職員室事情2.8 『相似点』


「週一で貴女か校長をお迎えしていれば、それは上手くもなるでしょうな」


セブルス・スネイプ教授は精一杯の嫌みを込めて、冷たく言い放ったのだった。
けれど、その不機嫌な声色もミネルバ・マクゴナガル教諭の厚い面の皮には一筋の傷も付けられない。
女教師はかつての教え子に、眼鏡の奥から余裕たっぷりに笑いかけた。

「本当に。貴方の部屋で飲むお茶は美味しいわ」


…不味くしたら帰ってくれるのだろうか?


そんな儚い希望を打ち消しつつ、彼は皿に焼き菓子を盛る。
週に一、二度、授業のない時間に彼女(もしくは校長)が彼の研究室を訪れるのはもはや恒例行事になっていた。
うんざりである。
時折入り口を隠したり、階段に迷宮の魔法を仕掛けたりしておくのだが、一向に効果は上がらない。(むしろ生徒が引っかかって面倒なことになるのはよくあるのだが)
いつもいつも無情なるノックの音が耳に届き、スネイプ教授は舌打ちしつつ扉を開くのだった。

ぞんざいに放り出した皿には香ばしい香りの菓子と、果物と、色とりどりの百味ビーンズ。
百味ビーンズが入っているのはせめてもの嫌がらせである(校長はこれが苦手だ)。
彼はそれらをホグズミードのハニーデュークス店で購入しているのだった。自分で食べるためではなく、この人達に出すためだ。
決して生徒には見つからない時間帯に足を運ぶ(出来れば誰にも見られたくはない)。
しかし、来年度。買いだめした茶菓子はリーマス・J・ルーピンによって食い尽くされることになるのだが、今の彼はそのようなことを知る由もない。


マクゴナガル教授は、魔女の毒リンゴをつまんでから、「そうそう、」と顔を上げた。
「今年度も忙しい年でした。何とも恐ろしく、疲れる日々が続きましたねえ。セブルス」
「おくたびれなら、そろそろお休みになってはいかがですかね。ミネルバ」
「まぁ。そんなに話をねじ曲げなくてもよろしいでしょう?」
「何か主旨があったのですか」
「ありますとも」

彼女はふっと目を伏せた。

「これはダンブルドアから聞いた話ですけれども…貴方はご存じかしら? “秘密の部屋”の中で、16歳のトムはハリーが自分に似ていると言ったとか。それを彼はたいそう気にしているようでした」
「はぁ?」

上手く言葉が飲み込めずに、彼は間の抜けた声を出した。

「ダンブルドアは?」
「同じではないと仰ったそうです」
「でしょうな」

短く頷く。

「あれはゴドリックの剣を手に取ったのでしょう? それで十分ではないですか」
「それが、彼には腑に落ちないようでしてねぇ」
「ああ、校長の説明ではそうもなりましょう。あの爺さんは人の腑に落ちるような説明などしませんからな。確信犯というやつですか」

彼が不愉快そうに紅茶をすすると、マクゴナガル教諭は諦めの表情で首を振った。

「いえ、正真正銘の天然なのですわ。あの人は」
「……………………」

無言だが動揺している様子の教え子に、彼女は再び話しかけた。

「それで本日、私は貴方の意見を伺おうと思ったのですよ」

そりゃ意見を聞くというより世間話でしょう、と思ったが彼は言わずにおいた。
賢明なことである。
代わりに、教授は一つ質問した。

「日記の住人だったトム・リドルとは、いったいどのような生徒でした? …貴女は面識があったはずだ。確か、二つか三つ年下では?」
「ええ、そうでしたね。彼は私の後輩でした。もっとも、あの子はスリザリンで私はグリフィンドールでしたけれども」
「しかし、貴重な経験です」
「…セブルス。私は未だに分からないのです。私の中で、トム・リドル…あの子と「例のあの人」を繋ぐ糸がはっきりとは見えてこない。本当に、信じられませんわ」
「ほぅ」
実に興味深い、と彼は顎を撫でた。


「確かにトム・リドルは優秀な学生でした」
彼女は静かに思い出す。

「しかし、自分の能力に見合った環境を与えない世界というものを呪っているようにも見えたものです。笑顔の裏に、いつも不満を抱えていた」

「そしてまた、優秀な者を愛した子でしたね。能力のない者はとことん見下していました。顔にはあまり出さなかったようですが、私にはそう感じられました。あの子にとって、自分より出来が悪い人間は相手にする価値もなかった。けれど、あの子より才能がある人間はホグワーツには居なかったのです」

