自分はただ臆病で利己的、それで居て我が儘、そんな人間でしかない。

だがこの時代、それであり続ける事は難しいと思う。
漠然と生きるにはあまりにも混沌として、我が儘を通すにはあまりにも冷淡な世の中だから。


理想を求めし者


自分はエリートたり得ない。 ならばエリートにはできない事をして生きるしかない。 それは服従するという事ではない、そのエリートという階級を根底から覆すという事だ。
『偵察機からの報告だ、我々の管理するザーグ工業地帯へ不明機が侵入したという、近隣の部隊は直ちに出撃、対処せよ』 最初に興味を持った世界は、本の中の世界。 その中の国という概念。 偉大な王に率いられ、それでも滅亡した国の話。 偉大な君主を血を受け継ぐ、無能な君主を仰いだ故に滅亡した国の悲劇。 先代の主に負けまいと国を守り続け、だがその為に老害となった君主の悲劇。 世界を支配しようとしながらも、その寸前で部下に殺され、功績を部下に奪われた王の悲劇。 民衆に支持され、諸外国と対等に渡り合い、国を守り抜いた偉大な大統領の話。 国を守るために戦争を繰り返し、結果として世界の覇者となった大王の喜劇。 支配に抗い、ついには支配者を追い出し、そしてその後国の主となる事を拒んだ偉大な愛国者の一生。 国という概念を理解するまで長い時間を要し、そして本の外の世界、その歴史に興味を持った。 それ故に国という存在の偉大さを知った。 そしてそれ故に、個人が対し得ない企業という新たな支配体制の強さを知った。 国のために生き、死にたいと願い、それでもその願いは叶えられない事を嫌という程理解した。 だが、それでも、理想と現実のギャップを理解しながらも、理想を通した男の物語があった。 ならば、その矛盾を知る現実の男になればよい。 その為には力が必要だと理解する。 いつの時代の物語も、圧倒的な力の前に金は無意味だ。 だから求めるのは力。 皮肉な事に、もっとも手っ取り早く力を得るためには、敵対するべき存在『企業』の傘下に入るという事だった。 『システム、通常モードより戦闘モードへ移行』 駐機場の扉から先、工業地帯をモニタ越しに視認、機体を戦闘モードに移行する。 自分の愛機は少し歪な機体だ。 装備しているのは装甲盾とその裏に取り付けられている軽量のライフルのみ。 で、あるにもかかわらず機体構成は中量。 そしてコアは増加装甲の施されていない軽量型。 通常このような構成ならば脚部、腕部は速度重視の軽量級になる、そう、通常は。 だがこの機体は、装備は軽いにもかかわらず、腕は重装用の、足は中量級の物を装備し、機動性は低下している事は明らかだ。 『持ち味を殺す事で生かす』いかにも彼好みの、一風変わった機体だと思う。 力を求め、金、経済力の傘下に入る事は、即ち金に使われる事だ。 唾棄するべき生き方、そう考える。 理想のために生きずして、その人生に何の意味があろうか。 自分の理想がないのなら、他人の理想に共感し、その実現を己の理想とするのが望ましい。 それが短い読書という人生の中で悟った思い。 『AC部隊は全機散開、MT部隊は後方より援護せよ』 「クリフ了解、左翼へ散開する』 金に使われる事はあってはならない。 報酬として貰う分には構わない。 生きる上で必要だからだ。 否、生きる上でもっとも汎用性の高い物だからと言い換えた方が良いだろう。 だが、それでも理想のため、そしてそれは彼にとって『従うため』でもある。 理想のために力を求めた。 理想とは即ち、『国』の全地球規模での復興である。 そう、国を実現すればそこには政治という存在が必要となる。 国にとって政治という存在が最上位にあり、武力はそれに従う存在として存在を許される。 故に彼の理想は従う事。 そして、従う存在を作り上げる事。 そして、その力が国を傷つけぬ事。 かつて幾度と無く、数え切れぬ程、武力は国を侵してきた。 それは紛れようのない事実。 「こちらクリフ、産業区画にて不明機と思しき機体を発見、これより隠密モードで接近する、後方からの援護を要請する」 アクティブレーダー、オフ ショートホバーモードへ移行 『全機へ、その反応は不明機に違いない、攻撃あれば即応せよ』 理想を叶えるべく生きて、そして死ぬのが一般人だという。 