『確信犯』


「え、どうしてですか?」

図書館の入り口から突き当たりやや右、彼らの指定席であるその場所でリリー・エヴァンスが首を傾げた。
「確かに、本来ならここでは釣鐘草を入れることになっているがね」
隣に座っている上級生が少し口を持ち上げる。
「しかし、君が微量の調整が出来るのなら、ここは百合の根の粉末を混ぜた方がよろしい。その方が効果は高いんだ」
「でも、先生は教えてくれませんでしたよ」
びっしりと書き込まれた自分のノートを見直しながら、彼女は言う。

「ふむ」
と黒髪のスリザリン生…セブルス・スネイプは己の顎に手を当てた。
「この時点で薬は緑色だ。ここに例の粉末をほんの少し加えると透明に変わる。ただし、入れすぎると即爆発。最初から作り直しだが」
「ほんの少し、ですか」
「教授が生徒達に教えなかったのは、実験室でそう何度も爆発を起こされてはかなわんと思ったからだろうな。…難しいんだ」
「へぇぇ。じゃあ先輩はどこで知ったんですか、こんな裏技」
「普通に本を読んでいれば分かる話だ。―――それにしても」
「あ。そうですね」

顎で促されて、リリーは向かいの席に座るもう一人の上級生に話しかけた。
彼は座っているというか寝ているというか、うだーっと力無く机に突っ伏している。
「ジェームズ先輩…。ごめんなさい、伸びてる手が邪魔なんですけど」
「……………だって暇なんだもん」
微動だにしないジェームズの口調は、ややかなり拗ねているように聞こえた。

「そんなに暇ならば、とっとと自分の部屋に帰ったらどうだ」
「君らが相手してくれれば暇じゃないのに〜」
「あの、わたしはスネイプ先輩に魔法薬学を教わってるだけなんですが…」
「貴様の相手をしている暇などないそうだよ。ポッター殿」
セブルスが冷たく言う。

「スネイプこそ、自分の試験勉強はせずになんで彼女に教えてるのさ〜」
「ミス・エヴァンスは優秀だからな」
とんとん、と資料を整理しながら彼はジェームズを睨んだ。
「代わりに、後で彼女の書いた妖精学のレポートを見せてもらう約束だ」
「僕にだって、常に百点満点中250点以上のレポートがあるよ!」
「それは見たいけど見たくない」
がばっと起きあがって叫んだジェームズを、セブルスはべしっと手持ちの資料ではたく。
「なんでさ?」
「お前に借りを作る気はない」
「じゃあ、勉強教えて返してよ〜」
「私より成績がいいくせにか? とっとと去れ。邪魔をするな」
にべもないセブルスに、ジェームズはうっと体を引く。
その隣で、リリーが爽やかに笑っていた。
「すみません、ジェームズ先輩。しばらくスネイプ先輩をお借りしますね〜」
「リリーちゃん…ひどいよ…」
何がどうひどいのかには言及せず、ジェームズはよろよろと図書館を立ち去った。



その姿が見えなくなった頃、セブルスは不意に俯いて、肩振るわせた。
「………使える…この手は使える…っ!」
「う、嬉しそうですね。スネイプ先輩」
隣でリリーがちょっと引いた顔で呟く。
「ご協力感謝するよ。ミス・エヴァンス」
「いえ。わたしはただ魔法薬学を教わってただけですから。(共犯にしないでください)」

きっぱりとした口調で、彼女は言い切った。







シリウスは、自作の単語帳をめくりながら、ふと隣でノート整理をしているピーターに尋ねた。
「なぁ、あのベッドの上で涙しながら丸くなってる物体は何なんだ?」
「ジェームズねぇ…スネイプに仲間はずれにされたらしいよ?」
「ぶ…。[ジェームズ]が[仲間はずれ]〜? その単語の組み合わせおかしいって」
「セブルスも結構えげつないことするよね」
リーマスがにこにこと笑いながらそう言った。
「つーか、なんでそこで泣かなきゃならん?」
「それはまぁ、自覚がないからでしょ」
「自覚?」
「うん、自覚」
「…ふーん?」
わかったようなわからないような表情を作り、シリウスはとりあえず、ベッドの上のジェームズに「鬱陶しいからヤメロ」と蹴りを入れた。





後日、それでも学年トップだったジェームズの成績を見て、「意地だよねぇ…」と影でリーマスが呟いた。