『クロスワード』


「いたい」

自室のソファに腰掛けながらまどろんでいたセブルスは、ふとそんな呟きを洩らした。

「…だから、ぽったー、めがねはとれと…いつも」

眉間に皺が生まれ、薄い唇がとりとめもない言葉を紡ぎ出す。






「珍しいな。あいつが読書中に居眠りなんて」
同室の住人、スリザリンのジェス・ブラウは、羽ペンを手で弄びながら呟いた。
「疲れてるんだろ。ここんとこ戦争が激しさを増してるから」
向かいに座るアル・ラグレーは、テーブルに広げた日刊予言者新聞を渋い顔で見つめている。
彼の言う戦争とは、「グリフィンドールとスリザリンの争い」であり、さらに突き詰めれば「ジェームズ・ポッターとセブルス・スネイプの諍い」のことだった。

「あ、ここ“TECHNOLOGY”じゃない?」
「うーん?」
クロスワードパズルの左隅の一角を彼は指差す。

「しっかしさぁ。夢の中でまで喧嘩なんて、疲れないのかねえ」
「いいだろ。あいつら好きでやってるんだし」
「おい、字数合わないぞ」
「うっそ。絶対当たりだと思ったのにー」
「それよかこっち。33・『貴方はきっとたどり着ける。夜と昼との真ん中に。真昼の星空、黒い雪』。これ、わからないんだよ」
「今日のは特に難しくないか? 出題者変わったとかさ」

「…好きでやってる?」
ジェスは唐突に顔をしかめた。

「さっきそう言わなかったか?」
「言ったけど。それが何? ……くそ。解けねぇよコレ」
指で新聞をなぞりながら、アルは逆の手で額をトントンと叩く。
「いやだから、セブルスだよ」
「彼が何か?」
「好きでポッターと喧嘩してるって」
「あぁ、だって見てればわかるだろ。完全に痴話喧嘩だぜ、あれ」
「なに馬鹿なこと言ってんだ?」

ジェスは呆れかえって肩を竦めた。
同時に、さっきから一文字も書き込めていない羽ペンを放り出す。
「痴話喧嘩ってのは、殴り合って保健室に担ぎ込まれるようなモノを云うわけか?」
「ジェス、鈍いよお前。五年も同室でいて気が付かなかったわけ? セブルスが夜中に抜け出してるの」
「…それは」
知ってたけど、と彼は口ごもる。
「だからって…そりゃ発想が飛躍しすぎだろ。夜いないからって、まさかポッターと逢ってるなんてフツー考えんって」
「そっちこそ、既成観念に囚われすぎなんじゃないか。第一、さっきの寝言聞いたろ?」
「はぁ?」
「するとき眼鏡って取るじゃん」
「いや…何の話だか…スウェン、わかるか?」

ジェスは振り返って、一人自分の机で黙々チェスの駒を動かしている同級生に話しかけた。
別に無視していたわけではないが、彼はいつもああなので、同室の彼らは極力邪魔をしないようにしている。
「わかるけど」
短く、彼は答えた。
「え、何々?」
身を乗り出すジェスに、彼は無表情のまま首を振る。
「わかるけど、野暮だよ」
「だよな」
「…うわ、俺だけ仲間はずれかよ?」

わからない方が悪いとばかりに答えをはぐらかす二名に、ジェスは苦々しく舌打ちした。
すると、アルがニヤリと笑い、新聞を指差す。

「これだよ、これ」




クロスワードパズル、縦の12。

『甘くて酸っぱく無味無臭。貴方の思い出聞かせてください』
















「KISS」