『選択肢』


いつも通りの夜。
いつも通りの密会場所で。
多少オーバーアクション気味に昼間の騒動についてくどくど文句を付けている、これまたいつも通りのセブルス。
けれど、ジェームズは反論を試みることなく、ぼーっと彼を見つめていた。
と、唐突に相手の腕を掴み、強引に唇を重ねる。

「ちょ…ジェームズ!」
暴れるセブルスに構うことなく、さらに深く口づけた。
長く舌を絡め合って。
「は…」と息を洩らすセブルスの耳元で、ジェームズは囁く。
「ね、セブルス。いいよね…?」
甘く、誘ったはずの言葉だったが。


「何が?」という極事務的で冷たい返事によって、ムードはぶち壊された。




「だって僕たち恋人同士でしょーが」
舌打ちして、断定口調で迫るジェームズにセブルスは目を丸くする。
「…………え?」

言われた言葉が理解できなかった。
そしてジェームズの方はというと、理解できていないセブルスに衝撃を受けていた。

おいおいおい、と心の中で突っ込む。
これはもう、疎いとか無知とか天然とかそーゆーレベルじゃないぞコラ。

「僕ら、今まで何度もキスしたじゃん!」
「いやそれはそうだったが」
「それでどーしてその可能性に思い至らなかったわけ?」
「…………え?」

だってその、あれはお前のいつものおフザケだろう?

「あのね〜、僕は君の中じゃふざけて誰彼構わずキスするような色魔なのですか?」
「違うのか?」

その言葉に傷付かない人間がいるだろうか。

けれど「この野郎」とか「てめぇ思い知らせてやる」とか、ジェームズは言ったりしなかった。
心の中で固く固く意趣返しを誓っただけである。
口にしない分、その意志は強烈なものだったといえよう。


他方、セブルスはというと、今更ながら口元を押さえて動揺していた。
まさか。
キスは戯れだとしても。
それ以上を要求されるなんて、思ってもみなかったのだ。


今までお互いの擦れ違いに気が付かなかったのは、ひとえに、彼らが色恋に関して初心者だったからだろう。


「だってセブルス。一日中僕のことを考えてるんでしょ?」
「そうだな、いないときにもお前のエセ笑顔が頭から離れないという呪いに掛かっているんだ」
「それで、食欲減退溜息増加睡眠不足でイライラする」
「その通りだ」


「それはね、スネイプ君。恋煩いというのだよ」

びしっと指差されて。
セブルスは、本日三度目の「え?」を体験した。


「そ、そうだったのか…」
思い当たる節がありすぎて、彼は愕然とした表情で肩を落とした。
「いや…そんな絶望的な表情で俯きながら机の角を握りしめなくてもいいんでない…?」
背後にはずぅううん、と暗雲が立ちこめている。


そんなセブルスを眺めながら、ジェームズはふぅむ、と顎をさすった。

「ま、自覚が出たならいいか」

楽しそうに手を伸ばすジェームズ。
その太い腕に両手を掴まれ、壁際に押しやられる。
ひんやりと石の感触を背中に感じ、流石のセブルスも危機感を持った。

「私は別にそんなこと望んじゃいないっ」
「君がそうでも僕は違うの」

言いながら、ジェームズ上着に手を掛ける。
その動作が妙に冷静で怖かった。

「な、なんでこんな…私はただお前と」
「僕と?」
「…お前の中に居場所が欲しかっただけで」

「じゃあ別に問題ないでしょ。恋人でも」
「あっさりそーゆーことを言うな!」
「はぁ? 嫌なの? 嫌ならそれでもいいけど」

ジェームズはぎり、と腕に力を込める。

「そしたら明日から相手にしないからね」
「おい!」
「さぁさぁセブルス、選んでくれる? 僕の恋人になるか、それとも完全無視か」

にやぁ、と。
不気味な微笑みが顔中に広がって。

「それって選択肢とは言わない!」
選ぶ余地もないじゃないかっ、という抗議は、厚いツラの皮によって即行却下される。

「はっはっは。オール・オア・ナッシングだね。中間はないよ?」

「う”…」

やば…怖い!マジで!しばかれる!泣かされる!

と、総毛立ったセブルスの首筋に、ジェームズはそっと顔を埋めた。


「やだなー、そんなに怯えなくても。優しくするからさぁ」

「ま、まだ決めてないッ」

「あ、そうなの? じゃ、あと五秒以内ね。…5…4…3…」

「おい、ジェ」

「うるさいよ、君」

抗議だか助けを求める言葉だかはわからないうちに、ジェームズはその唇を塞いだ。





つーかね、僕は怒ってるんだよ。
まさか今までうきうき気分を味わってたのは僕だけだったなんて、許せる? そんなの。
当然許されるわけないじゃんね。
これから一ヶ月くらいかけて、じっっくり反省してもらわないと。



だから、とりあえず、今日は泣いてもらうから。