私の死というものは、恐らく永遠に救いとなる事はないだろう。
世界の平和のためとか、他人のために命を差し出すとか、そんな事に繋がるはずはない。

だから世界に対して私の死は無意味。
だから、世界に対して全ての人の死は無意味。


Childhood's End


貴方達の居る世界は見た事もない光で溢れ、私には眩しくて仕方がない。 けれど、その光の中にいる私は、どんな願い事でも叶いそうな、そんな気がする。
世界とは即ち、私の知る世界のことで、私が知る世界という存在は、酷く閉鎖的で、狭かった。 それを改めるような気持ちはなく、故に私の世界は狭く閉じて完結する。 私が最初に見た風景は、俗に言う地獄だったように思う。 私が覚える最初の風景こそが世界の始まりだ。 だから世界の始まりは赤黒い世界。 奇跡的な生存者と言われた。 捨て子だった。 よちよち歩きの子供が、意志もなく生きていけるはずが無く、程なく保護され、施設へ預けられた。 その予定だった。 同じような境遇の子供達が一緒に乗っていた大型車。 戦闘が起こった。 重砲の直撃弾を受け、炎上し、投げ出され、沢山死んだ。 煙の黒と炎の赤、そして何よりも鮮明な血の赤。 それ以外は覚えていない。 そう、ひたすらに何かを眺めていたような気がする。 それは恐らく人。 残骸が突き刺さり、腕が落ち、首が落ち、絶命していたのは明らかだった。 残骸とも肉片との呼べない無惨なそれを、何時間も何時間も眺めていたように思う。 途中周りが暗くなったように思う。 だからそれを一晩中見ていたのだろう。 恐らくその時の顔は、泣いていたか、もしくは笑っていたか。 名前のない私は、カリナ仮名と名付けられ、カリナ・テューダーを名乗る事となった。 名前のない人間というのは伝統あるこの施設でも最初だったらしい、 全てを同名にするわけにも行かず、後に同じケースに於いてはナンバーで呼ばれる事となったという。 家名ファミリーネームは−後々知る事だがその周囲の都市で唯一の施設である−テューダー孤児保護施設から名付けられた。 だから、周囲の人間は皆テューダーを名乗っていたし、都市人口の1割がこのファミリーネームを持っていた。 最初に私を預かると言ってくれた家族は、私に一つだけ、教えてくれた。 「いつも笑顔で生きなさい、それが幸せになれる道なのだから」 次の日私は、天井でぶらぶらと揺れている里親を見つけた。 次の家。 壮齢となり、それでもまだ子供の出来ない両親。 そして年老いて、昔話をしたがるようなその母親だった。 大破壊という時代、地上の文明の多くが消滅した時代の事を語ってくれた。 今も生きているのは、文明の力。 地上に突き出した巨大なシェルター、私たちが生きるこの球体のおかげで生きていたのだという。 人口を抑えるために計画された箱船が人類の絶滅を防いだというのは皮肉な事だと、彼女は笑った。 その時の私は分からなかったけれど、一緒になって笑った。 その日の夜の事。 強盗に襲われた。 出所したばかりの強盗団だった。 まず応対に出た祖母がショットガンで体を、サブマシンガンで全身を撃ち抜かれて絶命した。 シティーガードを生業とした父親が検挙した強盗団だったという。 ショットガンで頭を粉砕され、倒れた父に、さらにサブマシンガンを何度も何度も撃ち続ける。 弾丸が当たるたびに跳ねた。 まるで生きているようだったが、確実に死んでいた。 母親は首をナイフで切り裂かれて絶命し、そのまま年若き強盗達に屍姦された。 その光景を見た私は、思わず飛び出して。 ショットガンを撃ち込まれた。 ネクロフィリアの趣味はあっても、ペドフィリアの趣味はないのか、私の体は放置された。 運が良かったのだろう、私の体は極めて軽傷で済んだ。 弾丸は急所を避け、数カ所の骨折と、それでも朝発見されるまで放置されていたためだろう出血多量だけで済んだ。 次の光景がなんだったのか、はっきりとしない。 