『予備』


「ここにお前達が来るということは、あの話は掛け値なしに本当なわけだ」

セブルス・スネイプは半眼のまま、グリフィンドールの三名を睨み付けた。
放課後、突如として魔法薬学の教室に雪崩れ込んできた彼らは、天敵のスリザリン生の姿を見つけると身を構えた。

「…………」
「…………」

やがてセブルス目を逸らし、黙って刻んだ蜘蛛の足を鍋に投げ込む。

「やっぱなぁ、そうだとは思ったんだよ」
ぼりぼりと背中を掻きながら、シリウスがぼやいた。
「ジェームズがいないと調子狂うよな」
「うん。なんか落ち着かない」
「やる気失せてるね僕ら。…さて、鍋を用意しようか」

リーマスが磨いた鍋を机の上に用意するに至って、セブルスは表情を改めた。

「…何をする気だ」
「ばっかじゃねえ? 魔法薬の教室で鍋使って踊ったりでもすると思うのかよ」
「いや…あのね。マダム・ポンフリーがお見舞いは駄目だって」
「風邪が感染るからね。でも、『元気爆発薬』なら差し入れしてもいいって言うんだ」
「どーせなら、今持ってるのじゃなくて特効あるやつを持ってってやろうって話さ」

得意げに指を立てるシリウスに、セブルスは呆れたように言い放った。

「素人が薬の成分を調整しようなんて危険極まりないぞ。何のためにレシピがあると思ってるんだ。レシピ通りに作れば、どんな馬鹿でも正しい効能の薬が作れるんだ。…もっとも、寝込んでいる病人にトドメを刺したいなら話は別だが」
どんなバカでも、という部分を強調する彼に、ピーターが首を竦める。
「だけど、こういうのはやってみないと…」
「ああ、やればいい。私はここで見学させて貰う」

宿題になっていた『暗所の目薬』を、後は煮込むだけという段階に持っていったセブルスは、腕を組んで三名を眺めた。
「け」とシリウスは吐き出し、以降無視を決め込んだ。が、


「な…何をしてるんだお前は…」
十数分後、目を丸くして、セブルスはリーマスの鍋を覗き込む。
「え〜? この方がよく効くと思って」
「論外だ。何故鍋の容積よりも多くセラの葉を入れるんだ!? 溢れるに決まっとろうが!」
「…決まってるの?」
「…………いや…もういい」

直後に目を移した先で、セブルスは再び絶句した。
「ペティグリュー? 教えてくれ。何故鍋から手が生えるんだ? どこをどうしたら? 頼むから教えてくれ」
「……レシピ通りにやってるんだけど…」
「そんなはずはない。何か凄いことになっているぞ」
蒸気と共に次々と緑色の手が沸き上がるので、ピーターは慌てて鍋に蓋をした。
それでも、内側からどんどんと、手が鍋底を叩く音がする。

セブルスは疲れたような表情で、一歩隣のシリウスの背後に進み出て、その肩を力無く掴んだ。

「ブラック。言いたかないがお前が一番信用できる…」
「心の底から不本意そうだなお前」

成績から鑑みても、この結果は分かりきっていたことだ。
彼は首を振りながら、その場を離れた。
もう、自分の鍋だけに集中しよう。無駄に疲れるとはまさにこのことだ。




「よっし。出来た!」
シリウスが叫んで、残り二人はパチパチパチと手を叩く。
彼らは既に自分の鍋を奇麗に洗って片付け終わっていた。
これで、ポッターが呑むのはブラックの薬だけ、というわけだ。
それなら多分死ぬことはないだろう。(効きすぎるということはあるかもしれんが)

――などと、傍目にその光景を眺めながらセブルスは考える。


「あ、おい。スネイプ」
呼ばれて彼は顔を上げた。
「瓶持ってないか? 薬瓶。大きいやつ」
黙って、手元にある空のガラス容器を彼は投げた。
抜群のコントロールで(入学以来の物の投げ合いの成果である)それはシリウスの手元に届いた。
「じゃあ、後で返すね〜」
「どうもありがと」

どくどくと薬を流し込んだ容器を抱きかかえ、彼らは駆けだしていった。
後には一人、セブルスが残される。
彼は短く吐息した。
なんのことはない、当初の状態に戻っただけだ。
…片付けられていない鍋がまだ机の上に置かれたままだが。(あれ、誰が洗うんだ…?)





煮込み終わった自分の鍋を、セブルスは黙って見下ろしていた。
一度首を捻ってみる。

「あ、セブルス。ここにいたのか?」

ちょうどその時、スリザリンの生徒が一人顔を出した。

「アル、ちょうどいいところに」
「何? 面倒なら御免だぞ」
「瓶が足りないんだ。貸してくれ」
「あーそれなら」

彼は鞄を探って空の瓶を取り出した。

「珍しいな。お前が分量の目測を間違うなんて」
「まぁな」
「予備の瓶は?」
「…忘れた」
「あとで返せよ」
「あぁ」
投げられた瓶を空中でぱしっと受け取る。

「奴が治り次第回収する予定だから」
誰にも聞こえない低さで、彼は呟いた。


そんな一日。