『ヒモジラ(長編)』
人 物
カナ子(20)ごっちゃんの彼女・OL
ごっちゃん(2000050)水爆大怪獣
日向真三(55)カナ子の父・科学者
○住宅街の中の公園
モノクロームの映像。
地面に落ちるランドセル。散乱するノートや教科書。
一人の少女、カナ子(10)が地面に突き倒される。
上半身を起こして振向くカナ子。
数人の男子小学生が周りを取り囲んでいる。
小学生A「お前のオヤジさあ、人をバケモンに変える研究してんだろ?」
カナ子「(低く)……おとうさんは、そんな人じゃない」
小学生A「洗脳されてるよ、こいつ」
小学生B「脳になんか埋め込まれたんじゃねえの?」
小学生C「身体もバケモンに変えられてたりしてな」
カナ子「(低く)……お父さんが、そんなこと、するわけ、」
小学生A「だから俺らが確かめてやろうって言うんだよ。おい」
小学生たち、カナ子を地面に押さえつけ、服を脱がしに掛かる。
小学生A「は〜いじゃあこれからカナ子さんの身体検査を行いま〜す」
カナ子「いや!やめて!」
響き渡るカナ子の悲鳴。
近くで犬の散歩をしていた老人、見てみぬフリをしてその場を去る。
近くの住宅の窓から様子を覗いていた主婦、そそくさとカーテンを閉める。
抵抗するカナ子に容赦なく暴行を加える小学生たち。
その背後からゆっくり近付く黒い影。
ごつごつした黒い岩のような手が小学生Aの襟首を掴み、後ろへ投げ飛ばす。
小学生たち「(固まる)!」
獣の唸りのような恐ろしい声と共に彼らに覆いかぶさる黒い影。
小学生たちの表情が怯えたように歪んでいく。
小学生たち「う……うわぁぁぁぁっ」
悲鳴を上げて一目散に逃げていく。
投げ飛ばされた小学生Aもへっぴり腰のまま逃げていく。
それを見送った黒い影、カナ子に向き直る。
上半身を起こして、じっと黒い影を見つめているカナ子の黒い瞳。
カナ子「あなた……誰?」
岩のような手を伸ばす黒い影。その手を取るカナ子。
カナ子「……ありがとう」
黒い影、カナ子を引張り起こす。
その腕には、銀色の腕輪が揺れている。
○ファミリーレストラン・店内
席に座り、向かいの誰かと談笑している一人の女性。
右腕に銀の腕輪。
女性の方に集中している客の視線。
あちこちから聞こえるヒソヒソ話。
厨房の陰に隠れるようにして女性の方を伺いつつ、押しくらまんじゅうをしている店長と店員。
店長「行けよ!」
店員「嫌ですよ!こういう時こそ店長の出番でしょうが!」
店長「指揮官はどっしり構えているもんだ」
店員「自衛隊じゃあるまいし」
店長「自衛隊を呼びたいくらいだよ、まったく!」
店員「じゃ、早く呼んで下さいよ」
店長「来るわけないだろ!第一……防衛庁の電話番号など知らん」
店員「なら、タウンページとか」
店長「つべこべ言わずに行けよ!」
厨房から突き出される店員。
諦めたように前に歩き出しかけて、
店員「(振り返り)もし、放射能とかにやられたら労災降りますかね?」
店長「多分その前に死ぬと思う」
店員「(顔がひきつる)……」
店長「行けよ!」
店員、店長を睨み返すと再び前を向き、息を大きく吸い込んで、覚悟を決めたような表情で女性に近付く。
店員「あ、あの、お客様」
振向く女性――カナ子(20)。
カナ子「はい?」
その向かいに座っているのは――ごつごつした黒い岩のような肌、長い尻尾、背中には剣のようなギザギザを何本も生やし、口の中には鋭い牙――
どこか見覚えのある1匹の怪獣(但し等身大)、ごっちゃん(2000050)。
一瞬怯む店員だが、気を取り直して務めて高圧的に、
店員「と、当店では、ゴホン、放射能を帯びたお客様は、周囲のお客様のご迷……」
カナ子「(遮り)放射能を帯びていると言っても、彼の場合、その割合はわずか約0.5ミリシーベルト、これは国際放射線防護委員会の勧告によって定められている一般人が一年間に受ける放射線量の半分の数値です。更に言えば、最近の研究では、人体が一度に受ける放射線量の許容範囲は250ミリシーベルト……」
店員「(強く)お客様」
黙るカナ子。
店員「(言い聞かせるように)シーベルトだかシートベルトだか知りませんが、当店では、安全管理のため、放射能を帯びたお客様のご入店は、お断りしております」
カナ子「……」
○ファミリーレストラン・出入口・前
出てくるカナ子とごっちゃん。
カナ子「追い出されちゃったね……」
ごっちゃん「(落ち込む)ガオ……ガオガオ……」
カナ子「大丈夫、ごっちゃんのせいじゃないわよ」
店内を振り返るカナ子とごっちゃん。
マスクに手袋の重装備で、カナ子たちの座っていた席を必死に水ぶきしている店員たちの姿が見える。
カナ子・ごっちゃん「(複雑)……」
○円谷荘・外観(朝)
郊外に立つ二階建ての小さなアパート。
○同・カナ子の部屋・玄関前
「日向」の表札。
目覚まし時計の音が鳴り響く。
○同・中(朝)
6畳くらいの狭い畳部屋。
本棚の上に飾られた、白衣を着た初老の男の写真。
畳にひかれた布団から手が伸び、枕もとの目覚まし時計のスイッチを切る。
寝ぼけ眼で布団から顔を出すカナ子。
物音に振向くと、台所からエプロン姿のごっちゃんが顔を出す。
カナ子「(ハッと)あ、ごっちゃん、ごめんね!」
布団を跳ね除けて起き上がる。
× × ×
並んで台所に立ち、朝食の準備をするカナ子とごっちゃん。
お揃いのエプロン。
二人、時折顔を見合わせて笑う。
× × ×
卓袱台の上に乗せられた二人分の質素な朝食。
ご飯、味噌汁、焼き魚、漬物など。
着替えを済ませたカナ子と向かい合って座るごっちゃん。
カナ子「いただきまーす」
ごっちゃん「ガオガーオ」
朝食を食べる二人。
カナ子「おいしい?」
ごっちゃん「ガオ」
点けっ放しのテレビから流れてくるクリスマスイルミネーションの映像。
カナ子「そういえばもうすぐ、クリスマスだね。イブは二人でどこか行こうか。どこがいいか、考えておいて」
頷くごっちゃん。
カナ子「あ、そうだ、忘れないうちに」
カナ子、傍らの鞄から財布を出して五千円札を取り出し、
カナ子「これ……ちょっと少ないけど、今日のお小遣い」
いいよ、とでも言うように手をぶんぶん振るごっちゃん。
カナ子「遠慮しないで。お料理とか、ゴミ出しとか、いろいろ手伝ってくれてるじゃない。これはほんのお返し。その代わり、今日の晩御飯の買出し、お願いね」
ごっちゃん、暗い表情で俯く。
カナ子「……どうしたの?」
ごっちゃん「ガオ……ガオガオ……ガオガオ……」
カナ子「そんな……そんな言い方やめて、ごくつぶしだなんて。仕事が見つからないのはごっちゃんのせいじゃないんだから。そりゃ、原子力エネルギーの供給は難しいかもしれないけど、でも二人が食べていくだけのお金なら何とかなるから。それに私、ごっちゃんと一緒に暮らせるだけで幸せだよ」
甘えた犬のような声で呻くごっちゃん。その頬を涙が伝う。
カナ子「ほら、泣かない泣かない。怪獣王でしょ」
と、ハンカチを取り出してごっちゃんの涙を拭いてあげるカナ子。
○同・玄関前(朝)
ごっちゃんに見送られ、玄関を出るカナ子。
カナ子「じゃ、いってきまーす」
手を振って出掛けていく。
ごっちゃんも手を振って、玄関のドアを閉める。
向いからやって来る初老の女性。
カナ子「(気付き)あ、おはようございます、大家さん」
大家「(ぎこちなく)あ、おはよう」
そのまま通り過ぎようとして、すれ違いざま、
大家「あの、日向さん」
カナ子「(振向き)はい?」
大家「(遠慮がちに)あなたと同居してる方の件なんだけど……」
カナ子「……はい」
大家「その……周りの住人さんがね……ほら、この辺住宅が多いし……そのへんでいろいろと、ねぇ。ええと、放射能?もし漏れたりしたら危ないっていうか、うっかり近付いてあれしたらっていうか……」
カナ子「それは御心配いりません。この前もご説明しましたけど、ごっちゃん……いえ、彼が出している放射能の割合はわずか約0.5ミリシーベルト、これは国際放射線防護委員会の勧告によって定められている一般人が一年間に受ける放射線量……」
大家「(慌てて遮り)あ、ああ、そう、それならいいんだけど……ごめんなさいね、変なこと言っちゃって。気にしないでね」
気まずそうにそそくさと去る大家。
カナ子、複雑な表情で見送る。
○同・付近(朝)
カナ子が歩いてくる。
ゴミの集積場近くで何やら井戸端会議中の住人たち。
住人A「きっと放射性廃棄物でもどこかから集めてきて食べてんのよ」
住人B「怖いわねえ」
住人C「まったく、いつまで居座り続けるつもりなのかしら。大家さんからも抗議してもらわなくちゃ」
住人たち、カナ子の姿に気付き、慌てて解散。
カナ子「……」
○本多製紙・外観(朝)
都市部に立つ大きなオフィスビル。
○本多製紙・オフィス・中(朝)
制服姿のカナ子がパソコンに向かい仕事をしている。
周囲のOLたちがまだ寝ぼけ眼でだべっている中で、ただ一人折り目正しいカナ子。
パソコンのデスクトップに新着メールの表示が出る。
メールを開いて読む。その内容――
------
>>ねえ、24日のクリスマスパーティーに日向さんも誘う?
