『以心』
「どうしたの? その手形」
いくらホグワーツ広しといえども、ジェームズ・ポッターに痣が残るほどの平手打ちを喰らわす人間といったら一人しか思い付かない。
「一体セブルスに何してきたのさ」
リーマスは、仏頂面でベッドの上に座り込むジェームズに話しかけた。
「聞いてくれるかリーマス!」
ぱぁっと表情を明るくして、彼は勢いよく顔を上げた。
あー…まずったかな。
と、リーマスは心の中で呟く。
多分これは、既にシリウスかピーターに吐き出そうとしてはぐらかされた後ってことだろう。
どうりで、夕食後なのに二人とも部屋にいないわけだよ。…逃げたな。
しかし、話しかけてしまったものは仕方がない。
リーマスは覚悟を決めて、ジェームズの愚痴(ノロケとも云う)に付き合ってやることにしたのだった。
「でさ、手伝うって言ったのにコレだ」
極めて不愉快、と顔に描きつつジェームズは己の頬を指差した。
「そりゃ、断られるだろうね」
「謝ったんだぞ」
「そーゆー問題じゃないでしょ、彼にとっては」
どう説明したものか、リーマスは困ったように顔を掻く。
「明日提出の宿題を、廊下で君にぶつかられて落としてしまった。――結局しっかり試験管を持っていなかったセブルスの責任じゃない?」
「それじゃあまるで、僕がわざとぶつかったみたいじゃないか」
「わかってるよ。君が故意じゃないって事は。…でもセブルスはそう思ってないだろうけど」
「それなんだよな〜。純粋に事故だって言ってるのに、信じやしない」
「普段の行いが行いだからね。今回だって「どうせポッターが邪魔してくるのは分かってたのにどうしてもっと気を配らなかったんだ私は」とか思ってるんじゃない?」
「それは誤解だよリーマス」
ジェームズはついと眼鏡を押し上げた。
「僕はセブルスと喧嘩をしたいわけであって、減点させてやろうとか成績を落としてやろうとか考えてる訳じゃない。そんなみみっちいこと、絶対やらない」
はっきりきっぱりと言い切ったジェームズに、リーマスはにこっと笑った。
「それを僕に力説したってしょうがないでしょ?」
「さ、どうするの?」と、ジェームズの鼻の頭をつつく。
「………………そっか」
「そうだね」
「んじゃ、行ってきます」
「ばいばーい」
急に顔色を変え、すちゃと手を挙げて部屋を出ていくジェームズを、リーマスはのんびりと見送った。
「さぁて。誰もいないから、買い置きのお菓子(共用)とか食べちゃってもいいよね?」
「セブルス!」
放課後の実験室で一人鍋と格闘しているスリザリン生を見つけると、ジェームズは高らかに呼びかけた。
「……お前か。鬱陶しいから去れ」
「そうはいかないんだよね」
「これ以上邪魔をする気か!?」
「いえいえ。僕はコレをやりに来ました」
言ってジェームズはローブの中から試験管を取り出し、パッとつまんだ指を離す。
当然、ガシャンという音と共に床に破片と液体が飛び散った。
「な…」
驚くセブルスの目を正面から見据えて言う。
「僕もこれから作り直す」
「…どういう了見だ?」
「わざとじゃなかったんだ。ごめん」
セブルスはふっと瞼を落として、すっと背を向ける。
「うー。やっぱ怒ってる?」
機嫌を伺うようにジェームズが話しかけると、「当然だ」と冷たく返される。
はぁ、と大きく息を吐き出すジェームズに、「だが」という声が届いた。
背を向けたままで、一言。
「誠意だけは認めてやるよ」