自分は屋外にいて。

とても良い月が見えて。
それは余りにも綺麗で、切なくて。


だから、殺した。



死女神


古来より、世界は皮肉と洒落でできている。 ただし、場合によっては酒も含まれる。 隠者の言葉
自分は多分、死神に似ている。 それも、極めて気まぐれな死神だと思う。 死ぬはずの人間は死ぬし、生きるはずの人間は生きている。 だが自分は死ぬはずの人間を救い、生きるはずの人間を殺す。 それをしやすいように、レイヴンなんて因果な商売もしている。 もしかしたら、それも神様の意志とやらかもしれないが、それはそれで面白いと思う。 もしかしたら神の因果律とやらが狂って世界が平和になるかもしれない。 その時こそ、死神が大活躍する事だろう。 勿論の事、今でも大活躍だが。 「……そんな風に、私ことルフト・ライアー・キングは偉そうに日記に書き記した」 そこまで書いたところで、外を見た。 街の風景が見える。 人の往来が見える。 ふと、ここから機関銃を乱射したくなった。 でもやめた、元々この殺風景な部屋にそんなモノは置かれていないのだ。 死神だろうと神様だろうと、この世界に生きている以上腹は減るし、眠くもなる。 即ちそれが人間の限界だ、と自分より偉そうにのたまった輩が居た。 その人間は、実はまだ生きていたりする。 殺そうとしたが、殺せなかった、因果で死なず、死神にも殺せなかった偉そうな奴。 多分そう言うのを神というのだろう、おやおや意外、神と死神はとっても仲良しなのです。 ふと執筆活動を続けようとする自分に気付き、それはそれで良いか、と思った死神が居た。 自堕落に三日ほど過ごし、街に出た。 探しているのは、死神らしく『殺す』対象、もしくは気まぐれな『死ぬべき』対象。 それ以外だとすれば、興味のある事何でも良かった。 出店で一袋クッキーを買った、空腹に勝るものはそれ程多くはない、自堕落な死神である。 「命が食えるなら思い切り食うんだがなぁ」 そんな風に1人でぶつくさ言っていると、何やら裏街道で小さく女性のような悲鳴が聞こえた。 大概そうなれば相場が決まっていた。 集団婦女子暴行、平たく言えばレイプである。 さて、どうしますかね。 頭の中に選択肢が浮かぶが、浮かばせるまでもなく、現場に向かってみる事にした。 そこで行われていたのは予想外の風景だった。 男の死体が10体以上。 その傍らには、殺気さえ纏わせた、服を破られた少女が荒い息と共に佇んでいた。 とりあえず、嫌がらせの如く、何があったのか訪ねようと近づくと、少女の銃がこちらを向いた。 「動かないで、動けば撃ちます」 だが彼は平然としていた。 「撃ってみれば良いんじゃないか?」 降参のポーズ、ではなく、彼が取ったのは顔を上に向けた理解不能のポーズだった。 そしてちらりと彼女の銃-プラスチックフレームのザウエル-を見て言う。 「そのシグプロ、弾切れだよ」 はっ、となって少女の意識が銃へと向いた。 前転 拳銃が転がって ベレッタ・センチュリオン 銃を向け 落ちていた銃を サプレッサが弾丸の音を 再度前転 地面に弾丸が 一連の動作の後、互いの頭に銃が突き付けられていた。 「やるね」 「そっちこそ大した物だ、名前は?」 「……名前を名乗るのならば、そっちからどうぞ」 「OK、嬢ちゃん、俺の名前はルフトだ、ルフト・ライアー・キング、レイヴンだ」 「嘘くさ……名前がルフトだから……空? 嘘つきの王様はないでしょ……」 「そう言うな、一応本名だ」 「そう……私は、アリシア、アリシア・ブリンストン、ただの民間人よ」 「民間人、ね、とてもそうは思えないが」 少なくとも、戦闘訓練くらいは受けていそうだった。 