室
ベッドなどは既に運び出され、がらんとしている。
ぼーっと部屋を見渡している冴子。
腕まくりをした崇がやってくる。
崇「やっと片付いたな。この部屋、何に使う?物置にでもするか」
ぼーっとしたまま反応しない冴子。
怪訝そうに見る崇。
○同・玄関(夕)
スーツ姿の崇が帰ってくる。
崇「ただいま〜」
返事がない。
崇「冴子?いないのか?」
○同・ダイニング(夕)
入ってきた崇、火にかけた鍋が吹き零れそうになっているのを見て、慌てて火を止める。
そこへ戻ってくる冴子。
冴子「あら、お帰り」
崇「何やってたんだ、危ないところだったぞ」
冴子「(鍋を見て)ごめんなさい。ぼーっとしちゃって……」
崇「(溜息を吐き)お前、最近少し変じゃないか?母さんがいなくなったせいか?」
ハッと顔を上げる冴子。
崇「昼間は暇なんだろ?することがないなら、働きにでも出たら……」
冴子「(遮り)何それ?お前に楽させたいからってお義母さんをホームに入れたんでしょ?今更都合のいいことばかり言わないでよ!ええ、そうよ、どうせ私は一銭も稼いでません、あなたと違ってね」
思わず怒鳴り声になっている冴子。
呆気にとられている崇。
冴子、口をつぐみ、ばつが悪そうに崇から眼を逸らす。
○特別養護老人ホーム「公孫樹園」・個室(夕)
ベッドに寝ているみきこ。
ドアが静かに開き、冴子が現れる。
深刻な表情。
冴子を見て薄く笑うみきこ。
冴子「笑いたければ笑って。言いたくないけど、あなたに戻ってきて欲しい」
みきこ「私がいないと何も出来ないって、やっと気付いたかい」
冴子、一瞬眉をひそめる。
みきこ「……なんてね」
冴子「くやしいけど、その通りよ」
深い溜息を吐くみきこ。
みきこ「で、私をいびり続けて、私が死んだ後はどうやって生きていくつもりだい?」
冴子「(俯いて)……」
みきこ「やっぱりやり方を間違ったんだねえ、私は。お陰であなたをそんな風にしてしまった。本当に悪かったねえ。許しておくれ」
みきこの言葉を聞きながら、次第にうなだれていく冴子。
冴子「ごめんなさい……私……」
黙って微笑しているみきこ。
(終)
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