『前置き』


ルシウス、と。

初対面から今に至るまで一貫して、馴れ馴れしい態度で振るまい続けるその根性はいっそ見上げたものだと思う。
そんな正直な感想はいっさい顔に出すことなく、呼ばれた男は億劫そうに顔を上げた。
振り返ると、得意げな顔の同輩がすぐ傍に立っている。




「おや、珍しい物を持っているね」

故意に挨拶を省略し、ルシウスは相手の手元に視線を注いだ。

「何処で手に入れた?」
「あぁ、モリーのはとこってマグルでさ。そのつてで」

愛おしそうに黒い口径を撫でるマグル狂いからそれを取り上げ、ルシウスは憐れみを込めて彼を見やった。

「こういうものが好みかね? 忌むべき道具だ。昔はマグルに殺される魔法使いなどいなかったものだが、今や」
「いいじゃないか。こんなのはささやかな楽しみさ、君の所業に比べれば。しっかし、もうその話をご存じとは恐れ入る」
「情報は速さに価値があるということだよ。……著名な魔法使いが一人、マグルの手によって死んだ。即死。そして銃殺」
「そう『銃殺』。よく知ってるな、そんな言葉」
「なんとも醜い言葉だよ。そんな死因を死亡診断書に書き込まれるくらいなら、潔く自害するね」
「あんたが? それはまた、凄いことを聞いちゃったな」

ルシウスと自殺。
なんとも取り合わせの悪い言葉だと、アーサーは笑う。

「最悪、他にやりようがないときの話だ。その前にもっと検討すべき事があるだろう。…さて、銃を構えたマグルに殺されないためには?」
「――杖無しで魔法を使うこと」
「その通り。付け加えれば、殺られる前にやれということだな」
「穏便にいこうよ、ルシウス」
「私がいつ不穏な発言をした?」

意味深に瞬きする彼を、アーサーは見下ろした。
椅子に座ったままの彼は、権威を演出していて、そういう姿を見るのは昔から嫌いではなかった。
彼に相応しいと、そう思う。

「失敬。あんたの言葉はいつでも不穏に聞こえるってことで」
「流れに枕することをお勧めする。いい加減目を覚ましたらどうかね?」
「そっくりそのまま御言葉お返しする。いい加減目を覚ましたらどうだ? マグルと我々は結局近しい存在じゃないか。ケンタウルスだって」
「…闇の森に行ったことが?」
「行ったとも。彼等の視点は面白いな。マグルも魔法族も一緒くたに捉えてる。すごいことに、彼等から見りゃマグルも俺達も変わらんのだぜ?」

アーサーはふっと息を吐いた。

「お前は馬鹿だな」

ルシウスは顎を撫で、そのままふいと顔を逸らす。
あらぬ方向を向きながら、妙にねとついた声で続けた。

「同じ生き物に決まっているだろう?」
「は?」
「同じ生き物に決まっている。混血が可能で、子々孫々まで血が繋がるのなら」

彼はアーサーの眼鏡の奥を覗いている。

「視点の違いだよ。お前は別々の生き物だから共存しなければならないと考えるんだろう? しかし、真相は全く逆だ。同じ生き物だから分離せねばならんのだ。『俺達』と言ったな? それを規定するのは『我々』でしかない。そういうことだ」
「んー…」

アーサーは頭を押さえ、顔を曇らせた。

「君の言い分はわかった。というか、元からわかってる。しかし、それは、マグルを害する理由にはならんだろう?」
「なるさ」
「ならんよ」
「平行線だ」
「平行線だな」
「我々は選ばれた種族なのだよ」
「誰に?」
「さぁ?」


不意に立ち上がったルシウスは、銃を弄んでいた腕をまっすぐに伸ばした。
アーサーの額に照準が合わされる。

「おい…」

「さて、アーサー。私は先ほどなんと言ったかね?」

「……殺されたくないのなら、杖無しで魔法を使えるようにしておくべき」

「然り」

「先手必勝」

「然り」


腕の先に視線を泳がせると、催促するように色の薄い唇が弧を描いた。
お手上げ、と彼は両手を力無く掲げる。

「無理。そんな高度なことは」

「そうか。残念だな」


ゆっくりと伏せられる目。その睫毛の僅かな煌めきが好きだった。
喉笛を喰い千切ろうとする蛇と向かい合う心境。
前にも後ろにも動けず硬直したアーサーは、しかしどこかに弾む気持ちがあることに気付いていた。

だって、ルシウスの笑顔の輪郭が最も際立つのはこうゆう時なのだ。



まっすぐに伸ばされた腕の、その先にある白い指。
目の前、眼球から頭一つも離れていない場所で、引き金に指が掛けられるのを見た。















「冷たい!」
「なんだ。ただの水か。魔法薬くらい入れておくものだろう、こーゆーものには」
「残念でした。魔法薬をガラス瓶以外で保存するなんて怖いことはデキマセン」
「つまらんことだ」



懐から取り出したハンカチで眼鏡を拭いているアーサーの頭上に水鉄砲を放り、ルシウスは再び椅子に腰掛けた。
足を組み、男を見上げる。


「で? そろそろ本題に入ろうじゃないか」