それも実戦さながらの、訓練中に死者が出るような奴を受けている。 実際、そこで死んでる連中に行った攻撃も、先程の攻撃も本気の本気だった。 彼はそう判断した。 だがそれでも、この瞬間、銃口を狙う事はできた。 でもそれをしない。 昔殺した顔に似ていた。 だから今度は生かそうと思った。 「まあ、いいさ、面倒はごめんだ、どこかの飯屋で話そうじゃないか、その方が安心できるだろ?」 アリシアは驚愕した、声が背後から聞こえたのだ。 「面倒はゴメンだ」 ふと気付けば、彼は後ろに立っていた。 『なるほど、ね……敵討ちか』 家族が、という始まりの段階で大方想像がついた。 悪趣味な想像を巡らせる、やはり、こいつは殺そう。 突如後ろから撃ち抜く。 耳元で囁いてやる。 悔しそうな顔。 想像するだけで笑みが零れそうになる。 そして意識を机の向こうにいる彼女に戻す。 「よし、わかった、一緒に住まないか?」 唐突に切り出した。 「要するに敵討ちがしたいわけだろ?」 「え? ええ……」 「ならウチに居ろよ、レイヴンでなければ手に入らない情報、行けない場所ってのは有るんだぜ?」 そうでなければ面白くないのだ、そうだろう? 「それにだ、俺も専属のマネージャーなりオペレーターなりが欲しかったからな、丁度良い利害関係だろ?」 さあ、乗ってこい。 「……エッチなコトしたら殺すからね?」 そう言って軽く笑った。 「よし、決まりだ」 そう、『決まり』だ。
For your eyes only
そう書かれた文書が企業から届けられ、迷わずそれを開けた。 予想通り、それは企業からの依頼であった。 この地方で最大の力を誇る企業である、この土地で、この都市で、ジオ・マトリクスを知らない者は居ない。
我々は先週から続いた戦争に勝利し、この地方を政府より奪還することに成功しました。 しかし、我々も手ひどい損害を受け、追撃が不可能な状態にあります。 そこで依頼です。 撤退した当地の政府長官の乗る装甲車輌を撃破してください。 目標は現在都市から離れた廃墟にて増援を待っています。 増援が来たところで一気に撤退する予定でしょうが、それを許さないでください。 現地の状況を知る人間が居ては今後の我々の戦略が覆されかねません、ではよろしくお願いいたします。
読んだ後、鼻で笑った。 何が『今度の我々の戦略が』だろうか。 そんな事は俗世の事、死神に言うような事じゃない。 向こうはただただこちらを便利なコマとして見ているだけ。 だが 上等じゃないか。 壁という壁、床という床に残骸と死体をぶちまけてやる。 人知れず笑う。 笑いながら彼女の方を見る。 彼女は現在『オペレーター必要事項集』という、買ったばかりの本を読みながら、家の隅で練習用の機械を操っている。 あれなら、暫く自分の不在に気付く事もないだろう。 そそくさと家を出た。 ガレージを軽く見る。 黒くて、顔の部分だけ白くて、型には鎌のエンブレム。 それなりに気に入っている自分のACである。 「さて、それでは、行きますか、死神のお仕事、始まり始まり」 にやりと笑った。 恐らく、戦争とやらで熟練兵の多くを失った結果なのだろう。 警戒ラインに統一性がない。 しかも、全機が散開してしまっている、これでは各個撃破してくれと言っているようなものだ。 アハハッ アハハハッ 他者から理解もされず、救いもない、正しくクズだ、ふと思った。 さあ、クズはクズらしく、死神を気取ろう。 そんな気持ちになった。 アハハッ ビル街、それも廃墟と化したビル街で、ビル街という森で、お茶会をしよう。 お茶会を開こう。 さあ、神話の人たちよ、童話の動物たちよ。 古き時代の神達よ、茶会の時間だ。
私はゼウス、君は誰だ?