退院の後も、幾つかの家に引き取られたと言うが、記憶がない程短期間で施設に戻される有様だったという。 その頃になると、私も分別の付く年頃だったし、周囲の人間が私を避けている事も理解したし、そうなる理由も理解していた。 何度も脱走したが、生活基盤も無く、生きる術など持ちようのない私は、幾度と無く、場合によっては餓死寸前で施設に戻された。 この時の私の年齢は10歳にもならぬ程度の物だっただろう。 それでも私は生きる術が欲しかった。 だから、脱走を止め、己を鍛える事にした。 ひたすら体を鍛え、学問を修め、家事全般だって大人に引けを取らぬ程度になった。 専門家だけが身につけるような特殊技能だって身につけた。 そして、次の引き取り手の話が来た時、今度こそ、私は幸せになるんだと思っていた。 だが、そんな幻想は、あっさりと打ち砕かれ、叩き潰された。 優しそうな家族、私を引き取りたいと言う人物。 相思相愛の間の二人に生まれぬ子供。 それが私を引き取る理由。 裕福そうだった家庭は、数える程の時間で崩壊した。 もしかしたら、既に崩壊し、道連れが欲しかっただけなのかも知れない。 夜の事。 眠りについてそれほど時間が経たない時間。 寝室のドアが開いた。 部屋の外は眩しく、起きあがった。 寝室の入り口の向こうで、赤を纏い倒れている肉片があった。 「死んで」 それだけ言うと、襲いかかってきた。 人間は、必死になると脳がリミッターを解除して、普段以上の動きが出来るという。 だから、その人間は脳がどうにかなっていたに違いない。 私の心は死を受け入れ。 それでも体は抵抗した。 心臓を狙ったナイフが左腕に突き刺さり、その衝撃で窓が割れ、体が庭に投げ出された。 目の前の女が、もう一本のナイフを取り出す。 立ち上がり、苦しくしないようにと目を閉じ。 ナイフが再び心臓めがけて振り下ろされるのを感じ。 次の瞬間、ナイフが心臓に突き刺さっていた。 そのまま心臓を切り裂きながら切り落とし、内臓を貫通して股へ抜けてナイフが落ちた。 倒れていたのは、数秒前まで無傷だった女、私の母親となるはずだった里親。 目を閉じたまま、私の体は相手の手首を捻って心臓を突き刺し、そのまま全ての体重を掛けてナイフを叩き落としていた。 そう、体に突き刺さった状態から一気に地面へと振り下ろしたのだ。 不思議と何の感情も湧いてこない。 当然だ。 ただの幼児に、そんな事を考える知能があるはずもない。 ただの幼児? 専門の技術さえ持った幼児が居るとすれば、それはただの幼児ではあるはずが無く、年齢的に幼児ではないというのに? そう、私が幼児であろうとそうでなかろうと、ただ脳がイカれて知能がなかったのだ。 だから、ただ寒いからという理由で、切り開かれた腹に両手を入れる事だって躊躇無く出来た。 その感触が楽しくて、腹の中をかき回す。 最初の間、体が断続的に動いていたが、その動きは暫くして無くなった。 翌朝発見された時、私は再び施設へと戻された。 次の家。 年若き里親であった。 覚えている事、それは私に期待している事があったという事だ。 十年程後を見越した事。 ビジネスパートナーの育成。 それもまさに阿吽の呼吸で物事を進める事の出来る精神的双子のような人間を求めていたという事だ。 だが10年後を見越したそれは、一週間もせず打ち砕かれた。 ビジネスにて高い才覚を持ち、一代で巨大企業のシェアさえ奪うその経営ぶりは反感を買い、誰に殺されてもおかしくはなかった。 そう、本当に『誰に』殺されてもおかしくはなかった。 だからそれはおかしかった。 殺したのは獣のような人間だ。 既に人間という自覚があったのか、理性という物があったのかすら疑わしい。 恐らくそれは偶然、偶然停電となったところへ、獣がエサを求めて侵入してきたのだ。 その獣は年若き里親の心臓を喰らい、脳を喰らい、動脈を喰らい、およそ人間として生きる上で必要な器官を全て喰った。 だから、その獣が、喰らう後ろから、斧を振り下ろして、脳を一撃で叩き潰した。 