「完璧な人。故に、私には彼が壮絶な孤独の際に立っているようにも見えたこともあって…。それでも彼は笑っていたから、ひょっとして苦しいのかとも思ったりもしたわ」

いつも笑っていた。笑顔で全てを欺いていた。

「あの頃のスリザリン生は辛かったでしょうね。結局笑顔の下で彼が築いていた独裁は、カリスマではなく恐怖だったんだわ。カリスマに見せかけた…」

失敗を許さない、とは彼は言わない。
言わないけれども、それは許すということではない。



「―――それのどこがハリー・ポッターと似ているというのです?」
「黒髪、パーセルマウス、両親の不在…など、まあ相似点はありますわね」

「項目を上げればそうでしょうがね」
教授は呆れたように頬杖を付いた。
「アレは寮の頂点に立ってホグワーツを支配できる人材ではありませんよ。すぐに分かることです」

「カリスマがないわけではないと、私は思いますが」
「あるならば、同寮生に無視されたりするものですかね」
「それは――トムの方が特殊だったのでしょう。リドルには、例え過失を犯しても他人に有無を言わせない雰囲気がありました」
「ならば、それこそポッターとは全く似ていない。親にも子にも」

マクゴナガル教授は、軽く吐息した。

「確かに、ジェームズはねぇ。おっちょこちょいでしたよ。うっかりミスをして、いつもブラックにはたかれていました。…そういう子でした。けれども、JPとリドルが似ているという者はいないでしょうが、それに比したらハリーとリドルは似ていると言えるかもしれません」

「ああ」
彼は首を縦に振る。
「陰性ですからな」

親のない生活の中で培われた暗さ。

「酷い環境だったそうですからねえ」
「役所の児童福祉課は何をしていたんだか」
「マグルに期待しても駄目でしょう。これは私たちの世界の問題ですから」
「だったら尚更、なぜ様子を見に行ってやらなかったんです? あの校長のやることですよ?」

厳しく指摘されて、マクゴナガル教授は頬に手を当てて嘆息した。
「それは私も申し訳なかったと思っています。アルバスってば結果オーライ主義だってことを失念していて」
「で、ツッコミの激しい毒舌家のできあがり、ですか」

両手を広げてみせる教授に、彼女は少し笑った。
「ハリー・ポッターが毒舌家?」
「あれは、心の中で結構毒を吐いてるタイプです。目を見れば分かる。…生徒は如何に教師が生徒を見ているか、存外知りませんからな。教師になってみて初めて気が付きましたよ」
「そうですねえ、職員室での貴方の立場の弱さを考えると、本当に生徒って見られていることに気が付かないものだと思いますよ」
「う…」

言葉はスネイプ教授のプライドに激しくヒビを入れたのだが、彼はその音を聞かなかったことにした。


「結局――」
それとなく話題をずらす。

「ハリー・ポッターは彼の指摘通り似ているのでしょうかね、トム・リドルに」
「大した問題ではないように思えますね。貴方だってそう思っているのでしょう?」
「それは、当人次第と言えましょうな」
彼は一つ咳払いをした。

「トム・リドルは自らをヴォルデモートたらんと、名に自分を相応しく変えていった。逆にポッターはハリー・ポッターになろうとするのではなく、その名を自分に近づけようとしている。…この違いを自覚すれば」

「そこまで考えてあげているのなら、いい加減苛めるのはよしておやりなさい。大人げない」
「…私はあの生徒が単体で嫌いなんです」
「嘘おっしゃい。例えそうであっても、あれがポッターでなければもう少し手柔らかにしてあげるでしょうに」
「とんでもない」

そう彼は首を振ったが、明らかに分が悪いのを感じて、視線を逸らした。
マクゴナガル教授は、空になったティーカップに自ら紅茶を注ぐ。
「どちらにしろ、彼が気が付くのはまだまだ先…なのでしょうねぇ」

いつだって、事の本質に気が付くのは後になったから。
懐かしく思うようになってから初めて、“その時”を客観的に見られる。

「十年後が楽しみだこと」
「随分と気の長い計画ですな」
「あら、貴方はまだ十年教えていなかったかしら。面白いものよ? 十年経って生徒がどう育つかって。身近に一例ありますしね」

さらりと言ってのけた恩師に、スネイプ教授の顔は引きつった。

「…面白い、と。そういうものですか…」
「えぇもう、頭の痛い生徒が少しずつマシになっていく様子とか、見ていてとっても微笑ましいものですよ」
「………それは重畳…」


段々と言葉少なになっていく相手の、言いたいのに言えないという複雑な表情を見るに付け、「ああこれが楽しいのだわ」と彼女はにっこり笑うのだった。