『委員会』
まずは多忙極まる皆様のご出席に御礼を申し上げましょう。
本日のこの委員会―――希少生物の保護と成育について、見識ある方々にご意見いただける貴重な機会です。
多少の…意見の相違といいましょうか、そのような混乱が生じてはおりますが、本日を有意義なものにしたいというのは
確固たる共通の意志であるものと思っております。
さて、話を戻しましょう。
折角の席ではありますが、私は皆様に残念なお話をせねばなりますまい。
近年マグルの増加、それに伴う環境破壊、境界域の浸食により、我々と世界を同じくする魔法生物は多くの種が
存続の危機に晒されているのはここにいる一同、ご承知のこと。
しかし、本日我々は一つの決断を下さねばなりません。
ヒッポグリフ―――生息地も個体数も限られた美しい動物を、処断せねばならない。
これは我々にとって大変な痛手です。
…反論があると?
可愛い、良い子で、人襲ったりしないと?
それは少々事実をねじ曲げているということができましょうな、ミスター・ハグリッド。
ホグワーツにて飼育されていたかの動物…、ああ、それが通称ですな。
バックビーク、と呼ばれているその個体が生徒に怪我を負わせたのは紛れもない事実。
…えぇ。確かに我が家の成員です。それが何か?
まさか、マルフォイの次期たる私の息子が、礼を尽くさねば危険だとここにいる誰もが――子供でも知っている事実を
無視してその動物に近寄ったとでも?
仮にそうだとして、その時教師は何をしていたのでしょうかね。
一体何を教えて?
権威高きホグワーツの教員が、まさか、生徒にそのような基本的な事実を伝え忘れるはずもないでしょう。
問題の個体は、確かに意志を持って生徒を襲ったのです。
それだけではない。
件の「教員」は専門家のみに飼育が許されるヒッポグリフを無断で飼育していた。
その上、魔法使いを獲物ではないと教え込むのを怠り、目が合っただけで人を殺すような生き物に仕立て上げたのです。
大変残念なことに。
一度、人を襲うことを覚えてしまった生き物をこのままにしておくことはできません。
野に放すことは勿論、飼育も大変危険を伴います。ましては未来ある有望な若者の集うホグワーツに置いておくことなどとんでもない。
…何かの悪意があってなら別ですが。正常な判断力を持つ魔法使いなら、すべきことはおわかりのはず。
この委員会で反論が出ること自体がありうべからざることということができましょう。。
まったく、常軌を逸した事件が起きたものです。
二度とこのようなことがないよう、我々は万全を期さなければなりません。
希少な魔法生物の一頭を喪失することと引き替えに、この教訓を未来に生かしていこうではありませんか。
――皆様の良識あるご判断をお待ちしております。
* * *
三々五々に連れ立って席を立つ出席者達の、その誰よりも早く、銀嶺の男は席を立った。
触れるより先に扉は道を開く。
一歩足を踏み出し、彼はすぐ隣の壁に寄りかかって不機嫌に腕を組んでいる中年のドアマンに丁重に礼を言った。
「その歳で立ち聞きか? 相変わらず品のない男で安心したよ」
「ご丁寧にどうも。こちらも、いつものことながら感心したな。盛大な屁理屈で人を貶めることにかけては君に敵う者などいそうにない」
「何故会議に参加してくれなかったんだ、平職員。君の反論を待っていたのに」
「残念ながら有識者と言われるほど馬鹿じゃないんだ俺は」
諦観と皮肉を込めて、切って捨てられない対極の存在に、二人は同時に言い放った。
「なんにせよ、君が変わらずいてくれて嬉しいよ」
勿論本心だとも。
いまさら変わってくれても困るのだ。
変わらず軽蔑できるから、君が変わらずいてくれて嬉しい。
「罰当たりなことだな」とアーサーは思った。
「獣一匹の処分程度で何を怯んでいる?」とルシウスは思った。
思ったことが互いに正確に伝わって、舌打ちと共に背中を向け合う。
おいおいそれは下品なんじゃねえの?
ひ、と一瞬笑ってから、職場放棄を上司に見つからないよう、男は早々に退散した。