恐怖で頭がおかしくなったのか、それとも子供故の興味か、私は一晩掛けてその獣を食らい尽くした。 次の家。 既に私は分別の付く年頃になっていた。 そう、どんな言い訳をしたところで分別は付き、善悪だって判断出来る年頃だ。 そしていつも笑顔で生きていた。 だから、少しだけ幸せに生きられた。 だから、『その時』が訪れた時が最も辛かった。 最初の兆候は、その家ではなく、その近く。 幼少の頃より病弱だったという少女が、病気で死んだ。 この時は、まだ私自身の呪いについて考える事はなかった。 その半年後、私の目の前で一つ年上の女性が死んだ。 いつも遠くを見ていた少女が、私の目の前で飛び降りた。 ああ、今ならば分かる、少女は飛べた。 だが、それは空想の中、夢の中の話だ、一瞬だけ現実と空想が交錯し、そして 肉塊になった。 そしてそのすぐ後だ。 私は笑顔で居た、それが幸せになれる道なのだから。 だが、それは周囲の人間からは奇異に映り、特に親しい人間からは憎悪を持って迎えられたのだろう。 私は笑顔で居る事を忘れた、それで居て笑顔で存在していた。 肉になった彼女の恋人、まだそんな関係じゃなかったけれど、確かに両思いだったといえる男。 私に憎悪をぶつけるだけぶつけた後、ナイフで首を切り裂いた。 血が私に撒き散らされ、それでも笑顔で居た。 その責めは、家族にまで及んだのだろう、父親である人物が何者かに建設重機で挽肉にされたのはその三日後の事だ。 この時の私は完全に壊れていたのかも知れない。 泣こうと思っても泣けなかった。 ようやく泣けたと思っても、それでも笑顔が顔から離れない。 その状態のまま、勉学に励む。 通う学校で行う勉強など、何年も前に終わらせていた。 泣き顔のまま笑い、里親がその顔を見ても驚かず、シャワーを浴びるように言った。 それに従い、シャワーを浴びる。 頭から全身へ掛けられる温水、それを浴びていると、不意に考えてしまう。 どうすればもっと早く幸せになれるのだろうか。 幸せになるためなら、私自身が幸せでなくて良い、私の周りの人が幸せになってくれるというのなら、私は何でもするだろう。 結局、一時間もの間、温水を浴びていた、暖かかったはずなのに、何故か冷えていた。 着替えを終え、リビングに戻ると、誰もいなかった。 だが、赤いテーブルに目立つように置かれていた白い便箋に書かれていたそれは、間違いなく私宛の母の字。 『私は貴方を幸せに出来なかった御免なさい、さようならカリナ』 追伸が書かれていたがそれを見る事すらしなかった、向かったのは、母の、母一人の物となってしまった寝室。 予想通りドアは開かない、だから、あらかじめ持ってきておいた狩猟用のショットガンを躊躇せずドアに発射する。 直撃に耐え、ひしゃげた防弾扉のドアノブをショットガンの銃身で完全に破壊する。 そしてドアを蹴飛ばすと、予想通り床に転がり、体を痙攣させながら苦しそうな声を上げる女性がそこに在った。 毒の応急処置、毒の種類によるが知識としては知っている。 服毒自殺であるならば、まず毒を吐き出させる事が大事になる、まず吐き出させて次に湯冷まし等で胃の内部を 可能な限り冷静に、まず毒を吐き出させようとして 私の指が溶け始めていた。 −毒じゃ、ない? 指が溶け出す症状 冷静になって聞いてみれば分かるこの独特の音と、喉から溢れる白い煙 「酸?」 愕然とした。 実体験はないが、想像は出来る、だが痛みの想像など出来るはずもない。 口から胃に至るまでの食道がまず焼き尽くされる、身体の内部からの激痛など想像すらしたくない。 次に焼き尽くされた食道の症状が肺に及び、呼吸困難になり、窒息死する。 だが、この場合窒息死よりも精神死が先だろう。 一度焼けてしまった体内患部の治療を患者が生きたまま済ますなど、どんな名医だって出来るはずもなく、 仮に居たとしても呼びに行くだけで時間切れだ。 そうだ、激痛でのたうち回る音、恐らく飲んでから数分の間、体力が続く限り相当大きな音がする……だからシャワーを…… アルカリ性物質による中和、その考えに至るまでに数秒、走り出す。 