『誤字』
「おっはよー!」
今日も無駄に元気よく、明るい声が廊下を走り抜ける。
教室に向かおうとしていたセブルス・スネイプの横を慌ただしく、風のようにいつもの四人組が駆け抜けた。
同時に、シュッと霧のようなものが目に掛かる。
「な…!?」
霧吹きで何か吹きかけられたらしい。
顔を押さえて、けれど視界には何の変化もなく、数メートル先で急ブレーキを掛けたグリフィンドールの連中と視線がぶつかる。
ニヤニヤと、こちらを眺めているその面々に思いっきり顰め面をくれてやった。
けほん、と咳き込んでから。
高らかに叫ぶ。
「にゃにしやがるぐりひんどーる!」
場が凍りつく。
そりゃあ、凍りつくしかないだろう。
しーんと静まりかえった中で、セブルスは自分の口を押さえて信じられないという顔を作った。
真っ赤になった標的を眺めて、四人が笑う。
「聞いたか?」
「聞いたとも」
「にゃにしやがる!」
「にゃにだって〜」
「うそ〜こんなに笑えるなんて〜」
「死ぬ! スネイプが可愛い!」
「むっちゃかわいい! だめ俺もう腹痛い」
「あはははははは」
絶望的な表情で、爆笑の渦の中にセブルスは立ちつくす。
しばらく経って我に返り、ローブの中の杖を握りしめ、そこで再び表情が凍る。
しまった呪文が唱えられん…!
魔法は発音が第一である。
とすると、なんと卑劣な悪戯だろう。
引き下がるしかなく、けれど捨て台詞すら怖くて言えない。(どんな風に声になるのか考えたくもない)
青ざめた彼に、「むだ! 無駄だってスネイプ。また可愛い声聞かせてくれるの?」というジェームズの声が追い打ちを掛けた。
覚えてろ、とも言えず。
その場を走り去るしかなかったとある冬の日。
セブルス・スネイプの学生時代の、数少ない完敗の思い出である。
次の週。グリフィンドールの四人組が「めぇめぇ」としか言えなくなったのは、また別のお話。