広瀬鉱山(ひろせこうざん) 鳥取県日野郡日南町大字多里字野組    
                               撮影日  2007年9月   1/1


 広瀬鉱山は近隣の若松や高瀬と同様、クローム(Cr 比重:7.2 原子番号:24の金属元素)で有名な鉱山である。クロームというのはマンガン同様、いやそれ以上にそれ単体ではほとんど一般の眼には触れない金属である。では何に使われているかというとまず思いつくのはメッキである。そして耐磨耗性を要求される工具類や回転軸の軸受け、ステンレスなど合金製造に混ぜる金属元素などなどである。ちなみにこの地域での各鉱山から産出されたクロムはその多くが製鉄所などでの耐火レンガに使用されたらしい。クロムを含む耐火レンガは耐久性に優れているからである。
 ここの発見、採掘開始の時期など鉱山の概略についてはあまり知られていない。が経営母体が高瀬鉱山と広瀬鉱山は同じ経営母体らしく「広瀬鉱業」の経営下だったらしい。地元の話によると”湯河では広瀬が一番大きいヤマだったよ”とのこと。だいたいこういう場合は経験的に地元の話を信じる方がよい。また別の資料によると広瀬鉱山には野組坑(鉱山)、多里坑(鉱山)というようなちょっと関係がわかりにくい坑口というか鉱山というかそういったものがあったらしい。前にも書いたが広瀬、高瀬、若松鉱山その他で一時は国内需要の90%以上のクロームを供給していた。現在はこれらいずれの鉱山も写真を見てわかるとおりすべて閉山している。  


UP




・国道から鉱山に行く1本道の分岐点


東側からやってきて国道から左折する場所。Rの道路が国道183号線。Lが地区の自治会館。


 国道から左折するところのバス停。”のぐみわかれ??” これ、バス停の名前でしょうか?


 鉱山の手前1キロぐらいにこんな地層がありましたよ。細い道をゆっくり走ってるといきなり目の前にこの光景が飛び込んできました。小生、殆ど地質学の知識はありませんがこういうものに遭遇すると”学生時代にもうちょっと勉強しとけばよかった”と思いますね。知識があればこういう場所に来ても対象物に深みが加わりますからね。興味が無ければ別ですが。黒・白・茶の地層が交互に積み重なってます。特に黒い地層が目を引きます。なんとなくクローム層と思いたいですが・・・。(笑)  


 左右の写真は違う場所のものです。遠目から見るとヤマの中腹に実にたくさんのズリ場があります。

・Lは最も大規模なズリ捨て場でした。かなり遠くから見てこれですから近くで見たら相当の規模だとい思いますよ。周辺は夏だったせいもあり木々が思いっきり枝を伸ばしてました。もしこれらの木々がなければ
鉱山施設やら坑口やら他にもいろんなものが見えることでしょうね。ズリ場の規模ももっと大きく見えることでしょう。案外、見えちゃいけないものもあったりして。  
・Rは他の場所のズリ場です。Lのものより圧倒的に小さいです。この写真はZOOM UPして撮ったものです。ただ漫然と山肌を見てるだけだとまず発見できない規模ですね。  



・いよいよ広瀬鉱山本丸”に!


 細い道を進んでいくと左側にしいたけの栽培所があり三叉路が。そこを右に行くといよいよ鉱山の入り口です。やってきましたヨ。そして写真の何かしら異常に頑丈そうなものが見えてきました。足元の道路は登り坂で何処からともなく地下水が湧いてきています。地面のコンクリートは苔でヌルヌル状態です。常に水が流れているんでしょうね。道幅は車でも通れるんですが苔で滑って上まで上がれないでしょうね。勾配もすべるぐらいの勾配はありました。4駆ならいけるかも。  


 登り坂突き当たりの選鉱所らしき場所です。たぶん写真に写っているコンクの壁は上部がホッパーだと思います。下の広場の広さもダンプが入れそうな感じでした。地面をズ〜ッと見ましたがここには軌道の跡は無かったですね。  


 選鉱所の跡です。見たとうり石やコンクの残存物だけが残ってます。藪を掻き分けて入れば何か当時のものが見つかるかもしれませんが。しかし目を凝らして見ると結構かつての残存物が残っているものです。  


 これは鉄製のバケット様のものですがなんでしょうか?工事現場なんかでは時々見るもののように思えますが。  


 地面から顔を出している記念物?の数々。Lはトロッコの軌道です。Rは何でしょうか?  


 これはベルトコンベアーのローラーでしょうか。これ一個だけがポツンと転がってました。  


 アルミ製のやかん。それほど大きくはないが一般家庭用ぐらいだった。いろいろ回ってみたが唯一、人の生活臭を感じ得たのはこのやかんだけだった。それほど古くない。  


 よくよく見ると藪の中にいろんな残存物がある。


 これも藪の斜面に残っていたもの。遠目にはこの広瀬鉱山にはあまり残存物がなさそうだったがここまで来てわかったことはその殆どが深い藪の中に隠れているらしいということだった。もっと奥までいける装備だったら、そして同伴者がいてればもっと面白い写真が撮れたかもしれない。ちなみに広瀬鉱山に関するサイトはあまり多くない。鉱山マニアでもここまで来る人はそんなに多くないのだろう。それにしても山の中に藪に隠れてこれだけの人口構造物が残っている姿は考えようによればまさにインカ帝国の”マチュピチュ遺跡”のようではないだろうか。もっともロケーションや時代背景、規模、歴史的価値などを考えると比較にならないかもしれないが。


ズリ山です。ここのものはそんなに大規模ではないですね。なんとなく閉山してから”その辺に捨てておけ”式にやった小さなヤマではないでしょうか?   ズリ山から拾ってきた石です。たぶんクローム苦土鉱だと思いますが。それにしてはちょっと黒い部分が少ないかも? ただのイシだったりして・・・。ガクッ! 


 端っこのほうにこんもりと山が。これひょっとしてクロームだったりして。若松鉱山のクロームを見た感じと同じように見えるが。たぶんそうだと思う。  


帰り際、選鉱所の中心部(らしき)場所にきましたが道らしきものはありません。写真の箇所がなんとか歩ける程度。ここはまだましな場所です。上のほうまでは行けなかった。今回はこれで終わりですがここにはまたいつか来るような気がします。そんな気持ちにさせる広瀬クローム鉱山の一日でした。    


また来ます。それまで今以上に壊さないでネ・・・

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