『リピート』
平和とは言い難い夜。
けれど“秘密の守人”に守られた小さな家族は、誰にも知られない家でハロウィンを祝う。
ひそやかに…といきたいところだが、生来のイベント好きはこの機会も逃さず、家の中で小さな花火を作り出して妻に叱られる。
その様子を見て、まだ赤ん坊だった少年がきゃっきゃと笑う。
菓子を求めてドアを叩く子供すらない、静かで暖かく孤独な夜。
暖炉をの火を見つめながら、二人は思い出を語り合う。
学校のこと、授業のこと、親友達のこと、悪友達のこと…。
思い出を語る口は途切れることなく、しめやかに夜は更けゆく。
そして、
気配を感じ取るやいなや、男は常に傍らに置いていた杖をひっつかんで扉へと向かう。
「ハリーを!」
と短く叫んで振り返り、妻を見る。
彼女は凍り付いた顔で、けれど深く頷いた。
最期だと互いに分かっていた。
そして二人は逝き、一人の子供が残される。
―――――――――埒もない空想。
空想とはいえ、多分真実はそう変わらないものだったろう。
けれどわからないのは、その時そいつが何を考えたか、だ。
暴かれるはずのない場所を知られて驚愕した?
秘密の守人に奴を選んだことを後悔した?
逃げ切れなかったことに絶望した?
…それともグリフィンドールらしく義侠心に燃えたのだろうか?
どれだろう。わからない。
もとより、相手の心が読めるような関係ではなかった。
そんなことは、あのシリウス・ブラックの担当だった。私の知ったことじゃない。
死んだ人間の思ったことを知りたいなど、馬鹿げている。
答えなど出るはずもないのに、一体何を求めるというのか。
けれど、思考は止まらない。ぐるぐると。
現れた闇の王にお前はどう思った?
驚きなど感じる暇もなく死んだのか。
それとも、考える時間はあった?
…死に至るまでに。
だとしたら辛かったろう。
目の前を通り過ぎ、愛する家族の元へ行こうとする敵を、力及ばず見守るしかなかったのなら。
血まみれの、瀕死の男をせせら笑い、
「せいぜいそこから見ているがいい」と言い残して背を向ける姿に、お前は何を思っただろう?
死ぬと悟る暇はあったか?
その時何を考えた?
――本当に知りたいのは一つだけ。
ジェームズ。
お前は死ぬ前には絶望を感じていたと思う。
その時誰の名を呼んだ?
勿論リリーだろう。そしてハリー。妻子の名。
…私のことがちらと頭を掠めただろうか?
いや、それはない。
あんな状況では、そんなことを考える時間も力もなかったはず。
けれど何度でも心は問い直す。
私のことを僅かでも思い出しただろうか、あの男は。
それはない。
それはないのだ。
そうあってほしくない。
お前は、そんな男ではなかった。
目の前に危機に瀕した家族がいるのに、自分の死を感じたからといって、それを守ることを諦めるような男ではないのだ。
…信じている。
けれど、何度でもその場面に再生が掛かる。
ジェームズ、死ぬ前に私のことを考えたか…?
私の名を呼んだ?
私の顔を思い出した?
私のことを少しでも考えた?
一瞬でも、この国の片隅に私という存在が残されることを気に掛けてくれたか?
亡霊でもいい。
ここに現れて「ごめん。そんな暇なかったんだ」とおどけて笑って見せてくれたなら、
果てなく繰り返すこの問いにも終止符が打てるだろうに。