『借り』


ホグワーツの石の廊下で何やら人目をはばかる動きを見せている二人組を見つけたとき、ドラコ・マルフォイは勝ち誇ったように笑顔を作った。
「なんだ。ハリー・ポッターにウィーズリーじゃないか。なにをこそこそと――」
「しっ、静かにしろよマルフォイ」
「見つかったら困る!」
「見つかったら? 何に見つかったら困るんだ?」
わざと大きな声を張り上げようとするドラコに、ハリー達は目を交わして同時に飛びかかった。
「ちょ…何をするっ」
「いいから! アレ見てよアレ」
「君だって後を付けたくなるだろうからさ」
と、羽交い締めにされながら、二人に指差された先には一組の先生と生徒。
「な…!?」
それは明らかにおかしい組み合わせだった。
「なんでスネイプ先生があんなやつと!」
「違うよ。なんでハーマイオニーがあんな奴と! だよ」
きっちり訂正を入れるハリー。
スネイプとハーマイオニーの二人は、明らかに連れ立って廊下を歩いていた。
偶然にも行く先が同じだとか、そういうわけではないらしい。
それどころか、やや距離が近付きすぎのようにハーマイオニーが、スネイプの黒マントに身を寄せているようにも見える。
「追うよね?」
「当然だ!」
と、珍しくも意気投合した三人組は足音を忍ばせて、奇抜な組み合わせの二人組を追跡した。


「ではな」
「はい、これで」
短く挨拶し、スネイプの研究室の前で二人は別れた。

「ちょっと…どうゆうことだよ。こんな地下まで付き合って、あげくに質問もしないなんて」
「授業についての質問ならアリだと思ったんだけどな…」
「馬鹿馬鹿しい。こんなところでたむろしていては何も始まらないぞ」

直接問い質す! とばかりに、ドラコは方向転換して戻ってきたハーマイオニーの前に立ちふさがった。
「あ。おい、バカ」
「そんな真正面から行ってどうするよ」
小技のきかない奴め、とはハリーの言である。


「グレンジャー。ここで何をしている!?」
正義の味方さながらにビシッと指を差すドラコ。
「何をって…あら、ハリーにロン? 三人とも、いつの間に仲良くなったの?」
廊下の角に隠れていた二人を見つけて、ハーマイオニーは首を傾げた。

「それはこっちのセリフだよ」
やれやれ、と進み出ながらハリーは肩を竦める。
「君とスネイプがいつの間に仲良くなったのかって不思議が、僕らを結びつけたのさ」
「いやあね。何考えてるの、あなたたち」
「それは僕が君に伺いたいことだよ、ミス・グレンジャー」
「スネイプと君、どうゆう関係?」

少年三名に詰め寄られて、ハーマイオニーは口ごもった。
ついでに「こーゆー時だけ結託するんだから」というお姉さん視点を持ったことも確かである。

「誤解しないで。スネイプ先生とはなんでもないの。―――実はクルックシャンクスが、先生のローブを爪で切っちゃったのよ。だから、その穴を隠すためにここまでご一緒したわけ」

「そんなこと、スネイプが君に頼んだのかい!?」
「先生と呼べよ、ウィーズリー!」

ロンとドラコが声を張り上げる隣で、一人ハリーだけが納得の表情を作った。

「君が提案したの?」
「そうよ、ハリー。だってこんなことで減点されたり、心証を悪くするのは損じゃない」
「意外だな。スネイプは「結構だ」って言わなかったのか」
「それなのよね」
ハーマイオニーは小首を傾げた。
隣では、ロンとドラコがさっきから睨み合っている。
「私、一度断られたとき、「先生に借りを作りたくないです」って、つい言っちゃったの。でも、怒られなかったのよね。むしろなんだか感心されて、それは見上げた心意気だとまで言われたわ。
思うに――あの人って貸し借りって言葉に弱いんじゃないかしら? ほら、以前にハリーを助けたときだって昔の「借り」だったんでしょう?」

「ふうん。言われてみればそうかもね」
と納得したように頷くハリー。彼だけが一人冷静だ。
ドラコはイライラしたようにハーマイオニーを睨み付けていたし、現在ハーマイオニーと冷戦中のロンでさえ、顔を赤らめて憤っている。

「こんなことで先生に取り入れたと思うなよ!」とドラコが言い、
「スネイプなんかに好意を持たれてもいいことあるもんか!」とロンが叫び返した。

「だーかーら、ただの取引だって言ってるの。結局悪いのはクルックシャンクスだったんだもの。ね〜、もうダメよ? あんなことしちゃ」
にこにこと笑いながら、ハーマイオニーは足下の不細工な猫を抱き上げて頬ずりする。

「は。なんだその物体は。飼い主に似てひどい毛並みだな」
「おい。あの猫はともかく、ハーマイオニーのどこがアレと似てるって言うんだよ!」
「そおっくりじゃないか。もっと相応しいペットがあるだろうに、何というセンスの悪さ!」
「黙れよマルフォイ。確かに彼女はセンスが悪いけど、お前に言われたくはないだろうさ!」




「ねぇ、ハーマイオニー」
「なぁに、ハリー?」
延々論争を続けるロンとドラコを横目に見ながらハリーは話しかけた。
彼女は二人の論争などまるっきり無視して飼い猫を撫でている。
「君ってもてるよねえ」
「やだ、いきなり何言ってるのハリーったら」
「うん、言ってみただけだよ」

その呟きの意味するところに、猫と戯れるハーマイオニーは全く気が付いていなくて。



結局その騒ぎは、スネイプが研究室のドアを勢いよく蹴り開けて、「我輩の部屋の前がずいぶんと騒がしい。さぞ実のある会話だったのでしょうな。―――グリフィンドール1点減点!」と叫ぶまで続いたのだった。