『予感』


翌日。朝食の席に遅れてきたセブルス・スネイプは、黙ってグリフィンドールの食卓の方へ歩いていき、ちょうどオートミールを食べようとしていたジェームズ・ポッターの頭を鷲掴みにして、皿の中に叩き込んだ。








その日はセブルス・スネイプの誕生日だった。
「木の股から生まれたに違いない」といくらシリウス・ブラックが力説しようとも、彼にも誕生日というものがあるのだ。
そして誕生日の贈り物をくれる人たちも。

数枚のカードと、文房具などの実用品ばかりが積まれている机には、一つだけ雰囲気の違う包みが置かれている。 セブルスはその塊を正面に置き、睨み合っていた。
カードには『ステキな夢が見られますように JP』と走り書きされている。
いかにも不器用な主が包んだらしい、皺がいっぱいの包装紙を開く。リボンは解けるように縛られていないので、ハサミで切ってしまう。

ガサガサという音の終わる頃、何十もに包まれた紙の中から現れたのは蒼い布地のクッションだった。
両手で掲げてみる。
中には何が詰まっているのか、とても軽い。
ふわふわとした触感が、いかにも眠りを誘いそうだ。

「…やってくれる」

セブルスは、目を細めて布を凝視した。
形跡はなるべく隠れるよう工夫はしてあるが、同じ蒼い糸で文様が刺繍されているのがなんとか目に見える。
どういう魔法効果なのかもわからぬ極めて危険な品だ。

「捨てろ」

と、隣の同級生が助言する。

しかし、逃げたら負けである。…というのがセブルスとジェームズの間にある暗黙のルールだった。
同室の住人は、「わざわざ使ってやる必要なんて、これっぽっちもないのになぁ」と、もはや呆れ気味に呟くだけだ。
「別に負けたから何だっつーのさ」と、さらに彼等は言い募る。

この件に関して、セブルスは己の心境を上手く説明することが出来なかった。

「だけど、スウェン。もしここでこれを使わなかったら、来年奴が私からのプレゼントを受け取ってくれなくなるかもしれないじゃないか」

セブルスの言は全くもって筋が通ってはいなかったのだが、彼等はそれで納得した。もう諦めるしかないということを。
セブルス・スネイプと同室になってしまった以上、グリフィンドール発の人災は、避けられないのである。
明日の朝の目覚ましは、セブルスの悲鳴だろうと確信しながら三人と一人は眠りの床につく。















…それは爆風に似ていた。








痛い。

吹き飛ばされると思った瞬間に、セブルスは結界を張った。
肌を刺すような衝撃はそれで緩和されたが、尚も真正面の方向に光の洪水が見える。
とても瞼を全開にしてはおけなかった。
薄く開けた目の、その隙間からも光が侵入し、脳を射抜く。
世界は白い目映さに飲み込まれようとしていた。
真横にあった樫の林が、光に飲まれて塵と化すのを見た。


風など吹いていない。
なのに、風圧としか呼べないものが地表の全てを吹き飛ばし、または飲み込んでいく。
光。白とすら表現できない輝きが、放射状に広がっている。
この身を守る魔法が壊れたら、自分もああなるのだろう。
家が一軒、ちりぢりにばらされつつ転がっていく。
ここでは光以外は存在できないのだ。
排除される。もしくは消滅。
その場に根を張った草木は飛ばされるよりも飲み込まれることを選び、望み通りに消えた。


草花が本来の色を失い、粉となってさらさらと、風にまき散らされていく様子が目に焼き付く。
あれが自分の死に様だろうか。


白い地面にしゃがみ込みながら、ふと影がないことに気が付いた。
光の洪水は、それすらあることを許さないのか。
頭を低く落とし、はいつくばって圧力に耐える。
そして地面に広げた指の先、一歩手前に茶色の革靴を見つけた。

ポッター…?

声は声になっているのかどうか。
手で顔を覆い、指の隙間からなんとか視界を移行させる。
靴、足、腰、胸、首、顔。

ばかな。

何故立っていられる?
この光の中で。
全てを容赦なく打ちのめす強い力の中で。
重い光を負って、それでも平気で背筋を伸ばしていられるのはどうしてだ。


『何してんの? スネイプ』
『這いつくばっちゃってさ。らしくないよ』
『とっとと立てって』


できない。

恐怖が生まれた。
できない。首を振る。屈んで、頭上を吹きすさぶ光を避けることで精一杯なのに。
何故お前だけが無事なんだ。


『立てよ』

いつもと変わらぬ声色で、ジェームズはこちらに手を伸ばした。
セブルスの片腕を掴んで引っ張り上げようとする。


―――殺す気か!?


やめろ。手を伸ばすな。引っ張り出さないでくれ。
溶けてしまう。
打たれて吹き飛ばされて、塵になって消えてしまう。
痛みすらないままに。

やめろ、ポッター。


私を殺す気だ。
光に溶かしてしまう気だ。
そんなところで平然と立っていられる人間はお前だけだということに何故気が付かないんだ。
私はそこには行けない。
誰もそこには立てない。
わかったから。もう認めるから。

だからやめてくれ。




「ポッタァ!」
















身支度もそこそこに足早に大広間に向かったセブルスは、怒りに痙攣する右手でジェームズの頭をひっつかんだ。


「何すんだ殺す気かっ!?」
「それはこちらの台詞だッ!」


頭からドロドロを被り、襟首を掴んで締め上げるジェームズに対して、セブルスは叫び返した。
互いに拳を握りしめる。

「やっちまえ!」と「おやめなさい!」を合図に日常が始まる。

怒声が飛ぶ僅かの間に、セブルスは想いを走らせた。





…私を殺すのはお前なんだな。


一歩も引けない関係。売られた喧嘩は全て買い取るから。
いつか、光に打たれて消えるのは自分だ。


今朝の悪夢を思い出す。
光の中に自分を引きずり出したジェームズ。
そのとき確かに見たはずの表情を思い出せないのが、どうにも心残りだった。