「アハハハハハハハ!」 コックピット内に反響する叫び声、その叫び声が幾重にも木霊して、より彼は狂う。 『私はアリス、あなたはだあれ?』 ジオマトリクス製のブレードが、政府軍のMTを切り裂いた。 吹き飛ばされた残骸がビルを破壊し、その音が廃墟に木霊した。 『ウサギさんウサギさん、私と一緒にお茶会に行きましょう』 エムロード製のマシンガンが、ビルの影から出てきたMTを撃ち抜いた。 撃ち抜いてなお鳴りやまぬ銃火は、いくつものビルを撃ち抜いた。 『さあ、一緒に踊りましょう』 ミサイルが着弾する。 「やったか?」 「油断するな戦闘処女共、ACがこの程度で倒せるはずがないだろう、構え!」 『お茶を楽しみ、踊りを楽しみ』 「生きる事を、楽しみましょう」 残り少ない人生だから。 光りの固まりが飛んで来た。 「オーバード……ブーストかっ!」 全くの偶然によって、体当たりを受けて、数少ない熟練兵の意識は沈んだ。 蹴りで頭部が吹き飛んで、倒れた。 「う、うわっ、この、このぉ!」 狙いのない乱射。 内蔵されたFCSで辛うじてACを捕らえているに過ぎない。 『さあ、子豚さん』 だから、死ぬ事になった。 「シね!」 乱射した銃の内側、絶対に発射できないポイントへ。 「ひっ」 下から上へ、強烈に持ち上げる一撃。 ああ、全くもって死神なんだと自覚する。 死ぬはずのない人間を生かす、そして生きるはずの人間を殺す。 戦争は楽しい、戦闘は楽しい、闘争は楽しい。 『さあ、歌いましょう、踊りましょう』 「さあ、殺しましょう、狂いましょう」 ああ、楽しい、本当に楽しい。 楽しすぎるから、こいつらを殺してしまおう。 ブレードで切り裂き、そこからマシンガンを叩き込み、時にはさらにロケットを叩き込む。 銃撃が飛んできた、と感じたらその方向へ飛んでいく、襲いかかる、破壊する。 繰り返す、繰り返す。 まるで音楽譜のダ・カーポのように。 まさに『歌』の具現化であった、極めて破壊的、衝動的な歌ではあったが。 気付くと、そこは瓦礫の大地と化していた。 独特の脱力感と、心の奥底に残る昂揚感が綯い交ぜになった奇妙な感覚があった。 急に外の空気を吸いたくなった。 だからハッチを開けた。 そこには人が1人いて、よく見ると、その人は大人で、男だった。 さらによく見れば、銃をこちらに向けて、殺意を込めた目でこちらを見ていた。 だからこそ、平然とその場に下りた。 「君はレイヴンか?」 その男が聞いてきた。 「いや、死神さ」 普通に答えた。 だが、興が削がれたように男は銃を下ろした。 「そうか、死神か、それじゃあ仕方ないな」 そう言って男は笑った。 下ろした銃を落とした。 それにつられて死神も笑った。 「私を殺すんだろう?」 笑いが収まってから、男が言った。 「そうなのかい?」 手近の瓦礫が座れそうだったので、軽く手で埃を払ってから座った。 沈黙があった。 「そうなんだろう? 私はこの地を任された政府の人間だ」 沈黙を破ったのは男の方だった。 「そうか……」 死神は、それ程汚れてはいないであろう自分の尻を軽く叩くと、男に近づいた。 「なら、あんたは生きる事だ」 男の肩を叩いた。 男は意外そうな顔をした。 「死神は神の秩序を乱す者、死ぬべき人間を殺し、生きるべき人間を生かす、という神の秩序をね」 そう言って背を向ける。 「勿論、そう言う事をする事もある、死神だからね」 「死神は、ロキのようなイタズラを好むまいよ」 「まあ、そう言う意見もあるが、むしろ俺はこういう事を好むのさ、何しろ、気まぐれだからね」 もう一度笑い合う。 先程まで殺し合った事など、どうでも良かった。 「だから、あんたは生きるべきだ、死ぬべき人間だからな」 「わかったよ、死神」 そう言って先程まで死神のいた岩場に座った。 「私はグラース、グラース・ツェッペンスという」 そして自己紹介をした。 「せめて名前を教えてくれないかね? 死神の名前を」 「ライアー、そう覚えれば十分だろ?」 「ああ、十分だ、死神で嘘つき、これだけで、な」 「どこ行ってたの?」 