『再開』


「男同士でお茶ってのも何かむなしいですねえ」
「ジェームズ…会うなり飛びついてきてここに引きずり込んだ上でそのセリフか?」


夏休み明けのダイアゴン横町。
9と4分の3番線から発車するホグワーツ急行。
彼らは“猫の額”というそのまんまな名前の喫茶店の中で、出発までの時間を潰していた。


「だけど華ってもんがないですよ」
ジェームズ・ポッターは、向かいの席でコーヒーを飲む同寮の先輩に対して肩を竦めて見せた。
対して、目を伏せたままのアーサー・ウィーズリーは、ぼそっと呟いた。

「男だっていいよ。美人なら」
「あ。それって特定の誰かのことでしょ。…そういやどうなんですか、最近は」
「どうもこうも、いつも通りさ」
「つまり、相も変わらず振り回されっ放しって事ですか〜」

にかにかと笑いかけられ、アーサーは肩を落とした。


「ジェームズ…お前、遠慮なく物を云うよな」
「そんなぁ。事実を指摘しただけですって」
「お前の方こそ、どうなんだ? ほら、あの子とは」
「スネイプですか? それはもう、無茶苦茶可愛いですよ! 奴は!」

何故か嬉しそうに、ジェームズは身を乗り出す。

「……あのさー。俺、人の審美眼にケチはつけたくないけど、はっきり言ってお前の趣味を疑うよ」
「思いっきりケチ付けてますよそれ」
「あ、すまん」
「いえいえ。いいんですよ〜セブルスは。あの陰気な忍び笑いがよく似合う性悪根暗で暴力的で隠れて努力家なところが可愛いんだから」
「それって視覚的には褒めてないよな…」
「先輩こそ、なんですか。奴は」

奴? とアーサーは眉をしかめる。


「スリザリンのルシウス・マルフォイですよ。あれのどこがいいんですか?」
「どこがって―――顔?」
「………………」
「いやっ、実際美人じゃん! もうあの細い肩を鷲掴みにしてやりたくなるというか!」
「美人なのは認めますけど。…顔で選んだんですか?」
「そうじゃないけど…それ以外の要素は口では説明できないんだよな〜」
「わからんでもないですね。僕なんか、スネイプが可愛いつっても誰も聞いちゃくれないし」
「それは皆が正しい」

断じたアーサーを不満げにジェームズが見上げた。

「別にいいですよ。ライバルは少ない方がいいしね」
「あーそれは言えてる」
「先輩はやってるんですか? 恋敵対策(=闇討ち)」

爽やかにジェームズが笑う。


「お前…やってんの?」
「いーえ。僕がするまでもなく、セブルスが返り討ち」
「だろーなー。年中お前らと喧嘩してりゃ、そりゃあ鍛えられるだろうし」
「ま、実際あまりいないんですけどね」
「物好きはお前だけって事か」
「先輩だって十分物好きだと思いますけど」
「あのな〜。言っとくけど、俺の方がライバル多いんだぜ? なんたってあの外見だし。男女問わず引っかけ放題」
「あんなに性格悪いのに」
「皆まで言うな。わかってるから」

アーサーは苦笑った。

「そんなんで浮気とかされないんですか?」
「してても俺には分からんよ。でもまぁ、基本的に言い寄ってくる奴は相手にしない方針だし」
「えーそれって不安ですよー。ちゃんと見張ってないと! うっかり流されちゃったらどうするんですか!」
「どうって…俺に何か言う権利はないんだよ」
「それ本当に恋人ですか…? 僕ならいぢめ倒してやりますけど」
「ジェームズ…。五割の確率で逆に泣かされる関係はいじめとは言わないだろ?」
「泣かされてませんよ!」
「泣き言は言うけどな」

彼の指摘するのは夏休みに入る直前の話のことだ。
二ヶ月前のロンドン。
9と4分の3番線ホームの上で、「ちくしょー。新学期は恐怖のうちに明けると思えよ!」と、高らかに啖呵を切っていたのはジェームズ自身に他ならなかった。

ジェームズはニヤリと笑い返した。
「ふっふっふ。報復の計画はばっちりです」
「減点されない計画なんだろうな」
「そこらへんは考慮に入れてません」
「おい!」
「あーいやいや、先輩。話を元に戻しましょう」
「………誤魔化す気か?」
「今はルシウス・マルフォイの浮気の話でしょう?」
「されてねえっつーの!」
「でもされるかも知れないわけでしょう?」

ジェームズはズバリと釘を差す。

「頼むよジェームズ…。俺らの関係はお前らみたいに蹴ったり叩いたり爆破したりしても壊れないような頑丈なものじゃないんだよ…。むしろ繊細? すっげー微妙なんだからな」
「よくは分かりませんが、先輩が情けないということだけはよく分かります」
「お前…」

テーブルを前に落ち込むアーサー。


「はっはっは。冗談ですって。…あーでも、いま僕ちょっと迷ってるんですよね」
「?」
「奴に喧嘩売るべきかどうか」
「は?」
「だって僕のセブルスにちょっかい出してるんですよ!? あまつさえスネイプの奴、あんなのを尊敬してたりするし! あれのどこがいいっつーんですか!」
「……半面的には賛成だが、お前が仕掛けるというなら、俺は止めるぞ」
「おお、愛ですね」
「いや違う。お前が消し炭になるのは見たくない」
「そんなにヤバイんですかあの人…」
「凄まじく、とだけ言っておこう」
「あーでも、みすみす引き下がるっていうのもなー」
「そうしとけ。俺だってセブルス・スネイプに落とし穴を仕掛けたいのを我慢してるんだから」
「あ。やっぱり」

