『夜半』
床の上に座ってグラスを傾けているシリウス・ブラックは、既に出来上がっていた。
自室に戻った瞬間そんなものを見せつけられて、セブルス・スネイプの脳裏に即座に浮かんだ言葉は、
「地べたに座るんじゃない!」だった。
硬直している彼の後ろから、リーマス・J・ルーピンがひょいっと顔を出す。
「あららー、シリウス。何一人で酒なんか飲んで」
「大人には飲まずにはいられないときもあるんだよ」
「なに言ってるんだか。精神年齢成長してないくせに」
ずばりと指摘し、セブルスを押しのけて彼は部屋に入る。
「つーか、ルーピン! 何故お前が我輩の部屋に来るんだ!」
「え?」
抗議はさらりとかわされた。
「だって、酒盛りなんでしょ?」
「大いに結構。だが、この部屋を会場にするんじゃない!」
「固いこと言うなよお前〜。ってなわけで、飲もーぜリーマス」
「いいねえ。やっはり中年たるものたまには酒を飲んで管を巻かないとね」
「「誰が中年だ!!」」
「やだなぁ。二人とも。まだ若いつもり?」
「若いわい!」
「貴様がそうゆう事を言うとどっと老け込む感じがするからヤメロ」
セブルスは叫びながらずんずんと部屋の中央に進み出ると、シリウスの持っていたワインの瓶を奪った。
「あ」
「ったく、やってられるか!」
手酌で側の机の上のビーカーの中に注ぐ。
「あー。僕にも分けてね」
ルーピンが受け取り、自然流れは愚痴大会になっていった。
「でさー。結局アレじゃん。ジェームズの奴、俺まで見捨てて逃げただろー?」
「後ろに蜂の大群が迫ってれば誰でも逃げると思うけど」
「あいつはそーゆーところで要領がいいんだ」
二時間後、会話の内容はほとんど学生時代の思い出に変わっている。
ほぼ全ての話題に顔を出すジェームズ・ポッター、あの陽気なお祭り男の事を酷評しながら、三人は溜息を付いた。
『それにしても、ジェームズ・ポッターという奴は―――』
話と言えばそればかり。
「あ、」
ルーピンが急に声を上げた。
「?」
「そういえば、私たちってちゃんと活動してるねえ〜」
「何?」
「酔ってるだろ、お前」
「いやいや」
実際の所、一人だけ酔いを微塵も見せず(顔に出ないのかザルなのか)リーマスはにこやかに人差し指と中指を立てた。
「ほら、ジェームズファンクラブの活動主旨を忘れたのかい?」
「「はぁ!?」」
そういえば、ホグワーツ在学中から卒業後に掛けて、ルーピンとリリー・エヴァンスがそんなことをほざいていたような気もする。
セブルス・スネイプ教授は思いだした。
『ジェームズ・ポッター先輩について、愛情を込めつつ“仕方のない人だねぇ”と笑い合う会です。先輩も勿論同志ですよねっ』
と、彼女に腕を引っ張られてよくわからないお茶会に連れて行かれはしなかったか。
そこでルーピンと共に、延々J・P論を話し合った―――という忌まわしい記憶があるような。(忘れたかったので忘れていた)
「そんなんあったんだ〜」
シリウスが上機嫌で呟く。
…酔ってやがるこいつ。と、自分も相当に赤い顔でセブルスはそう思った。
「飲むものは酒からお茶に変わったけど、結局私たちってそうなんだよね。ジェームズが好きだったもんねぇ」
「我輩は違う!」
叫びはさらっと無視されて、ルーピンは言葉を続ける。
「だからー。これからも酒を飲みつつ、三人でジェームズのことを称え合おうよ」
「違う。欠点を指摘する会だ」
言葉が重なり、リーマスとセブルスの間に稲妻が走る。
「「シリウス、どっち!?」」
「ええ!?」
突然指名されて、シリウスはびくっと体を震わせた。
「えぇ〜〜〜〜〜っと?」
沈黙。続く沈黙。
そして二人は同時に溜息を付いた。
「これだからシリウスは」
「全く以て使えん奴だな」
「おいっ」
「13年もアズカバンにいて何してたの?」
「成長がなかったということだろうよ」
おい――お前らいつの間にそんな意気投合してるよ!?
己の立場の弱さをひしひしと感じ、敢えて反論できないシリウス・ブラックなのだった。