『昔日』


卒業後、僕らの関係は嘘のように大人しくなった。
毎日のように角を突き合わせていた犬猿の仲だったというのに。
顔を合わせなくなったからだろうか。
声を聞かなくなったからだろうか。
たまにロンドンの喫茶店で待ち合わせたとき、必ず先に来ている彼を目で捜す。
彼が気が付いて顔を上げるのを見ると、どうしても僕の顔は微笑み以外作れない。

…嬉しいのか僕は。

そうなのだと思う。
素直に、会いたかったと思える。
あんなに仲が悪かったのに。

「やぁセブルス。一ヶ月ぶり」
「あぁ、お互い忙しくて何よりだ」
「新人だしねぇ」

向かいの席に腰掛け、コーヒーを注文する。
セブルスも、同時に二杯目の紅茶を頼んだ。

「しっかし、何その荷物? どっかでバーゲンでもやってたの?」
「古本屋で欲しかった本を見つけてな。聞いて驚け1755年マジクエラ著の『薬学大全』だ」
「僕なら要らないな〜」
「上中下巻揃っているんだぞ!?」
「どうりで、重そうだ」

何ナチュラルに友人みたいな会話を交わしているんだろ。
久々に会ったのに、折角の機会なのに。
こんなたわいない話で時間をつぶす。

それとも、ひょっとしたらこっちの関係の方が正しいのだろうか。僕らは。
毎日毒舌と嫌みを応酬し、相手をやり込めることに全身全霊を掛け、驚く顔を見ることに生き甲斐を感じ、時に苛立ちが極まって取っ組み合ったことも。
すべてホグワーツの中だからこそできたことであり、ホグワーツでしか成り得なかった関係なのか。

「…懐かしいなぁ」
何の前振りもなくそう呟くと、相手は分かっているという風に深く頷いた。
「そうだな。懐かしい」

あぁ、やっぱり同じ事を考えているんだ。
同じ事を感じていられるんだ。―――こいつとなら。
年中生傷が絶えなかったことは全然無駄じゃなかった。

昔は目を合わせただけで火花が散ったものだが、今は目を合わせただけで思いが通じる。
この時間のためにあの日々は必要だったのか。

………でも。

少し惜しい気もする。
相手が視界に入った瞬間、心が「敵発見!」と叫ぶあの緊張感。
次には何が来るだろうという期待に満ちた放課後。
それらは全て、もう味わうことが出来ないのだ。
お互い、もう学生ではないのだから。

僕とスネイプが、穏やかに笑いながら茶を飲む日が来るなんて信じてなかったあの頃。

「斯くて青春は過ぎ去りぬ、か」
「誰の言葉だ?」
「いーや、僕の造語だけど」
わかるでしょ、と目配せ。
すると彼はふっと鼻で笑った。
でもそれに悪意の欠片も見られない。
…僕が見つけられなくなったのかもしれない。

「退屈か? ポッター」
「まぁね。君の嫌みのない生活なんてメリハリ無さ過ぎ」
「私もだ。棚や箱を開けるとき、中から何も飛び出さないことが不思議でならないよ」
「あーそうだったよね。いつだっけ? 君の部屋の引き出しに竜巻を仕込んだとき、アレ傑作だった」
「呆れたぞ。よくもやるものだとな」
「うっそだー。次の日早速倍返しに来たじゃない」
「それはそれ、これはこれだ」

あー、やっぱおかしい。
こんな穏やかな時間はおかしいんだ。

「どうかしたか、ポッター」

僕はよほど酷い顔をしていたらしい。
不安で、頼りなげで、寄る辺を無くした難破船のように。

「――なんでもないよ」

笑ったつもりだった。
けれどきっと上手く作れてない。

「ねぇ」
堪らず、話しかける。

「僕のこと、嫌いだよね」
「あぁ」

俯いた顔を上げると、セブルスは、呆れたように僕を見つめていた。
口元は僅かな微笑み。

「お前は今頃になってその感情を知るんだな。…お前らしい」

あ。

そうか。

これが寂しいって事なのか。






…初めて手にする一抹の寂しさ。