『不変』


貴方の胸に剱を刺したい。

決して生き返らないように。

自分だけが独占できるように。








「やぁ、ルシウス」

学生時代と全く同じ挨拶が、ホグワーツの石の廊下で繰り返される。
あの時と変わったのは互いの年齢だけだ。

「相変わらず美人で嫌になっちゃうね」

アーサー・ウィーズリーは表情のない顔を相手に向けた。

「ウィーズリー」

応えたルシウスは、パンと服の汚れを払った。

「らしくないな。屋敷のしもべ妖精なんかに吹き飛ばされるなんて。マルフォイ家の御当主とも思えない」
「言いたいことがあるなら率直に言ったらどうだ? お前に手練手管など、誰も期待せん」
「――では言わせて貰うがね。ミスター・スリザリン。よくも娘をあんな目に遭わせてくれたよ」

憎しみを込めた瞳がルシウスに向けられる。
「は」、とルシウスは笑った。

「非常に遺憾だよ。予定では、あの忌々しい法律ともども君の一家を失脚させることになっていたのだが」
「その言葉とて証拠になるよ」
「まさか。落ちぶれた魔法省が。この程度を証拠に動けるものかね」
「魔法省が、じゃない。俺がやる」
「無理はするな、マグル製品不正使用取締局長殿。ウィーズリー家の者が、なんたる閑職」
「それほど暇ってわけでもない」
「のんびりやりたまえ。誰も君の仕事に期待などしていないのだから」
「お生憎。こちとら楽しくやっています」
「まぁ、マグルびいきの悪趣味な君にぴったりの職かも知れないな。出世コースからは果てしなく遠いようだが」
「権力のある生活はそんなに魅力的かい? しかし――残念ながら今回の件で、君はこの学校の理事を辞めざるを得ないだろうね」
「それも結構。私にはやるべき事はいくらでもあるのでね」
「おやおや、有閑階級は暇なのがステータスだろう?」
「無論、身を粉にしなければ生活も出来ぬ君には到底敵わないとも」

穏やかに凍りつくような応酬。
けれどすれ違いざま、彼らは何故かふっと笑った。

「あんただと思っていた」

目を伏せて、囁く。

「この一年、あんたに違いないと。秘密の部屋を甦らせる画策をするなんて、他にいない」
「それがどうした」
「――いや、」

彼は首を振る。ルシウスの薄灰色の瞳の中で、赤い髪が揺れた。
「アーサー」
ルシウスが呼ぶ。

「約束は守ろう。今回は履行できなくて、君を失望させてしまったかな」
「いやいや結構。どちらかというとこっちの誓いを遂行させて欲しいね」
「残念ながら、譲る気はない」
「俺だって」

それは数十年も前に交わされたもの。
















卒業式の後、ホグワーツ急行に乗る前の僅かな時間。
人気のない校舎の裏側で。触れるだけの口付けと共に。


「いつかあんたをアズカバンへ」
「君に孤独と絶望を」


誓いと約束。
その言葉を互いに等価値と認め、取引した。
決して裏切らないと。
約束の履行こそが想いの証明。
どちらかが破滅するまで、互いに囚われ続けることを誓い、そして永遠に別れた。


愛おしげに触れるたびに、「いつか」と思ってきた。

いつか、破滅を。
同じ道を歩めないならば。
粉々に砕いて思い切りよく君の破片を振りまこう。
風に吹かれて欠片も残らないほど。
容赦なく。
徹底した敵意を。
跪いて貴方に捧げる。

いつかきっと、貴方を踏みにじってみせる。






「どうしたのアーサー?」
急行のコンパートメントの中で、後輩達から受け取った卒業祝いの花束に囲まれながら、モリーが問うた。

「あなたいま言ったでしょう?」
「何を?」
「……“始まった”って」

やっと、始まったって。



あぁそうか。ずっと待っていたんだ。
この日が来ることを。
長く長く、その権利を手にする日を。その資格を手にする時を。

「そうだ、初めから俺達は――――」


殺し合うべきだったんだ。
















学生の頃と何も変わらない。

いつかこの手で引き裂いてやると、誓ったあの時と何も変わってはいない。