例えば英雄だ。 過去、火器もなく、ただ己の体と、あるのならば愛馬、それに己の愛用する武器、それを頼りに戦場を駆け抜ける時代の英雄だ。 己を鍛え、全てを捨てて鍛え、挑む者達を息をするが如く切り捨てるのが英雄だ。 それが英雄にしか到達できぬ領域だ。 ならば英雄になる、一般人のままでは終わらせない。 世界をそのままにしておくなんて、許されるはずがない。 その為には力だ。 何者にも屈せぬ、究極の力が必要だ。 かつて存在したレイヴンズ・ネスト。 それを破壊した存在にすら負けぬ力を。 敵を視認する。 数台の弾薬補給車とACが一機、そして数十名の作業部隊を視認する。 「敵はどうやらこの区画一体に爆弾を仕掛ける腹づもりのようだ、撃破する」 『愛機NINJA』を疾走させる。 『了解クリフ、撃破を許可する、援護可能距離まで後2分』 仮に射撃を行ってきたとしても、右腕に構えた装甲盾で、敵弾は完全に防がれる。 盾の向こうの敵がこちらに気付いていない事を確認し、装甲盾を構えたまま体当たりを敢行する。 激突音と同時に盾の裏側に装備されていた銃器を外し、ビルと盾に挟まれたままの敵機に照準を構えたまま後退する。 「機体を降りて降伏しろ、生命は保証できる」 敵は動かない。 盾の先の熱反応では、敵機が映し出されたままだ。 『フン、降伏しろだと? それはこっちのセリフだ』 言葉と同時、サブモニタに映し出されていた味方機の反応−ALIVE−が失われた。 アイアンリーダー LOST ブレイブハート LOST LOST LOST LOST ALIVE LOST …… 「……隊長を含めて13機がロストだと?」 「初撃で13機か、上等だ」 思わず外部マイクをオンにしたままだったのか、敵機の反応が返ってくる。 盾を脇に 見覚えのある機体。 かつてアイザックシティーで猛威を振るった『破壊烏』と呼ばれた機体の模倣。 「ランカーAC……」 レイヴン『ネオ・ロウ』、最近台頭してきた武装勢力のリーダー。 そしてそのAC『ゼロ・ブレイカー』、数字における0の破壊、即ち概念の破壊を意味するこの機体の火力は常軌を逸する。 その火力に曝され続ければACの正面装甲とて数秒と持つまい。 『クリフ、敵の待ち伏せだ、救援には迎えそうもない……すまないな』 通信してきたACキサンガニの反応がロストする。 「さて、追いつめられたのは貴様の方だ……だが、俺は降伏しても命は奪うぜ」 「何故そう殺したがる」 信念を感じたからそう問いた。 「決まっている、貴様ら企業をぶっ潰すためだよ」 「何のためだ」 「秩序が気にくわないからさ、お仕着せの秩序なんかいらねぇ、全ては力が決する」 それは、とても自分に近い。 「秩序を破壊して、その後どうするつもりだ」 「知らないね、秩序を壊して、また嘘っぱちの秩序が生まれて、そしたらまたぶっ壊す、力が決する世界という秩序のためにな」 だが、それはとても遠かった。 「そうか……残念だ」 破壊後の再生、それを促す事が己の信念。 破壊後の破壊、それが敵の信念。 それは決して違う物。 ならば、理想のために敵の理想を踏みにじる。 駆けろ、駆けろ、駆けろ。 どこまでも早く、機体の限界を超えて。 敵が発砲する。 違法改造のFCSと脚部は両腕と両肩のキャノンを同時に制御し、発射し、その衝撃を完全に吸収し、倒れずに次弾装填を完了する。 アクティブレーダーをオフにした状態での反応は極薄いはずだ。 回避可能。 回避。 4つの発砲炎を挟んで瞬時に、敵の視界から完全に消え失せた。 三角跳び。 一斉砲火の発砲炎が視界を覆った瞬間、一機にビルへと跳ぶ。 発砲炎が晴れる時は既にビル側面へと着地している。 敵機の正面、死角に移動した事でFCSには当然反応はなく、レーダーの反応は存在しない。 右腕でライフルを構え、発砲する、同時に左腕展開。 標的は右腕射撃地点。 左腕から炸薬の音が重く響き、その音の正体が敵機頭部に突き刺さる。 