>えーどうかな、あの子暗いし。誘っても来なさそう。
>>彼女、怪獣と同棲してるって噂があるんだけど知ってる?
>マジで?私はお父さんがイカれた科学者で、究極の生体兵器を研究してたって
>噂なら聞いたことあるけど。
ヤバヤバじゃん(>w< )
前々から変な子だとは思ってたのよね。経歴とか、謎だし。
自分のこととか殆ど喋らないし。やっぱ誘わなくていっか(^^;)
------
カナ子「……」
カナ子から少し離れた席でメールを打っているOLA。
そこへ慌ててOLBが駆けてきて、
OLB「(小声で)ちょっとミヨコ!あんたさっきのメール、課のメーリングリストに流したでしょ!日向さんにも届いちゃってるわよ!」
OLA「えっ、マジ……」
と自分のパソコンを覗き込み、蒼ざめる。
恐る恐るカナ子を見るOLA、B。
カナ子と視線が合う。
思わず誤魔化し笑いするOLA、B。
○商店街(夜)
街道脇にクリスマスイルミネーションが施され、華やかな様子。
買い物籠を下げて歩くごっちゃん。
それを見て道行く人々が驚いて道を空けたり、後ろ指を差して何事か囁き合ったり。
ごっちゃん、サンタクロースの扮装をしたチラシ配りから一枚のチラシを差し出され、受け取る。
「聖なる夜は愛する人と海の上で――」などのキャッチコピー。
フェリーでのクリスマスクルーズの案内である。
立ち止まって見入るごっちゃん。
と、子供が駆けてきてごっちゃんにぶつかって転ぶ。
手にしていたヒーロー人形が地面に落ちる。
ごっちゃん、ヒーロー人形を拾い、尻餅をついている子供に差し出す。
子供、キョトンとして見ていたが、やがて笑顔になり、
子供「ありがとう怪獣さ……」
言い終わるが早いか、子供の母親が悲鳴を上げて猛然と駆けてきて、
母親「ウチの子に触らないで!!」
ひったくるように子供を抱え上げ、逃げていく。
ヒーロー人形を手にしたまま立ち尽くすごっちゃん。
その背中にいきなり蹴りが入れられる。前のめりに倒れるごっちゃん。
数人の目つきの悪い若者たちがごっちゃんを囲む。
若者A「てめえ放射能撒き散らして街歩いてンじゃねえよ」
若者B「放射性廃棄物は大人しく六ヶ所村で寝てな」
起き上がろうとするごっちゃんに、よってたかって暴行を加える若者たち。
見てみぬフリをする周囲の人々。
うずくまるようにして耐えているごっちゃん。そこへ、
カナ子の声「やめてー!!」
駆けつけたカナ子が両手を広げて若者たちの前に立ちはだかる。
カナ子「暴力はやめて!」
若者A「なんだてめえは……」
とカナ子の右腕を掴む。
その瞬間、カナ子の右腕から電流はほとばしる。しびれる若者A。
カナ子「!」
若者A、眼をむいてその場にひっくり返る。慌てて支える仲間たち。
若者たち「(口々に)どうしたんだよ、おい、おい……」
若者たち、若者Aを引きずるようにして逃げいてく。
カナ子自身も驚いたように暫く自分の右腕を見ていたが、
カナ子「(ハッとし)ごっちゃん、怪我ない?」
と、ごっちゃんを振向く。
起き上がり、親指を立てて「大丈夫」とジェスチャーしてみせるごっちゃん。
安堵したように笑顔になるカナ子。
○円谷荘・外観(夜)
○同・カナ子の部屋・中(夜)
台所で買い物袋の中を覗き、確認しているカナ子。
その後ろにごっちゃん。
カナ子「(ごっちゃんを見て)よかった、卵割れてない。すぐごはんつくるからね」
と、買い物袋に眼を戻し、求人情報誌が数冊入っているのを見つける。
カナ子「(複雑)……」
× × ×
卓袱台を挟んで夕食を食べるカナ子とごっちゃん。
カナ子「どう?おいしい」
威勢良く頷くごっちゃん。
カナ子「(俯き)今日はごめんね、ごっちゃん。私がお買い物なんて頼んじゃったせいで、あんな目に……本当に、ごめんなさ……」
と、ごっちゃんを見るが、当人は上の空でテレビに見入ってる。
夜のニュース。海を行く原子力潜水艦の資料映像に――
アナウンサー「ロシア軍所属の原子力潜水艦”ナントカ”が、ベーリング海で爆発事故を起こし沈没しました。放射能漏れなど、詳しい事故の状況などは、依然不明で……」
テレビに眼が釘付けのごっちゃん。口からはヨダレが。
カナ子「(寂しそうに)……ごめんね、ごっちゃん。こんなものしか食べさせてあげられなくて」
ハッとするごっちゃん。
カナ子「やっぱり、プルトニウムとかウランが食べたいよね……」
慌てて否定するように、手をぶんぶん振るごっちゃん。
カナ子「……本当にごめんね、ごっちゃん……わたし何もできなくて……何もしてあげられなくて……」
カナ子の眼に涙が溜まっている。
必死に否定しようとするごっちゃん、思い出したようにクリスマスクルーズのチラシを取り出し、見せる。
ごっちゃん「(チラシを指差し)ガオ、ガオガオガオ、ガオ」
カナ子「……イブの日に船の上でデート?でも、ちょっと高いんじゃない?」
困ったように頭をかいてみせるごっちゃん。
思わず微笑してしまうカナ子。涙を指を拭い、
カナ子「ごめんね、ヘンなこと言っちゃって。お茶、取ってくるね」
と立ち上がる。
その後姿をじっと見ているごっちゃん。
○同・中(翌朝)
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
布団に寝ていたカナ子、むっくりとと共に起き上がり、
カナ子「おはよう。ごっちゃん、起きてる?」
返事はない。
カナ子「……?」
改めて部屋の中を見渡すが、ごっちゃんの姿はどこにもない。
卓袱台の上に書き置きがある。
手に取って見るカナ子。
へたくそな字で、
「でがけてきますゆうがたまでにはもどりますごちゃんより」
と書かれている。
カナ子、卓袱台の下を覗くと、数冊の求人情報誌が何気なく置かれている。
カナ子「ごっちゃん……」
○街中
無理やりネクタイを首に巻きつけたごっちゃんが、自分の顔写真を添付した履歴書を手に、歩いていく。
一軒のファーストフード店――モスラバーガーの前で立ち止まる。
ガオッとひと吠えして、意を決したように店の中に入っていく。
○モスラバーガー・店内
片隅の席に、制服を着た店長とごっちゃんが向い合っている。
テーブルの上の履歴書。
ごっちゃん「(必死に自己アピール)ガオ、ガオガオガオ、ガオガオ」
店長「(困惑)意欲は買うけど、ホラ、ウチは食品扱ってっから、放射能はちょっとねえ……」
口をつぐむごっちゃん。
○製本工場・中
従業員たちが忙しく立ち働いている。
その片隅で向かい合うごっちゃんと工場長。
工場長、ごっちゃんを一瞥し、
工場長「確かに、力はありそうだけど……でもねえ」
荷物を抱えて歩いてきた従業員が、ごっちゃんの尻尾につまづいて転ぶ。