帰ると、機械を弄ったまま、彼女が聞いてきた。 「死神らしく、暗殺さ」 軽く流す、嘘は言っていない。 死ぬ、と言う感覚が麻痺しているのか、彼女も軽く「へぇ」と言っただけだった。 そのまま奇妙な共同生活の時間は過ぎていった。 オペレータとして必要な機材を揃えるように言った日の事だった。 「うん、確かに必要な機材は揃えられたようだな……しかし、なんだ、このチェーンソーとレーザーメスは」 「りょ、料理に」 「使わない、返してこい!」 実際料理に使うとは思わなかった。 ちなみにキッチンはズタズタになった。 しかし料理は普通にできていた。 その次の日の事だった。 「返してきたのは良いとして、それは何だ」 「電動ドリル」 「いらん!」 珍妙なモノを買う癖を直すのに数週間かかった。 そして、彼女はいつの間にかオペレーターとしての技量をほぼ完璧に身につけ、一線級のオペレーターとなった。 また、不慣れながらマネージャーとしての仕事もこなすようになり、それなりに楽しい時間は過ぎていった。 時々考える。 いや、考えるという意味では誰しも考える。 動物も考えるだろう、多分草食動物あたりから。 植物は『考える』という行為はしないと思う。 だがそうすると、オジギソウとか食虫植物はどうやって動いてるんだろうか。 やはりあれらは動物にカテゴライズされるのだろうか、だが葉緑素があるので植物なのだろう。 いや、そのあたりはどうでも良いのだ。 とにかく言いたい事は、動物の思考は生産的な事、獲物の事でイッパイだろうと言う事だ。 死神だろうと自分は人間の体をして文明の申し子なのだから非生産的な事を考える。 いや、日記をつける、という行為自体が非生産的な事、文明の産物だろうから非生産的な事を考える。 生命、子供というのはいつの時代も母親から生まれる。 だが長年疑問に思っている事がある。 『生命』という概念を生み出す源、『魂』とはどこから生み出されているのだろうか。 母親の魂がバクテリアかアメーバーの如く分裂してできるモノなのか。 それとも、あの世、と言う存在があって、そこから何かの手段でもって母親の胎内に潜り込むのだろうか。 もしその『あの世』の魂が無くなったらどうなるのだろう、とても気になる、奪う側としてはとても気になる。 そうなった場合何か恐ろしい事が起きそうな気がする。 例えばその子供が他者の魂を奪うための生命体として生まれたりとか。 でも魂がないのだから、それは生命体として存在する事ができない気もする。 日記を閉じた。 それでもまだ魂について考える死神が居た。 「本当に、世界とは複雑怪奇だ」 ぽつりと呟いた。 そして古書の類を読み出した。 何とはなしにキッチンに来てみれば、コーヒーが切れていた。 「アリシア……」 買い物に行ってきてくれと言おうとした時、この生活に馴染んでいる自分に気付いた。 「ふぅ……」 駄目だ、な。 僅か数ヶ月だというのに、しかも最初は殺そうとした女なのに。 気付けば、『生活』を楽しんでいる死神が居た。 いや、もはや『全て』を、自分すら含んだ全てを殺す死神は存在しないのかも知れないと思った。 それを必死に否定する自分がいた。 違う、と言えば良いのに。 どうしても言えなかった。 そんな時、家の電話が鳴った。 助かった、と思った。 思考が沈んでいきそうな時、誰かと会話するのはとても気が楽になる。 たとえ誰であっても、だ。 受話器を取り、耳に当て、何か言おうとした。 「やあ、ライアー、元気かね」 少し前に聞いた声だった。 「グラース、だったか?」 「そうだ、よく覚えていてくれた」 「一応、聞いた名前は忘れないようにしているんでね」 勿論、それは死んだ人間も含まれる。 「そうかね、ならば話をしよう」 ろくでもない話だろう、そう言おうとして。 本当にろくでもない話だった。 『人間の』ライアーとしてはろくでもなく。 『死神の』ライアーとしてはとてもいい話だった。 「戦争をしよう」 確実に狂気を孕んだ声だった。 そう、それは静けさの中に潜む狂気。 死神が何も言わないので、グラースは続けた。 