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第10回NHK「わたしの尾瀬」写真展
撮影者 写真コンテスト入賞者
期日 2005年12月8日(木)〜12月14日(水)
ギャラリー 高崎シティギャラリー
場所 高崎駅西口下車徒歩約10分
展示作品 コンテスト入賞作品、前回の入賞作品、審査員の作品
「わたしの尾瀬」写真展 ごあいさつ  厳しい環境の中で、長い年月をかけて自然みずからが創り上げた「奇跡の世界」が尾瀬です。清楚で気品にあふれた湿原の植物、折々の季節や天気に応じて千変万化する光と影。この魅惑的な自然からの贈り物は、同時に、繊細で傷つきやすい宝物でもあります。「この貴重な湿原の魅力を多くの人に知ってもらうことで、美しい姿をいつまでも残したい。このまま後世に伝えたい」。この思いは、コンテストに作品を寄せていただいたすべての方々、写真展の開催にご支援をいただいた方々、そして主催者の共通の願いです。
 10回目となった今回のNHK「わたしの尾瀬」フォトコンテストには、全国24都道府県の275人の方から788点の作品の応募がありました。それぞれの作品に、それぞれの方の心に深く刻み込まれた魅力あふれる尾瀬がありました。写真展では、その中から50点の作品を選び、展示しています。 尾瀬を訪れたことのある方も、まだその機会のない方も、ひとりでも多くの方に、この写真展で、尾瀬のすばらしさと大切さを実感していただき、そのことを通じて尾瀬の自然保護に少しでもお役に立てれば、これ以上の喜びはありません。

                         NHK「わたしの尾瀬」実行委員会
                                  NHK前橋放送局
                                  NHK福島放送局
                                  NHK新潟放送局
                                  財団法人 尾瀬保護財団
観覧日 2005年12月8日(木)
会場の様子
金賞 「夜のとばり」 佐藤幸治氏 銀賞 「尾瀬来光」 水島俊夫氏
銀賞 「初夏一面」 都丸幸雄氏 会場の様子
花見氏作品 「尾瀬沼の夜明け」 アクア氏作品 「朝靄に包まれて」
写真展を拝見して  今回は、風景の部では私の知人である花見さんとアクアさんが入選されていた。ともに尾瀬が見せる一瞬の表情を捉えており、素敵な作品である。
 その他、一瞬の光や気象条件を捉えた作品が多く、とても見応えがあった。
 なお、画面内に燧ヶ岳か至仏山が写っている作品が多く選ばれており、もう少しバラエティに富んだ入賞作品の選び方をしても良いのではないかと感じた。
備考 併催 第7回尾瀬フォーラム

第7回尾瀬フォーラム
項目 内容
期日 2005年12月8日(木)
挨拶
  • 尾瀬保護財団事務局長 遠藤 一誠 氏
  • 環境省自然環境局関東地方環境事務所長 鈴木 安次 氏
ミニレクチャー 「今シーズンの尾瀬を振り返って」
   山の鼻ビジターセンター所長 笹原 宗利 氏
  • 冬の大雪
    • 4月末に1m以上の残雪
    • 橋や建物に被害が出た
    • 残雪が遅くまで残り、ハイカーの出足が遅れた
  • 山の鼻ビジターセンターのリニューアル(6月4日)
    • タッチパネル方式の採用
    • 動物の剥製に触れることができ、子ども達に人気
  • ニッコウキスゲの当たり年(7月下旬)
  • 暖かい秋
    • 暖かい9月
    • 紅葉の見頃が遅れ、10月中旬に
    • 初雪が10月23日
講演 「みんなの尾瀬をみんなでまもる
  〜国立公園尾瀬における自然保護活動〜」
   講師  東京電力(株)用地部水利・尾瀬グループ 竹内 純子(すみこ) 氏
   
