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高瀬鉱山は岡山県の北西、鳥取県との県境に位置する。もともとこのあたり一帯(岡山、鳥取、島根、広島の県境あたり)はクローム鉱の鉱脈が豊富で周辺には他にも若松鉱山、広瀬鉱山、日野上鉱山などがある。いずれも今はもちろん閉山だ。このあたりの各鉱山はいずれも閉山時期が同じ頃で1980年代だったらしい(若松鉱山だけが1995年頃で現在も解体中)。 20年〜30年以前ということだ。その他鉱脈の発見時期とか発見者は誰かとか詳細は鉱山が小規模なせいか資料が少ないのでよく分からない。ただ若松鉱山などは閉山後も湯河の事務所周辺でクロームの作業をしている。どこから供給されているのか分からない。若松以外の鉱山は完全に終わっている。 |
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県道から2キロぐらい南に入るとここに来る。事実上ここが高瀬鉱山の入り口になる。道を挟んで白いゲートらしきものがあるがこの日はたまたま開いていた。このゲートのすぐ向こうに下の写真にある壊れた廃屋などがある。左の納屋みたいなものは鉱山関係かどうか分からない。ゲートの手前にある。 |
ゲートから左を見るとLの光景が見える。最初、分からずにこの道をドンドンと行くことに。赤い○がボタ山(Rが拡大図)なのでそっち方向に行ったのだがありゃりゃ・・・。行けども行けども・・・なんかおかしい。結局1キロぐらい歩いてUターンに。もう汗だく!疲れた!一服して今度は廃屋の方向に行く。が実はこっちも・・・。 |
廃屋方向の手前にうんっ??と思う建屋(L写真)が。建屋の周りに鉄格子がある。ほとんど植物に覆われて自然と同化しているが隙間からのぞいたら(R写真)、なんと変電室ではないか。トランスもある。もちろんメーターなど中の設備は相当年代物だ。この建屋の裏側の道を行ったのだがそれも間違いだった。実はL写真の道路が正解だったのだ。 |
このR写真の廃屋のほうだと思ってそっちの方向へ行ったのだがそれもミスだったのだ。でもこの廃屋はあきらかに鉱山関係の建物だ。Lの道路が正解道。ここにもなにかつぶれた小さな建屋がある。 |
やっとのことでと言うよりももうこの道しかない、ということで最後の一本道を、一番立派な道路を行く。車一台なら普通にいける道だ。この先に無かったらどうしよう・・・とか思いながら登っていくとうんっ? 何か音がする。ポンプのような感じだ。ビンゴ!と思いながら登るとありました。写真の傾いた建屋が。どうやら鉱山からの水を浄化?排水しているらしい。でもこの建屋を見ると定期的に管理しているとはとても思えないが。 |
もうちょっと上に行くとこんなものが道路に向かって突き出ていた。これもホッパーだろうか。何かホッパーにしては複雑な構造になっているが。よく分からない。そのまま上に向かって登ることに。 |
出た〜っ! いや!出ました。やっと着きました。ありましたよ。遂に着きました。(ちょっとしつこいかな) でもホントそんな気持ちでした、あっちこっち無駄な道のりをテクテクと歩いて汗だくになってたもので。でもいっぺんに疲れが飛びましたね。この壊れ方、この荒れ方、この廃墟ぶり、なんと云いましょうかステキな廃墟です、とこんな風に書けば廃墟マニアと間違われそうですね。小生はちなみに廃墟マニアに非ずです。純粋に(という言い方も変だが)鉱山などかつての産業遺跡や、いい意味でも悪い意味でも今の日本を築いてきた歴史的建造物に興味を持っているただのマニアです。誤解なきよう。 |
ホッパーの前の広場はそんなに広くないですね。操業当時はどんなだったんでしょうか?この程度で仕事になったんでしょうか。それにしても閉山して30年あまりたつともうこんな風になるんですね。それとも逆でしょうか、よくここまでもっている、と考えるべきでしょうか。しかしもういつ崩れてもおかしくない状況です。そうなると後に残るのはまたコンクリートの部分だけになる。何かはかないですね。しかし夜は”根性ためし”(ちょっと古いかな)にうってつけのロケーションかも?(冗談です、失礼!不謹慎でした)。この写真には写っていないがトロッコレールが近くまで敷設されている。すぐ前では撤去したのか埋まっているのか見えなかった。 |
Lはボタ山です。最初の山の斜面のボタとは違う場所のものだと思います。砂状の細かいものから結構荒いものまで実に大量にある。多分、斜面の植物の上からそのまま捨てているんでしょうね。この下には埋められた植物が泣いていることでしょう。でもそのおかげで私たちの豊かな生活が保障されていることも事実だし。環境保護をとるか生活をとるか・・・ま〜結局はバランスなんだろうと思います。Rは選鉱所からのベルトコンベアです。 |
Lはボタ山を上から見たものです。Rは荒い石の写真です。Mはそれの拡大図。この中にクロム鉱石があるのかどうか残念ながら私には分からない。 |
ボタ山の中腹から選鉱所の方に行く。やはり風雨にさらされて相当こわれている。しっかりしているのは土台のコンクリートだけである。 |
上のつづきだ。選鉱場斜面の真ん中よりちょっと下あたり。この上に別の場所からのトロッコレールが引いてあった。ちょうど宙を浮いているかのように見えた。鋼材で立体的にレールを敷設しそれがここまでやってきてホッパーから下に落とす、というやり方だ。 |
時々、人が来ているのか?チェンソー、バッテリーがあった。古いものだが。Rのワイヤーロープは地中に深くもぐりこんでいた。どこまでつながっているのか。それほどボロボロにはなっていないようである。 |
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ホッパーの拡大写真。まだ内側には細かい鉱石が残っているようである。 |
まさに今にも崩れ落ちそうな窓。長年の風雪に耐えてよくもっているものである。 |
今回の高瀬鉱山はこれで終了です。感想、・・・ 暑かった!そしてしんどかった。何キロ無駄足を歩いたのだろう。でもものは考えようだ。毎日効率ばかりを追い求める生活をしているからストレスも溜まりやすい、という説がある。今回の場合、鉱山に行くことだけを目的と考えるなら確かに効率も悪く”ああしんどう〜”とストレスだろうが、無駄足を普段の運動不足解消と考えるならそれはプラスだ。そうなんです、今回の鉱山ツアーのタイトルは”万歩計と高瀬鉱山”と題することにしよう。(笑) 帰り際に後ろを振り返って撮りました。本当にうっそうとした山の中です。でもこんな(と言っては失礼だが)山中で一時はうるさいほどの機械音とほこりにまみれ家族を背負った男たちが汗まみれになりながら作業に従事していたのかと思うと今でこそこんな風に廃墟になっているがなんとなく当時の喧騒や怒鳴り声、機械音などが聞こえてきそうで人のぬくもりというか温かいものを感じます。 |
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