床に製本前の本が派手に散らばる。
工場長「尻尾が長すぎるんだ、よね」
○某事務所・中
ごっちゃんと面接官が向い合う背後で、テレフォンアポインターたちが忙しく電話に出ている。
面接官「(難しい顔で)電話に出ていきなりガオーじゃ、引くでしょ、お客が」
○コンビニ・店内
レジの前にごっちゃん。店員が対応している。
店員「面接?別にいいけど……ひとつ訊いていい?」
ごっちゃん「ガオ?」
店員「そのごっつい指で、レジ打てるの?しかも4本しかないじゃん」
○ビル解体工事現場の前(夕)
路肩に腰掛けてぼーっと夕陽を見ているごっちゃん。
前方の工事現場が何やら騒がしい。
ごっちゃん「?」
小型トラックの後輪が側溝にはまって車が動けなくなっている。
周囲に集まっている作業員たち。
現場監督「おいおい、何やってんだよ!」
作業員A「すいません。ほんとすいません」
作業員B「どうするよ?」
作業員C「押し出しますか」
作業員B「クレーンで引張り上げたほうがいいんじゃねえか?」
などと話しているうち、突然車体が宙に持ち上がる。
一同「!?」
ごっちゃんが前方から車体を持ち上げ、そのまま力任せに車道に戻す。
唖然としていた作業員たちの顔が、やがて感心の表情に変わり、
現場監督「お前、凄いな」
作業員C「恐ろしい力ですね」
作業員B「どこでそんなに鍛えたんだ?」
口々に誉めそやす作業員たちに、得意げに力こぶを見せるごっちゃん。
「おお」とどよめく作業員たち。
打ち解けた様子。
○円谷荘・外観(夜)
○同・カナ子の部屋・中(夜)
カナ子に報告しているごっちゃん。
カナ子に「ほんとに?ほんとに採用されたの?」
ごっちゃん「ガオガオガオ」
カナ子「横浜エクセレントタワービルの、ビル解体工事現場?」
ごっちゃん「(頷き)ガオ」
思いっきり笑顔になるカナ子。
カナ子「よかった、ごっちゃん、よかった!おめでとう」
と、抱きつこうとするが、ごっちゃん、「ちょっと待って」という感じでカナ子を制し、背びれの間に隠していたクリスマスクルーズのチケットを二枚取り出す。
カナ子「(驚き)これ……どうしたの?」
ごっちゃん「ガオ、ガオガオガオ」
カナ子「日当を前借して買ったの?私のために?……」
カナ子、感無量。
ごっちゃん「(改まって)ガオーガオガオガ」
カナ子「メリークリスマスだなんて気が早いよ、ごっちゃん。イブは明日だよ」
言いながら、嬉しそうにごっちゃんに抱きつく。
カナ子「でも今日もお祝いしなきゃね。ごっちゃんの就職祝い。ご馳走作らなきゃ」
カナ子、ごっちゃんから離れ、
カナ子「お買い物、行ってくるね」
と、踵を返す。いってらっしゃい、と手を振るごっちゃん。
○同・前(夜)
カナ子が外へ出て階段を降りてくると、大家が複数の住人に詰め寄られている。
住人A「だって放射能ですよ?夜も安心して眠れませんよ」
大家「まあ、まあ。日向さんも危険はないって言っているし」
住人B「そんなの信用できますか!即刻立ち退いてもらってください。聞いてもらえないならこっちにも考えがありますから」
そうだ、そうだと合唱する住人たち。
その場に立ち尽くしていたカナ子、住人たちと目が合う。
無言のまま、怒りと軽蔑の眼差しでカナ子を睨む住人たち。
カナ子「(いたたまれず)……」
身を縮め、逃げるようにその場を走り去る。
○丸安スーパー・店内(夜)
買い物をしているカナ子。沈んだ表情。
○商店街(夜)
クリスマスイルミネーションの輝く中を、重い足取りで歩くカナ子。
周囲に白いものが舞い始める。
カナ子、空を見上げる。雪が降り出したのだ。
舞い散る雪をじっと見つめるカナ子。
周囲の騒がしい音が消え、雪に混じって白い羽根が舞い始める。
次第にうつろになっていくカナ子の眼。
× × ×
フラッシュバック――モノクロームの映像。
医療器具が並んだ手術室のような場所。
中央の手術台に横たえられた10歳のカナ子。
白衣を着た初老の男(カナ子の部屋にあった写真と同一人物)が、手術台の脇に立ち、カナ子の右腕に銀の腕輪をはめる。
カナ子「おとうさん、なにをするの?」
男「ちょっとしたテストだよ。すぐ終わる。カナ子は、何も怖がらなくていいからね」
カナ子「ねえ、おとうさん」
男「なんだい?」
カナ子「おとうさん、いいひとだよね?」
男は黙っている。
じっと答えを待つカナ子。
カナ子「……あ、」
何かに気付いて窓の外を見るカナ子。雪が舞っている。
× × ×
元の商店街。
雪が頬に当たり、ハッと我に変えるカナ子。
周囲のざわめきが戻る。
カナ子「(不可解)……?」
○円谷荘・カナ子の部屋・中(夜)
カナ子が入ってくる。
カナ子「ただいま……」
言いかけて、ごっちゃんが疲れ果てたように床に眠りこけている。
カナ子微笑し、物置から毛布を出してそっと、ごっちゃんにかけてやる。
と、
カナ子「うっ」
突然表情を歪めるカナ子。
怪訝に自分の背中を擦るカナ子。洗面所のほうに行く。
その後姿を見ているような棚の上の男の写真。
○同・洗面所(夜)
鏡に背を向け、上着を脱いで上半身裸になるカナ子。
恐る恐る振向いて、鏡に映った自分の背中を見る(背中は映さない)。
カナ子「(驚き)――!」
○街中(朝)
街の一角の電光掲示板が「12月24日」を示している。
ジングルベルの音楽が流れる。
道行く人々も皆、心なしかウキウキした表情。
○円谷荘・カナ子の部屋・玄関前(朝)
一緒に玄関を出るカナ子とごっちゃん。
カナ子「じゃあ、夜7:00に横浜港の国際客船ターミナルの入口前で待ち合わせね」
頷くごっちゃん。
カナ子「それからこれ……(チケットを出し)ごっちゃんが持ってて。大切なものは、ごっちゃんに預かっておいてほしいの。私、ごっちゃんを信じていたいから」
ごっちゃん、力強く頷き、チケット受け取る。
カナ子「じゃ、お互い、お仕事がんばりましょう!」
と、敬礼してみせる。
ごっちゃんも同じように敬礼。
微笑むカナ子。
○ビル解体工事現場
ヘルメットを被り、仕事に精を出すごっちゃん。
重そうな鉄骨を、一人でいくつも肩に乗せて運んでいる。
作業員Bがごっちゃんに声を掛ける。
作業員B「おーいごっちゃん、そろそろ昼飯にすっぞ」
ガオ、と吠えて答えるごっちゃん。
× × ×
現場の一角で、作業員Bと並んで弁当を食べているごっちゃん。
作業員B「(空を見上げ)今夜は降るらしいぜ。ホワイトクリスマスってヤツになりそーだなあ。ごっちゃんはよお、今夜はなんか予定あるんだろ?」
ごっちゃん「ガオ?」
作業員B「(からかうように)何がガオだよ、とぼけんなよ。そんなモン持ってきやがってよお」
