『淡色』


斯くて2月14日。

齢百を数える偉大なる魔法使い、アルバス・ダンブルドア。
変身術の教師である鳶色の髭の老人を廊下で呼び止める。

「何かね。ミネルバ」
「先生。宜しければこれを…」

手作りの菓子を押しつけると、彼はにっこり笑って受け取ってくれた。

「ありがたいことじゃ。早速、今日のお茶請けにいただくとしようかの」
「お口に合うといいのですけど」

やや顔を赤らめながら頭を下げ、ミネルバ・マクゴナガルはその場を後にした。
彼女は生徒達の中でも、最もダンブルドアを尊敬する一人だったのだ。




まったく、あのジジィ、いい歳してるくせにでれでれと。

――と、傍でその様子を冷ややかに見ていたのはトム・リドルである。


先輩も趣味悪いよな。まさか本気ってわけじゃないだろうけど。

彼はそんなことを考えながらも、爽やかに愛想を振りまいていた。
周囲には多くの女生徒が群がっている。
おずおずと、あるいは堂々と、様々なプレゼントを押しつけてくれる彼女らを適当にあしらいながら、目線は近付いてくる一人に注がれていた。


「毎年凄いわね、トム」
グリフィンドールの監督生が声を掛けたのを受けて、生徒達はさっと左右に割れた。
何人かは既に撤退を始めている。
別段含むところがあるわけではない。
ただ、この二人の会話は怖いので、あまり関わりたくないだけだ。

「いえいえ。こんなに多くに皆さんに気に掛けていただけるなんて僕は幸せです」
「あら。とっても“幸せ”そうな顔ね。張り付けたような」
「これが地顔なんですよ。貴女はお嫌いなようですが」

既に人波は引き始めていた。
リドルの腕いっぱいに抱えられている数々の包装紙を眺めて、彼女は僅かに瞼を落とした。

「大事にしてやって頂戴。一つ一つに心がこもっているんだから」
「勿論ですとも」
「まぁ…信じるわよ?」
「そうしてくださると嬉しいですね」

擦れ違う女史に、彼は笑いながら声を掛けた。
「先輩はくれないんですか?」





背後からやって来た言葉に、ミネルバは突然足を止めて振り返った。
リドルはにこにこと笑っている。
両手いっぱいの贈り物を抱えながら。


「―――――――」

彼女は慌てたようにローブの上からポケットを叩いた。
何ヶ所かに手を突っ込み、やがてホッとした表情になって銀色の小さな欠片を取り出す。
それは銀紙に包まれた一切れのチョコレートだった。

「…はい」

「へ?」

戻ってきて手渡された欠片を、思わず彼は握りしめた。
困ったような表情で彼女を凝視する。
けれど、ミネルバはとうに踵を返し、背中を見送る形になった。

へ?

と、もう一度繰り返す。
らしくない間抜けな声だが、まさに今の心境を表している。

気まぐれな一言にすぎなかったのに。
まさか、あの人が僕にものをくれるなんて。
…しかもこの状況で。


何の皮肉だろうかと考える。
部屋に詰め込まれた贈り物をこれっぽっちも有り難いと思っていない自分を知っているくせに。
薄っぺらい仮面にいつも怒っているくせに、何故こんなものを寄こしたのか。


わからないままに口の中に放り込む。
舌の上で溶けて、甘さは口中に広がって。咀嚼して終わった。


銀紙の屑は引き出しの中に突っ込んで、それで全てがお終い。







「先輩はくれないんですか?」


そういわれた時、渡さなければと思ったのだ。
気まぐれな一言だとしても。

本当は何も欲しくないくせに何もかも手に入れようとする彼が、「欲しい 」と言うのなら。

求めれば応える手があるのだと、教えてあげたかった。

むしり取るように全てを手にしていく彼。
成績も監督生の地位も。人の心も。奪うように、抱え込んでいく。
腹立たしい狡猾さに苛立ちながら、いつからか、悲しいと思う瞬間が入り交じった。

だから渡してあげたかった。

欲しいのなら手に入るのだと。
そんなに飢えたように急いて食い荒らさなくとも。
いつでもそこにあるのだと。


何かを教えてあげたかった。
けれど見つかったのは小さな銀包みが一つ。


果たして彼は嗤っただろうか。


こんなもので何を伝えようというのか、と。

彼の掌に銀色が滑り込むのを見て、少し悲しい気分になって、何も言わずに背を向けた。







くしゃくしゃの銀紙が机の引き出しの隅で見つかってゴミ箱に放り投げられたのは、二人が卒業した後のことだった。