動植物性油脂、まず考えたのは焼肉用の固形油、これをライターで炙ったら? 間に合うはずがない。 次に注目したのは、虫除けの塗り薬だ。 主材料はアンモニア、アルカリ性の物質だったはずだ。 咄嗟に手に取り、走り出し、部屋に戻る。 だがそれは手遅れた。 呼吸はなく、脈も微弱、口からは次第に弱まりつつある白い煙。 もうほぼ全ての酸が反応しきったのだろう、どれほど飲んだかは知らないが、近くに転がるコップ程の量を飲んだのだとしたら…… 全ては手遅れだった。 口内も、食道も、肺や胃も既に駄目だろう、こんな状態から生還させられるとしたら、それは神と同位存在に違いない。 心は折れ、足が折れ、床にへたり込む。 やがて痙攣は止まり、冷たくなり、夜が明け、私はまた施設へ戻された。 『追伸 貴方に精一杯の呪いと愛を』 施設の隠蔽処理ももう限界だったのだろう。 この後、私を引き取ろうという人物は居なくなった。 でも私はそれでも良かった。 私の為に人が不幸になるのならば、それで良いのだ。 幸福とは即ち、誰もが知る具体ではなく、人の感じ取る抽象だ。 人が幸せならば私の幸せ、そう考えている私は、もうこれ以上は耐えられるはずがない。 だからいっそのこと、このまま、今度こそ断ち切ってしまえばいい、私の命を。 だから。 ごめんなさい、もう顔も思い出せない最初の母さん。 私は、 「君がカリナ・テューダーかい?」 声は後ろから。 振り返る。 そこには精悍な顔つきの男性が立っていた。 「ふむ、予想通り賢そうで、それに将来有望な美人になりそうでもある、だが少々子供らしさに欠けている」 近寄られ、頭を撫でられた。 突然の事に驚き、咄嗟に飛び退く。 「私を引き取る気?」 「まあ、詰まるところそう言う事だ」 「会長、本気ですか?」 後ろには秘書らしい男性が立っていた、今まで気付かなかったのは、相手が武道の達人だからだろうか。 「そうよ、本気なの? 私の事をどれだけ知っているの?」 「ふむ、そうだね、君が知っている程度の事は」 「ならばやめておいた方が良いわ、あなた、死ぬわよ」 「そうです、この娘さんに罪はないかも知れません、ただの偶然かも知れません。  しかし、呪いとしか思えないような事が続いているのも事実です。  回数は10回程度、無限の中から無作為に抽出された10とすれば確率は決して多くはないでしょう。  しかし統計を取れば100%、彼女を引き取った家庭は崩壊、その全てが周辺環境の崩壊に起因します」 周辺環境の崩壊、詰まるところ所属していた企業の倒産、壊滅だ。 彼等自身が荷担した事例もあるのかも知れない。 「例えただのゲン担ぎと言われようと、ありとあらゆる危険からお守りするのが私の職務です!」 ああ、この秘書官は有能だ、少なくともSPとしては一流であるのだろう。 「ふむ、ではクライフ君、君に聞いてみたい」 「な、なんですか、改まって」 「呪いごときに私が負けると思うかね?」 心底愉快そうな顔をして男は言った。 ジュニアにすらならないような少年が愚にもつかない悪戯を成功させた時の顔だ。 こんな顔をされたらもうどうしようもない事を彼は知っていた。 「さて、カリナ君、君はもう物事を考える、と言う事を分かっていると思う、だから最後は君が選んで欲しい」 手を差し出す。 この人達ならばと思った。 人間の幸福とは、周囲が与える具体ではない。 幸福とは己の中にしか見出せない抽象だ。 だからその幸福だった時間は消えない、時間も空間も超越して。 自分が生きているとか、死んでいるとか、未来があるとか無いとか、そんな事は関係なく。 でもそれでも、いや、だからこそ、今という時間が一番好きだと、幸せだと迷い無く言えるようになりたい。 いや、なるのだ。 そう、考えた。

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