「今度、政府の再建政策というのが計画されていてね、その際、邪魔な企業を排斥するというのも同時に提案された」 企業の排斥、それはかつての大破壊以来の禁忌。 政府(政体)の壊滅と共に世界の歴史、それを表舞台から堂々と介入し、 人々を導いた「企業」という存在は、極めて大きな存在になっている。 この百年近い数十年の中で既に人々からの信頼を集めてしまっている。 今更それを排斥するのは人々から反感を買うだけ。 それは政府すら例外ではないはずの『当然』であるはずなのに。 その当然を破壊しようと言うのか。 「何を、馬鹿な」 死神は、自分の声が乾ききっている事を自覚した。 「政府の大部隊が派遣される、それに対するはジオマトリクス支社を中心とした企業連合体だ」 向こうの男は確実に笑っている、声が弾んでいる。 「君は、その両方に攻撃してもらいたい」 「政府はあんたらの仲間じゃないのか」 「勿論そうだ、私もそこにいる、だが、それが面白いんじゃないか」 「あんた、狂ってるよ」 「死神に狂っているとお墨付きをもらうとは光栄だ、君の正気は私が保証しよう、狂っている私がね」 「断る、と言ったら?」 「そう、君の同居人アリシア・ブリンストン、彼女は我々の手の中にある」 「何だと……」 「君にしてみれば彼女に絶望を与えるためだけに同居していたんだろうが、どうするね?」 次の一言で、『死神の』彼はキれた。 「楽しみを奪われて黙っているのが死神なのか」 握った拳から血が流れた。 だが声に怒気は含ませない、焦ったら駄目だと本能が叫んだから。 「いいだろう、両軍を全滅させてやる、代わりに、彼女の身柄の安全は」 「我々が保証しよう、なんなら政府高官である私の公文書でも届けさせようか?」 「いらねえ、彼女はどこにいる」 「戦争に生き残ったら教えよう、到着は12時間後、戦闘開始は15時間後の予定だ、予定の戦場はこの都市の郊外だ」 「それからもう一つ答えてもらおう、何故俺が選ばれた」 疑問符のない、断定の形での質問だった。 「残念ながら、知古が君しか居なかったのが1つ」 人差し指を立てた、勿論電話なので見えないが。 「そして、私は君が知る限り、自己の倫理、論理を強く持っている人物だという事だ」 それだけ言うと、何も言わさずに電話は途切れた。 そして、受話器は粉々になった。 「彼は受けてくれましたよ、良かったですね、アリシアさん」 「汚い手で触るんじゃないわ」 人質という立場を忘れたように堂々と彼女は語った。 「あなた達の目的は何?」 「彼との電話を聞いていませんでしたか? 企業を破壊し、この地に政府を再建する、というのが目的ですよ」 「違うわね、真の目的が知りたいのよ、私は」 その言葉に、彼は笑った。 「知りたい? 本当に、本当に知りたい?」 笑いながら尋ねた。 「当然よ」 至って普通の、見る人によっては極めて不機嫌な顔で応えた。 当然ながら彼女は極めて不機嫌なのだが、目の前にいる彼だけは気付かない、気付かないふりをしている。 「ならばこちらも1つ問いかけさせてもらいましょう、『目的のためなら手段は選ばない』この言葉は知っていますよね?」 「当然よ、そこまで無学だと思われるのは正直気分が悪いわね」 「大変結構」 「まさか、『手段のためなら目的を選ばない』、なんてマッドな事をのたまうつもりかしら?」 「そんな馬鹿な事は言いませんよ、何たって私の目的は『戦争』なのですから」 そしてさらに笑顔になる。 「目的のためなら手段を選ばない、ほら、間違ってないでしょう?」 「……あんた、間違いなく狂っているよ」 嫌悪を込めて彼女は吐き捨てた。 「大変結構、私も誰にでも好かれようなどと博愛主義を説くつもりはありません」 そして背を向けていった。 「さて、人質は人質らしく大人しくしていてもらいましょうか」 「人質らしく、というのなら誰かに要求でも突き付けてみたらどう?」 男が振り返るのを見てから彼女は言った。 「勿論、その間に私も策謀の限りを尽くさせてもらうつもりだけど」 そして男は笑った。 