『未満』
「うわ、神業」
思わず口をついて出た言葉。
それを聞いたスネイプは、不思議そうに僕を見て瞬きした。
事の起こりは〜、などと説明する必要もないくらい、いつも通りの話なのだけど。
今回の喧嘩は乱闘込みだった。
僕がスネイプの襟首を鷲掴み、彼が僕の髪の毛を引っ張ったその時、
「何をしているのですかあなた方は!」
というマクゴナガル先生の金切り声が聞こえて。
目配せする時間すら省略し、僕らは一目散にその場を後にしたのだった。
減点も宿題も罰掃除も嫌なのは、誰しも同じだしね。
で、とりあえず同じ方向に逃げてきたのは僕とスネイプの二人だけだった。
ぜーはーと荒い息を吐きながら呼吸を整える。
ちら、とスネイプの方を見たが、流石にもう続きをやる気はないらしかった。
「フン」と、例によって例の如くいけ好かない表情を作り、そっぽを向く。
僕もまぁ、どうだってよくなって、くしゃくしゃになった上着を脱いで皺を伸ばそうとした。
と、その時だ。
スネイプは、シリウスに引っ張られて形の歪んだネクタイを、するっと引き抜いた。
で、
ひょいっともう一度首の回りに引っかけると、
さっさっさっさ、と。
手早い動作でネクタイを結んだのだ。
え? って感じだったんですけど。
だって、外してから五秒経ってないよ?
こう…首に引っかけたその瞬間、迷い無く機械のように両手が動いて。
いや、機械なんかじゃなくてもっとなめらかな仕草で。
踊るように滑るように指の先までが動いて。
目を見張る暇すらなく、それはセブルスのワイシャツの上に収まった。
完っ璧。
型くずれも何もない。
てゆーか、長さも調整する時間すら要らなかったよね、今?
だから思わず呟いてしまったわけだ。
カミワザ、と。
だけどスネイプは妙な顔をして「何が?」と聞いてくるんだな。
今まで誰かに指摘されたこと無かったのかよ。
「だって、すごいじゃん」
「これのことか?」
事も無げに彼は言う。
「人よりは速いと思う、が」
「いぃや。人より速いとかそーゆーレベルじゃなかった。だってさっさっさっさーって。四動作しか掛かってないじゃん!」
自分で見たとおりに手を動かしてみて言う。
勿論動いたのは腕だけで、その指先の動きまではとても追えなかった。
つーか、見てても出来ないって。あれ。
「そういうものか…?」
まだわかってないらしいよこいつは。
「だって、僕なら5分は掛かるぜ」
「それは時間を掛けすぎだ。五分だと? 不器用な」
「いや、そうだけどそうじゃなくて。誰にでも出来るってことじゃないんだよ」
「……………そ、うか?」
あーもう、まだ通じんのか。この天然!
「だーかーら、すごいんだって。わかれよ!」
ちょっと熱入ってつい怒鳴ってしまったので、
スネイプはさっと顔を背けた。
う、失敗。
「いや、だから、褒めてるんだって。な?」
回り込んで説得しようとしたその時、僕は見てしまった。
真っ赤になって唇を噛み締めているスネイプを。
「…………え?」
は? なに?
とか驚いている隙に、脱兎の如く逃げられてしまったのだけれど。
あの顔はちょっと忘れることが出来ない。
―――いったい何だったわけ?