と、ごっちゃんの弁当を指す。
ご飯の上にハートマークが描かれたカナ子の手作りらしき弁当。
頭をかくごっちゃん。
作業員B「なに照れてやがんだ、このこのこの」
と、ごっちゃんを小突く作業員B。
○本多製紙・オフィス・中
机に向かい、仕事をしているカナ子。
課長が近付いてきて、
課長「日向君、ちょっといいかな」
カナ子「……はい」
○同・小会議室・中
入ってくる課長とカナ子。
課長「ま、座って」
近くのパイプ椅子に座るカナ子。課長は座らない。
課長「変な噂を聞いたんだが……君、怪獣と付き合ってるって、本当?」
カナ子「(戸惑い)……」
課長「いや、もちろん恋愛は個人の自由だがね。ただ、なんていうか、この場合……他と少し違うのは、わかるね」
カナ子「……」
課長「放射能とか、大丈夫だって言い切れるのかね」
しばしの沈黙の後、意を決したように口を開くカナ子。
カナ子「確かにごっちゃんは怪獣ですし、放射能も帯びています」
課長「ごっちゃんていうのが、その怪獣の名前なのか」
カナ子「でもそれは、国際放射線防護委員会の勧告によって定められている一般人が一年間に受ける放射線量よりも低い数値で、人体には影響はありません。どうして、みんな中途半端な知識でごっちゃんを危険だと決め付けるんですか?どうして、彼が怪獣っていうだけで、よってたかって苛めたりするんですか!ごっちゃんはいい人です」
課長「(少し苛々)人じゃないだろ」
カナ子「誰よりも優しい人です。危険なんて全然ありません。他の人たちみたいに、誰かを差別したり、のけ者にしたりなんか……」
課長「(遮り)もういい!この話は忘れよう」
カナ子「(まだ何か言いたげに)私は!」
突然カナ子の表情が歪む。また背中に痛みを感じたのだ。
カナ子の視界がぐらつき始める。
課長「……どうした?」
カナ子「すみません……少し気分が……」
よろよろとおぼつかない足取りで部屋を出て行くカナ子。
○同・女子トイレ・個室
カナ子が座っている。肩を抱き、震えている。
カナ子「……私、どうしちゃったんだろう」
突然、右腕に電流が走る。ハッとして掌を見る。
右腕が一瞬、モーフィングのように変化し、銃口のような形になり、すぐ元に戻る。
カナ子「……!」
○ビル解体工事現場(夕)
相変らず仕事に精出すごっちゃん。
現場監督に呼び止められる。
現場監督「おいごっちゃん!そこの資材運び終わったら、今日はあがっていいぞ」
ガオ、と返事するごっちゃん。
現場監督、去る。
と、ごっちゃん、積み上げられた瓦礫の陰で地面に落書きをしている子供に気付く。
近くでつり荷を下げたままジブを旋回させているクレーン。
子供に気付いていない様子の運転者と周囲の作業員。
ごっちゃん「(子供に呼びかける)ガオガオ!」
その声に気付いて頭を上げた子供に、つり荷が勢いよく迫ってくる。
ごっちゃん「!」
次の瞬間、口から熱線を吐いているごっちゃん。
熱線、つり荷を直撃し爆散させるが、そのまま勢い余って解体中のビルを直撃する。
ビルの一部が破壊され、飛び散った破片が下にいた作業員たちの頭上に降り注ぐ。
逃げ惑う作業員たち。大混乱。
尻餅をついていた子供、驚いたようにその場から逃げ出す。
どうすることもできず、慌てふためいているごっちゃん――。
○横浜港・国際客船ターミナル・入口前(夜)
ウキウキした表情でやってくるカナ子。
腕時計を見る。午後7:00前。
パトカーのサイレンが遠くに聞こえる。
カナ子「(気になり)?」
○ビル解体工事現場(夜)
混乱はひとまず収まっている。
作業員たちに囲まれ、現場監督の前に立たされているごっちゃん。
現場監督「バカヤロー!みんな軽い怪我で済んだのは不幸中の幸いだったがな、一歩間違えば死人が出るところだぞ!」
ひたすら頭を下げているごっちゃん。
その様子を見ながらヒソヒソ話をする作業員たち。
作業員A「まさか熱線吐くとはなあ」
作業員C「所詮怪獣は怪獣ってとこか」
そこへサイレンを鳴らし、到着するパトカー。
数人の刑事が降り立つ。
駆け寄る作業員A。
刑事A「事故を起こした作業員と言うのは?」
作業員A「あそこです」
と、ごっちゃんを指す。
刑事A「(どおりで、という顔)ははぁ、彼ですか」
刑事たち、ごっちゃんに近付き、警察手帳を見せる。
刑事A「申し訳ないが、署までご同行願いますか」
有無を言わさぬ雰囲気。黙って頷くごっちゃん。
○警察署・取調室・中(夜)
狭い室内に刑事二人とごっちゃんが机を挟んで座っている。
ごっちゃんの傍らには通訳の男。
煙草を吸いながら尋問している刑事A。
刑事A「だからね、僕らは君を責めてるわけじゃないんだよ。そりゃあ怪獣だもの、熱線だって吐くよな。でも問題は、なんで熱線を吐いたかなんだ」
通訳「(訳す)ガオ、ガオガ……」
ごっちゃん、手を上げて通訳の言葉を遮り、何事か言う。
通訳「え、日本語わかる?……ああ、そう」
ごっちゃん「(刑事たちに)ガオ、ガオ、ガオガオガオ……」
通訳「子供が工事現場の中に入り込んでいて、その時ちょうど旋回していたクレーンのつり荷が子供に当たりそうになったので、それを止めようとして熱線を吐いた――と、言ってます」
刑事A、紫煙を口から吐き出すと、煙草を灰皿に押し付け、
刑事A「怪獣ってのはアレか?やっぱ人間界のルールってヤツをよく知らないからか。嘘が下手だなァ」
ごっちゃん「……」
刑事Bが机をバンと叩き、
刑事B「ガキが現場ン中入って、他の作業員が気付かねえはずねえだろ!だいいちそのガキはどこにいる?現場の誰も見てねえじゃねえか!え?」
ごっちゃん「(必死に)ガ、ガオ、ガオガオ」
通訳「本当です、信じてください!……と言ってます」
刑事A「信じろ?そいつは無理だな。だってお前ら、その存在自体が嘘だもんなあ。たまにいるだろ、身長が50メートルとかあるヤツ。あれ、あんな図体でかくて、なんで自重で潰れねえんだ?」
ごっちゃん「……」
刑事B「(ごっちゃんに顔を近づけ)世の中に何の恨みがあるのか知らねえが、人間様甘く見んじゃねえぞ」
ごっちゃん、絶句……。
○横浜港・国際客船ターミナル・入口前(夜)
フェリー乗船の案内アナウンスが流れている。
入口から続々と乗り場に向かう人々。若いカップルの姿が目立つ。
それらを横目に見ながら、ひたすら待つカナ子。
時々落ち着きなく腕時計を見たりしながら。
カナ子「おそいな、ごっちゃん……」
○警察署・前(夜)
――の前にやって来る一人の子供。
ビル解体工事現場にいた子供である。
不安気に署の建物を見渡し、ゆっくりとした足取りで中に入っていく。
○同・取調室・中(夜)
