『純』
「君、いつまでジェームズに囚われてる気なの?」
「死ぬまでだ。悪いか」
ニヤリと口元に笑みを湛えながらセブルスは言う。
その様子があまりにも嬉しそうで、リーマスには二の句が継げなかった。
「私はこの自分に満足している。お前にとやかく言われる筋合いはない」
「いやたしかに」
リーマスはぼろぼろのローブを掻き上げながら頭を掻いた。
「僕は何かを言える立場じゃあないけど、でも彼は死んだ人間だよ。そして君はまだ生きている」
「だから?」
「君にも人生を楽しむ権利があると思うんだ」
「馬鹿を言え。お前は私が楽しく生きていないなどと思っているのか?」
セブルスは顎を逸らし、馬鹿にしたような目でリーマスに言い放った。
「そりゃあな、確かに奴が死んだときは「ふざけるな」と思ったものだが。けれどもう、ジェームズは変わることがない。心変わりを二度と恐れなくていい。あいつは私が嫌いで―――私はずっとあいつを嫌い続けることが出来る」
素晴らしいじゃないか、と満足そうに彼は言う。
「……………………哀れだ」
「お前に言われたくはないな」
「君は不幸だと思うよ」
「違う。…ずっと想っている。死ぬまで。あいつだけを憎んで生きられる。その幸不幸決めるのは私の権利だ」
「気持ちを受け取る相手がいなくても?」
鋭い一言。
けれど、「どうせ」と彼の唇は動く。
「どうせ、わかりあえはしなかった。私がどうして苛ついているのか、一度たりとも分かってはくれなかったよ。あの、天才は」
「君は――」
「どうでもいい。干渉するのはやめておけ、ルーピン。非生産的なのはわかっている。お前はもっと別のことに時間を使えばいい。私は死ぬまで止まった時間の中で、一人愉悦に浸っているだけだからな」
「そんなのは、哀しいよ」
「だったらどうする気だ? 在らぬ方向を向いている私を無理矢理ひっぺがして、向き直させるのか? お前が? ――いや、はっきり言わせて貰うぞルーピン。お前では役者不足だ」
「ちょっとそれ、酷くない?」
「悪いな。こればかりは偽れん」
「…だろうね。君は一途だ」
それが憎しみでも愛情でも。どっちでもよかったんだろうね、ジェームズには。
気持ちの強さだけを欲していた彼には。
「僕もそのつもりだったんだけど。君は受け入れてくれそうにない」
「おかしな奴だ。ルーピン、お前は相手に不自由することなどないだろう? 誰にでも愛される、資質がある」
「はは…。僕は人狼だよ?」
「意味のない設定だな。生徒としても教師としても、どちらが好かれていたかなど今更比べるべくもない」
「でも好きな人は振り返ってくれない」
ぽつりと、りーますは呟く。
その言葉に、セブルスは渋い顔を作り、思案するように言葉を紡ぎだした。
「………………ジェームズ・ポッターは趣味が悪かった」
『君が性悪で陰気で口汚くて手が早い見栄えのしない奴だから好きだよ』、と言った。
「私はそれに共感できたのだよ。私にもジェームズがそう見えていたから」
「性悪で(陰気…はナシだね)口汚くて手が早くて見栄えがしないって……?」
あの輝かしいジェームズ・ポッターを君はそんな風に見ていたわけ?
ふ、と彼の口元がゆるむ。
「それじゃあ僕はお呼びでないね」
「役者不足と言ったろう。お前はお人好しだから。到底、奴以上に私を苛つかせる存在はなれんよ。第一憎めない。……不満そうな顔をするな」
馬鹿じゃないか。
「私に嫌われたいなどと」
「憎まれることで君の心に残れるなら、いっそそうなりたい」
「は、」
傑作だ、という風にスネイプは嘲った。
「お前はジェームズが残したものを手に入れたいだけだろう。…ハリーはブラックが持っていった。だから私か?」
「それじゃだめ?」
穏やかに彼は笑う。
否定も反論もせず。
「『寝言は寝て言え』とコメントしておこう」
「ま、おいおいね」
「だから私にその気はないと」
「君は一途だけれども、いまさら純情ってわけでもないでしょ。不純な輩にお付き合い願えないかな?」
「…利にならんことはやらない主義でね」
「嘘付き。ジェームズに、それこそ何の益体もない嫌がらせを延々続けてたのは誰だい?」
言いながらリーマスは近付いて、強引に、セブルスの首の後ろに手を回した。
「る、」
「ん」
抗議の声は掻き消される。
動機も不純、行動も不純。
―――好きな人は振り返ってはくれない。
それでも捧げる言葉だけは混じり気のない本物なのに。
………二人とも。