写真集 (1) (2) (3) (4) (気ままに鉱山・炭鉱めぐり) |
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相馬市(福島)〜田老(岩手)まで Photo : 2011年5/9〜5/14 |
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石巻港(漁港) |
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L写真&M写真:日本製紙石巻工場の鉄道引込線の惨状。R写真:石巻漁港の様子 |
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岸壁沿いの水産加工会社。軒並みに冷凍庫がこの状態。 |
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左二枚:堤防には燃料用のタンクや漁船などがひっかかったまま。R写真:えぐりとられた地面にフォーク・リフトが倒れ込んでいる。 |
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石巻漁港では冷凍庫が破壊と停電のため保管中の魚類が全部OUT!これはハマチだろうかおびただしい量の魚がフォークリフトで運ぶ途中に落ちてこんなざまになっている。喜ぶのはかもめやウミネコだけ。仕方のないことだがすごい匂いだった。R写真:”がんばろう!石巻”の横断幕の下で発砲スチロールから魚を取り出す漁師たち。 |
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石巻漁港内の様子。電柱は倒れ架線もひっかかり地盤沈下で道路は浸水し保管倉庫は津波で壁が破れ中の発砲スチロールだろうかぐちゃぐちゃになっている。 |
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R398・女川街道の様子。R写真:車両には「移動・保管のお知らせ」が各車に張ってあった。 |
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牡鹿半島に行こうと桃浦線に入ったが途中の漁港がご覧のとおり。完全に壊滅状態だ。 |
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石巻湾から万石浦にかかる橋の上から。プロパンガスが何かにひっかかってかホースが繋がったままかで浮いている。R写真:海面と道路との段差がほとんどないのが分かるだろうか。 |
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L写真:JR「渡波」駅前でのボランティアの炊き出し。ラーメンだったようだ。R写真:「絶対、負けない!石巻・女川」横断幕のあるスーパー「イオン」。入ったが商品は豊富にあった。 |
〓女川周辺〓 |
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左:瓦礫の中、火葬場の案内だけが真新しい。中:手前は全壊で向こうの家屋は助かっている。右:メーカーの営業所らしき場所。 |
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ここはひどかった。10数mの津波が来たのだろう。海岸から1キロもない距離だったと思う。 |
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女川港はこんな状態だ。堤防は決壊し小さなビルは基礎から折れて転がり道路の舗装はめくれ上がり元はどういう状態だったのかさえ分からないほど破壊されつくしている。 |
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L写真:薬局の建物。前の道路は舗装がなくなっている。M写真:屋上にサイレンがあるから消防署ではなかろうか。R写真:車が入ったまま横倒しに。 |
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女川魚市場。建屋はかろうじて残ったが内部は推して知るべしだろう。津波の跡が二階の窓の上にくっきりと残っている。R写真:魚市場のすぐ北側の建物。二階部分が津波のせいかへしゃがっている。 |
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L写真:女川漁港過ぎたあたりの瓦礫集積地。M写真:一般車が少ないせいか自衛隊車がその分目立つ。R写真:雄勝町までの途中の海岸線。R398だ。海と道路との境目がこんな状態。 |
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雄勝町の図書館(二階建)の屋上まで流されたバス。いったいどこから流されてきたんだろうか・・・ |
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L写真:北上川に架かっている橋。途中で橋が落ちているため通行不能。自衛隊が懸命に応急処置を。M写真:正面に見える茶色い建物が多数の児童の犠牲を出した石巻市立大川小学校。ここは北上川の堤防のすぐ近く。国道の橋が落ちるぐらいの津波だったからその猛威は逃げ走る子供達や先生達には地獄のようだったろうと想像できる。手前では瓦礫の処理に重機がうなりを上げていた。R写真:北上川の堤防が広範囲に渡り決壊したようなので河川敷に鉄板を敷き応急処置をしている。 |
南三陸町 |
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これがNHKのTVで一躍有名になった松原住宅。ここに住んでいた人たちはほとんど犠牲になっていないらしい。TVによるとこの住宅は元々、防災・耐震用に建てられたもので基礎の杭の本数も同程度のものに比べ2〜3倍本数が多いとのこと。あともう一点何かあったように記憶しているが忘れた。ちなみに立地場所は写真でわかるように海辺。R写真の水面は写真左側の防波堤の決壊でこんな風になっている。写真奥側のライトブルーの3本柱のようなものが見えるが完全に津波に破壊された水門(後のほうで写真UP)。ちなみに住宅は水門より海側。 |
