休息



レイヴンになる人間なんてこの時代には腐るほどいる。
ただ強さを追い求める者、生活苦で大金を欲しがる者、復讐するために力を望む者・・・
他にも理由を挙げればそれこそきりがない。

俺は・・・戦災孤児だった。
泣いていたら、ある人が拾ってくれた。
恩を返す、なんて陳腐なモノじゃない。
あの人がいなければ俺は間違いなく死んでいた。
だからあの人の手足になろう、そう思った。
だからてっとり早く力が欲しかった。

俺の場合はそれが理由。
手駒を増やすため、そんなことは何となく分かる。
それだって、俺はあの人に恩を返したかった。


・・・もしかしたら俺は馬鹿な事をしているのかもしれない。





「ふぅ・・・」
俺は地図を見ながら呟いた。
単独行動で動いていたとはいえ、目標を見失うとは思わなかった。
・・・いや、むしろ意表をつかれすぎたと言うべきだろう。
こちらの追撃を振り切るために完全に戦場になっている都市に飛び込む、なんて正気な人間の出来る事じゃない。

座席に衝撃が走る。
流れ弾・・・ではないよな・・・
こっちは殆ど唯一の世界共通、中立宣言の信号を出してるんだからな・・・
奴か?
俺は機体を身構えさせる。

違う・・・
これは地域まるごと掃討用の長距離射撃?
「おいおい、この戦いに関係の無いのもいるんだぜ」
離脱しようと試みる。

直撃だった。
乗機・・・ACに衝撃が走る。
俺はそのまま意識を失った。





「つっ・・・」
全身に走る痛みで目が覚めた。
「あ・・・お目覚めになられましたか?」
目を開けると、そこには見知らぬ少女。
「・・・あなた、名前は?」
「・・・俺?・・・どうでもいいだろ・・・」
「・・・そうですか、私の名前はミル、神に仕える者です」
そう言って少女は微笑んだ。
「待ってて下さいね、今、食事持ってきます」
そう言うと少女は立ち去ってしまった。
「・・・・・俺、まだ生きてるんだ」
そんな俺の呟きに気付くことなく。

食事の後、ふと窓の外を見る。
あの少女だ、畑を耕している。
・・・そう言えば、俺のACはどうなったんだ?

「おい・・・俺のACは・・・」
そう言いかけて、畑の向こう側、廃墟になった建物に寄り掛かっている自分の機体を見つけた。
多分完全にオシャカだろう。
遠目でも各所がボロボロになっているのが分かる。
「ちっ・・・」
動けるようになったら本社に戻って新しいのを支給してもらわなきゃならない。
そう考えてベッドに寝転がる。





それから3日ほど経った。
メシの時、ふと聞いてみたくなった。
「楽しいか?」
「え?」
「毎日毎日、雀の涙ほどにしか金にならねぇ土いじりして・・・
それで毎日セコイメシくって・・・それで満足かって聞いてるんだよ・・・」
少女は何も話さず聞いていた。
「一度きりの人生だぜ・・・もっと楽しもうとかそう言うことは考えないのか?」
すると少女はニコリとして言った。
「私は、今の生活に満足していますわ」
思わず俺は立ち上がっていた。
「トコトン張り合いのねぇ女だな!死んだも同然じゃねぇか!そんな人生捨てっちまえ!」

こんな怒声を浴びせたのは・・・何年ぶりだろう。
もしかしたら初めてかもしれない・・・





その次の日。
念のためと覗いてみた俺のACのコックピット、幾つかの拳銃と弾薬、携帯食料は残っていた。
それを手近なコンクリー片に向け、撃つ。
銃声が轟く。
「まだ狙いが左右にぶれるか・・・さすがにマグナム弾じゃきついな・・・」
少しだけ考える。
「まあいい・・・どうにかなるさ」
そう考え、拳銃をホルスターにしまった。





「え・・・もうここを出ていくって・・・大丈夫なんですか?体・・・」
「ああ、本調子じゃないが、俺にも用事があるんだ」
これは、言うべきではないかもしれない、だが、俺はあえて言った。
「早いトコ・・・人を1人殺さなきゃならねぇ・・・」
少女の表情が変わる。
「・・・驚いたかい?助けた人がただの人殺しでよ・・・」
「どうして?・・・」
何となく、自分の全てをぶちまけたくなった、どうしてか、なんて知らない。
「俺は・・・俺を救ってくれた人のために戦っている。
だから、俺はあの人の顔に泥を塗った奴を許せない・・・だからさ」
「本当に、あなたはそれで満足なの?」
「何ぃ?」
少女の顔は決意が満ちていた。
「私には、あなたがただそれに従っているとは思えないわ・・・」
少女は言葉を続ける。
「あなたは、その人のために、と言っているわ。
私にはそうは思えない。
その人はあなたのことを思ってくれているのか。
あなたはその人のことを純粋に慕っているのか。
それが分からないまま、その人に従っているだけではなくって?」
無性にむかついた。
少女の顎に拳銃を突きつける。
「うっせえ!聖人ヅラして偉そうにゴタク並べやがって!てめぇに何が、何が分かるって言うんだよ!」
「・・・私の両親は、咎人(とがびと)だったのよ」
まるで拳銃など無いかのように淡々と。
「元来体の弱かった父、そしてそんな父を支えてきた母」
それでいて堂々と。
「それはすぐに限界を迎えて・・・テロリスト、強盗になったのよ」
少女は語った。
「でもそんなの長く続くわけがない・・・たちまち捕まって殺されたわ・・・」
それは俺を驚かせた。
「父は死ぬ直前に言ったわ、『お前を育てるために仕方が無かった』って」
先程までの少女とまるで違うから。
「それは私への愛から始まったモノかもしれない、でもそれは間違った愛だわ」
あまりに辛い過去だから。
「そんな過ちを繰り返さないために、私はこの生活をしているの」
殺す気が失せた。
「それを俺に押しつけるのか?」
でも何故か拳銃をしまうことが出来なかった、
しまってしまうと、今までの自分の生き方を否定してしまったような気がして。
「この前、あなたは言いましたね。
『私の生き方は死んだも同然だ』って。
こんな生き方・・・こんなお節介が私の生き方です」
「けっ・・・何言ってやがる、てめぇはただ祈るだけだろうが・・・いるはずのない神にな
これ以上俺に指図するな・・・さもないと・・・お前を殺す・・・」
少女は怯えもしなかった。
「ええ、あなたと私、それぞれ違う路を進みましょう、それで、あなたが路を見失ったら・・・」
それどころか。
「私を殺しにいらっしゃい」
そういって俺に笑いかけた。

俺は振り返らなかった。
でも、二度と忘れないだろう。
この少女のことは。




ある時、ある場所で、この2人は死んだ。
己の心を偽ることなく、満足のうちに。


これはある時、ある場所での物語

小さな小さな・・・物語







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