「策謀、策謀と? これは面白い、実に面白い、雲霞の如き軍隊に捕らえられ、拘束され、通信手段も持たないお前が策謀?」 そこから先は笑い声が混じり最早理解できない。 理解できたのは最後だけだった。 「実に面白い、ならば私も人質をとったテロリストの如く要求を出させてもらおう、企業へ、古きを統治する企業へ!」 そして両手を広げ、空を仰いだ、空を見上げても、そこは巨大な移動司令部の拘束室、空など見えるはずはない。 だが彼の目は間違いなく空を見ていた。 「『戦争を!』」 まるで古代を統治した神官のように朗々たる声で。 「『世界最大の戦争を!』」 凱旋する英雄のように堂々と。 「『狂気と悲哀の戦争を!』」 朗々たる声は、分厚い壁に阻まれて、狂気はただひたすらに室内に響き渡った。
「私は味方を背中から撃ち殺す王」 政治将校は言った。 「我らは突撃しか許されぬ凡愚」 兵士は言った。 「なれば貴様は何者か」
そして戦争は始まった。 総力戦だった。 乱戦になった。 ある二人は、互いの背後をカバーしながら敵を攻撃し続けた。 敵とは背後に立つ者の味方の事だった。 砲火が飛び、互いに互いの味方の銃撃に撃ち抜かれ、爆死した。 ある者は何をするでもなく、ただそこにいたと言うだけで、敵から味方から『敵』として認識され、砲火を浴び、死亡した。 ある者はビルにぶつかり ある者は撃ち抜かれ ある者は住処ごと破壊され それぞれ死んだ。 「そうだ、これだ、これこそが、戦争なんだ」 死神は嘲笑う。 死ぬ逝く者を見届ける、これも死神冥利であると。 そして『安全』である事の悦楽を知る。 だが、その悦楽は捨てられる。 捨て去るのだ。 我は死神、死を招く者。 我は死神、生きるべきを殺す者。 我は死神、死ぬべきを生かす者。 我は死神、我は死神。 そして光が舞った。 空より来たるは、死神の馬車。 それは極めて黒く、白き『鬼械』 それは光を振るう『修羅』 それは死を具現化した『悪夢』 それは不死を殺し絶対死を生かす『死神』 空より舞い降りた悪夢は、近くの者から『飲み込んで』いった。 まるで猿のように戦場を疾駆し、虎のように獲物を食い殺す。 違うのは、それは殺意。 動物の生きるためのそれではない。 人間の、人間故の殺すためのそれだった。 戦場の推移を見ていると、とても楽しい。 爆発の中で何人もの人間が死ぬ。 そして死ぬまいと必死に戦う。 それを無駄な努力だと嘲笑うように四方から弾丸が飛び、そして四散する。 絶叫を残す者、絶叫すら残せぬ者、最後の足掻きをしようとする者。 それら全てがこの地獄を形成しているのだ。 人は僅かな希望があればそれに縋ろうとする。 それ故に深い絶望がある事を知っているにもかかわらず。。 苦痛。 死。 それらが直結されずにいる事が地獄だった。 苦痛にあえぐ者は永き苦痛を受け、死を受けた者は、自らが死んだ事すら気付かずに、戦場にいた。 死と絶望に包まれる戦場の中、たった二人だけ、確実に笑っている者が居た。 政府軍政治将校『グラース・ツェッペンス』 死神『ルフト・ライアー・キング』 両者は笑う。 「左翼、壊滅しました、右翼被害甚大、司令!」 「よし、一度全軍後退だ、予備軍を殿に後退する、煙幕とジャミング、それから撤退命令の信号弾を」 「それはいけませんな」 グラースは一片の躊躇も容赦もなく、司令官を撃ち殺した。 「これほどの大戦闘です、折角盛り上がっているのにそれに水を注いではいけませんな」 オペレーターは銃を向けられ、自分がどれほど危険な状態にあるのかを知った。 「さあ、予備兵力の投入を、全軍突撃命令を、よろしいか?」 司令の返り血を顔の一部に滴らせ、彼は笑った。 「さ、サー、イエッサー」 オペレーターにはそう答える事しか許されていなかった。 だが彼は考える。 自分は旧時代の、共産主義隷下の兵士だったかと。 自らの信じた政府の将校はそんな存在だったかと。 むろん、違う。 地球政府における政治将校に与えられた役割は、まさに政治的なモノ。 敵対した部隊との交渉、政治面における目的を達成させるための部隊への大まかな指示、その程度である。 