『仏のコオさん』(※2004年執筆作品の改訂版)
シナリオセンター研修科 課題作品
課題:葬式
人 物
植島芳郎(40)サラリーマン
戸田敏伸(28)(33)幸次郎の長男
植島由利(37)植島の妻
戸田仁美(29)敏伸の妹
戸田幸次郎(55)(60)植島の元上司
○植島家・ダイニング
テーブルにつき朝食をとっている喪服姿の植島芳郎(40)。
向かいに座る植島由利(37)。
由利「もう何年も連絡取ってないんでしょ?その部長さんと」
植島「ああ、無理を言って辞めさせてもらったからねえ……償いに、せめて霊前で頭の一つも下げてくるよ」
由利「……」
植島「(溜息)もう7年か……」
○斎光寺・外観
花輪などが飾られ、葬儀の準備が整えられている。
「戸田幸一郎告別式式場」の看板。
○同・境内
参列者で賑わう境内。
受付で記帳を済ませる植島。
ふと違和感を感じて顔を上げる。
なぜかにこやかな参列者達の顔。
異様に多い子供の数。
喪服姿に混じって、革ジャンにチェーン、赤い長髪の異様な姿の若者。
蝶ネクタイにからし色のスーツの二人組。
植島「……?」
不思議そうにキョロキョロ辺りを見回すうち、誰かとぶつかる。
戸田敏伸(33)。
植島「あ、失礼」
敏伸「いえ、こちらこそ……(見て)ん?」
植島「……何か?」
敏伸、植島をジロジロ見て、突然思い出したように、
敏伸「あー、やっぱりそうだ。いやね、一応案内は出したけど、まさか来てくれるとは思ってなかったから」
怪訝そうな植島。
敏伸「(気付き)あ、失礼、私、幸次郎の長男の敏伸です」
植島「(納得)ああ……」
× × ×
人の波からやや離れた場所で立ち話をする植島と敏伸。
植島「どうして私を……?」
敏伸「昔よくオヤジが話してたの、聞いてたもんですから。あ、写真も残ってますよ、ウチに。社員旅行の時のらしいけど」
植島「(意外)……」
敏伸「あの、ヘンなこと訊くようですけど、ウチのオヤジってどんな感じでした?」
植島「え?」
敏伸「いや、実はよく知らないんすよ、会社に勤めてた頃のオヤジって。いつも忙しくしてたし。情けないっすよね、息子なのに」
苦笑する敏伸。つられて微笑する植島。
植島「そうですねえ……部長は……めったに笑わない人でした。言い訳や嘘が大嫌いで……例えば会社に一分遅刻したとしますよね。
人間なんだから、たまにはそのくらいいだろうなんて思っちゃうじゃないですか、特に若い頃は。でも、それが許せないんだよなあ、あの人は。
一分遅刻したということに対して反省できない人間は、2時間遅刻しようが5時間遅刻しようが本当の意味で反省なんかできるはずがない、って。
ただ今思うと、部長は素直に失敗を認めれば、決してそれ以上追求しない人だった。
新人の意見もちゃんと聞いてくれて、仕事がうまくいけば褒めてもくれた。ただ、笑わない人だったなぁ、本当に……」
すっかり話すのに夢中になっている植島。神妙に聴いている敏伸に気付き、
植島「あ、失礼、つい調子に乗って」
敏伸「(笑い)いやいや」
植島「それにしても部長、いつ退職されたんですか?」
敏伸「(キョトン)え?」
植島「さっき、『会社に勤めてた頃』って――」
敏伸「じゃあ、ご存じなかったんですか?」
植島、何か言おうとするが、
仁美「おにいちゃーん!何やってんのよ」
戸田仁美(29)が敏伸を呼びにくる。
仁美「一応喪主なんだから、手伝ってよ」
敏伸「ああ、すまんすまん」
敏伸、植島に会釈して去る。仁美も植島に明るく会釈して後に続く。
植島「(見送り)……」
○同・告別式式場・中
僧侶の読経が続く中、参列者の焼香が続いている。
祭壇の中央に戸田幸次郎(60)の遺影。満面の笑みを湛えた無精髭の好々爺。
席に座り、順番を待っている植島。
植島「これが部長……?」
一組の母子が焼香に立つ。
母「ほら、おじちゃんにあいさつ」
子供「コオおじちゃん、幽霊になって出てきても僕怖がらないから、また遊ぼうね」
場内から笑いが起こる。
植島「……」
× × ×
蝶ネクタイにからし色のスーツの二人組が祭壇の前に立ち、漫才を始める。
1「いやーホンマに残念やなあー」
2「わてらも色々お世話になったしなあ」
1「こんなに急になくなるなんて思いもせんかったわ。つくづく残念や。ホンマ残念。中田英寿引退!」
