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  岩手県釜石市甲子町   釜石鉱山    Photo:2011年5月  (1/1) 
主な採掘金属 : ・主=、・副=金、銀、銅、鉛、亜鉛など。
経営企業   : 釜石鉱山株式会社(閉山時)

鉄で有名な釜石鉱山が有名になったのは近代に入り明治になってからのこと。開山は詳細は不明だが戦国時代以前から当地ではたたらを使った砂鉄や餅鉄(”べいてつ”or”もちてつ”などと呼ぶが他にも呼方は多い。硫黄など不純物が少なく鉄品位は高い。磁鉄鉱の一種)精錬が山師(一説では山伏ともいう。小生も同感)の間で行われていたという。最も山師が山中を跳梁跋扈して金、銀、銅、鉄などの露頭を探していたのは全国でやっていたことだ。風鈴や南部鉄瓶で有名な南部鉄も元々はこれら砂鉄や餅鉄を使った製品。刀や農機具などもある。そういう訳で釜石地方で鉄が豊富なのは昔から分かっていた。鉱山史を簡単に時系列で記載すると〜

・戦国時代以前〜:山師等によりたたらと砂鉄などを使った製鉄が行われていた。
・1727年(江戸時代中期):阿部氏(幕府付薬草学者)が釜石地方を薬草探索中、磁鉄鉱の露頭を発見。
・1829年(幕末近く):盛岡の某氏に藩より採掘の許可が下りる。
・1857年(M維新直前):南部藩士大島高任(おおしま たかとう/日本の近代製鉄の父とも言われ鉱山学界での重鎮。佐渡金
           山や阿仁鉱山など多数の鉱山を指導)氏により日本初の高炉を完成、出銑に成功。以後増産。
・1874年(M7 ):釜石鉱山(製鉄所)の経営が南部藩から明治政府の官営となる。同時に近代化推進で西洋から機械や技術
           者をよびこみまもなく操業始まるが経営に失敗。工場稼動停止。
・1878年(M11): 鈴子精錬所が完成。
・1883年(M16):明治政府は製鉄所の経営から手を引き東京の鉄・銅金物商”田中長兵衛”に払い下げられる。
・1887年(M20):製鉄所を引継ぎ後、銑鉄生産に何度も苦労するもやっと成功しこの年に「釜石鉱山田中製鉄所」を設立。
・1917年(T6) :前30年間で高炉増設、工場拡大、コークス銑成功、発電所建設、炭鉱買収、物流整備等など事業を飛躍的
           に拡大。「田中鉱山株式会社」と改組。
・1924年(T13):第一次世界大戦後の不況で経営悪化。社長死去や労働争議などあり三井鉱山に経営権を移譲。「釜石鉱山
           株式会社」と改名。
・1939年(S14):(戦争準備で地下資源の増産奨励)日鉄鉱業の子会社「日鉄鉱業 釜石鉱業所」となる。
・1945年(S20):太平洋戦争敗戦終結。
・1950年(S25):(戦後復興で増産に次ぐ増産)銅鉱床を発見。以後閉山まで鉄と銅を両輪で採掘・生産する。
・1979年(S54):「釜石鉱業所」が日鉄鉱業から離れ「釜石鉱山株式会社」となる。
・1993年(H5) :明治以来130年以上続いた釜石鉱山も新山鉄鉱床の採掘が終了しすべて閉山。ただし現在も研究用その
           他で年間100トン程度の鉄の採掘は続いているという。「仙人秘水」のミネラルウオーターは今も好評販売
           中。
〜あとがき〜
釜石鉱山は国内での鉄鉱石供給源としてはダントツだった。太平洋戦争の頃そのことをよく知っているアメリカが終戦間際に2度も艦砲射撃で攻撃をし釜石鉱山周辺を焼け野原にした。当時秋田県との県境付近の住人曰く、突然東のほうからものすごい爆発音が連続して聞こえ家や樹木やガラスなどがビリビリ揺れたと言う。鉱山は海岸から20キロぐらい離れているが製鉄所は釜石市内にあるので充分に攻撃の効果はあったのだろう。だがその直後に終戦になり果たして・・・と思うのだが。確か艦砲射撃は’45年の6、7月頃だったと思うが。終戦間際にはすでに日本には迎え撃つ戦闘機も軍艦もなくなっていた。制海・制空権両方ともアメリカに取られていた。
最後に資料として一点。釜石鉱山の坑道総延長はなんと1.000キロにも達していたという。これには小生も驚いた。


左:国道45号線を釜石市内に入るとすぐに大平墓地公園が左に見える。その南側の一角に写真の「鉄の歴史館」がある。
:鉄の歴史館の概観。この日は震災の影響で入館不可。最もここは高台になるので津波の影響はなし。おそらく地震の
   影響かor被災者のことを考えて自粛でしょう。後のほうだと思う。


左:”鉄の歴史館”駐車場に展示されている釜石鉱山開抗当初の蒸気機関車である。
中・右:
同所の磁鉄鉱。品位が60%ですって。すごい!これで3トンですか。約1m四方ぐらいでしょうか。


左2枚:スカルンというのはある鉱物単体の名称ではなく地下で石灰岩などの割れ目にマグマが貫入してきた場合い石灰岩とマグ
     マの接触部分に出来る鉱物の総称である。普通この部分にはいわゆる有用金属(鉄、銅、亜鉛、鉛、アルミニウム、マグ
     ネシウム、カルシウムなど)が出来やすい。またそのような鉱床を”スカルン鉱床”と言い別名”接触交代鉱床”とも言う。