ごっちゃんの首根っこを掴んで、机にぶつけるなどの暴行を働く刑事B。
無抵抗のごっちゃん。
刑事B「ほら、熱線吐けよ、吐けるんだろ?吐いてみろよ」
刑事A「日本語わかるんだろ?わかるんなら喋れるだろ?喋っちまえ。街を壊すために熱線吐きましたって、そう一言言やいいんだよ」
そこへ若い刑事が駆け込んでくる。
若い刑事「大森さん、子供が一人、来てますけど……」
刑事B「今忙しいんだよ。見てわからねえか」
若い刑事「いえ、でも、例の工事現場にいたって言ってるんですけど」
刑事A「何?」
と立ち上がる。
○横浜港・国際客船ターミナル・入口前(夜)
アナウンスが流れている。
アナウンス「大変長らくお待たせいたしました。これより、出航したします」
汽笛と共に動き出すフェリーが、ターミナルの向うに見えている。
ひとりぽつねんと佇むカナ子。
肩を落として、ゆっくり踵を返す。
○円谷荘・外観(夜)
○同・カナ子の部屋・中(夜)
沈んだ表情で入ってくるカナ子。
暗い部屋の中で、留守電の表示が点灯していることに気付く。
慌てて駆け寄り、再生。
留守電の声「××警察署と申します。もしこれをお聞きになったら、至急――」
○警察署・前(夜)
やってくるカナ子。
ごっちゃんが、警官に連れられて入口のところに出てくる。
カナ子「……!」
入口のところで引き返す警官。
ごっちゃん、警官にお辞儀して向き直り――カナ子と眼が合う。
ごっちゃん「……」
思わず気まずそうに、眼を逸らす。
だが、カナ子は優しい表情でゆっくりとごっちゃんに近付き、その手を取る。
カナ子「わかってるよ。ごっちゃんが約束破るはずないもんね。いろいろ事情があったんでしょ?大丈夫、怒ってないよ。さあ、帰ろう」
ごっちゃんの眼から、とめどなくこぼれ落ちる涙。
泣きながら、背びれの間に隠していたクリスマスクルーズのチケットを取り出し、カナ子に差し出す。
カナ子「(受け取り)ちゃんと持っててくれたんだね。ありがとう。最高のクリスマスプレゼントだよ」
カナ子、右腕にはめていた銀の腕輪を外し、
カナ子「今度は、私からごっちゃんへのクリスマスプレゼント。これ、子供の頃、お父さんからもらったとても大切な腕輪なの。一番の宝物よ。だから、ごっちゃんに持っていてほしいの」
腕輪を手にし、じっと見入るごっちゃん。再び涙が溢れてくる。
ごっちゃんの手を引いて歩き出すカナ子。
両脇をイルミネーションに彩られた道をゆっくり歩いていく。
雪が舞い始める。
数人の子供たちがはしゃいだ様子で、踊るようにごっちゃんとカナ子を追い越して駆け抜けていく。
ジングルベルの音楽が聞こえ始め――
カナ子「ごっちゃん、踊ろう、私たちも」
カナ子、ごっちゃんの手を取って踊りだす。
流れるような優しいダンス。
× × ×
フラッシュバック――モノクロームの映像。
手を取って踊る10歳のカナ子とごっちゃん。
× × ×
ごっちゃん、突然カナ子を振りほどく。地面に落ちる腕輪。
カナ子「!」
思い詰めた表情のごっちゃん。
しばし躊躇の後、反対方向に踵を返し、歩き出す。
カナ子「(その背中に)どうして……ごっちゃんは何も悪くないじゃない!」
無視して歩き続けるごっちゃん。
カナ子「待って、お願い、ごっちゃん……」
その言葉を遮るように突然振り返るごっちゃん。
物凄い剣幕で、
ごっちゃん「ガオ、ガオガオガオ、ガオーガオガオガオ!!」
カナ子「(愕然)……いま、なんて言ったの……?」
カナ子を非難するように指差しながら、更にまくし立てるごっちゃん。
カナ子「余計なお節介だなんて……哀れみだなんて、そんな……ただ私はごっちゃんのことが……」
更にカナ子に言葉を浴びせ続けるごっちゃん。
カナ子「ごめん、ごっちゃん……ごめん……なさい」
泣き崩れるカナ子。
ごっちゃん、再び決然と踵を返し、歩き出す。
が、その目に大粒の涙。
おぼつかない足取りで、後を追おうとするカナ子。
と、カナ子の腕にまた電流が走る。
雪に混じって、白い羽根が舞い始め――
カナ子の眼の前がくらむ。
その場に膝を突くカナ子。
地面に落ちた銀の腕輪を、必死に拾い上げるが――力尽きたようにばったりと倒れ込む。
その音に振り返るごっちゃん。
ごっちゃん「!!」
慌ててカナ子に駆け寄る。
○住宅街(夜)
カナ子を背負って走るごっちゃん。
玉のような汗をかき、苦しそうなカナ子の表情。
○円谷荘・カナ子の部屋・中(夜)
布団にうつぶせに寝ているカナ子。
汗だくで、苦しそうに息をしている。
頭に乗せた濡れたタオルがずり落ちている。
必死に電話をかけているごっちゃん。
電話の声「はい、119番です。どうされました?」
ごっちゃん「ガオ、ガオガオガオ」
電話の声「……がお?顔ですか?顔を怪我されて……え?違う?」
ごっちゃん「ガオ、グオー、ガオグオ」
電話の声「ぐおー?あの、すみませんがもう少しわかりやすく」
諦めて電話を切る。傍らの電話帳を必死にめくる。
カナ子「(絞り出すような声で)ごっちゃん。もういいよ。私、大丈夫だから」
床に寄り添うごっちゃん。
ふと、カナ子の背中あたりの布団がせり上がってるのに気付く。
ごっちゃん「……?」
ごっちゃん、恐る恐る布団をめくり、
ごっちゃん「!」
カナ子の背中から服を突き破り、節のある突起状の何かが生えかけている。
生え際の周りには薄く血が滲んでいる。
ごっちゃん「(驚き)ガオ、ガオガオガオ!」
と、再び電話に向おうとするごっちゃんの尻尾を掴んで引き留めるカナ子。
カナ子「お医者さんはいいの。本当にいいのよ、大丈夫。こんなの、ごっちゃんの苦しみに比べれば……私嬉しいの。こうしてごっちゃんと一緒にいられて、苦しみを分かち合えて……だからもう少し一緒にいて」
ごっちゃん「ガ……ガオ……」
申し訳なさそうにカナ子に頭を下げる。
カナ子「ううん。さっきのことなら気にしないで。わかってるから」
カナ子の手を握るごっちゃん。じっとその場を動かない。
○円谷荘・カナ子の部屋・中(朝)
カーテンの隙間から差し込む朝日。
床の傍らで眼を開けるごっちゃん。
寝ぼけ顔で眼をこすり――カナ子の姿がないのに気付く。
ごっちゃん「?」
布団をめくったり、台所を覗いたりしてみるが、やはりカナ子はいない。
と、何かの気配に振向くごっちゃん。
窓の外――羽根を持ち、天使のような姿をした何かの影が、カーテンに映っている。
恐る恐る近付き、思い切ってカーテンを開けるごっちゃん。
そこにはなんと、背中に白い羽根を生やしたカナ子の姿がある。
ごっちゃん「!」
手を振るカナ子。驚いて窓を開けるごっちゃん。
カナ子は羽根をパタパタとはばたかせ、宙に浮いている。
ごっちゃん「……」
