『父帰る、かも』


人 物

種田常葉(33)
老人



○斎光寺・境内
   やや広い庭を挟んで正門と本堂の建物がある。
   庭内の犬小屋につながれた犬が、うるさく吠えている。
   その近くで箒を手に持ち、庭を掃いている種田常葉(33)。
常葉「源之助。食事に文句があるならもうあげないわよ」
   吠え続ける犬。
   何かに気付いて正門のほうを見る常葉。
   サファリハットの老人が一人、門前に立っている。
常葉「?」
   おぼつかない足取りでフラフラと近づいてくる老人。
常葉「(やや緊張)……」
   老人の目はなぜか潤んでいる。
老人「……30年前とは何もかも変わってしまったが……おまえだけはひと目でわかったよ、常葉……」
常葉「あの、失礼ですけど……(どこかでお会いしましたっけ?)」
老人「(哀しい笑い)そうだな……憶えていなくとも無理はない……」
   老人に向かって吠え続ける犬。
老人「だが……私は、おまえの父だ!」
   間。カラスの鳴き声。
常葉「……はあ」
老人「家族を捨てた私を許してくれとは言わない。だがどんな男にも諦めきれない夢というものがある。
(常葉は再び掃除を始めている)あの頃の私にとっては、宇宙開発が自分の全てだった。
特に、木星資源調査隊への参加という大任務は、アストロノーツとして、命を賭けてでも……」
常葉「(呟く)人類ってまだ、火星にも降り立ってないですよね」
   間。
老人「私を疑う気持はよくわかる。だが、私がおまえの父親であることは、紛れもない事実なんだ。
(遠い目)そう、あれはちょうど、おまえが4歳の時だった。おまえは幼稚園の運動会でかけっこに出場して、見事一位になった。
あの時、おまえは勢いよく走りすぎて、ゴールのテープを切った瞬間、つまづいて派手に転んだんだ。
(常葉、何か予感がして顔を上げる)きっとその時しりもちをついたんだろう。それ以来、おまえの左のお尻にはアザ……」
   突然、吠え続けている犬に向かって怒鳴る常葉。
常葉「こら源之助!黙りなさいって言ってるでしょ!」
   ビクッとして吠えるのをやめる犬。
   ビクッとして喋るのをやめる老人。
   常葉、周囲をちらりを見回し、
常葉「(微笑)立ち話もなんだから、そろそろ中へ入りましょ」
(終)

※シナリオセンターの本科にいた頃、誰も作品の持ち合わせがない日があり、先生の機転で即興シナリオを書くことになった。
 「父帰る」というテーマの3枚シナリオ。
 これはその時書いた作品の改訂版。

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