職員室事情1.2 『校歌』



趣味は、室内楽とボーリング。



蛙チョコレートのカードの普及に伴い、広く国内に知れ渡っているアルバス・ダンブルドアのプロフィールである。
魔法界のボーリングがどのようなものかは語り尽くすのに一昼夜掛かるので割愛させて頂くが、もう一方の趣味・室内楽に関しては当の本人から僅かばかりの不満の声が上がっていた。

「わしは、歌を歌うことと質問に答えたはずなんじゃがのう」

バーティー・ボッツ社、蛙チョコレートカード・シリーズ第27段・製作準備係に差し替えられたプロフィールが送られたのは、ひとえに、ホグワーツ教職員の努力のたまものである。
まずアーガス・フィルチが校長を、“生徒が引き起こした校内の甚大な被害”を見学させるために校長室から連れ出し、(その“甚大な被害”を捏造したのはスネイプ教授である)、フリットウィック教授が引き出しの施錠魔法を解いてマクゴナガル教授が杖を振り、筆跡を変えずに書き込んだ文字を変形させた。
彼らの尽力によって、ここに一つの事実を隠蔽することが出来ているのだ。






入学式の恒例行事。
睡眠前の校歌斉唱を終えてから、壇上の教員達はそれぞれ軽く溜息を付いた。

ダンブルドアが魔法の杖で指揮し、生徒達が好きなメロディーで歌い上げる。
「音楽とは何にも勝る魔法じゃ」と大きく拍手し、感激の涙をこぼす校長の姿は……見ている分には悪くない。
だが教職員一同は知っていた。
今現在のこの状況が、如何に協議と妥協を積み重ねた上で成立しているのかを。







歓迎会終了後。四人の寮監達は、本日入学した生徒達に関する書類の整理に追われていた。
彼等の前にはうずたかく羊皮紙が積まれている。
同じ事務作業を別々の机でやるのも味気ないので、男女四人は部屋の隅にある共同作業用の長机に陣取って、それぞれペンを取っていた。

作業は黙々と進められ…てはいなかった。
ちょうど職員室に帰ってきた魔法史のビンズ教授は、壁から顔を出した瞬間に呼び止められて面食らう。


「教授。貴方はどう思われます?」
「さよう。歴史教師の見解というものを聞かせていただきたい」
フリットウィック教授とスネイプ教授がほぼ同時に声を発した。

「な、なんのことでありますかな?」
「校歌のことですわ」

スプラウト教授が、はらりと一枚印刷ミスの書類を除けながら言う。
「あれはやはり創始者の時代に作られたものなのでしょうか?」

確かにその話題なら、歴史教師の守備範囲である。
真珠色のゴーストは、ふぅむと透明な髭を撫でながら、持っている知識を反芻した。

「それに関しての信頼できる文献資料の類は存在しないのであります。ただ、まあ常識的に考えれば、校歌と校訓と校章は同時期に作られるものだと言うことが出来ましょう」
「なるほど」


マクゴナガル教授がインク壺に羽ペンを突っ込んで首を縦に振った。

「ではやはり、創始者の方々のうち誰かが作ったのでしょうね」
「え? 四人で作ったという可能性は?」
「ないない。考えてもみなさい。あのような独創的な歌詞が共作で生まれるわけがないですよ」