アンカーウィンチ。 宇宙作業用MTに標準装備されるそれが、この軽装のACには装備されている。 宇宙という過酷な環境に対処可能に設計されるMTの質量を支える為に作られたウィンチは、 軽量クラスのACを軽々と支える事が可能、それどころかパワーさえあれば重装の機体を振り回す事すら可能だ。 左腕はこのウィンチを格納するために重量級サイズの腕部を必要としているのだ。 アンカーは突き刺さると同時に展開し、固定するべくさらに穴を開けて突き刺さった部分を挟み込むように頭部を握り潰す。 握り潰したアンカーをそのままにウィンチを巻き取り、頭部を完全にコアから剥ぎ取った。 そのまま鞭のようにウィンチを撓らせてアンカーを解放し、頭部をゼロのコアに投げつけ、命中させる。 「おかしなモンを取り付けてるな……お前らの企業……ネーベルンってのはみんなそんななのかい?」 一瞬の虚を突いたが、その重装甲では致命傷には至らない。 これが軽量の機体ならば頭部にアンカーが突き刺さった衝撃でコア上部まで貫通していたはずだ。 「ネーベルンは企業の名前じゃない、弱い企業が生き残りのために連合し軍事力を抽出した組織だ」 アンカーが左腕に再び格納される。 そしてどのような仕組みか、脚部が後ろを向いたまま、コアが、つまり砲が機体を捉えていた。 「会頭性能を補う改造、なるほど、弱点は既に研究済みか」 そんな事を呟きながら再び真横に跳ぶ。 だがそれはコアのみを回転させながら真正面に捉え続け無効化された。 『六つ』の発砲炎。 二つの砲弾が中空で命中し、誘爆を発生させた結果、巨大な爆炎が両者の中間に発生する。 誘爆しなかった一弾はビルに命中し、巨大な煙を生じさせる。 機動予測、次弾装填……完了、再度発砲。 ビルの側面に巨大な爆炎が生まれ、ビルが発破解体されるように根本から崩れた。 衝撃。 コアが後ろを向いたまま、足は仰向けに倒れ込んだ。 当然コアは正面から地面に倒れ込む。 ダメージはブースターにアンカーが撃ち込まれた物だった。 予測を超えてACの背面に−ある意味で正面だが−回り込んだのトリックの正体はやはりアンカーだった。 六つの発砲炎、4つはゼロの物。 そしてもう一つは右腕重装の正体、グレネードランチャー。 脆弱な火力を補い、かつ予想外の位置から発砲する事で命中率を上げる奇術トリックその2。 原型はベトナム戦の最中アメリカの考案したM203グレネードランチャーであろうが火力は対機動兵器サイズに強化されている。 そして最後の一つはやはりワイヤーアンカー。 ゼロの発砲炎が残されたサブモニタの僅かな視界すら遮った瞬間、跳んだ方向と正反対へ撃ち出したのだ。 そして目標のビルに突き刺さった瞬間にはもう一度の爆炎で再び視界が遮られ、それと同時に全力でウィンチを巻き取る。 その後は如何に機動予測をしようと、煙の向こうには何も居ない。 そこを悠々と回り込み、さらに狙いまでつけてブースターを撃ち抜いたのだ。 理想を求める者は、他者の理想を踏みにじる事で理想へ向けて前進する。 そこに躊躇いはない。 同じ現在の秩序の破壊を望んだ者であろうと。 だがその先に見た未来が違う者同士である限り。 体勢を立て直そうと腕部火器を捨て手で立ち上がろうとしているところで、ウィンチを巻き取った。 恐怖に歪んだ顔が見えた気がする。 だが、それを殺す事で、理想へ向けて前進する。 右腕グレネードランチャーを3発、反撃の気力さえ失った相手へと撃ち込んだ。 コアの後ろ半分が消し飛び倒れ伏した。 アンカーは、それでも掴んだ物を離すまいと、残った前半分へとその巨大な銛を伸ばしていた。 この戦闘で、ネーベルンはその機動小隊の7割を失い、優秀なパイロット多数を失ったものの、武装組織一つを壊滅させるに至った。 生き残った者は新たな機体を与えられ、新たな戦地へ赴いた。 生き残った者達は皆優秀で、かつネーベルンへの忠義厚き者達であった。 ただ一人、クリフ・ベレンジャーはこの後ネーベルンを離反し、敵となる。 だが、この事実を記録する文書は存在しない。 彼は記録上死亡していたためである。

戻る