 パワーポイントによる映像を映しながら、優しげな口調で講演が進んでいった。
  • 小中学校に出かけていって、尾瀬についての話をしている。
  • 尾瀬と尾瀬戸倉山林
    • 通常言われる尾瀬の範囲は、特別保護地区の中
    • そのうち、群馬県側を東京電力が所有(尾瀬の7割)
    • 群馬県側の戸倉山林も東京電力の所有
  • 東電小屋
    • 国力を高めるため、1903年に尾瀬ヶ原水力発電ダム計画が発表される
    • 以前は関東水電(株)の気象観測所で、水電小屋と呼ばれていた
    • その後、東京電灯(株)となり、東電小屋はそれに由来する
  • 尾瀬ブームの頃
    • 1951年に東京電力、設立
    • 1953年に国立公園特別保護地区に指定
    • 1960年頃から尾瀬ブームとなる
      • 江間章子氏の「夏の思い出」のヒットがきっかけ
  • アヤメ平今昔
    • 1960年頃、踏みつけにより荒廃
      • 木道は人が歩きやすいためで、湿原保護ではなかった
      • 湿原を歩いても良かった
    • 1964年、木道だけを歩くように変更
      • その後、5年間湿原の様子を見るが、回復せず
    • 1969年、湿原回復作業開始
      • ミタケスゲの種子を採取して播く
      • ワラごもを敷く
  • 至仏山の保全対策
    • 登山道沿いの土砂流亡状況の把握
      • 入山者が多いことが至仏山の荒廃に直接つながるかの検討
      • 露面幅と踏面幅を比較すると、踏面幅の方が広いところはほとんどない
  • 木道の敷設作業
    • 尾瀬内の木道の総延長 57km
      • 東京電力担当 20km
      • 群馬県担当 12km
      • 福島県担当 25km
    • 国産のカラ松材を使用(東京電力では、戸倉林等のカラ松)
    • 10年くらいで傷む
  • 木道エコペーパー
    • 以前は、廃棄物として処理
    • パンフレット用紙などにリサイクル(尾瀬の木道から作られているとコメント)
  • 大清水湿原の木道の拡幅
    • 車いすでも通れるように
    • 平成12年に実施
  • 種子落としマットの設置
    • 外来植物の種子を落とすため
    • 群馬県側の入山口すべてに設置
  • 公衆トイレの設置
    • 尾瀬のトイレの数……15カ所
    • 東京電力では7カ所(浄化槽完備)
  • ブナ植林ボランティア
    • 戦後木を切り出し、針葉樹を植えた
    • 伊勢湾台風で針葉樹の部分に風の道ができ、風倒木発生
    • 木の切り出しをやめる
    • 平成9年から戸倉山林で実施
    • 抽選倍率……3〜5倍
    • 3月に募集
  • ブナ植林下草刈りボランティア
    • 平成11年から実施
    • 3倍以上の応募
  • グリーンボランティア
    • 以前、尾瀬ではゴミ箱を設置していたが、ゴミがあふれていた
    • ゴミ減量のため、ゴミ箱を撤去し、ゴミ持ち帰りを実施
      • 山小屋までゴミを持って行く……3年かかった
      • 入山口まで持ち帰る……3年かかった
      • 自宅まで持ち帰る……3年かかった
    • グリーンボランティアの受付
      • ワッペンとゴミ袋をもらう
      • 他人の落としたゴミを拾う……いい体験になる
  • 尾瀬の魅力紹介
    • チビコトという小冊子の作成
    • ホームページの作成(東京電力のサイト内)
私の提言 参加者から、次のような質問や提言があった。
  • 尾瀬友の会の会報に、会員の広場を作って欲しい。
    →尾瀬ボランティア向けにも会報を作っている。これも含めて、検討していきたい。
  • 尾瀬地区を日光国立公園から分離して尾瀬国立公園を作るという話が出たが、地元の応援団を作って欲しい。
    →尾瀬保護財団を中心に活動をしているが、必要によってバックアップをお願いしたい。
     また、尾瀬の今後のあり方を検討する中で、国立公園の名称の問題も出てくる。
  • 環境省の事務所の所在地はどこか(以前は、日光市内となっていたが)。
    →平成17年10月1日に組織変更があった。
    • 以前は、北関東地区自然保護事務所(日光市内)
    • 以後は、関東地方環境事務所(埼玉県内)
        現地に、日光自然環境事務所(日光市内)
  • 総入山数がピーク時の50%に減少している。地元経済が心配である。
    →山小屋に泊まる人は、入山者数のうち24%であるが、尾瀬の朝の素晴らしさをPRしていき、宿泊者数を増やしたい。
     自然の保護と活用の時代であり、自然に親しめるよう努力したい。
  • 並木駐車場の利用料金の1000円は高い。
    →並木駐車場は戸倉地区で経営しているが、その旨を伝えておく。なお、戸倉ダムのところに現在駐車場を整備しているところである。

Copyright 2005/12/11 MAKISHIMA Hideo