カナ子「びっくりした?ごっちゃん。私、背中に羽根が生えたみたい」
ごっちゃん「ガオ、ガオガオ?」
カナ子「熱?ううん、大丈夫。もう背中の痛みもないわ。それよりごっちゃん、一緒に翔ばない?」
ごっちゃん「ガオ?」
カナ子、戸惑うごっちゃんの手を取る。
ふわりと風船のように浮き上がるごっちゃんの身体。
ごっちゃん、そのままカナ子に手を引かれ、窓から空へ飛び立つ。
○同・前(朝)
箒で敷地内を掃いている大家。空を見上げて、眼鏡がずり落ちる。
近くにいた住人、ゴミ袋を取り落とす。
空を飛んでいくカナ子とごっちゃんの姿。
○街角(朝)
――そこかしこで、空を見上げ、指を差す人々の姿。
○空を飛ぶカナ子とごっちゃん(朝)
ごっちゃんと手を繋ぎ、優雅に空を舞うカナ子。
カナ子「ねえ、ごっちゃん。私思ったの。背中の羽根はきっと、神様からの贈り物なんだって。私、ごっちゃんのことが大好きなのに、守ってあげられないことがずっと辛かった。自分に何の力もないことがもどかしかった。でも、この羽根があれば、こうやって二人でどこへでも飛んでいける。この羽根はきっと、ごっちゃんと私、二人で生きていくために神様がくれたクリスマスプレゼントなのよ」
ごっちゃん「(複雑)……」
○本多製紙・外観
○同・ロビー
驚いて目を見張る人々。
羽根の生えたカナ子が、ロビーを歩いてくる。
OLAとすれ違い、
カナ子「(明るく)あ、おはようございます」
OLA「(戸惑い)お……おはよう」
カナ子、エレベーターが来ているのに気付き、
カナ子「あ、乗りまーす!」
と駆けていく。OLA、その後姿を見送って、
OLA「……飛んで行けばいいのに」
○同・エレベーター・中
満員のエレベーター内。
その真ん中に羽根の生えたカナ子。
皆、窮屈そうに身を地締めている。
○同・オフィス・中
入ってくるカナ子。
同僚たちの視線が一斉にカナ子に向く。
カナ子「おはようございます」
一同が驚愕の表情で見守る中、席につくカナ子。
拡げたままの羽根がスペースを取り、両隣の席の同僚が窮屈そうに脇に追いやられる。
カナ子「(気付き)あ、ごめんなさい」
と羽根をたたむ。
× × ×
フロア内を歩くカナ子、同僚から名前を呼ばれて振向く。
振向いた瞬間、羽根が近くにいたOLBを横なぎになぎ倒す。
OLB「ぐわ」
カナ子「あ、ごめんなさい」
と、再び振向き、今度は反対側にいたOLAをなぎ倒す。
× × ×
席についてパソコンに向かっているカナ子。
カナ子「フ……ハ……ハクション!」
くしゃみした瞬間羽根が大きく羽ばたき、衝撃波が起こる。
舞い散る近くの席の書類。大わらわでかき集める同僚たち。
カナ子「(鼻声で)あ、ご……めんなさい」
その光景を自分の席から見ていた課長、
課長「(呟く)……放射能のせいだ」
○円谷荘・前
帰ってくるごっちゃん。
住人たちに立ち話をしている。
その不穏な雰囲気に気付き、慌てて物陰に隠れるごっちゃん。
住人A「まさか羽根が生えるなんて……」
住人B「放射能の影響って恐ろしいわねー」
住人C「他人事じゃないわよ!私たちだってわかったもんじゃないわ」
住人B「まさか、私たちにも羽根が生えるって言うの?」
住人A「冗談じゃないわよ、羽根なんて!服に穴が開いちゃうじゃない!」
住人C「今度こそ、本気で大家さんに抗議しましょうよ」
じっと様子を伺っていたごっちゃん、複雑な表情。
○ミカド書店・店内
商店街の中規模書店。科学関連のコーナーで「原子力の基礎知識」「放射能が人体に与える影響」等のタイトルがついた本を立ち読みしているごっちゃん。
店内に流れるラジオ放送から「子供電話相談室」のテーマ曲が流れてくる。
ハッと顔を上げるごっちゃん。
○研究室のような一室の中
電子顕微鏡を覗き込みながら操作している白髪の男。
部屋の片隅に置かれたラジオから、「子供電話相談室」が流れてくる。
おねえさんの声「今日は巨大生物に詳しい網倉博士にお越し頂いています。先生、よろしくお願い致します」
網倉の声「こちらこそ」
おねえさんの声「では、さっそく最初のご相談にまいりましょう。もしもし?」
ごっちゃんの声「ガオ、ガオガオガオ」
白髪の男、ピクリと顔を上げる。
おねえさんの声「もしもし?もしもし?」
ごっちゃんの声「ガオ、ガオガオガオ」
おねえさんの声「あのーボク、日本語喋れないのかな」
網倉の声「きっと怪獣でしょう。私が代ります。あ、もしもし、こんにちは。ワタクシ網倉といいます。よろしく。さっきお姉さんに話したことを、もう一度話してもらえるかな?」
ひとしきりガオガオが続いた後、
網倉の声「ふむ。ふむ。なるほど。それは大変だねえ。でも、それはきっと君が思っているような原因じゃないと思うよ。私も長年生物を研究しているが、そのような話は聞いたことがない」
おねえさんの声「どういうお話なんですか、先生」
網倉の声「おっと失礼。つまり彼はこう言っているんです。自分は怪獣で、放射能を帯びているが、それは人の身体には影響がない程微量だ。ところがある日、同棲していた彼女の背中から、突然羽根が生えてきた。果たしてこれは、自分の放射能が原因なのだろうか、と」
おねえさんの声「その通りなんですか?」
網倉の声「まさか。いくら強い放射能を浴びたからといって、イグアナが巨大化することはあっても人間の背中から羽根が生えてくるなんてありえません」
おねえさんの声「なるほど。ちなみにラジオをお聞きの良い子の皆さん、「どうせい」っ知ってるかな?……」
白髪の男――日向真三博士(55)、ラジオを見つめたまま立ち尽くしている。
その顔は、カナ子の部屋にあった写真の人物のそれである。
○円谷荘・外観
電話のコール音が鳴り響く。
○同・カナ子の部屋・中
電話に出るごっちゃん。カナ子はまだ帰っていない。
ごっちゃん「ガオガオ?」
やや、間。
日向の声「……やはり君だったか。カナ子に羽根が生えたというのは、本当かね」
ごっちゃん「(警戒)……ガオ?」
日向「……カナ子の父の、日向真三だ」
ごっちゃん「!」
○日向工学研究所・外観
海岸縁の断崖の上に建つ、蔦に覆われた怪しげな洋館。
木造の看板に、時の流れで掠れた「日向工学研究所」の文字。
ごっちゃんがその前に立つ。
○同・研究室・中
ごっちゃんに背を向け、後ろ手に手を組んで窓辺に立つ日向。
日向「カナ子から『怪獣と付き合っている』と聞かされた時は、正直驚いたよ。だが、あの子ならあるいは、とも思っていた。(振向き)よろしく、と言うべきか。ごっちゃん、だね。聞いたよ、子供電話相談室。なぜあの子に羽根が生えたのか、知りたいかね?」
戸惑い気味に頷くごっちゃん。