ジェームズは一本指を立てた。


「いちゃついてるように見えますよね?」
「見えるな。はっきり言って」
「ビシッと言ってやればいいじゃないですか〜。セブルスと自分とどっちが大事なんだって」
「………お前、それスネイプに言っただろ」
「………ハイ」
「なんて返された?」
「『消えろ。うざい』」
「…俺は怖くて言えないから。お前の勇気を称えるよ」
「怖いって…そんなんじゃ、また我が侭に振り回されますよ?」
「我が侭じゃない。気まぐれ」
「ど、どう違うんですか…?」
「全然違うぞ」

それを言うアーサーは何だか楽しげだと、ジェームズは思った。
「少なくとも俺は、奴にわがままなんぞ言われたことはないね。…もーちょっとさぁ、甘えてくれたっていいものを」
「へーぇ、セブルスなんてわがままばっかりですよ。重いとか痛いとか近付くなとか」
「それはどっちかってゆーと抗議っていうんじゃあ…」
「で、どーなんです?」
「…ん?」
「そっちのほう」
「…………あ〜」
「目をそらしたって駄目ですよ」
「いや…聞くな」
「え?」
「だから…」
「えぇ!? まさか手ェ出してないとか!? 信じらんねーあんだけこき使われといて!」
「………ジェームズぅ…?」
「あ、すみませんつい本音が」

さらっとジェームズが答える。
アーサーは疲れたように首を振った。

「別に手を出してもいいみたいなんだけどな。好きにしろって言われてるし。けどな――なんか、怖くて。…キス以上は」
「何怖がってんですか! それじゃ何にも進みませんよ! (確かに怖い人ではあるが)」
「いや、そーゆー怖さじゃなくて。なんというか、触れるだけで心臓潰れそうでね」
「で、キスで精一杯、と」
「―――――ま、まぁそういうことで」
「大事にしたい?」
「…そうなのかな?」
「顔、真っ赤ですけど先輩。特に耳」

いくらはぐらかして見せようと、顔を見れば一目瞭然である。


「あーもう! しゃーないじゃんか。出来ねーもんは出来ねーんだから!」
「んなこと言ってるから飼い主と犬なんてあだ名付けられるんですよ。閣下と犬、とか」
「オイコラちょっと待て。誰がンなあだ名付けたんだ?」
「僕とシリウス」
「………あのなぁ……っ。おごらんぞ、ここの代金」
「えぇ!? そんな殺生な!」


頭を抱えるジェームズに、アーサーは深く深く溜息を付いた。

「ったく、お前らときたら、今年度も俺に心労掛ける気か?」
「掛ける気はないでーす。先輩が勝手に感じてるだけで」
「…リーマス・J・ルーピンをいつか監督生にしてやるからな。そん時は覚えてろ」
「あ。ひっでー。身内にスパイを潜り込ませる気だ!」
「だったら少しは自重しろってーの。減点するこっちの身にもなってくれ」
「はーい。すみませーん」

反省の欠片も見られない謝罪の言葉を、慣習通りアーサーは受け取ったのだった。







勘定を済ませて店を出、たどり着いた駅のホームは生徒達でごった返していた。
親友達の姿を見つけ、がらがらとカートを押しながらジェームズは走ってゆく。(駅構内でそのスピードは危険だぞ、とアーサーは思った)

「…疲れる奴」

後輩の一人をそう評して、彼は監督生用のコンパートメントへ向かう。
と、その時。
「せんぱーい」

振り返るとジェームズが荷物から手を放して、両手を振っていた。
よく通る声が、ホーム全体に響き渡る。


「僕は思うんですけどねー。やっぱりそれって甲斐性なしですよーっ」


ホームで。大声で。全校生徒のいる前で。
「あんの馬鹿っ」
毒づいた時にはもう、例の四人組はわーっと歓声を上げながら走り去っている。


「くそぉ。なんであいつらってああなのよ」
「何の話だ、アーサー」

びくっと全身が震えて、ゆっくりと振り向くと、そこには見慣れた顔があった。

「ルシウス――二ヶ月ほどご無沙汰したな。いつも通りの冷たい御声で」
「あぁ、変わらず品のない顔で安心したよ」

通り過ぎる瞬間、彼はポンと肩を叩いてきた。
その横顔に見とれてしまう。


「何をにやけている。甲斐性無し」

足を止めた彼に、ピンと鼻先をつつかれてアーサーは我に返った。

「だ、誰が…!?」
顔を押さえつつ、慌てて荷物を押してその背中を追う。
「少なくとも、」
数歩進んだ先で彼は振り返り、気怠げに視線を流した。


「私にはそれを言う権利がある。そうは思わんかね、グリフィンドール?」


「………イェス…サー・スリザリン」



心臓に矢でも突き刺さったような、トドメをさされた顔で、アーサーは硬直した。

あの笑顔に、今夜は間違いなくうなされることだろう。





―――九月一日は新学期である。