だが、彼は違う。 否、違いすぎた。 その内に秘められた狂気、存在感、そしてそれらを押し隠す能力も、実務能力も。 そして全てを押し隠す事を止めた時、純粋すぎる何かがそこに『在る』 「さあ、もっと戦闘を見せてくれ、地獄を見せてくれ」 薄く笑う彼を止める者は居なかった。 ビルが崩れ落ち、道路が吹き飛び、公園に設置された遊具が踏みつぶされる。 ACが砲火の中で崩れ落ち、MTが切り裂かれ、戦車が周囲を破壊する。 そんなステージで死神は舞う。 見た者を死へと誘う怪しき舞踊。 「見ろ、あの有様を」 囚われの彼女は、全てを見ていた。 「かつての大破壊、それ以来の破壊と破滅の二重奏を」 全てを見せられた。 「この大都市は破滅する、否、我々という破滅の楽団が破壊する」 彼女もまた、その空気に毒されたかのような目をしていた。 媚薬にでも投与されたような、果て無き昂揚感に彼女は気付いた。 「まさか、私に薬を……」 「投与はしていない、そう思うのは、我ら人類の文明以前の自然な気分だよ」 発電所が吹き飛び、発火し、大火災となる。 「火を見れば人類は興奮する、死を見れば我々は奮戦する、血を見れば私は驚喜する、ただそれだけだ」 最早二人しか生者のない空間で、男は呟いた。 「どうやら私と貴女は似た者同士らしい」 神と死神と運命を呪い、畜生畜生と叫びながら銃弾を撃ち続ける。 そして狙った相手は砲火の中に沈み込み、そして叫んでいた男も共に死んだ。 最早赤い文字、『DANGER』という文字で大量に埋め尽くされたモニターに毒づき死神が吠える。 「退け」 その言葉に従うように従者は踊る、指揮者を乗せ、死を運び、気まぐれに誰かが生き残った。 既に危険という言葉への感覚は途切れてしまった。 その言葉が『死』に変わったとて何するものぞ、我は死神、我は死神。 気付くと、目の前にいるのが最後の獲物であった。 銃弾は既に無く、ミサイルは既に無く、最後にあるのは死神の鎌と自ら称したブレードのみであった。 死神はオーバードブーストという騎馬で疾駆し、対して獲物は怯えロケットと言う名の弓を放つ。 既に避ける気力はなく、弓に貫かれ、そこで『死神の従者』の意志は途切れた。 ただ勢いのままに前進し、回転し、そのものが武器となり、獲物を襲い、その獲物はビルと機体とに押しつぶされ、死んだ。 死神が既に非常用電源すらも途切れたコックピットから這い出した時、驚愕した。 這い出せたという事実、ただ左腕が砕けただけの『比較的』軽傷で済んだという事実、そして目の前に陸上戦艦があるという幸運に。 「よくぞ来た死神よ! よくぞ互いを殲滅した! 褒美でもって人質を返還しよう!」 「褒美だと……ふざけるなよ!」 本気だった。 「アレは俺の獲物だ、俺のモノだ!」 自分が発した言葉の意味すら理解しないまま叫んだ。 「そうか、ならばその獲物を捕らえる事だ、あと五分でその陸上戦艦は、獲物は吹き飛ぶ」 真偽すら定かではない、だが自分を突き動かす『何か』に従って駆けだした。 砕けた左腕の痛みを忘れた、神経が死に、壊死を始めるのだろう。 それを忘れ、彼はなお走った。 そして縛られた彼女を見つけた。 彼女の元に走った。 彼女が何か叫んだ。 爆発し、天井が落下した。 気付くと、彼女は生きていた。そして、自分に極めて近い位置、数ミリの距離に刺さった鉄パイプによってロープが切断されていた。 彼女は自由になった、そう思って前を見た。 目の前には頭から、体から、全身から血を流した死神が居た。 背骨が折れ、脳が貫かれ、視界が暗転する。 既に視界に光はなく自分の血で他の臭いは感じられず、聴覚と触覚だけの世界で彼は生きていた。 『まだ』生きていた。 何かを語りたかった。 「生きてくれ」と言いたかった。 だが、『人間』である彼にそれをさせなかったのは『死神』の彼であった。 以外と、『死ぬ間際』だと冷静になれた、力が湧いていた。 「俺が憎いか」 声に出たのはそんな言葉だった。 「お前が追う、家族の仇は、俺だ」 血を流し、それでもなお凄惨な笑いを浮かべる、サディストの笑い方だった。 