『友情』
どうせやるならこの際徹底すべきだ。
セブルスはこのイベントを一種のけじめのようなものだと考えていた。
正直公衆の面前でこんなことはやりたくないのだが、約束してしまったものは仕方がない。
これは、一番親しい友人に対する敬意なのだと己に言い聞かせ、鏡の前に立った。
アイロンを掛けた真っ白なシャツに新品のネクタイ。
上着をきっちり着込めば、ホグワーツの制服だってフォーマルに近いだろう。
そして手には百合の花束。
彼女には白い百合が似合うと思っていたのだ。
赤い流れるような髪に、白い花びらが映えるはず。
卒業式を間近に控えた校内は、なんだかあわただしい。
実行委員の生徒達がばたばたと駆け回る中、セブルスは彼にしては颯爽と石の廊下を進んだ。
目指すは図書館のいつもの指定席。
そこに彼らがいるはずだから。
突然目の前に現れたセブルスに、ジェームズはギョッとした。
いや、普段なら驚きやしなかったのだが。
上から下まで、まるで今から卒業式でも始まるかのように服装を整えて、しかも手には花束を持って。
さらには明らかに楽しそうで。
こんなに優しく笑うスネイプは、古今東西見たことがなかった。
彼はつかつかとこちらに歩み寄り、芝居がかった動作で一礼した。
「セブルス…?」
ジェームズは息をのむ。
けれどセブルスは、一瞥さえくれずに、彼の向かいに座っていた少女に向かって話しかけた。
「ミス・エヴァンス。どうぞお受け取りください」
「あ、先輩。どうしたんですか、その格好」
「どうせやるなら徹底すべきだと思ってな」
「……。えぇと?」
「ミス・リリー・エヴァンス。どうか私と結婚して欲しい」
花を手渡しながら、セブルスが言う。
図書館の、その場にいた誰もが凍り付いた。
発言が発言だったし、発言者も発言者だった。
その瞬間、自分の耳を疑ったものは九割を越えるだろう。
「―――絶対ダメ!」
立ち上がって叫んだのはジェームズだった。
その言葉に、居合わせた一同は我に返る。
「黙っていろポッター。これは私と彼女の問題だ」
「何で黙ってなきゃならないんだよ。てゆーか何で君がリリーと結婚するんだよ。おかしいじゃんそれ!」
「と、向こうは言っているが。如何なされるかね、ミス」
セブルスは、花束を受け取ったリリーを見下ろした。
「………どうしようかな」
その呟きを聞くやいなや、ジェームズは思わず机に身を乗り出して、彼女の手を取った。
「リリー! 君とセブルスが結婚するなんて間違ってる。僕と結婚するよね!?」
その発言に一瞬図書館が静まりかえり。
黒髪のスリザリン生と、赤毛のグリフィンドール生は無言で目配せを交わした。
にや、と二人の口元が同時に笑ったとき、ジェームズは「え?」と思ったわけだが。
「――というわけで、一つ貸しだな。ミス・エヴァンス」
「はい。どうもありがとうございました。約束通り、娘が生まれたら貴方にあげますねっ」
「そんな約束はしていない!」
ジェームズは、まだ茫然と立ちつくしている。
「うわ。ジェームズが言質取られてるよ…」
やや離れた場所で、卒業式のプログラムの確認を下級生から頼まれていたピーターがボソリと呟いた。
「なぁ。今のってどっちに妬いてたと思う?」
向かいのシリウスが机に肘をついたまま、呆れ顔で言う。
「上手い罠だったよね。あそこでプロポーズしないと、セブルスをリリーに取られちゃうもん」
隣のリーマスは、笑いながら冊子に訂正線を引いた。
「リリーをスネイプに取られるんじゃなくてか?」
「そっちもありだけどね〜」
それでは、と片手を上げて去っていくセブルスと、花束を抱えてにこにこ笑っているリリー。
口を開けたまま固まっているジェームズと、それを呆れながら見守る友人達。
そして遠巻きに一部始終を見てしまった通りすがりの人々。
―――卒業式の三日前のことだった。