クロちゃん

  
 
    
私たちがクロちゃんを見つけたのは今年(2012年)の夏です。

初めて出会ったとき、クロちゃんはこちらに向かって、大きな声で鳴きながら、ごはんを求めていました。

人を呼ぶ声や様子から、最近そこに捨てられた子であることが、すぐに分かりました。

少しずつこちらに向かってきたクロちゃんは、左脚は浮いたままで、三本の足で必死に歩いていました。

よく見ると、左足から血がにじみ出ていて、骨のような白く長いものが見えました。

「どうしよう、これでは外で生きていけない」と感じ、すぐに持っていたタオルで

捕まえようとしました。しかし、怪我したときの怖い経験のせいか、すごい警戒心を持っていて、

タオルを持った瞬間に、足を引きづりながら、遠くに行ってしまいました。

そこは、野生動物も多く、さらにトラックなどの交通量の多い道がすぐ横を通っているところで、

この子が生き延びるには、あまりにも厳しい場所でした。

クロちゃんの捕獲に向けての日々が始まりました。

 
         
   はじめの一週間はこの距離まで
近づくのが精一杯でした。
帽子をかぶったり、いつもと
少しでも違うところがあると、
出てこない日もありました。
 虫取り網を改造して、大きな捕獲用の
網をつくりました。
人の前でごはんを食べてくれるように、
匂いの強いお魚を焼いて
毎晩持っていくようにしました。 
 
         
   捕獲器、ケージ、網、ごはん
のセットを車に積んで
毎日クロちゃんのところまで通いました。
「怪我で痛いのに、どうやって暮らしてるの?」
「何をしててもクロちゃんが心配で
仕方ないよ」 「クロちゃん帰ろうよ」
と、ごはんを置いて、少し離れた場所から
毎日クロちゃんに話しかけました。
 早い時間に捕獲器を仕掛けて、
ひたすら待った日もありました。
でも、捕獲器にもすごい警戒心を持っていて、
これ以上続けると、ここへ二度と
来なくなるような気がしました。
捕獲器での捕獲は
あきらめて、網を使う方法に絞りました。
 
         
   そして約1ヵ月、そんな日々が続きました。
ごはんを置く場所に、いつも網を置いて、
網に慣らしていくと、
ここまで距離を縮めることができました。
毎日、動物たちが寝静まる頃に
魚を焼き始めるので、
いい香りにさそわれて、
猫たちもいつも起きてやってきました。 
怪我を負ったクロちゃんを
目の前にして、また今日も連れて帰れない
ことがつらく、「また明日必ず来るからね」
「クロちゃんも絶対来るんだよ」
と帰り際に必ず話しました。
夏の夜空だけがとてもきれいで、
星に向かって、クロちゃんのことを
見守っていてほしいと、祈る想いでいました。
 
      
   そして、台風の影響で風の強い日の晩、
今日、やってみようと、心に決めていつもの場所に向かいました。
いつものように、ごはんと網を置いて、クロちゃんが、
ごはんに夢中になる時を待ちました。強風で木々が揺れて、
ざわざわと音がしていて、いつもの、クロちゃんの集中力が少し弱く感じました。
思い切って網を振り落とし、必至に押えました。
一瞬クロちゃんは上に高く飛び上がりましたが、
震える手で網を強く持ち、ゆっくりと慎重に麻袋で包み込みました。
車にそのまま運び、無事にケージに移すことができました。
失敗は許されないと思えば思うほど緊張が高まりました。
 
家に帰って、少し広いケージに移しました。
明るい場所で、こんなに近くで
クロちゃんを見たのは初めてでした。

不思議なことに、クロちゃんは
怒りもせず、じっと静かにしていました。
ごはんもすぐによく食べてくれました。
 クロちゃんを無事に家に連れて帰れた
ことがうれしくて仕方ありませんでした。
長かったこれまでの不安な日々が
報われたおもいでした。
 
         
    
保護した日の翌日、クロちゃんの手術をすぐにして頂けました。

脱臼した腕はワイヤーを入れる大手術になり、

大きな傷口もきれいに縫っていただきました。

すぐに手術をして頂けたことに、本当に感謝しています。

退院してからのクロちゃんは、さらに優しくなり、たった数日で、人に甘えるようになりました。

それでも大きな物音や、大きな物に怖がることがあり、そんなクロちゃんの様子を見るたびに、

怪我した体で、身を守りながら生き抜いてきた日々の重さを感じます。

クロちゃんは、野良ちゃんの子ではなく、大きくなって捨てられた子です。

クロちゃんがどんなにつらい日々を過ごしたのか、どれほど心細かったのか、

捨てた人に分かるはずもありません。

命を捨てること、それは命を殺したことと、何ら変わりはありません。

クロちゃんも死ぬ思いをしてきたのですから・・・。


現在、クロちゃんは手術した脚を少しずつ使えるようになり、

歩くときも、少しだけ軽く床につけるようになりました。

安心して眠り、安心してごはんを食べられる、そんな当たり前のことが今はうれしくて仕方ないようです。

動物たちは特別なことを望んでいるわけではなく、

ずっと家族と一緒にいたいのです。それだけなのです。

家族の一員として迎えた命は、

その命をまっとうするまで、責任をもって大切にしてほしい、そんな想いでいっぱいです。


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