『不和』
口には出さなかった。
けれどもいつだって、言ってやりたい。
奴の墓の前で喚き散らしてやりたい。
私より長く生きると言ったあの男の、肉の残骸が埋まっている石板の上で。
「どうして死ぬ前に私を殺しておいてくれなかった?」
その一点だけでも憎むに十分すぎる。
約束したのに。
決して口には出さなくても。
お前の目がそう言っていたじゃないか。
残してはいかない。僕より先に君が死ぬべきだと。
「じゃあ俺が殺してやろうか?」
シリウス・ブラックは、不愉快を訴える表情で、目の前の教師を見下ろしていた。
ハリー・ポッターの提出したレポートにCマイナスと大きく書き付けた彼は、己の事務机を椅子変わりにしている男を同じ強さで睨め上げる。
「嫌だ」
「私はお前もポッターも嫌いだ」
…だが、お前を越えられないと思ったことはない。
あまりにも圧倒的で、手が届くとかそれ以前の問題で。
遠すぎて。
だからジェームズだった。
お前なんて、手だって届くし、圧迫感や絶対性を感じさせない。
近すぎるんだ。
焦がれるには。
あまりにも違いすぎて、敵わないと思って、自分と異質だったから惹かれたのだ。
「あーそうかい」
くそ、とシリウスは舌打ちした。
わかってはいるが、改めて言われると腹が立つ。
「確かに俺とジェームズじゃ、似てなかったけどね」
他の誰がそれを言えるだろう。
シリウスとセブルスと、いま生きている他の誰がそれを言えるだろう。
双子のようだと、そっくりだったと、皆が口を揃えて言う。
「全然似ていなかった」と吐息する彼らの見ていた景色は、周りとはどれほど違ったのだろう。
「お前、あいつより先に死にたかったんだ」
残されたくなかったのね。
それはとても寂しいことだから。
寒々しい残りの人生をいつまで生きなければならないのか、数えるのが嫌だったから。
「…なんでジェームズが、お前を道連れにしなかったと思う?」
「知らんよ」
「わからんだろーなー。お前らっていつもそう」
多分ジェームズは、お前が恨んでいるなんて、思ってもみないだろうぜ。
端から見てればこんなにわかりやすい奴らなのにな。
「悪かったな」
私にはさっぱり分からないさ。あんな奴の考えていたことなんか。
だからいくらでも恨めるというものだ。
「…ばっかじゃねえの」
シリウスは手の中の酒瓶を呷った。
ジェームズにお前が殺せるわけなかったのに。
大事な物を踏みにじったり出来る人間じゃなかったんだよ、あいつは。
たとえお前が頼んでも、きっとできはしなかった。
そんなことにも気付かないので奴を恨むのか?
その言葉を飲み込んだ。
目の前の男は哀れだが、我が身の不幸を幸せそうに嘲るから。
教えてやらない方がいい。
聞きたくないのだ。こいつは。
そんな事実など。
聞く耳などはなから持っちゃいない。
自分が出した結論だけに溺れて、そのまま墓に入るつもりなのだから。
それが奴にとっての幸せなのだから。
哀れに思う。だが真実は言わない。
言っても信じないだろうし、癪だから。
今更なんでお前たちが理解し合うのに協力してやる必要があるよ。
今ここにいるのは俺なんだから。
せいぜい言葉で弄んでやるよ。
どうせお前ら、生きていたって分かり合えなどしなかったろうから。
―――ましてや永遠に別れた今となっては。
怒ったセブルスが、言葉尻を捉えて返す。
「誰がバカだ」
お前だよ。