欠けゆく幸福の翼



幸せの形、それは様々だ。 親友同士の友情もそうだろう。 恋人同士の仲睦まじき愛情もそうだろう。 親子同士の団欒などその最たる例かもしれない。 ああ、そうだ、昨日まで僕らは幸福の中にあったはずだ。 でも、どうして、こんな……… 自然と、涙が浮かんだ。
一つの事件によって残酷にも失われた、平穏な日常。 断ち切られた、幸せな時間。
悪魔の子、という伝承を読んだ事があった。 蔑まれ、石を投げられ、それでも無抵抗な子供。 それは自分が悪魔の子だと言われているから。 そして遂には蔑まれた子供は殺されてしまう。 蔑まれた子供は、ただの子供だった。 そして、悪魔の子と罵ってきた子供達、それが悪魔の子だったという話だったような気がする。 ならば、今自分を蔑み、石を投げてくる子供達こそが悪魔の子だという事なのだろうか? でもそんな事はもうどうでも良い。 自らの『生き死に』さえも。 自分が悪魔のような力を持つ事は知っている。 人の思考を読みとる事。 分かる、分かってしまう。 自らに向けられた憎悪が、絶望の中にある自分に襲いかかってくる憎悪が。 その中には別の感情を向けてくる者が居る。 ただの犯罪者、自分を犯して殺したいというただの悪感情。 良いよ、殺しても、私には何もない、もう誰も、自分を思ってくれる人なんていない。 そうだ、あれは一週間前、全ての情報からシャットアウトされ、社長代理としての任に付く二日前の事だ。 そう、五日前に、あいつらはあっちに逝ったんだ。 それを知ったのは今日の事。 社長代理から、ただの一般人になった俺は、すぐにあの家に行ったんだ。 そう、その前は、妹を連れて、奴の家に行ったんだ。 あいつは、俺を暖かく迎えてくれた。 無口な妹も居たな、あいつは妹を呼んだが、来る事はなかったな。 何か、避けたがっているようにも思えた。 だからそうっとしてあげるのが一番かもしれないと思ったから放っておいた。 あいつとは親友とはいえ、それほど家庭の事情に突っ込んで良いような仲じゃなかった。 あくまで個人と個人のつきあい、家庭と家庭のつきあいじゃなかったから。 思えばそれが間違いだったのかもしれない。 ぐしゃぐしゃに崩れた思考の中で、彼はそう考えていた。 石で頭が少し切れた。 少しだけ血が流れる。 石が飛んできた方向を睨んだ。 もう何もかも捨ててしまった自嘲のような、他者から見れば生きとし生けるもの全てを殺し尽くすような瞳で。 左右で色の違う、悪魔の瞳。 全てを見透かす、悪魔の瞳。 泡を食って逃げ出す子供。 ああ、子供だったのか。 子供は純粋だ、言ってはいけない事を言い、やってはいけない事をやる。 私もそうだったなぁ、だから父さんも母さんも居なくなるんだ。 そして、今度は、兄さん、か……… 未来を思う心は、詩人のように言うならば未来へと羽ばたく翼は折れた。 順風満帆な未来、その言葉は、この時代においても、存在する事は存在する。 だが、敢えてそれを捨てよう。 それが一緒に死んでやる事の出来なかった自分に出来る事だと信じて。 そして出来るならば、仇を討つ。 そんな事が出来るとは思っていない、でも願っている。 ある日にその仇は死んでいるかもしれない。 それよりも前に、自分も死んでいるかもしれない。 それでも良い。 全ての幸せを捨てて歌おう、そして描こう。 それが、この時代に相応しい、全人類への鎮魂歌。 そう思うと、足取り軽く、未来への思いを断ち切る事が出来た。 そう、目の前で死んでいる男は誰だったか。 そうだ、自分を組み敷いて、ただ自分の劣情を見たそうとした男。 でも、どうしたんだろう、自分は殺した記憶など無いのに。 「やれやれ、危機一髪か」 誰? 見覚えのない男だ。 「君がミリアム・ハーディーだね」 警戒しながら頷く。 「私は、君を迎えに来たんだ」 男はそう言うと、先程一撃で男の頭を貫いた中を軽く投げてくる。 「君に選ぶ権利を与えよう、未来を信じて私と共に来るか、私を信じずに、私を撃つか、その場で自分の頭を撃つか」 もうどうなろうと、怖くはない。 例えば、これで『人体実験の材料』にされようとも。 自分で死ぬような勇気はない。 だから、殺されるなら、誰かに殺される方が良かった。 銃を捨て男へと歩いていく。 「そうか、来るのか」 男は少しだけ笑った。 「では行こうか、絶望しか産まない地獄、戦場へと」 兄の親友が消え、兄が消えた。 呪い、と言う物が存在するならば、自分は確実に呪われてる。 そう思った。 本当の父親の顔も母親の顔も知らない、今までの生活は本当に辛い物だった。 ここ、ヴァーノア家に引き取られるまでは。 義父も義母も、本当に良くしてくれた。 だからこそ、余計に辛い。 これが自分の罪なの? 私は悪魔の子? それとも悪魔? きっと悪魔だ。 私は、悪魔なんだ。 悲しみしか呼ばない私は、悪魔なんだ。 そうだ、一番上の兄の時もそうだ。 私は泣いていた。 みんな、どこかで私を悪魔と呼んでいた。 お父さんや、お母さんの時もきっとそう。 もう思い出せないけど、泣いていたような気がする。 そして、悪魔と呼ばれていたような気がする。 でもどうするの? この家を離れるの? 出来ない、したくない。 またあんな思いは、したくない。 ああ、そうか………だから悪魔なんだね、私は。 でも、今日だけは泣こう。 悪魔の目にも涙が溢れるんだね。 泣いていると、いろんな事を考える。 ああ、そうだ、私は、悪魔なんだ。 泣いて、また人が消え、その度に泣く。 そう、私は、悪魔なんだ。 何も知らない振りをして、笑顔を振りまいて、人を絶望に叩き込む、悪魔なんだ。 そうだ、悪魔は生きてちゃいけないんだ……… そうだよね………みんな……… 兄さん……… お父さん、お母さん さようなら………ごめんね 彼女は、迷わなかった。 数十分後、彼女は病院へと運ばれ、悲しみに沈んだ両親をさらに悲しませた。 そのまま、彼女は心神喪失状態で地獄の戦場へと狩り出される数ヶ月前までの数年を過ごす事になる。 そして、自らを悪魔と呼んでいた彼女は。 自らを悪魔の子と呼んだ彼女は。 未来への思いを断ち切りし少年は。 最後に、戦場へと向かう。

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