右2枚:これも磁鉄鉱である。  

左:駐車場には震災復興応援で自衛隊の車両がいっぱい。
中:
駐車場にあった案内板。釜石鉱山付近の昔の高炉や精錬場などの詳細図もあるようだ。
:これは何だと思いますか?たぶん大橋高炉の模型というかミニチュアですね。実験用でしょう。


左:釜石市内の国道283号線を西進するとすぐに左手にどでかい「新日本製鐵 釜石製鉄所」が見える。見えるというよりも国道
   沿いにある。釜石市自体、漁業の町でもあるが反面新日鉄の企業城下町でもある。
中・右:
JR釜石線「陸中大橋駅」。


左:ホームの山側にはこんな横断幕があるのだがいざ鉱山資料館(事務所)に行くと入れない。別に休館ではないようなのだ
   が・・・。確かに周りの雰囲気的には小生一人しかいなかったが。ゲートも中途半端な開き方だった。一瞬”入っていいの
   かな〜?”と思いつつ入ったのだが・・・。考えてみるとどうやら震災のせいかもしれない。まだ2か月しかたっていないの
   だから混乱しているのだろう。

:陸中大橋駅の端っこにあるかつてのホッパー。ここから鉱石を貨車に積み込んでいたのだろう。


左:ここが鉱山事務所のあるところだ。いわば本丸。正面右手の解体した選鉱所跡が銅鉱石の選鉱所。左手の選鉱所跡が鉄鉱
  石
の選鉱所。事務所は写真右手(見えない)。
中:
これはよくサイト情報などで見る鉄鉱石の選鉱所。国道(手前の道路)の脇にある。建屋があるときはもっと壮観だったようだ。
   見たかった。
:右の白い建物が鉱山事務所且つ資料館。奥の堤防みたいなものはズリ山。広大だ。釜石鉱山の規模が良く分かる。


元鉄鉱石の選鉱所跡。前の姿を知っている人は驚くでしょうね。ちょっとくる時が遅すぎた。少しは予想もしていたんだけどここまできれいに何にもないとは・・・(コトバガアリマセン)・・・です。選鉱所足元の岩がこんな風になっている。これを採掘したら選鉱所は崩れ・・・(笑、ハハハまさかネエ)


左:丸いシックナーの向こう側の斜面の選鉱所跡が銅鉱石の選鉱所。ちなみにシックナーと事務所の間を奥に行くと鉱山
   従業員の子弟たちの学校があった。
:その拡大です。ここも何にもない。


左:昔の選鉱所(鉄鉱石側)
中:
鉄鉱石選鉱所の右端奥まったちょっと高いところにこんな鉄仮面のようなものが山肌に設置されていたが坑口だろうか。中央から水
   らしきものが出ているが。その右側も地下水が流れている。
:比重選鉱機(シックナー)も内部は埋められておりその向こうの建物が鉱山事務所。横から見たところ。


左上:二階建ての方が破砕工場、その向こう側の平屋の方がレンガ倉庫。
左下:
どこのものか不明だがレンガ造りの残骸。説明がなかったように思う。
:大橋高炉の2番、3番高炉が鉱山事務所の前あたりにあったらしい。


S30年〜S40年(1955〜1965)の釜石鉱山概観図らしいです。図中の「散策路整備」の一環として陸中大橋駅よりの旧社宅街にあった案内板です。図右側が北方向。


左:これも「散策路整備」の一環として見かけた案内板。う〜ん・・・やはり釜石鉱山は想像通り相当大規模な鉄鉱石鉱山だ
   ったんですね。小生の子供時代からのイメージと想像は当たっていたのだ。(笑)
:「釜石鉱山株式会社 採鉱事務所」って看板があります。むろん入れません。


ここは病院のあった場所です。釜石鉱業所病院跡。駅からほぼ直線に来た道が鉱山事務所に向かう左に曲がる角っこ内側にあります。  


ほぼ同所に”釜石鉱業所購買会跡”と”大橋社宅跡”の案内板がある。賑やかですね〜。人口8000人もいればこうもなるんでしょうか。


左・中釜石鉱山のミネラルウオーター「仙人秘水」。バッテリートロッコのボディにも「仙人秘水2」の文字が。どこで売っているのだろう
     か?飲んでみたかったが。周辺のコンビニにはなかったようだ。深山の湧水って本当においしい。出来れば殺菌処理する前の
     水が飲みたいが金属鉱山からの採水ではやはりちょっと無理だろう。でもおいしいのは事実だ。

右:以前には観光用に坑道内にも入れたようだ。バッテリーロコの前にそれらしきピンクと黄色の人車が連結されている。


左:左側にも坑口らしきものがあるが・・・なんだろう。
中:
仙人秘水坑道(「550m坑口」と表記された情報もあったが坑口の正式名称は?仙人抗?)の遠景。
:仙人秘水はこの坑道内から汲み上げている。


左:坑口からちょっとだけ撮りました。この奥は同社の紹介動画によると3000m続いているらしく途中、いろんな地下ダム
   で発電しているとか音の反響の多い花崗岩ホールでコンサートもするとか他にも何かあったが水汲み以外にもいろん
   なことを坑内でやっているらしい。

:仙人秘水の加工場。殺菌したりボトルに詰めたり出荷したりする。何かの機械類が動いている音がしていたが全体的
   には静かだった。


     (1/1)     HOME    (完)