『必然』
運命なんて信じたことはないし、それを大まじめに論じられる奴はよっぽどのロマンチストなのだと思う。
僕はどちらかというと現実派。
百万回に一度しか救ってくれない神様に頼るよりも、自分の手で成した方が何事も早くて確実だということを知っている。
そう、何事も。
成せばなるし、成さねばならぬ、というわけだ。
なんだかんだいって、セブルスに初めて“そういう関係”を要求したときも、押せば押しきれるという自信があった。
彼は「は?」とか言って最初僕の言葉を信じやしなかったけど。
信じたら信じたで慌てふためいて大変だったけど。
結局多分に強引だったが、僕のモノにしてしまった。
…手込めにしたというか。
とりあえず、あらゆる手段を駆使して今の関係を定着させたわけ。
あとはなだめすかして、なし崩し的に納得させるだけ! って段階が現在の状況。
男だからどう、とかは思わなかった。
むしろ彼が女だったら絶対こんな関係にはならなかっただろうし。
そもそも喧嘩しなかった。
憎み合うこともなかった。
欲しいと思うことも。
いくらなんでも、女生徒を全力で殴ったりはできないからねぇ。
だから、これは僕が僕であり、彼が彼だったからこその結果なのだと思う。
はいそうです。
いま明かされる真実。
僕はセブルス・スネイプがむかついて嫌いだから迫ってみたのです。
おかしい?
おかしいかな。
でも、それしかなかったんだからしょうがない。
初めて言葉を交わしたときから、「てめぇしばき倒す!」と心に誓うまでは、そう時間が掛からなかった。
そしてむこうもほぼ同時期にそう思っていたらしい。
なんというか、あまりにも性格が合わなくてさ。
性格の不一致で離婚ってのはあるだろうけど、性格の不一致で殺意を持つってのはありなのかなぁ、とか思いながら。
ただひたすらに口論と、魔法+腕力による問題解決を繰り返して。
相手の驚く顔が見たくて、してやったりという顔を見せつけられるのが悔しくて。
日常にまでなってしまった僕らの諍い。
いくら先生に注意されようが減点されようが、こればっかりは止められないと思っていた応酬。
その危うさに先に気が付いたのは僕の方だったと思う。
だから僕から関係を強要した。
嫌がるセブルスの顎をひっつかみ、僕だけを見ていろと無理矢理視線を合わせさせた。
―――反発というのは、相手がそれを受け止めてくれるからこそ、在ることが出来る。
もし、「君が嫌い」といって「奇遇だな。私もだよ」という答えが返らなかったら?
「ざまあみろ!」と叫んで「何しやがる!」と君が追いかけてこなかったら?
「放課後図書館の裏に来い」と宣告して、待ちぼうけを食わされたら?
そんなこと、あるわけがない。
あってはならない。
けれど、怖いと思ったのは、それが「ありえる」ことだからだった。
つまるところ、僕らの喧嘩は相手が同じだけ(もしくはそれ以上に)反応を返すから成り立っていたわけで。
当然のように喧嘩をしていたけれど、それはセブルスと僕が同じ気持ちだったからで。
同じく、嫌いだったからで。
同じように、どっちかが倒れるまで続けるしかねぇ!と思っていたからで。
どちらかが放棄すれば、終わってしまうものだったのだ。
幸い僕はそれに気付いた。
うっかり僕はそれに気付いてしまった。
もし、そんな状況が来たとしたら、と考えてみようとして…出来なかった。
だってそんなことはないはずなのだ。
そんな日が来たら、僕を無視する背中を追いかけてって後ろから膝蹴りを入れるんだから。
…それっておかしくない?
僕らが無視し合う関係になったら、それはそれで楽しい学園生活が送れるはずじゃないか。
もうあんなスリザリンの陰気野郎の顔など見なくてもいいなんて幸せだ。
下らないことでいちゃもんつけられて減点される日々に終わりが来て万々歳じゃん。
…でも僕なのだ。
在らぬ方向を向いているスネイプを振り向かせようと、肩を掴むのは僕の方なのだ。
向こうが追いかけてこないなら、そうせざる得ないような何かを仕掛けてやろうと算段するのは僕の方。
何もないことに耐えられないのは――。
そんなとき、タイムリーにも目の前を通り過ぎたスネイプが、綺麗さっぱり僕に気付かず歩き去ろうとする瞬間に出くわしてしまった。
どうする?