フリットウィック教授がキィキィ声を張り上げる。もはやビンズ教授に誰も見向きもしない。
そこへもって、スネイプ教授が片手で口元を押さえてニヤリと笑った。

「では、この際サラザール・スリザリンは候補から除外されますな。あのような歌詞は彼のイメージではない」
「と、そう言って逃げる気ですか? 可能性は四等分されるはずでしょう?」
「何を仰られるか、ミス・スプラウト。あのような生徒に親しみを持たれる歌詞は、スリザリン向きではない。むしろ、グリフィンドールにその栄誉を差し上げたい」
「お待ちなさいセブルス。あの知的な歌詞はレイブンクロー製に決まっているでしょう?」
「困りますな、ミネルバ。心豊かになるあの文字群は、ハッフルパフにこそ相応しい」
「ちょっと! 皆さん、なんでもハッフルパフに押しつけるのは止めていただきたいものですわ。そう、ここは一つ、サラザールでよいではありませんか。ここを出ていったついでに校歌を作ったという経歴も持っていってくだされば」
「違う。サラザールはあまりの感性の違いに耐えられなくて、出ていったのですよ。ゴドリックの!」
「いいえ、ゴドリックは騎士ですもの。無骨な彼に作詞など無理ですわ。教養と言ったらロウェナの方が――」
「確かにロウェナは怜悧な頭脳の持ち主と伝えられておりますが、果たしてヘルガほどにに豊かな情感を持ち合わせていたかというと…」
「それには反論がありますわね。歌詞からするに、これは男性の感性だと思われますもの。ヘルガよりはゴドリックかサラザールですよ」

べらべらと喋り続けながらも、彼等は互いの顔すら見ることはなく、視線は常に手元の書類に注がれていた。

「そういえば、組分け帽子には四方の意志が残されているという話でしたが」
「彼は音程は悪くないですわ。歌詞にも遊び心が効いています。えぇ、ゴドリックの帽子ですからね」
「でも、年によっては調子っぱずれの時もあるような…」
「本人に今度尋ねてみましょうか。校歌の制作者を」
「はてさて、ご存じなのですかな」
「いやそんな過去の話よりも、問題は今現在にあるのではありませんかね」
「ダンブルドアですか…? もう、仕方がないですよあれは」
「人間、聞きたくないものは聞かない権利があるはずです。ロックとジャズとクラシックとラップと童謡とバラードを同時に聞かされる身にもなっていただきたい!」
「セブルス…しかし、校歌を歌わせないわけにはいかないでしょう?」
「もうこの際ですから、主旋律を作ってしまいます?」
「駄目です。絶対に駄目! メロディーなんて作ったらアルバスが歌うじゃないですか! 折角、生徒の情操教育を理由に、指揮棒を振るだけということでなんとか説得できたのに!」
「まあ確かに。…私も校長室に完璧な防音魔法を掛けて差し上げましたが」
「私も“歌い花”を差し上げますから、それで諦めてくださいとお願いしましたし」

重ねて溜息を付く年長の同僚達に、スネイプ教授は首をひねった。

「どうせ既に、生徒達には変人と思われているのです。いまさら、歌の良し悪しくらいがどうだというのです?」


「―――プロフェッサー・スネイプ。貴方はダンブルドアの鼻歌を聴いたことがあって、そのようなことを言うのですか!?」
「―――そうですとも。耳にしたことがあればこその対策です」
「―――セブルス。悪いことは言わないわ。世の中には知らない方がいいこともあるのです。このホグワーツにいる以上、それだけは覚えておかないと」
「ですな。知らないのなら知らないままでいることが幸せです」
「わかって頂戴。私たちだってやりたくてやっているわけではないのよ。必要だからやるしかないの」


一斉に、そしてこの世のものとも思えないほど沈痛な声色を伴って噴出した抗議に、スネイプ教授は思わずペンを止めた。
見渡せば、三人の寮監のみならず、職員室に残っている古株の教師陣は一人残らず頭を押さえたり、首を振ったり、何かを呟いたりしている。
皆の表情には疲労と苦悩が色濃く表れていた。


………………そ、そこまで…???


思わず「聞いてみたい」と思ってしまった教授だったが、そこは賢明名高いホグワーツの教員の一人である。

「承知しました」

短く答え、この話題については忘れることを決定した。













それとは別に、部屋の隅でぶつぶつと呟いているビンズ教授を、マダム・フーチがなだめている。

「仮にも教壇に立つ者が…「この際」とか「むしろ」とか「イメージ」とか「決まっている」とか…言っていいものですか…ええもう私は…」
資料と根拠を重んじる歴史学の教授には、今までの会話は憂慮すべき内容だったらしい。

「まぁまぁ。彼らのアレは、書類整理中の暇つぶしなんですから」
肩を叩こうとして、彼女の手は空を掻いた。






大時計の針はそろそろ日付の変更を示唆している。

本日は九月一日。
ホグワーツらしい、‘正常な’一年の始まりだった。