「俺が憎いか、ならば殺してみろ」 殺せるはずがない、と言う笑みではなかった。 それはまるで、否、見ようによっては『殺してくれ』という叫びだったのかも知れない。 「殺してみろ、新たな死神よ、死女神よ」 死神は安らかな笑顔を見せた。 そこで、二人の意識は途切れた。 スイッチを入れた。 陸上戦艦の炉心を爆発させた。 弾薬が誘爆した。 その爆発は僅かに生き延びた人々さえも巻き込み、周囲の全てを吹き飛ばした。 それを歓呼で迎えたのは、1人であり、彼は歌った、朗々たる陸軍歌を。 古き闘争の歌を。 Ob's stürmt oder schneit,(嵐であろうと吹雪であろうと) Ob die Sonne uns lacht,(日が我らに照りつけようと) Der Tag glühend heiß(灼熱の昼も) Oder eiskalt die Nacht.(極寒の夜も) Bestaubt sind die Gesichter,(顔が埃まみれになろうと) Doch froh ist unser Sinn,(我らの士気は高揚し) Ist unser Sinn; Es braust unser Panzer(我らの戦車は驀進する) Im Sturmwind dahin.(嵐の如き 闘いの中へ) 爆発を前に見据え、両手を広げた歌い手は歌う。 歌は遠くまで響いた。 あれから、どれだけの月日が経ったであろうか。 結局、中央政府は現地企業を無視し、現地政府を開設。 企業に対して、局地戦での敗北はあるものの、総合力での圧倒的なアドバンテージでその勢力を伸ばしている。 中央政府に対しても、テロや攻撃が多数行われたが大きな効果は得られず、万倍返しで全滅していると聞く。 結局、あの闘いは何だったのであろうか。 人が死んだ、沢山死んだ、周囲の人々も全員死んだ。 あの闘争で生き残ったのは、現地政府の長官殿と、この私だけだ。 そう、私は生き残ったのだ。 大怪我をして、目を覚ました時には数ヶ月も経っていたけど、とにかく生きていた。 それは宿主を変え、永遠に生き延びようとする『死神』の意志だったのか。 それとも、何かの力-今回の場合、憎しみという力-でもって生き延びさせてくれようとしたあの嘘つきの意志か。 それとも偶然なのかはわからない、それでも私は生きていた。 「……そんな風にアリシア・ブリンストンは日記に書き記した」 そう、今の私は、憎しみを糧に生きる死神、死女神。 先代の死神と同じように生きている。 そして殺し、生かしている。 いつか私が死ぬ時は、その時はまた誰かが死神になっているのだろうか。 それはわからない。 それこそ、神の領域だから。 そこまで考え、窓から空を見上げた。 そして空に向けて手を伸ばす。 ソラノカケラを掴むように。
死女神 終

初めましての方はじめまして、そうでない方コンニチワ。 狭霧さんのファンだったりするgeoです。 狭霧さんと書こうとしたら詐欺離散とか変換しちゃうびっくりマシンで書きました、全体的にそんな感じ、イエフー。 さて、読んで頂ければおわかりでしょうが、名前のある登場人物は何かが微妙に狂ってます。 特に主人公二人じゃないグラースさんが二人の出番食い過ぎて大変でした。 容量が足りない気がしたので登場させてみたら、やあ喋ったり狂ったりしてる間に彼の行動だけで20k突破しちゃって、 結局彼の行動はかなり削りました。 最初は歌を5番まで歌わせたり、企業の部隊に向けて演説したり自分部隊に向けて演説したりとかしてました。 はい、演説は長すぎました。 でも実は最初不安だったのはオリジナルの登場人物、それも今回こっきりのだけで20kも書けるかーって所でした。 基本的に自分は一話10kくらいが最大なもので。 何が言いたいのか結局わかりにくいですが、狭霧さんの作品は良いぞ、ホント。 もし自分の作品も読みたいという方は下の方のリンクからページに出られるようにしておきますのでよろしくお願いします。 書き寄せイベント会場に戻る 私のサイト『轟沈』に行ってみる