と自分に問う前にもう体は動いていた。
僕はスネイプを追いかけて、後ろから思いっきり髪の毛を鷲掴みにして、引き倒したのだ。
「やーあ、スネイプ。今日もいいお天気で」と口は動き、
何が起こったのか分からず、後頭部を押さえて仰向けに転がっている彼を見下ろしながら思った。
やっぱり僕の負けなのか、と。
そしたら猛烈に怒れてきて。
初めてこいつに敗北感を味合わされて。
気付いてしまって。
僕の方が、深くこいつに依存しているのだと気付いてしまって。
させない、と決めた。
それからは、自分でもおかしなほど一つのことに拘って行動していた。
即ち、どうすればセブルス・スネイプを僕のところに留めておけるか。
僕を嫌いでいさせるか。
僕に依存させるか。
僕が彼に依存するより深く、彼が僕に依存するようにするにはどうしたらいいか。
万が一それが無理でも、せめて僕から離れていかないようにきっちりと手中に収めておくのに一番いい方法は?
だから、それが結論だったのだ。
「好きだよ」と言っても、当然信じてもらえず(だって嘘だしな)。
「君が欲しい」と言っても、「新手の嫌がらせか?」と言われ(ある意味その通りだよ、流石だね)。
「いーから黙って大人しくしてろ」とほとんど脅しまがいに押し倒して、その時初めて彼は目を丸くして言ったのだ。
「…本気か?」と。
「そりゃもう本気ですよ? だから大人しくヤられてくださいね?」
「嫌だっ」
「ヤダとか聞き分けの悪いこと言うんじゃない!」
「よくしてたまるかッ」
とかいう応酬もあったけど。
結局「また会わないとこのことバラす」という脅迫付きで、今の関係を手に入れたわけです。
これでもう安心。
間違いなく、この手の中に欲しいものがあるから。
彼はもう、僕から目を逸らしたりは出来ない。
する暇を与えない。…よって安定。
隣で寝ているセブルスに噛みつくようにキスをした。
けれど彼は一度瞼に力を込めて唸っただけ。
……完全に寝てるわな。
それとも失神? やっぱこれって体に負担掛かってるよな、と思って。
笑ってやった。
「ったく馬鹿だよな〜。僕なんかに捕まっちゃってさ。君どーすんのさ、今後の人生」
指を伸ばして、汗で頬にくっついた黒髪をそっとなでてみる。と、
右手の人差し指は、それ以上の力でがしっと掴まれた。
「うわっ、起きてた!?」
顔を上げて、髪を振り払うように頭を振ってからセブルスはこちらを見てせせら笑った。
う…むかつく。
いつもの如く張り飛ばしてやりたい顔だよ。
顔をしかめる僕に、セブルスは益々唇をつり上げた。
「お前に馬鹿といわれる筋合いはないよ、ポッター」
「何だって?」
「馬鹿はどっちだと聞いている」
セブルスの表情は、その言葉がただの揚げ足取りの挑発でないことを物語っていた。
つまるところ、余裕の笑み?
「………え?」
うそ。マジで?
「らしくないなぁ、ポッター。ずいぶんと詰めが甘かったじゃないか」
ニヤリとセブルスが笑う。
「自分のことばかり考えていたろう? もう少し、私の方に気を配っていれば気付いたんじゃないか? …先に負けたと思ったのはこっちだったってことに」
だからこそ、対処の仕様もあったがな。
言って、彼は勝ち誇ったように僕の首筋に手を伸ばした。
引き寄せて、口の端ギリギリのところに唇を落とす。
その動作に心臓を止められそうになりながらも、頭は必死で過去全般に検索をかけて。
「…まさかあの時わざと無視したのか!?」
「騙される方が悪いんだ、バカめ」
「ざけんな! 訂正する! 最初からやり直すっ」
「やってみろと言うんだ。何度やっても私は出し抜けないからなっ」
「何で!?」
「そんなこと…私の方がお前に依存しているからに決まってる」
―――嘘だ。
「僕の方が絶っ対君を思ってる!」
「そんなことはない!」
「ある!」
「ないと言っているだろう!」
運命なんて絶対に信じないが。
ひょっとしたら、「必然」という事態はあるのかもしれない。