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TVによく映っていた南三陸町の志津川病院。二ヶ月たってこの状態である。なかなか手が回らないと言うことだろう。当日は屋上で人々が避難していた映像が映っていたが。M写真:玄関口には鉄骨が津波の勢いでなのかはまり込んでいる。R写真:同玄関口にトラックが「く」の字にへし曲がっている。 |
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同病院の周囲の様子。L写真:基礎部分が露になっている。M・R写真:病院の裏側。 |
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病院内部。R写真:玄関入ったところに犠牲者を弔ったのかお茶と献花が置かれていた。 |
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南三陸町防災対策庁舎。3階建のこの建物、「津波が来ます!すぐ高台に逃げてください!」と津波に襲われる直前まで防災放送のマイクを離さず避難を呼び続けた結果、自らが犠牲になった遠藤未希さん(24)がいた場所である。”犠牲”と書いたが正確には未だ”安否不明”である。津波が来た時の写真が新聞に載っていたが幾人かの人が屋上のアンテナと階段のてすりにしがみついて必死に流されまいとがんばっている光景があった。後の報道ではその人たちは助かったようだ。L写真の高台の左後方は小学校。一般家屋は基礎だけしか残っていない。 |
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L写真:毛布と枕だけでも持っていこうとしてあきらめたのだろうか。何か切ない感じがする。M&R写真:松原公園。チリ地震の津波水位は2.6m、の看板がこのようになってしまっている。 |
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(たぶん)展示中のSLが押し流されてこのように。右二枚:八幡川に架かっている橋、R45だ。橋は津波に耐えたがいろんな物がひっかかっており川にもいろんな物が沈んでいる。 |
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L写真:松原公園の南端、最海辺。瓦礫はある程度処理して埋めるしか方法はないのだろう。向こう側の煙は瓦礫を焼いている。M写真:誰が置いたのか決壊した堤防に布袋さんがあった。R写真:決壊した堤防の断面。この写真のすぐ右側が松原住宅。 |
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海から200mぐらいの所にあった南三陸町志津川公民館。鉄筋3階建だろうか、最上階部分が屋上と一緒に完全に落ちている。内部も天井や電気配線コードが垂れ下がっていてむちゃくちゃだ。これを見ていると津波の破壊力がいかにすさまじいかが分かる。L写真:入り口の横にあった結構太い松の木が3mぐらいの高さでボッキリ折れている。その右側には何故か座椅子が1脚だけ折れ曲がった鉄筋に引っかかっていた。R写真:最上部には漁具やらブイやらがいっぱいひっかかっている。 |
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L写真:公民館のすぐ近くにあった傾いたビル。M写真:ヤフーMAPでは「南三陸町図書館」のあった辺りかと思うのだが写真正面の数本柱だけが残っているものは何だったんだろうか。R写真:完全に破壊された水門。写真左側にR45が通っている。(下の写真参照) |
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R45に近い水門。架かっているのはおそらく自衛隊が架けた仮橋だろう。今はこの橋しか通れない。R写真:正面に見える4階建てのビルが松原住宅。屋上直下まで津波は来たらしいが建物そのものは耐えている。 |
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JR気仙沼線「志津川」駅周辺の様子。駅舎(下左写真)は写真の右手方向にあったらしい。ここは南三陸署(下の写真)のすぐ西側。見たとおり軌道の土台部分が全部流され線路が宙に浮いている。左手方向には線路が敷かれていたと思われるコンクリート製の橋梁が転がっており線路も飴のように曲がっている。このダメージはちょっと想像できない。 |
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L写真:JR気仙沼線「志津川」駅だと思われる残存物。M・R写真:南三陸警察署の姿。周囲は全部流されて何もなかった。 |
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L写真:R45を清水浜方面に行く途中のG・S。鉄骨がここまで曲がりますか。M写真:こういう風にはっきり意思表示しないと分からずに解体されるかも。R写真:こんな小さな川も海抜もだいぶん高くなってるのに津波は来ている。 |
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JR気仙沼線の「清水浜」の辺りだったと思う。道路は国道45号線。高架の軌道が完全に寸断されている。L写真の左手の方はたぶん「清水浜」の駅ではないだろうか。 |
JR気仙沼線「歌津」駅周辺 |
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L写真:トンネルを抜けると線路がない!R写真:南三陸町上下水道歌津事務所の建物。 |
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歌津町内の惨状。 |
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歌津町内の国道45号線は寸断されてかこの日は迂回路を回って気仙沼方面に向かった。 |
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(現在地は ”2/4” ページです。) |