鐘打鉱山(京都府船井郡和知町)   1/1    
                   かねうち                 Photo:2007.05   更新:2008.11


  2007.5月、暑くもなく寒くもないいい季節なのでちょこっとまた趣味にはまってきました。今回は近場、京都。なにせ日本には一時期、約1.000箇所もの鉱山があったとか。学生の頃”日本には地下資源が無いから・・・云々”と教わったが金属地下資源は結構あったみたいである。最も外国のように”露天掘り”ではないが。銅などは一時期、輸出していたぐらいだ。
と言うわけで京都は綾部なので午後からでもOK.だ。日が長くなったので楽勝ムード。能勢のR477を北上。園部でR9に合流。そこから北西へ。R27とR9との分岐点”蒲生”からR27を舞鶴方面へ。まもなく写真最上段の”白土バス停”が見えます。そこから2〜3キロで赤い丸印(二段目写真参照)の右カーブに。そこのガードレールの切れ目を左折(標識はない)。あとは1本道。
 
 ここ鐘打鉱山はタングステン(w 比重19)の産地として有名で丹波の大谷鉱山と同様、今のR9をはさんでタングステンやマンガン鉱山が多々あったようである。タングステンは非常に硬くて重い金属で戦争中には戦車の装甲板や砲弾の弾頭などに貫通力が高いという理由で大量に使用された。 現在は砲弾にはタングステンの変わりに世界中で問題になっている劣化ウランも使われている。ちなみにタングステンは一般的には電球のフィラメントに使用されている。
 ここの鉱山は大正時代に開発され1930年(昭和5年)頃から本格的に採掘が始まりその後日本の侵略政策に大いに寄与し戦争中の最盛期は月産30トンものタングステンを生産した。がその後は他の鉱山と同様、カドミウムやその他の廃液などの鉱毒問題が露呈し、また海外からの安い鉱石が輸入されたりでついに1982年(昭和57年)閉山に追い込まれる。




 R27とR9との分岐点”蒲生”からR27を舞鶴方面へ数キロ来たポイント。左右の写真で一枚の写真と考えてください。目印に撮りました。


 ・L写真:R27を北進中の右カーブのど真ん中(赤丸)のガードレールの切れ目を左折。周りの景色から判断を乞う。ここは上の写真から北へ約2〜3キロの地点。後は約3M道路1本道。迷うことなく目的地へ。7〜8分か。
 ・R写真:近づいてきました。正面の建物が当時の”鉱山事務所”。


 ”鉱山事務所”を過ぎてから撮った。ずいぶんきれいに改築されているようだ。


 1本道を奥へ行くとまもなく右側にこんな何かの基礎部分を発見。選鉱所かあるいは貯鉱所か。ひょっとして精錬所かもしれない。いずれにしろ写っているもの以外には植物に隠れているせいか何も見えない。


 コンクリートの基礎もありますが網をふんずけて人の出入りがあるようですね。山菜取りでしょうか。  これも基礎です。こういう風に見ているとここ鐘打鉱山も結構大きな鉱山だったみたいですね。


 昔の写真を見ると多分この沿道だと思いますが道の両側に結構たくさんの建屋や人々、工場、鉱山住宅などなどが写っていました。トラックも地道を砂煙を上げながら走っている光景が写っていました。鐘打鉱山そのものはあまり有名ではありませんがあるいはタングステンという金属が金、銀、銅のようにあまり一般的ではないのでそうなのかもしれません。


 私が行った時も山菜取りの人がいましたが結構ハンテイングの対象になる動物がいるんですね。イノシシでもいるんでしょうか?まさか熊?


 一般の地図では「金比羅神社」と表記されている。どう違うのか私にも分からない。いずれにしろ当時はこの神社の周辺が最もにぎわっていたと云う。次のぺージの”坑道”写真はこの神社のすぐ近くだ。


上2枚は選鉱した後の「ズリ」積出し所。ここではトラックでズリ捨て場まで運んだらしい。鉱石のホッパーのようにも見えるが・・・・・。


下の写真の坑道入り口。神社の右側の道路をしばらく登ると右側にこの光景が眼に入る。すぐ分かる。


今回、鐘打鉱山に来て一番の成果は何といってもこの坑道を発見できたことである。(写真は二枚ともかなり加工しています。)大山祗神社を間にはさんで三叉路の右側の道をドンドン行くと200〜300mぐらいで右側の斜面に草むらに隠れてありました。最初、下の写真の二本の倒木?を見てそこに何か坑道の入り口らしきものを発見、そばまで行きたかったが足場が悪くて何とか角度を変えて見ているうちに”やはり坑道の入り口だ”と確信。”ほかにも無いものか”と周辺を探している内にちょっと手前側の草影に”うん・・・?”と思えるものを発見。今度は足場も比較的いけそうだったので坑口の前まで行きました。そして撮った写真がこれ。運よくトロッコのレールもかろうじて撮れていました。中からはカジカの鳴き声がさかんに聞こえていました。入り口には土嚢が坑口の半分ぐらいまで積まれており中へ入ろうと思えば入れましたがそこまではしていません。坑道の大きさはタテ・ヨコ共=1.5mぐらいでしょうか。懐中電灯で照らす限り結構、奥が深そうだった。案外上の坑道?と中で繋がっているかもしれない。 トロッコレールを敷設しているということはそれの証ではないだろうか。ひところはタングステンとスズではなかなかの産出量を誇っていたと言う。鉱山町としても結構、大規模だったらしい。


上の写真よりもうちょっと上に行くと今度はこの光景がまた右側に見える。今度は足場が悪くて前までいけない。


 帰りがけに発見。ここはどうやらズリ場か?単なる土砂崩れかとも思ったがなんとなくズリ場のようにも思えるが。


 さあ、もう帰りだ。行き過ぎた地点で再度振り返って鉱山事務所を撮る。 帰り道、R27に出る前の風景。農道から舞鶴方面をみる。



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