『認識』
「ねーシリウス、どーしてだと思う?」
ベッドの上に寝転びながら教科書をめくっている黒髪の眼鏡坊主が言う。
「何も、一緒に食事しようとか手を繋いで遊びに行こうとか言ってるわけじゃないんだよ!? なのに、なんであぁガードが固いんだと思う?」
理不尽だというように、奴は唇をとがらせる。
「ただノートを貸してくれって言っただけなのに」
「なんて言われたんだ?」
本当はこんな話聞きたくなかったのだが。
誰かが突っ込まない以上、ジェームズは延々愚痴り続けるに違いないのだ。
だから仕方がなく合いの手を入れてやる。
「『床に手を付いて頼むなら考えてやる』だって」
うむ。スネイプらしい言い分だ。
「で、やったのか?」
「ううん。『今、唐突に君の顔を張り倒してやりたくなったよ』と言ってみた」
「…それで?」
「『遠慮しておく。試験が終わるまで二度とその馬鹿面を見せてくるな』と言われた」
それ……言う方も言う方だが、言わせる方も言わせる方じゃないか?
「大体なー、お前。スネイプからノート借りようって考えからして間違ってるんだよ」
「だって今回の魔法薬学マジやばいんだもん。下手すると百点切っちゃう〜」
「百点満点のテストで百点取れればいいじゃねーかよ!」
「馬鹿言うなシリウス。全教科で最低百点以上取れなくて主席を維持できるか!」
「つーか、お前むしろ一度くらい俺より下に来てみろよ」
「シリウスより下ってことはスネイプより下ってことじゃん。それだけは絶対に嫌」
笑顔で言うなよジェームズ。…どっか怖いぞその表情。
「そもそもノートを無くしたお前が悪いんだぞ」
「む。それを言われると返す言葉がないけど」
「大人しく俺のノート見とけ」
「それ無理。シリウスのノートって字が汚くて読めないんだもんな」
悪かったな! 人類には未判読の文字を書く輩(スネイプ談)でよ。
「…じゃあ、リーマスかピーターは?」
図書館に自習しに出かけていった二人は、今この部屋にはいない。
「勿論聞いたさ」
「断られたのか?」
「『僕らも勉強しなきゃならないのに、何故自分より成績のいい人間にノートを貸さなきゃならないのかな?』って笑顔で言われた」
うわ。そりゃ引いて正解だわ。
リーマスは時々誰よりも怖いからな〜。
「で、スネイプのノートなわけだ」
「うん。ちらっと見たことあるけど、内容といい字面の綺麗さといい申し分なかったね」
悪かったな…字が汚くて。根に持つぞ。
「でも断られたし。どうしよー、今回魔法薬学捨てて他で頑張るかぁ?」
あれさえ手に入ればなあ…、と。
そうぼやくジェームズを見ていると、思い出すことがある。
あれはほんの少し前のことだ。
いつもの喧嘩で、スネイプを袋小路に追いつめて、よっしゃ!と思って杖を握った。
したら、一人立ちふさがった俺を見て、あいつ何て言ったと思う?
「なんだ、ブラックか」
と。
今までの挑発的な表情を一掃した、なんだか見たことのない顔でそういうのだ。
まるで、よく当たるチューインガムのおまけクジでハズレを引いたような感じに。
その時分かってしまった。
俺、期待されてないんだな、ってこと。
…ジェームズだけなんだわ、こいつが期待しているのは。
ジェームズがジェームズであること。
喧嘩を売ってくるのが彼であること。
奴が待っているのはそれだけであって、俺なんかジェームズの隣にいる奴って程度にしか見られてないわけ。
まさにハズレクジだぁな。
――馬鹿馬鹿しいと思っちまったわけ。
ジェームズだって、本当はスネイプのノートじゃなくたっていいはずなのに。
わざわざそれを選ぶのはジェームズがスネイプの期待するジェームズだからだろう。
結局あいつら暗黙の了解で喧嘩してるんだよな。
お互いに自覚はないようだけれど。
距離を取ってみればすぐ分かる。
スネイプに期待されるジェームズと、ジェームズに期待されるスネイプ。
お互いこう在らねばならないという、無自覚な自覚に沿った行動をしているということ。
そう思ったら、今までほどスネイプがむかつかなくなった。
むなしくなったというか。
別にわざわざ割り込もうとは思えないし、分かっていて独り相撲を取るほど馬鹿らしいことはない。
それに、お互い立場似てるような気もするし。
俺がジェームズの隣に立っているのと同じように、あいつは対岸に立ってるんだ。
その位置を、自分のものだと確信している。
他の誰にも渡さない自信と覚悟がある。
ほら、やっぱ似てるって。
…けど、こうも思ったわけだ。
その場合、俺の立場はどうなるよ、と。
「…ジェームズ。本当に奴のノートが欲しいわけ?」
「決まってんじゃん!」
まだ悶々としているジェームズに、俺は助け船を出してやった。
奴が本当はどうしたいのか、俺は(不幸にも)分かっている。
「じゃ、方法は一つだな」
「え。何々?」
「盗んでこい」
その一言で、ジェームズは目が覚めたようだった。
「そうか…そうだ! それしかないよね!」
まるでうきうきと、デートの準備でもするかのように透明マントその他を用意し始めるジェームズに俺は声を掛けた。
「そのノート、俺にも見せろよな」
「おっけーっ」
きっとそんなことになったらスネイプは激怒するだろうな。
けど、それが奴の望んでいる事だから。
これでジェームズと喧嘩をする口実がまた一つ増えるだろ?
最後の一人もいなくなった部屋で、俺は「スネイプって嫌い」と呟いてみる。
だって俺のこと見てねえだもん。
それは、怒りよりも不満に近い。
「いい加減、気付けよ」
俺がジェームズの隣にいる鬱陶しい男じゃなくて、シリウス・ブラックだということを。
俺がお前をスリザリンの嫌な奴じゃなくて、セブルス・スネイプだいうことに気が付いたんだから。
だから気付けよ。