日向「いいだろう。来たまえ」
と、研究室を出て行く。後に続くごっちゃん。
○同・手術室・中
薄暗い室内。
入ってくる日向、続いてごっちゃん。
埃を被った無影燈、手術台、様々な医療器具。
ごっちゃん「(見渡し)……」
日向「手術室だ。もう10年も使っていない。カナ子の改造手術を行った時以来ね」
ごっちゃん「(見て)!」
日向「……そう、他でもない。あの子に羽根が生えたのは、私の責任だ」
ごっちゃん、言葉が出てこない。
遠い眼で虚空を見つめる日向。
○回想・モンタージュ
学会会場。
多くの聴衆が見守る中、日向(45)が段上でスライドを示しながら熱弁をふるっている。
日向の声「私は当時、人間の体内で活動でき、しかも必要に応じて手術も行えるような超微小のナノマシンを研究していた。すなわちナノマシンにより人体を改造することで、現代医学では治療が困難な病気を克服したり、普通の人間にはない能力を持った新人類を生み出せると考えたのだ。そのためには人体実験が必要不可欠だと私は主張した。だが世間は、そんな私を、人を化け物に変えてしまおうとする悪魔だと決め付けた」
日向に野次、罵言を浴びせかける聴衆たち。
厳しい表情で聴衆を見る日向。
× × ×
日向の声「学会を追われた私は妻にも見限られ、私も許に残ったのはたった一人の娘、カナ子だけになってしまった」
研究所の玄関で、10歳のカナ子と手を繋いでいる日向。
荷物を手に去っていく妻の後姿を、なすすべもなく見守る。
日向の声「やがて研究費も底を突き始め、実験のための被験者を雇うことは困難となった。だが研究を続けるためには、どうしても人体実験が必要だったのだ」
カナ子にそっと目をやる日向。
その視線に気付かず、去り行く母をじっと見ているカナ子。
× × ×
雷鳴。
暗い手術室。手術台に眠るカナ子。その右腕に光る銀の腕輪。
手術着を着た日向、不気味に光るメスをゆっくりとカナ子に近づける。
日向の声「もちろん改造手術のことなど、カナ子に言えるはずがない。あの子は今でも――」
○日向工学研究所・手術室・中
日向に掴みかかるごっちゃん。抵抗もしない日向。
日向「……手術が終わった後、私は後悔した。たった一人の娘を改造してしまった罪を。だが……だが、何日たってもあの子の身体に何一つ変化は見られなかった。あの子の右腕の取り付けた制御装置から信号を送っても、ナノマシンは一向に作動しなかったのだ。明らかに手術は失敗だった。だが正直なところ、私は安堵していた。これで、娘を改造した罪から逃れられると思ったからだ。しかし、神は私の過ちを許しては下さらなかったようだ。カナ子は君と出会い、共に暮らし始めた。例え人体に影響のない微量の放射能でも、機械に影響を及ぼすことがある。あの子の身体に埋め込まれたナノマシンは、長い間放射能に晒され続けた結果、活性化し、あの子の身体を造り変えるに至ったのだろう」
力が抜けたように日向から手を離すごっちゃん。
日向「なぜ手を離す?私が憎かろう。君が科学者である私を憎むのは当然だ。君もまた、科学の濫用が生み出した落し子なのだから。さあ、殺してくれ。君に殺されるなら、私は科学者として本望だ」
ごっちゃん「……」
改めて日向に向き直るごっちゃん。
迷いを振り切るように咆哮を上げ、再び日向に迫ろうとする。
そこへ――
カナ子「やめて!」
日向を守るようにして、ごっちゃんの前に立ちはだかるカナ子。
ごっちゃん「!」
日向「カナ子……!」
カナ子「家に帰ったらごっちゃんいなくて……放射能の本が置いてあったからピンと来たの。きっとここだろうって」
ごっちゃん「(迷い)……」
カナ子「ごっちゃんわかって!お父さんは悪くない!何も悪くないの!お父さんは、病気で困っている人たちを助けたかっただけなのよ!」
日向「カナ子、私は過ちを犯した。お前の身体をこんなふうにし、お前の大切なごっちゃんを傷付けてしまった。だから裁きを受けなければならないんだよ」
カナ子、日向と向き合い、
カナ子「お父さん、私なんとなくわかってたよ。改造手術のこと……」
と、懐から銀の腕輪を取り出し、父に渡す。
日向「(受け取り、愕然)……!」
カナ子「だから羽根が生えて、私嬉しいの。お父さんの役に立てて。これでお父さんの正しさを世間の人たちに証明できる。それに私、人と違う身体になって、やっとごっちゃんと同じになれた気がするの」
ごっちゃん「(複雑)……」
日向、腕輪を固く握り、目を伏せる。
日向「(搾り出すような声で)カナ子、許してくれ……」
言葉もないカナ子とごっちゃん。
○円谷荘・付近(夜)
連れ添って歩いてくるカナ子とごっちゃん。
円谷荘の方が妙に明るく、騒がしいのに気付く。
二人、顔を見合わせる。
○同・前(夜)
視界を遮っていた塀が途切れ、現れた光景に目を疑うカナ子とごっちゃん。
建物の周囲に黄色いロープが張られ、幾台ものパトカーやワゴン車が停まり、マスコミや野次馬で騒然としている。
カナ子の部屋の玄関部分には青いシートがかけられ、白い防護服を着た男たちやガスマスクをした自衛隊員が、慌しく往来している。
見守っている野次馬の中に大家、円谷荘の住人、本多製紙の課長、OLたちの姿もある。
カナ子・ごっちゃん「(絶句)……!!」
テレビ局のクルーらしき一人がカナ子とごっちゃん気付き、
クルー「あ、戻ってきたぞ!」
マスコミと野次馬が一斉に、二人に注視する。
カメラやマイクを向けて、怒涛のように二人に詰め寄ろうとするが、待機していた警官隊に押しとどめられる。
「放射能の危険性は認識してたんですか!」
「このような事態を招いた責任はどうお考えですか!」
「そもそもお二人の関係は!?」
等々、二人に投げかけられるマスコミの容赦ない言葉。
そんな中、群集をかき分けるようにして防護服の男数名が、二人のほうへ歩いてくる。
カナ子「(不安)……」
二人の前に立つ防護服の男たち。
防護服の男「日向カナ子さんですね。厚生労働省の者です。放射能に汚染されている疑いがありますので、臨時措置としてこの付近一帯を封鎖し、あなたを病院へ隔離します」
有無を言わさずカナ子をごっちゃんから引き離し、近くのワゴン車に連行していく防護服の男たち。
カナ子「ご、ごっちゃん!」
止めようとしたごっちゃん、数人の自衛隊員に取り押さえられる。
自衛隊員「お前はこっちだ!」
と、ごっちゃんをカナ子とは別の車両に連行しようとする。
カナ子「(叫ぶ)お願い、待って!違うの!ごっちゃんのせいじゃないの!」
カナ子の声は届かない。
必死に暴れて抵抗するごっちゃん。
自衛隊員「大人しくしろ!」
ごっちゃんの背びれが瞬間、発光!