2「そっちかい!」
場内、爆笑。
植島「(笑えない)なんだ、これは……?」
× × ×
祭壇の前にドラムやらアンプやらの機材が持ち込まれてくる。
革ジャンに長髪の若者数名がギターやベースを手に参列者達の前に立つ。
若者「えー、コオさんを偲んで、弔辞代わりに歌います」
大音響でロックの演奏が始まる。
若者「♪給料クレクレ給料クレー」
ノッている参列者。
俯いていた植島、耐え切れなくなったように席を立ち、式場の外へ。
気付いた敏伸、席を立ち、植島を追う。
○同・境内
出てきた植島、ホッとしたように大きく溜息を吐く。
後ろから声を掛ける敏伸。
敏伸「ご気分でも?」
振り返る植島。間。
植島「あの、これは本当に部長……いや、戸田幸次郎さんのお葬式なんでしょうか」
敏伸「?」
植島「ひょっとしたら人違いじゃないでしょうか、私は元大日電算第二営業部長の戸田幸次郎さんのお葬式のつもりで来たのですが」
敏伸、苦笑し、
敏伸「私の父は元大日電算第二営業部長の戸田幸次郎ですよ。……さっきのお話が途中でしたね。あちらでお話しましょうか」
植島「(式場を指し)え、でも」
敏伸「(笑って)いいんですよ、あと2、3時間はあの調子でしょうから」
植島、式場を見やる。
相変らず続くロックの演奏。
× × ×
庭石に腰掛け、話をする植島と敏伸。
敏伸「父が会社を辞めたのは、部下の一人が自殺したからです」
植島「(驚く)……」
敏伸「今から5年ほど前です。原因ははっきりしませんが、父は教育が厳しすぎたんじゃないかと、自分を責めてました。
それで、会社をやめてホームレスになったんです」
植島「(驚き)ホームレス?」
敏伸「ええ。もちろん止めました。家に帰ってきてくれと何度も説得しました。でも父は、頑として聞かないんです。
私も、家族も説得を諦めかけました。その頃です」
○夜の住宅街(回想)
スーツ姿の敏伸(28)が歩いてくる。
ふと横の塀を見る。大きな落書き。
敏伸の声「当時、町のあちこちに落書きが増えて、みんな困ってました」
× × ×
翌朝、同じ場所。逆方向に歩く敏伸。壁を見て驚く。
落書きが綺麗に消されている。
敏伸の声「ところが、いつの頃からか落書きが急に減り始めました。
噂では、誰か一人で落書きを消している人物がいるということでした。それが――父だったんです」
○公園(回想)
物陰からこっそり覗く敏伸。
ベンチに腰掛けているみすぼらしい衣装の幸次郎(55)。
その周りに子供達が集まっている。
皆、幸次郎を囲んで楽しそうな表情。
敏伸の声「父がしていたのは、それだけではありませんでした。近所の子供に勉強を教えたり、ヤク中の若者を立ち直らせたり」
○斎光寺・境内
敏伸「いつしか父は、『仏のコオさん』と呼ばれて、町中の人たちから慕われるようになっていきました。あの厳格な父が、です。
病気で倒れて、もう手遅れだってわかった時も、父はずっと穏やかに笑ってました」
植島「……」
敏伸「それでね、大変だったのは父が危篤に陥った時。町中の人々が父の病室に押しかけてきたんです。
父の病状よりそっちの方が大変だった(苦笑)」
植島もつられて微笑。
敏伸「その時父が、みんなの前で言ったんです。『俺の葬式では、頼むからみんな笑っていてくれ。
俺は昔、笑うってのは本気じゃないから、ふざけてるからだと思ってた。だから笑うのをずっと我慢してきた。
でもそのおかげで、人から大切なものを奪ってしまった。それからは、みんなを笑わせようと思った。そのために生きてきた。
なのに自分のことで、みんなの顔から笑顔を奪いたくない』」
植島「……」
敏伸「ホームレスになってから、一度たりとも「お願い」なんてしたことのなかった父がそう言ったんです。だからみんなああやって……」
植島、何かを決意したように。
植島「式場に戻ります」
敏伸「え?」
植島「部長には申し訳ないが、私は泣きます。泣いて、部長に伝えます。自殺をする人間もいたかもしれない。
でも、部長の教えをちゃんと受け止めて、今を生きている人間もここにちゃんといるってことを」
そして、決然と歩き出す。
敏伸、感慨無量の様子でその背中を見送る。
(終)
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