ビクッとして思わず身を引く自衛隊員たち。
ごっちゃん、大きく振りかぶって熱線を吐こうとする。
が、口元まで出かかった光が、途中で弱々しくなり、消えてしまう。
カナ子「!」
ごっちゃん「……?」
再び吐こうとするが、やはり途切れてしまう熱線。
自衛隊員たち、ここぞとばかりに、十数人が一斉にごっちゃんに飛び掛り、よってたかって小銃の銃身などで叩きのめす。
カナ子「ごっちゃん!――やめて、お願い、やめて!!」
ごっちゃんの方へ行こうと、必死に身をよじって防護服の男から逃れようとするカナ子。
訴えるように周囲を見渡す。
容赦なくたかれるカメラのフラッシュ。野次馬たちの好奇の視線。
「この放射性廃棄物!」
「静かな生活を返せ!」
「この町から出て行けー!」
次々浴びせられる野次、罵言。
いやあねえ、という顔でヒソヒソ話をする近所の主婦、本多製紙のOLたち。
それらの喧騒が徐々に高まり――
突然、一発の砲声!水を打ったように沈黙する群集。
右腕を天に向かって真っ直ぐに掲げているカナ子。
その右腕は黒光りするカノン砲に変形しており、先端からは煙が一筋、立ち昇っている。
カナ子から手を離し、茫然と尻餅をついている防護服の男たち。
カナ子、ごっちゃんを取り囲む自衛隊員たちに砲身を向け、
カナ子「ごっちゃんから手を離しなさい。早く!」
慌ててごっちゃんから離れる自衛隊員たち。
カナ子、更に群集にも砲身を向け、
カナ子「みんなも離れて!こっちへ来ないで!」
悲鳴を上げ、どっと後退する群集たち。
カナ子、周囲に砲身を向けつつ、ゆっくりごっちゃんの許まで歩いていき、その手を取る。
ごっちゃん「……」
カナ子「(優しく)さあ行こう、ごっちゃん」
背中の羽根が羽ばたき、ふわりとその身体が宙に舞い上がる。
カナ子に引張られるように、ごっちゃんの身体も地面を離れる。
どよめく群集。
飛び立ったカナ子とごっちゃん、空の彼方に消えていく。
警官の一人が慌ててパトカーに駆け寄り、
警官「(無線に)緊急配備だ。危険生物が逃亡した!」
○街中(夜)
――を、サイレンを響かせながら走る何台ものパトカー。
○廃工場・中(夜)
遠ざかっていくパトカーの音。
工場内の一角に身を潜め、外を窺っているカナ子。
その脇にすっかりバテた様子のごっちゃん。お腹がぐぅと大きく鳴る。
カナ子「大丈夫?ごっちゃん……原子エネルギーが切れてるのね……ごめんね。私、ごっちゃんを守りたいのに、必要な食べ物ひとつ手に入れられない」
ごっちゃん、慌てて首をぶんぶん振り、身振り手振りでそんなことない、と否定する。
少しクスッとするカナ子。
カナ子「ねえ、憶えてる?初めて会った時のこと。苛められていた私を、ごっちゃんは助けてくれた。みんなあなたのこと怖がってたけど、私にはわかったよ。あなたがすごく優しい眼をしてるってこと」
カナ子を見るごっちゃん。
カナ子「そういえば、三ヶ月前に再会した時も、ごっちゃんこうしてお腹空かしてたね」
○回想
夜の街角。
ファーストフード店の裏手。
店員に突き出されるようにして出てくるごっちゃん。
地面に散乱するパンくず。
力尽きたように、腹を抱えてうずくまるごっちゃん。
通りがかったカナ子がその様子に気付き、立ち止まる。
ごっちゃんと目が合う。
カナ子の声「私、すぐにわかったよ。あの怪獣さんだって。あの時と同じ優しい眼をしてたから」
× × ×
円谷荘の前。
倒れそうになるごっちゃんに肩を貸しながら歩いてくるカナ子。
× × ×
カナ子の部屋の中。
勢い良く飯をかき込むごっちゃん。
肘を突いて微笑ましく見ているカナ子。
× × ×
映画館。
スクリーンに映し出されたカメ怪獣に見入っているごっちゃん。
隣のカナ子、それを微笑ましげに横目で見て、ごっちゃんの手をそっと握る。
× × ×
夏のビーチ。
水をかけ合って遊ぶカナ子とごっちゃん。
弾けるようなカナ子の笑顔。
× × ×
山の上。
沈み行く夕陽を背景に、しっかりと抱き合うカナ子とごっちゃん。
○廃工場・中(夜)
突然、決心したように毅然と立ち上がるカナ子。
カナ子「もう惨めな思いはさせない!私、必ずごっちゃんを守ってみせる!好きな放射性物質も食べさせてあげる!だから待ってて、ごっちゃん!」
と、工場を出て行こうとする。
ごっちゃん「ガ、ガオガオガオ」
服の裾を掴んで引きとめようとするごっちゃん。
カナ子「(微笑み)心配しないで。ごっちゃんの一番エネルギーになるもの調達して、すぐに戻ってくるから」
ごっちゃんの手をやんわりと引き離し、改めて前を見据えると、轟然と出入口から廃工場の外へ飛び出していく。
○同・外(夜)
飛び出してくるカナ子。
背中の羽根が羽ばたき、その身体がゆっくりと宙に舞い上がり――
突然、一条の光が走り、カナ子の羽根を貫く。舞い散る白い羽毛。
ごっちゃん「!!」
バランスを失い、墜落するカナ子。
四方八方から、サーチライトが一斉に照射される。
上空に現れる何機ものヘリ。
声「確保しろー!!」
声を合図に、カナ子の周囲に殺到する機動隊員たち。
抵抗する間もなく、取り押さえられるカナ子。
カナ子「ごっちゃん!!」
慌てて駆け寄ろうとするごっちゃんの前に立ちはだかる、何人もの自衛隊員。
ごっちゃん、構わず前に進もうとするが、多勢に無勢、廃工場の中に押し戻されていく。
機動隊員たちに、強引に連行されていくカナ子。
カナ子「ごっちゃーん!!」
ごっちゃん「ガオ!!ガオガオガオー!!」
自衛隊員に囲まれたごっちゃんの姿、廃工場の中に見えなくなる。
カナ子「(力の限り叫ぶ)ごっちゃーん!!!」
機動隊員「おとなしくしろ!」
近くに停車したパトカーに連行されていくカナ子。
カナ子「どうして、どうしてみんな!!!」
その声に応えるように、突如巨大な咆哮が周囲に響き渡る。
一瞬、動きを止める一同。廃工場を振り返る。
突然、廃工場の天井を突き破り、天に向かって凄まじい閃光が走る。
閃光の中から姿を現す巨大な怪獣。
シルエットはごっちゃんそのものだが、口は大きく裂け、眼は怒り狂ったように赤く爛々と輝き、まるで別の怪獣のようだ。
カナ子「!!」
機動隊員たち「!!」
怪獣の姿におののき、悲鳴を上げて逃げ出す機動隊員たち。
カナ子、唖然として見上げ――
カナ子「ごっちゃん……なの?」
怪獣、逃げ惑う機動隊員、自衛隊員たちを容赦なく踏み潰し、ヘリを叩き落し、熱線を辺り構わず吐き散らす。
炎に包まれる周囲の街並み。
カナ子「やめて、ごっちゃん、やめて!」
カナ子の叫びも耳に届かない様子で、ひたすら暴れ続ける怪獣。
カナ子「(強く)ごっちゃん!!」
怪獣、その声に、一瞬我に返ったように動きを止める。
そしてゆっくりと、視線をカナ子に向ける。
カナ子も怪獣を見上げる。
炎の中で見詰め合うカナ子と怪獣。
カナ子、何かを言いかけるが、振り払うように突然踵を返す怪獣。
カナ子「(言葉が出てこない)――」
炎で赤く染まった空に響き渡る怪獣の哀しい咆哮。
その後姿が、ゆっくりと遠ざかっていく。
悲しみの表情でがっくりと膝を突くカナ子。
祈るように俯き、瞼を閉じる。
羽根の破れた白い天使のようなその姿が、炎の中に帰っていく。
(終)
BACK